百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

【蒼空に架ける橋】後日譚 明日へとつながる希望

リアクション公開中!

【蒼空に架ける橋】後日譚 明日へとつながる希望
【蒼空に架ける橋】後日譚 明日へとつながる希望 【蒼空に架ける橋】後日譚 明日へとつながる希望

リアクション

「盛況じゃのう」
 いたる所で歓談が行われ、騒がしい広間内を見渡して、ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)はつぶやいた。
 だれもかれもがみんな、いい顔をしている。とりわけ本日の主役であるカディルとサク・ヤの笑顔はすばらしく、現れてからずっと表情が光り輝いている。一片の曇りも影もない、まさに幸せの絶頂というところだろう。
「それに比べてうちのアキラは」
 ちろり。
 ルシェイメアが次に目をやったのは、テーブルの影で壁に向かって体育座りをしているアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)だった。
 ぶつぶつぶつぶつとひっきりなしに当人にしか聞こえないような声で何かつぶやいており、頭の上に乗っているアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)
「大丈夫? アキラ?」
 との心配にも無反応。かなり病的な雰囲気を漂わせている。
 1人お通夜状態というか、かなり辛気くさい。
「……ええい、うっとうしい。いいかげん、立ち直らんか! 飯がまずくなる!」
 フォークを皿に戻し、一喝する。
「大体、薄毛が何だというんじゃ! たかが髪の毛が薄くなるというだけじゃろう! 第一、この先薄毛になるかどうかなぞまだ決まっておらん! 現状、きさまは将来薄毛になる可能性が最も高いというだけじゃ! 薄毛は毛穴が一番関係しとるというからな! これからの頭皮ケアで何とでも――」
「ヤメテー! それ以上はダメーッ!! アキラ死んじゃう!!」
 ルシェイメアの言葉をふさいだのはアリスだった。ルシェイメアは叱咤激励のつもりで言っていたのだが、病んだ精神状態のアキラはルシェイメアの用いた言葉のごくごく一部の単語だけしか耳に入っていなかったようで、見れば無数の見えない剣にグサグサ刺されてもはや瀕死の体である。
「死ナナイデー! アキラー!」
 アリスが必死にすがりつくも、アキラは目を剥いてぴくりとも動かない。
 ばったりうつぶせに倒れているアキラに、ルシェイメアは、ふん、と鼻を鳴らして腕組みをした。
「まったく。下心でグロウハニーなぞ使うからじゃ」


 事の発端は数時間前にさかのぼる。
 弐ノ島太守の館を訪れたときのアキラは、これ以上ないほど上機嫌だった。有頂天と言ってもいいくらいだ。その勢いでパーティーが始まる前にカディルとサク・ヤの控え室へ突撃し、2人にあいさつと招待へのお礼、そしておめでとうを言った――主にルシェイメアが――あと、当時の状況を思えばしかたないこととはいえ、北カナンまでイナンナの元へ走らせたことをカディルに詫びるのもそこそこに、アキラはサク・ヤのドレスアップした美しさを見て、まるで女神降臨を見るかのように、まぶしげに手で目をかばう仕草をしながらあとずさった。
「すっげーキレーーー!! おま、こんな美人の嫁さん捕まえやがって、ドチクショー!!」
 ばんばんばん! カディルの背中が割れんばかりにぶったたき、さらにテンションを加速させていく。
「壱ノ島のセ・ヤさん、弍ノ島サク・ヤさん、参ノ島ミツ・ハさん、伍ノ島キ・サカさんっ! 肆ノ島はまだだれか分からないけどこの確率からして美女だろっ
 太守全員女性じゃん!! なんという女性統治国家! 地上最後の楽園はここ、浮遊島群にあったのだ!!」
 ヒャッハーーーー!!
「そ、そうだな……」
 アキラのハイテンションはともかく、太守全員女性ということを言われて初めて気づいてうなずくカディルの前で、アキラはポケットをごそごそさせて、ある物を取り出した。
「ちゃかちゃかちゃーーーんっ。
 グロウハニィ〜〜〜」
 浮遊島群以外の場所では超有名な、ブルーキャット型ロボットを彷彿させるダミ声をつくり、取り出したそれを掲げる。そして全員が注目するなか、ためらいなくそれを口のなかへ放り込んだ。
「アキラ!?」
「ふっふっふ。明日は参ノ島、ミツ・ハさんに会いに行くからな。オオワタツミ戦のときには彼女をときめかせたようだし、脈は十分あるとみたっ! これで15歳も歳とれば、もうバッチリ! 彼女の好みドストライク! 絶世の美女ミツ・ハさんとウハウハ、ベッドイーーーンできるのは間違いなしっ!!」
 その試しのつもりだったのだろう。
 まあついでにサク・ヤさんにもカッコイイ自分の姿を見てもらい、感心させたいという下心があったかもしれないが。
「どう? 歳取った俺」
 変身を終えて、みんなに尋ねる。しかし彼を見る全員が、まだあっけにとられた顔をしたままだった。そのまま、固まってしまっているようだ。
 いきなり15歳も歳を取ったのだから、驚くのもしかたない。そう思い、彼らの認識が現実に戻るのを待っていると――。
「……ぶっ」
 グロウハニーが何かを知るルシェイメアが、一番最初に反応を見せた。
 腹を抱えて大爆笑、というアキラにとってまったく予想外の行為で。

わーーーーははははははははは!!!

 なんじゃアキラ、その頭は!!!」
 ヒーヒー、腹痛い!!
 笑いすぎて涙までにじませている。
「頭……?」
 そう言われてみれば、なんだか頭に妙な違和感がある。なんだか額のあたりから頭頂部にかけて、スースーするというか……。
 頭に手をやってみると、いつもの髪の感触がなく、指と頭皮で同時に直接地肌に触れる感触が起きた。

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 声にならない悲鳴を発し、アキラはガラカメばりの白目をむいてブルブル震える。
 ええーなに!? 俺将来ハゲるの!? そういや疲れたからといって風呂サボったり、徹夜でゲームしたりしてたけど!!
 頭皮にダメージを与えると言われている行為に心当たりがありすぎる!
 ハイテンションから廃テンションへ。愕然と震えているアキラのそばでは、過呼吸で呼吸困難になったルシェイメアが、げほげほむせながらも止められない笑いに床をバンバンたたいて笑い転げていた。


「……いや、まあ、たしかにわしも悪かった。少し調子に乗りすぎたようじゃ」
 頭の冷えた今、ルシェイメアもちょっと反省を込めて言う。がしかし、少しばかり遅すぎたようで、アキラはすっかり内にこもって、育毛法についてぶつぶつつぶやいており、地上の楽園とかは完全に吹っ飛んでしまっているようである。
「大丈夫よアキラ。心配しないデ。ワタシが頭皮マッサージしてあげるワ」
 ゆる族の小さな手で、アリスが一生懸命頭皮をモミモミしていると。
「そうだ、アリスのせいだ!」
 突然叫びながらアキラが立ち上がった。アリスは振り落とされそうになりながらも必死でしがみつく。
「アリスがそうやっていつも頭に乗ってるから、蒸れてハゲるんだ!」
 根拠がありそうでなさそうな、納得しそうでそうでもない論を展開するアキラに、アリスは目を見開いた。
「ソンナ! 違うワ、アキラッ!
 大丈夫ヨ、ハゲたりしないワ。ワタシが毎日こうしてあげるカラ!」
 そんなわけも分からない言いがかりで、もうすっかり居心地のいい定位置と化している居場所を奪われてはたまらないと、アリスは必死に頭皮マッサージをして、アキラをなだめにかかっている。まるで興奮した馬か牛を鎮めようとしているようだ。
 その様子に、ルシェイメアは含み笑いとあきれの中間のような表情でため息をついた。



 楽しい時間というのは存外早く流れるものだ。
 あっという間に数時間を経て、闇色を濃くした空の下、歌菜は酔い覚ましを兼ねてバルコニーに出て夜風をほおに当てる。
「うーん、気持ちいい」
「歌菜、あまり乗り出すな。おまえは今酔っているから危険だ」
 注意する羽純の方を振り返り、歌菜はほろ酔いにほんのりと赤く染まった顔で笑う。
「大丈夫。羽純くんってば心配性っ。
 それに、危なくなったら羽純くんが助けてくれるんでしょ?」
 どこか茶化したもの言いながらもそれを期待しているような眼差しに羽純は苦笑しつつ、歌菜の隣へついた。
 空を仰ぐと、またたく無数の星が見える。宙に浮かぶ浮遊島群のせいか、地上より大きく、近く感じられるのは気のせいだろうか。
「きれい……。
 ね、羽純くん。これまで、本当にいろいろあったね。大勢の人と出会って、別れて……。
 だけど、いつも隣に羽純くんがいてくれた。ううん、いてくれなかったときも、心は寄り添っているって信じられてた。だから私は、どんなときも、決して独りじゃないって思えたの」
「歌菜」
「それだけじゃない。手を伸ばせば届く距離に、いつだって志を同じくする仲間がいて、私たちは手をつなぎ合って、ともに同じ目的のために一緒に戦ってきた。彼らがいてくれたから、私は安心して前だけを見て走ることができたの。
 手をつなぎ合って生まれた絆……細くて頼りないかもしれないけど、この縁という見えない糸を大事に紡いで、そして次につないでいきたい……」
 そして歌菜は思い切り深呼吸すると、パッと表情を輝かせた。
「ね? 羽純くん! また天燈流し、参加したいよねっ。すっごくきれいだった!」
「そうだな。あれは本当に美しかった。また夏になったら訪れてみるか」
「夏かぁ。今から楽しみ。
 あっ、と。それから、ライブもやりたい!」
「ライブ?」
「うんっ! シャンバラの歌と、浮遊島群の歌と。みんなで歌うの。
 あ! 一緒に歌をつくってもいいかも!」
「ライブか。やるなら、この島のアーティストと共演したりして、派手に行くか」
「うん! 今度、企画をサク・ヤさんに持って行こ!」
 楽しげにアイデアを語る歌菜。
 2人の話は尽きない。



 また、太守の館の1階のとある場所では、オズトゥルクがシャオにために客間のドアを引き開けていた。
「ここでいいか?」
「ええ」
 オズトゥルクの横を抜けて室内へ入ると同時に、あかりがつく。シャオはオズトゥルクを見て、うす暗い廊下を通る間は気づけなかった疲労感のような苦悩を読み取った。
「何かあったの?」
「……いや何も」
 そう答えたあと、シャオが全然納得していないのを見て、オズトゥルクは苦笑でごまかしつつ、先の言葉を訂正する。
「カディルのやつが、名前を戻すと言いだした。もとのジェハドに戻ると。……前から言ってはいたんだが、まさか本気だったとはな」
 大きな手で隠した口元でため息をつく。
 オズトゥルクは、息子に拒絶されたと思っているのだろうか。憂慮するシャオに気づいて、オズトゥルクは打ち消すように手を振って見せる。
「なんでもない。おまえには関係ないことだ。
 それで? 話とは何だ?」
「関係あるわ!」
 オズトゥルクのもの言いにカッとなって、シャオは思わず口走る。
 突然の激に目をしぱたかせるオズトゥルクを見て、はっと我に返って少し恥ずかしそうに口ごもったが、言葉は止めなかった。
「関係あるように、なりたいのよ……」
「シャオ?」
「あのね、私、今回は一度シャンバラに帰るけど、そろそろ東カナンに……あなたの所に行きたいの。
 子どもたちにもまた会いたいし……。その……ね……、カディルたちの婚約の話聞いて、私たちもまだかなーとか思ったなんてね……ね……」
 話しながら、みるみるうちにシャオは真っ赤になっていた。
 緊張のあまりのどが細まって、言葉がつかえて何度も途切れそうになったが、どうにか最後まで言い終えて、じっとオズトゥルクの返答を待つ。いつの間にかうつむいて、彼の手元ばかり見ていたことに気づいて顔を上げると、オズトゥルクは難しい顔をして、眉間に縦しわを刻んでいた。
 どう見ても喜んでいる様子ではない。
 やがてオズトゥルクは重いため息を吐き出し、いつになく真剣味を帯びた低い声で言う。
「オレは反対だ」
「どうして?」
「おまえ、大学はどうする? 目的があって、そこで学んでいるんじゃないのか? 途中で放り出してしまえる程度のものなのか?
 セルマや、友人たちはどうだ? そのことについて、彼らは何を言っている?」
「それは……」
 名前を持ち出され、シャオのなかにパートナーセルマ・アリス(せるま・ありす)の姿が浮かんだ。その一瞬、口ごもる。
 口ごもった様子から、シャオがまだ彼らと話し合っていないのは分かった。先にオズトゥルクから承諾を、と考えたのだろう。恋人を第一に考えてくれるのはオズトゥルクとしてもうれしいが……。
「話す順番が間違っている。おまえはまず、おまえが大切に思う人たちと話さなくては。向こうを離れるんだから。
 オレは待てる。カディルに何を吹き込まれたか知らないが、あせらなくていい。時間はたっぷりあるんだ。今できることをあわてて投げ打つ必要はない」
 心残りを残して来るなと、オズトゥルクは言っているのだ。もしあのときああしていればと、過去を振り返ったりしないように。
「吹き込まれたわけじゃ……。前々から考えていたのよ……」
「そうか。それはすまんかったな」
 オズトゥルクはシャオのひざの上の手に、自分の手をかぶせた。剣タコのできた、ごつごつとした厚くて固い、でもあたたかい手が、一瞬シャオの手を握る。
「オレの所へ来たいと言ってくれるのはうれしい。だがな、今中途半端に投げ出しては来るな。
 なにしろ、オレにはおいそれと戻す気はないからな。来るときは、片道切符と思って来い」
「――分かったわ」
 オズトゥルクの手の下で、くるんと手の向きを変えて仰向けにし、指をからませる。オズトゥルクと目と目を合わせ、シャオは言い切った。
「あなたの言うとおりにする。でも、絶対行くからね、私。そっちに」
「ああ。待ってる」