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リアクション
(2)午前
次の日、いよいよ開店である。
浜辺は午前中から観光客でにぎわっていた。しかし、肝心のお店が繁盛しなければ意味が無いのだ。
「さあさあ、いらっしゃいませ!おいしい料理に、冷たいかき氷もありますよー」
水着姿で声をかけて回っているのは、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)だ。傍らには、パートナーの雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)もいる。名前の通り大きな白熊の姿をしたゆる族の彼は、暑い浜辺にかえって似合っているのかもしれない。
「白熊のベアも海の家にはるばる来てくれましたー」
ソアに紹介されて、ベアは無言で人々に手を振る。何人かの子供たちがベアに興味津々であった。
「ほら、怖がらなくてもいいぜ、おいしいかき氷もあるからな」
一緒にいた緋桜 ケイ(ひおう・けい)は、子供たちに氷術で作ったかき氷を配って回った。
「ありがとう、お姉ちゃん」
子供たちは大喜びだ。
「ケイ、よい作戦だが、人を集めても子供ばかりでは売り上げに貢献できぬであろう」
と言うのは、ベアの肩に乗っていた悠久ノ カナタ(とわの・かなた)。
「じゃあどうすればいいんだ?」
「ふふ、殿方を引き寄せるには……これだ!」
カナタが身を包んでいたマントを脱ぎ捨てると、彼女のまとっている水着はなんと、スクール水着であった。
カナタの外見年齢では一応自然であるといえるが、突然のことにケイは目を白黒させていた。
「い、いつの間にそんな水着を……」
「なんでもこの水着を特別に好む者がいるそうではないか、こういうときのために、密かに用意しておいたのだ」
「…………」
二人のやりとりの間、カナタの下のベアは困った顔をしてずっと黙っていた。
「向こうは水着に白熊にかき氷と、いろいろやってるみたいね。こっちも負けてられないわ」
少し離れた場所でお客を集めていたカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)がケイたちのやりとりをみて言った。
彼女も負けじとビキニ水着姿で、海の家の料理の試食品を配って回っている。
「この浜の名物料理と言えばこれ! おいしいシーフードカレーだよ〜」
水着とおいしい料理で一挙に注目を集めようと言う狙いであるが、あいにく水着のトップスを上下間違えてつけていることに気づいていない。ある意味注目を集めたからいいのかもしれないけど。
「おいしそうですね、どこの海の家ですか」
カレンがあちこち歩いて宣伝した結果、海の家に興味を持つ観光客がたずねてきた。
「あちらのクラリスの店だ、案内しよう」
カレンと一緒に宣伝をしていたジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)は、箒にお客を乗せて海の家まで案内した。
「いってらっしゃーい」
カレンは飛んでいくジュレールに向かって手を振る。
ジュレールは海の家の首から看板を下げていたので、お客へのサービスと共に宣伝も兼ねられるのだ。
織機 誠(おりはた・まこと)はパートナーの上連雀 香(かみれんじゃく・かおり)を肩車しながら、看板を持って宣伝していた。
「レトロな感じの海の家はいかがですかー。おいしい料理や漫画の貸し出しもありますよ、ご家族でどうぞー」
「皆の者、海の家で妾と握手、なのじゃ〜」
香は楽しそうに肩車されながらチラシを配っている。
「誠、疲れてないか?」
「だ、大丈夫です。鍛えてます、から……」
そう言っても、肩車で長時間歩くのは大変だ。
二人がしばらく浜を回って海の家で休んでいると、アイスを買いに行った香が誠の元へ戻ってきた。
「ほれ、誠の分じゃ」
そういって手に持っていた二つのアイスの片方を差し出す。
「ああ、ありがとう」
誠は少し驚いたようであったが、嬉しそうにアイスを受け取った。
「誠は海の家の為に頑張ってるからのう。上手くいくとよいな」
二人は一緒にアイスを食べながら、晴れた空を見上げていた。
海の家の入り口付近では、猫柳 御華子(ねこやなぎ・みかこ)がお客の子供と一緒に遊んでいた。
「にゃー」
御華子は黒猫の姿になってしまっているが、元はれっきとした人間である。ただ今回は、猫になりきってお客を楽しませようと思ったようだ。
かき氷を食べていた子供のところによって来て、みゃあと興味を持ったような声を上げた。
「キミも食べたいの?」
子供はかき氷を分け与えようとするが、店員をしていたリカ・ティンバーレイク(りか・てぃんばーれいく)が優しく声をかけた。
「かき氷だと、おなかを壊してしまうかもしれませんよ。こちらのミルクをどうぞ」
といって、御華子の前にミルクの皿を置く。御華子は普通の猫のようにペロペロと皿のミルクを飲んでいる。
やがて子供が浜へ遊びに行ってしまい、リカもチラシ配りに行き、御華子は一人で店内でごろごろ過ごしていた。
「猫がいるお店ならもっと人気がでると思ったんですけどねえ……この村は漁村だし、猫はあんまり珍しくないのかしら」
誰にも聞かれないところで御華子はそんなことを考えていたが、しばらくすると、さっきの子供が友達を連れて戻ってきた。
「みゃー」
御華子は嬉しそうに子供たちのもとへ駆け寄った。
「わあ、かわいい猫だねえ」
人なつこい御華子は子供たちに人気があるようで、追いかけっこをしたり、撫でられたり、元気な子供たちはとても楽しそうだった。ただ御華子は結構体力を使ってしまったらしく、しばらくしたら店の脇で眠りこけている姿が発見された。
さて、海の家の付近では観光客のほかに結構な数の学生たちが遊んでいた。大部分はクラリスの店を盛り上げるために来た者たちである。といっても遊ぶ方がメインになっている者も少なくない。
久沙凪 ゆう(くさなぎ・ゆう)は、クラリスの海の家を買おうとしている商人を警戒することにしていたが、いまのところカティア・グレイス(かてぃあ・ぐれいす)と楽しく浜辺で遊んでいた。
「いい天気ですねー、海もきれいですし、全力で遊ばないとですね」
「そうですね」
カティアの言葉に、ビーチパラソルの下で休んでいたゆうが返事した。カティアは勢いよく波の中へ飛び込んでいく。水しぶきが上がり、楽しそうな笑い声が周りから聞こえてきた。
「平和だなあ、いつでもこうだといいのですけど、なかなかそう上手くいかないんですよね……」
ゆうはそうつぶやきながら、うとうとしている。
たまにはこうして、つかの間の休暇を楽しむのも悪くない。そう思っていたのかもしれない。
「あれ、ミーナ?」
菅野葉月(すがの・はづき)はミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)にせがまれて海へ遊びにきたのだが、しばらくするとミーナの姿が見えないのに気がついた。ミーナは方向音痴なのであるが、本人にその自覚はないのだ。
「まったく……せっかく海に来たのですから、思う存分泳ぎたいのに」
まだ遠くへ行ってないはずだ。浜を探すと海の家で焼きそばを食べているミーナを発見した。
「あ、葉月〜どこ行ってたの?」
ミーナは葉月が来るのをみると、のんびりとした様子で笑った。
「ナンパとかされなかった? もししつこい奴がいてもワタシが追い払ってあげるからね!」
「うん、ありがとう……」
心配していた葉月も表情が柔らかくなった。こうなるといったいどちらが保護者なのだろう。と、思ったのかもしれない。
海で沢山泳いで疲れた周藤 鈴花(すどう・れいか)は、海の家で一休みすることにした。
「どうやら結構繁盛しているみたいね」
店の中にはいると、学生以外にも観光客などが結構入っていた。
奥の日の当たらない場所で、メニエス・レイン(めにえす・れいん)がラーメンを食べている姿を発見した。ほかにもいろいろ食べているようで、テーブルには皿が沢山積み重ねられていた。「料理の味は評価が高いようね」
「でも高いわ、観光地価格というわけね」
鈴花の言葉に淡々と返しつつ、メニエスは黙々と料理を食べている。
「いらっしゃいませ」
リカが注文を取りにやってきた。
「じゃあこっちもラーメンお願いします」
鈴花がメニューを見ながら注文する。
出てきたラーメンは、昨日採った海草をつかったわかめラーメンだった。
「うん、おいしい」
暑い海で熱いラーメンというのも意外と合うようだ、と鈴花は感心していた。
「日に当たらなくても、海の家でおいしい料理を食べられてとても満足です」
メニエスはさらにカレーを注文していた。いったいいつまで食べるつもりなのだろうか。
海の家ではリカのほかにも、沢山の店員たちが働いていた。
「いらっしゃいませー」
メイドのナナ・ノルデン(なな・のるでん)は、さすがに接客に慣れた様子である。料理を運ぶ間に、あいた時間でささっと皿を片づけたり掃除をしたりしている。
「せっかくのバカンスだと思ったのに〜」
ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)もナナとお揃いのメイド服を着て料理を運んでいた。とはいえズィーベンはメイドではないので、適当に手を抜きつつナナの手伝いをしていた。
「後で休み時間になったら、海へ遊びに行こうよ。ほら、海の家の近くに人がいた方が、繁盛しているように見えるしね」
「そうですね、せっかく水着も持ってきたのですし……」
「やったー! いや、ナナの水着が見たいんじゃなくてね、人助け、人助け」
どうあれ、ズィーベンは嬉しそうだった。
ターラ・ラプティス(たーら・らぷてぃす)、水橋エリス(みずばし・えりす)の二人は、水着姿で接客していた。ジェイク・コールソン(じぇいく・こーるそん)は、ターラの水着姿を他の男性客に見られるのが本当は嫌だったのだが、ターラは注目を集めるためだといって、露出の多い水着を着ていた。
「ご注文のシーフードカレーです」
ターラが料理をテーブルに持っていくと、やはり男性客は料理よりターラの水着に注目している。
(……我慢、我慢……)
ジェイクはそう自分に言い聞かせているようだった。
でもやっぱり一緒にいると辛いらしく、店の外へチラシ配りに行ってしまった。
「……ふむ、パートナーと契約者の関係も人それぞれ、というところでしょうか」
エリスはその様子を見て一人でつぶやいた。ちなみに彼女は、リッシュ・アーク(りっしゅ・あーく)の勧めで水着姿で接客していた。もしかしたら単に彼が水着姿を見たかったのかもしれないが……
当人のリッシュは、店の裏で雑用をこなしていた。如月 陽平(きさらぎ・ようへい)とともに、食材の野菜を切ったり皿を洗ったりしている。
「どうやらお客さんも順調に入っているようだね」
陽平が店をのぞき見ながら、安心したように言った。
「そうだな、昼になったらもっと来るだろうから、頑張らないとな」
リッシュはそう言いながら、真面目に仕事を続けていた。シャンバラ人のナイトである彼は、本来ならこのような雑用をする立場ではないだろう。しかし彼は文句を言わずに、むしろ楽しそうに仕事していた。それはきっと、エリスや他の仲間たちが一生懸命働いていたからかもしれない。
陽平も、その様子を見て自分にできることを頑張ろうと思ったのであった。
海の家の店内の一角では、和原 樹(なぎはら・いつき)がお土産コーナーを開いていた。ただの売店ではなくて、貝殻などを実際に加工してアクセサリーにできる体験コーナーである。
「こうやって錐で穴をあけて……はい、ブレスレットの出来上がり」
「わあ、ありがとう、お兄ちゃん」
「絵とかは苦手だけど、こういう工作は得意なんだ」
手伝ってもらった女の子がお礼を言うと、樹は照れくさそうに笑った。
「調子はどうだ?」
浜辺で貝殻を集めていたフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)が戻ってきて、樹に声をかけた。
「うん、けっこう人も来てるよ」
貝を受け取った樹は、ディスプレイ用にストラップを作っていた。
「そうか……なかなかおもしろそうだな、我もやってみるか」
フォルクスはテーブルに座り、樹の見よう見まねをしながら、貝に穴をあけようとするが、なかなか上手くかない。バキバキと貝が壊れてしまう。
「ゆっくり力を入れないとだめだよ」
「……それを早く言え」
時間がかかったが、ようやく風鈴を一つ完成させて、軒下に飾る。壊れた貝の破片は、ストラップの部品になったようだ。
「うむ……悪くないな」
フォルクスの風鈴は、風になびきながら小さな音を立てていた。