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【蒼空に架ける橋】後日譚 明日へとつながる希望

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【蒼空に架ける橋】後日譚 明日へとつながる希望
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●弐ノ島


 浮遊島群全島のいたる所で華やかな祭りが繰り広げられているころ、弐ノ島ではまた別の意味で輝かしい祝事が執り行われていた。
 弐ノ島の新太守サク・ヤと東カナンの騎士カディル・ジェハド・イスキアの婚約披露パーティーである。サク・ヤは再婚ということもあり、あまり派手にしたくないとの意向で、式は身内と関係者のみ、場所は太守の屋敷ということになっていた。
 とはいえ、関係者のみといってもそれぞれが身分ある者同士。招待客もまた、それなりの肩書きを持つ者ばかりだ。特に東カナンは、カディルが領主家と最もつながりの深い12騎士の1家の者であること、さらには騎士長の長男ということもあって、12騎士のなかでも領主バァル・ハダド(ばぁる・はだど)の寵愛を受ける3家――サディク家、アーンセト家、タイフォン家――の騎士を代理の使者に立てていた。このことからも、いかにバァルの関心が高いかをうかがい知ることができだろう。
「まったく……看板が立派すぎる」
 広間に居並ぶ者たちの姿を廊下の窓から覗き見て、カディルはため息をこぼす。
 彼らは皆、義父オズトゥルク・イスキアの友人たちだ。家族的な付き合いから面識がある程度で、個人としての自分は一介の騎士でしかなく、12騎士である彼らとは口もきける立場にない。
 最近鎖国が明けたばかりの、どことも知れない他国で暮らすことになるカディルに対する援護のつもりなのかもしれないが、カディル本人はこの担がされた看板の大きさに恐縮するばかりで、ただただ押しつぶされそうなプレッシャーを感じるだけだ。
「俺はただの養子だぞ」
「何を言うか!」
 卑下するつぶやきに、すぐさま後ろから叱責が飛んだ。
 彼の言う義父のオズトゥルクが、いつの間にはそこに立っていた。2メートルを超える長身と、男から見てもほれぼれするほどたくましい肉体を持つ偉丈夫オズトゥルクの存在感は圧倒的だ。しかも12騎士としての正装を身につけている今は、さらに押し出しが強く感じられる。
「おまえはオレが育てた正真正銘オレの息子、イスキア家の長男だ。何を卑屈になることがある!」
「親父……」
「堂々と胸を張れ。これはおまえのパーティーであり、彼らはただの祝い客にすぎん。主役の1人であるおまえが出る前からそのように気おくれしていては、おまえの婚約者の立つ瀬がないぞ」
「そうよ」
 オズトゥルクのとなりにいた中国古典 『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう)(シャオ)が、圧倒されている様子のカディルにくすりと笑って、オズトゥルクの言葉を肯定した。
 シャオが言葉を発して、初めて彼女の存在に気づいた顔で、カディルはシャオを見る。シャオはいきなり現れたわけでなく、最初からそこにいたのだが、あまりにオズトゥルクの存在感が強すぎて、意識外だったのだろう。
「婚約おめでとう、カディル。どうか幸せになってね」
 目をしぱたく彼の前に進み出て、シャオは心のこもった言葉を贈る。カディルはシャオの存在に助けられた思いで肩から力を抜いた。
「ありがとう」
 そしてオズトゥルクとシャオを交互に見て、シャオにだけ聞こえるように声を落として言う。
「弟たちから聞いたよ、あんたが親父の相手なんだって。今度はあんたたちの番かな?」
 面と向かって言われて、カッとシャオのほおが赤く染まった。予期していなかっただけに、もろに出てしまった。
「はは。
 おれはべつに反対してるわけじゃない。出ていく身としては、むしろ家に入ってくれる存在はありがたい。
 ただ、親父さんももういい歳だからな、あんまり待たせないでやってくれ」
「私はべつに……」
 動揺してしどもどになりつつも、言葉を探そうとする。しかしそのときセ・スリがカディルを呼びにきて、会話は中断された。
「じゃあ親父。またあとで」
「ああ。――あいつはおまえに何を言ったんだ?」
 カディルが消えた廊下の角を見ながら、オズトゥルクはかがんでシャオに訊く。どうやらカディルの言った言葉に彼女が動揺しているのを見て、そう思ったようだ。感心しないという表情に、シャオはあわてて手を振って見せた。
「違うの。そういうんじゃなくて……彼はお礼を言っただけ。
 それより、オズ。パーティーのあとでいいから、少し時間をくれない?」
「それはかまわないが」
 まだ納得したふうでないながらも、シャオが追及されるのを拒むそぶりを見せたことに、オズトゥルクはそれ以上深追いするのをやめる。そしてエスコートするように、シャオに腕を出した。
「さあ行こう。息子の晴れ舞台だ」



 広間では、弐ノ島太守の肩書きを娘に譲って本格的な隠居生活に入った前太守のエン・ヤの紹介で、主役の2人が登場していた。
 祝福する人々に取り巻かれている2人に、ちゃんと順番を待って遠野 歌菜(とおの・かな)が近づく。サク・ヤが彼女の姿に目をとめたところで、歌菜は夫の月崎 羽純(つきざき・はすみ)と2人並んで笑顔で祝辞を述べた。
「サク・ヤさん、カディルさん、ご婚約おめでとうございます! お幸せになってくださいね!」
「ありがとう」
 歌菜からの心のこもった言葉に、サク・ヤは目じりににじんだ涙を拭き取りながら答える。
 羽純はカディルと目を合わせた。
「婚約おめでとう。
 もう、お互いの手を離さないように、な」
 10年前、出会った瞬間恋に落ちた2人は、同じ速さで悲劇に巻き込まれ、別離した。運命に抗うことはできず、一度は結ばれることをあきらめた2人だったが、今また運命のいたずらで再会し、まだ出会ったときの情熱が薄れていないことを確認して、再び結ばれた。そういう経緯を知る歌菜と羽純は、今度こそ2人に幸せになってほしいと思っていた。
「必ず」
 カディルの返答にうなずき、羽純は下げていた長方形の白い化粧箱を持ち上げ、歌菜に渡す。歌菜はそれを両手で受け取ると、2人へ差し出した。
「これ、私の地球の地元のおいしいお酒なのです。よかったらぜひおふたりで召し上がってください♪
 あ、おふたりとも、お酒は大丈夫ですよね?」
「ああ。大丈夫だ。ありがとう」
 小さなブーケを左手に移し、受け取ろうとするサク・ヤに先んじて、カディルが受け取った。見るからに重量がありそうだと思ったのだろう。
 再会したとき、あんなに険悪な表情をして罵っていたカディルが、サク・ヤをやさしく見つめ、気遣っている。そう思うと、歌菜は口元が緩むのを抑えきれなかった。
「ふたりの衣装、とってもきれいだったね」
 後ろに並んで待つ者に場を譲り、離れた所からあらためて2人を見て、歌菜はしみじみと言う。
「結婚式はいつごろになるんだろ。きっと結婚衣装もすてきなんだろうなぁ。
 もう今から見るのが楽しみ ♪」
「そうだな」
 上機嫌の歌菜とともに、割り当てられたテーブル席へと戻っていく途中、羽純は人で混雑したなかに壱ノ島太守セ・ヤの姿を見つけて立ち止まった。
「歌菜」
「んんっ? なに?
 あ、セ・ヤさん!」
 まさかこんな所で会えるとは思わなかったと、歌菜はUターンしてそちらへ向かう。セ・ヤの方も歌菜たちのことを覚えており、笑顔で歓迎する意思を示した。
「こんにちは、セ・ヤさん。セ・ヤさんもいらしてたんですね」
「もともとわたしはエン・ヤの遠縁にあたるの。亡くなった夫とはエン・ヤの紹介で出会ったのよ。そのことからも、昔から家族ぐるみで親しく付き合ってきているわ。
 クク・リ、チル・ヤ、ニニ・ギと亡くして、エン・ヤも床に伏していて……ずっと不幸続きだったあの子には、今度こそ幸せになってほしいわね」
「はい!」
 元気よくうなずいたあと、歌菜はためらいがちに言う。
「あの……私、思うんです。おふたりの姿は、今の地上と浮遊島群との関係の象徴なんじゃないか、って」
 地上の人間であるカディルと、浮遊島群の人間のサク・ヤ。一度別れ別れになっていた2人が時を経て再会し、婚姻という絆で固く結ばれようとしている。
「あのふたりのように、地上と浮遊島群もともに手を携えて末永く歩んでいけたらいいな、って思うんです。そしてその根幹を支えるのは、やっぱり人と人のつながりだと」
「そうね」
 歌菜の視線を追い、サク・ヤとカディルを見て、セ・ヤも同意を示す。
「だから、セ・ヤさん。私たちもあらためて、ここから始めましょう。
 友達になってください」
 差し出された手は、歌菜の言うとおり、地上と浮遊島群の絆を結ぶ第一歩だ。
 時は流れている。悲しみに打ちひしがれていたサク・ヤがこうして幸せを掴んだように。ならば、自分も前へ進まなくては。
「よろしく」
 セ・ヤは一歩前に出て、歌菜の手を取った。



 歌菜と羽純が招かれてセ・ヤのテーブルにつくころ。入れ替わるように別テーブルから立ち上がったのは、エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)だった。
「大分人も減ってきたみたいだから、そろそろ私たちも行きましょうか」
 飲んでいたグラスをテーブルに戻し、隣席の布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)を振り返る。
「う、うん」
 佳奈子は言葉をのどに詰まらせつつ、椅子を引いて立つ。その様子に、エレノアはぴんときた。
「あなた、まだ緊張してるの?」
「だって……」
 気づかれるのを避けるように、佳奈子はそっと周囲に視線を巡らせた。いずれの人も、見るからに立派な出で立ちをした身分ある者たちだ。
 ある意味挙動不審な佳奈子の様子に、しかし付き合いの長いエレノアは、ああ、またいつものように気後れしているのだな、とすぐに察しをつける。
「大丈夫よ、佳奈子。私たちはあのふたりの友人で、正式に招待されているんだから。むしろ、一部の人たちよりずっと、ここにいるのにふさわしい理由があるの」
「うん……そうだよね」
 こく、と唾を飲み込んで緊張を押さえようとする佳奈子の前に、そのとき、すっと横からいくつかのグラスの乗ったトレイが差し出された。
「緊張を解くには、飲み物が一番なのですー」
 メイド服を着た、10〜11歳くらいの黒髪ショートカットの少女がにこにこ笑って佳奈子を見上げていた。
 この館のほかの使用人とはあきらかに違う、地上の喫茶店でよく見かける服装だった。普段からいろんなアルバイトに精を出している佳奈子は、少女が着ているメイド服を見て、ふと空京のとある喫茶店の制服にとてもよく似ている気がして目をしぱたく。
 このパーティーのために雇われたアルバイトだろうか?
 そんなことを考えて、つい動きを止めてしまった佳奈子に、少女は彼女が迷っているのだと思って、促すようにさらに言葉を重ねた。
「どれもノン・アルコールだから、大丈夫なのです。おいしいですよー」
「あ、ありがとう」
 カラフルなドリンクのなかから佳奈子があざやかな緑色をした1つを選んで取ると、少女は「いいえー」と笑顔で去っていく。
 グラスの乗ったトレイを手に、とてもただのメイドとは思えない、軽やかな身のこなしで人混みをすり抜けていく少女を、なんとなく目で追いながら、佳奈子はグラスに口をつけた。甘い、メロン味だ。ほかにも何か柑橘系のフルーツを混ぜているらしく、口当たりがいい。
 佳奈子がそれをグラス半分ほど飲むのを待って、エレノアは再び促した。
「さあ行きましょ」
「うん。サク・ヤさんには話しておきたいこともあるし」
「話?」
「うん。機晶石の売買のこと」
 佳奈子は、2カ月前の事件で、サク・ヤには機晶石のことでいろいろ面倒なことをお願いしてきたという経緯があった。あらためてそのお礼も言わないといけない、と思う。しかし、それ以上に話し合っておきたいことがあった。
 これから機晶石を浮遊島群でどう活用するか。
 オオワタツミの居城にあった雲海を発生させる生体装置がなくなり、雲海が消えると同時に雲海の魔物たちは浮遊島群の周辺から姿を消した。それは彼らの首魁であったオオワタツミがいなくなって彼らを縛るものがなくなったせいかもしれないし、あの魔物たち自身、オオワタツミの霊力に支えられて存在していた存在だったのかもしれない。どちらにしても、雲海の魔物の脅威がなくなり、弐ノ島の人々は魔物の襲撃を受けて死亡することはなくなった。
 しかし、依然としてこの島が世界樹の加護の範囲外にあるのは変わりなかった。天候は荒れやすく、土地は痩せて作物の育ちは悪い。カディルを太守の伴侶に迎えることで東カナンの後ろ盾と援助が得られるだろうが、これから数十年、この島の主要貿易品が機晶石であるのは変わらないだろう。
 その憂慮をサク・ヤたちがしていないはずはなく、2カ月も経つのだから当然何かしら動いていることは想定できる。彼女たちのビジネスに、佳奈子が浮遊島群で築いた人脈が役に立つのではないかと佳奈子は考えたのだ。
 もしかしたら不要かもしれない。だけど、あって邪魔になるものでもないし。
「あ、でも投げっぱなしにするわけじゃないよ? 私たちも苦学生だし、夏休みとか冬休みとか時間があるときに、何かお手伝いできることがあれば弐ノ島へバイトに来てもいいよね。きっとカディルさんがバイト代弾んでくれると思うし」
 最後、軽く茶化して話を終える。その内容に、いつの間にかエレノアが難しい表情をしていることに気づいて、佳奈子は笑顔を消した。
「エレノア? 私、何かまずいこと言った?」
「ううん。すごくあなたらしいと思うわ。ただ、早く話したいって気持ちは分かるけど、祝いの席で当事者のふたりに話すには、それってちょっと不向きな内容じゃないかしら。
 そういうのは明日か明後日にして、場をあらためた方がいいんじゃない?」
「あ、そうか。ごめん、エレノア」
 ううん、と首を振る。
「今はふたりをお祝いすることだけ考えましょう」
「うんっ」
 笑顔でうなずくと、ちょうど前にいた数人が動いて場を譲ってくれた。佳奈子はエレノアと2人、カディルとサク・ヤの前へ進み出た。
「おひさしぶりです、サク・ヤさん、カディルさん。きょうはご招待をありがとうございました。ご婚約、おめでとうございますっ」