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リアクション
さて。シーンを分校に戻そう。
志願者たちが、宇宙へ向かって飛び立つ少し前のこと。
極西分校では、すでに今回の事件があちらこちらで噂になりつつあった。
先日行われた防災訓練をサボって隠れていたモヒカンたちの数人が、謎の人工衛星が空の彼方へと飛び去っていくのを見ていたのだ。その近辺から、特命教師たちの活動の痕跡も発見されていた。特命教師らは、周到に計画し打ち上げが終わった後は現場をしっかりと片付けて帰ったため計画がほとんど気づかれることはなかったが、辺りを根城にする山賊モヒカンたちは習性に従っていくつかの関連部品や証拠と思われるいくつかの資料を盗み出していたのだった。
嘘とインチキの多い大荒野ではガセネタも溢れている。だが、山賊モヒカンが持ち帰ったいくつかの物的証拠は、事件が事実であることを裏付けるのに十分だった。モヒカンたちは手に入れた戦利品を自慢げに吹聴して回り、概ねは胡散臭いネタとして失笑を買っただけだったが、興味を示した人物もいた。
それは、当の特命教師たち。噂に尾ひれがついて広がる前に、山賊モヒカンたちをこっそりと始末して、証拠品を回収した。パラ実で山賊モヒカンがいなくなっても誰も気にかけない。むしろ日常茶飯事だ。噂はそこでたち切れになるかと思われた。
特命教師たちにとって誤算だったのは、彼らがこの分校に、無名だが重大な犯罪者が潜んでいるのを知らなかったことである。
とある国で禁断の科学実験を幾度となく行い、地域一帯を消滅させた罪として懲役1000年の判決を受けたハカセと呼ばれるマッドサイエンティストが、分校の地下教室に隠れ住んでいたのだ。彼女は、本名すら失っていた。
ハカセの犯罪は、時の王室権力も絡んでいたため詳細が公表されることはなく、表面化することはなかった。幾人かの裏世界の契約者たちによって極秘裏に事後処理がなされ、被害はただの自然災害として人々に認識された後、忘れ去られた。まあ、誰も知らなくても無理はない。この世にはシナリオにならない大事件もあるのだ、ということにしておこう。うん、多分そうだ。今思いついただけだから。
脱獄したハカセは追っ手から逃れ大荒野をさ迷い、偶然巡り合った極西分校の闇の勢力と悪い取引をして保護されるに至った。現在の決闘委員会の前身である。
地下教室は、分校を仕切る決闘委員会が主にルールを破った生徒たちに懲罰を与えるために用いられていたが、それがゆえに誰もが近づきたがらなかった。恐ろしい悪魔の実験所となった地下の一室では、現在でも囚われたモヒカンたちが処刑の時を待っていた。彼らは、ハカセの手によって切り刻まれ生体実験の礎となる運命だった。
悪の度合いを測るなら、ハカセは特命教師たちよりもモヒカンたちよりも遥かに罪深い。狂った精神を保ち、それが故に天才であった。
決闘委員会委員長の赤木桃子は、ハカセを匿う見返りとして分校内の技術の底上げに協力してもらっている。相手が悪とわかっていながら手を組んでいるという意味では、桃子は今でも十分に悪党であった。
特命教師たちのリーダー的存在である真王寺写楽斎が分校のイベントで敗れ地下教室へと送られてしまったため、他の特命教師たちは奪還を試みた。そして、失敗したのである。
写楽斎がいる地下教室へと侵入し、ハカセに捕獲された特命教師の一人は、脳をえぐり出され秘密を知らしめてしまうことになった。
極西分校生が他校より先に宇宙へのモヒカン派遣を検討できたのはそのためであった。
事件を知ったハカセは桃子と語らい分校生を宇宙へ送り出す決定をしている。彼女らにとって、人工衛星の強制停止はパラミタへの被害を防ぐのが目的ではない。人工衛星が分校から発射された以上、どんな形であれ自分たちが関わらないと所有権と縄張りを放棄したのと同様にみなされるから、というだけの理由であった。パラ実生の習性であり野生獣のマーキングと同じようなものである。従って、作戦の成功も帰還の手段も考えられていなかった。にもかかわらず、分校生の一部は宇宙行を志願している。過酷な大荒野の生活に慣れてしまっているパラ実生たちにとって宇宙空間でも生きていく厳しさは大して変わらないように思えたからだった。命の一つや二つ、安いもんだ……。彼らは死と生への感覚がマヒしており、刺激と冒険を優先していたのである。
地下教室から更に奥へと入っていった先に、ハカセが密かに蓄えていた宇宙行の飛翔体がある。名前は『壊天(かいてん)』、一号機から五号機まで揃っているのだった。
「しかし、今お主が望んでいるのは、空の向こうへの旅ではあるまい。わしの施設であろう。話は聞いておる」
その日、地下教室の主であるハカセは、外部からの来訪者を珍しげに迎え入れていた。逃亡中の身である以上侵入者を受け付けるつもりはなかったのだが、彼は別だ。安っぽい正義感を振りかざしたり偽善にとらわれて彼女を正しく処理したがるような、スケールの小さい男ではないと確信していたからだ。
「居住区も使って構わんが、なにぶん女所帯ゆえお主には不便かもしれぬ。他に必要なものがあれば遠慮なく言うがいいぞ」
欲しい物は何でも強奪してくることができる。
パラ実女子制服の上から白衣を羽織った、10歳くらいに見える美少女は、邪悪な笑みを浮かべて言った。
「くくく……、柄でもあるまいし俺に気を遣わなくてもいいぞ、【ハカセ】とやら。ただ、お前の保有している施設を借りれば事が足りる」
蒼空学園の誇る天才科学者ドクター・ハデス(どくたー・はです)は、細かいことは意に介さない口調で答えた。目の前の小さな少女に見える人物は、逃亡中の犯罪者らしい。だが、それがどれほどのものであろう。パラ実ではよく見かける経歴だし、ハデスが目指しているものと比べればさして注目すべき要素もない。
どうして彼がここにいるのか。
ハデスは、分校の防災訓練の混乱を利用してオリュンポスを手中に収めようと狙っていたパートナーの天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)の企みに一時的に首領としての座を追われ、開店休業中になっていた。どうしてやろうか、と考えていたところ、分校の影の支配者でもある赤木桃子に誘われてこの極西分校にやってきていた。彼女の言うところによると、ハカセの持つ設備は、小規模ながらもハデスの役に立てるだろうとのことだった。
「なるほど。必要にして十分にまとめられているな」
ハカセに先導され地下道を歩くこと少々。隠し扉を入った先にある施設は、それなりに使えそうな機材と素材が揃っていた。満足な規模とは言いがたいが、扱い方次第で不自由なく敵と戦える。彼の手によって、表記スペック以上の働きをするだろう。
「ここは、全ての場所から隔離されています。スキルを含め幾重にも障壁を張りめぐらせてあるため、表の世界からは見えにくく気付かれにくくなるように用心深く隠蔽されています。ノーマークなので、ハデスさんには安心して活動していただけると思います」
一緒についてきていた赤木桃子が室内を見渡しながら言った。
「私はできる限りのお手伝いを致しますので、遠慮せずに申し付けてください」
メイド姿の桃子はつきっきりで身の回りの世話をしてくれるらしい。なんでも、委員長職は現在別の人物に委任してあるため、彼女は本当にただの女子生徒なんだとか。
ハデスにとっては彼女らの身の上などどうでもいいことだしパラ実女子がどれほどの役に立つのか疑問だが、追い返すほどの事でもないので特に注文は付けなかった。邪魔にならない限りは放っておくとしよう。
「うむ、操作性は悪くない」
機器の並ぶ席に腰を落ち着けたハデスは、早速施設内のメインフレームを操り始める。十六凪と電子戦を始める前に手になじませておきたい。
この機体は、彼女らがどこかから騙し取ってきたらしいマイナーメーカー製の新型機を改造したもので性能は申し分なかった。ネットワークも帯域幅が広く高速化されているため、十六凪との戦いにおいて性能の低さや転送速度の遅さが足を引っ張ることはないだろう。
「ふふ……、パラ実生に与えておくにはもったいない装備だ。設備使用料として、オリュンポス独自技術でカスタマイズしておいてやろう」
ハデスは、破壊されずに残っていた手持ちのプログラムをいくつか入れ設定を変えておいた。起動画面にオリュンポスのエンブレムが表示されるところがチャームポイントで、彼女らも気に入ってくれるはずだ。
「……」
下準備に取り組んでいるハデスを桃子とハカセが興味深そうに見つめている。高名な悪の科学者を招くことができて、内心喜んでいるようだった。手厚い接待も出来るのだが、媚を売ってもハデスにはむしろ不評を買うだけだろう。彼女らは、黙って裏方に徹するだけだ。
「衣食住に関しては、心配ありません。時折、囚人モヒカンの叫び声が響いたりしますが、それさえ我慢していただければ、快適な空間を提供できると思います」
それでも一応、桃子はハデスをVIP待遇で世話することを伝えた。お忙しいところ無理にお願いして御足労いただいたのだ。当然のことだった。
「……」
わかったから、もう話しかけるなとハデスは手で小さく合図した。操作に熱中したかった。戦いが終わるまで、女子供を相手にしている暇はない。
「わかりました」
桃子はメイドらしく一礼して、ハカセと共に施設を見守ることになった。分校で恐れられている二人でも、こんな事態ではただの女の子にすぎないのだ。
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