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リアクション
(3)正午
正午に近くなると、食事をするお客が増え、店内は殺人的な忙しさになる。
「さあ、忙しくなってきましたが、皆でがんばってお店を盛り上げていきましょう!」
クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が浴衣、作務衣で統一した「接客チーム」に向かって言うと、おうー!という声が周りからあがった。
「はい、ラーメン一丁!」
クロセルは、箒を使って、浜辺の客に料理を出前することにした。移動中に海の家の宣伝をすることも忘れない。
「おいしい料理はいかがですかー? 出前も受け付けてますよ」
「すみません、やきそば2つお願いします」
浜辺で料理を食べられるので、なかなか評判がよいようだ。
メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)たちも浴衣姿で呼び込みや接客を行っていた。
「いらっしゃいませ、おいしいシーフードカレーはいかがですかぁー」
料理を運びながら、メイベルがセシリアに注意を向けると、せっせとテーブルを片づけていた。メイベルもそれを手伝う。
「あ、ありがとう……」
「あんまり一人で無理しないでくださいね」
そういってメイベルはセシリアに優しく笑いかけた。
「漫画やおいしい料理、アクセサリー作りなどいろいろ楽しめますよー。是非一度お越しください」
ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)は、接客の合間に店の前の浜辺で観光客にチラシを配っていた。
「ふう……だいぶ配ったな、厨房の方は大丈夫ですか?」
「はい、忙しそうですがなんとか大丈夫みたいですぅ……私も頑張らないといけません!」
シャーロット・マウザー(しゃーろっと・まうざー)が厨房の様子を見ながら答えた。
彼女は接客の仕事は初めてらしく、慣れない様子で掃除などを行っていた。しかし、接客チームに自ら望んで入っただけあり、一生懸命真面目に業務をこなしている。
その様子をシルフェノワール・ヴィント・ローレント(しるふぇのわーる・びんとろーれんと)が陰からそっと見守っていた。
「頑張っていらっしゃるようですわね……もし悪いお客に絡まれたら、すぐに助けに参ります」
彼女はナイトであるが、まさか店内では槍を振り回したりしないであろう。しかし、もしシャロの身に何かあったときは、ドラゴンアーツで相手を打ちのめすことも辞さないという様子であった。
そして実際の厨房では、接客チームの料理担当たちが忙しく働いていた。
アルトレア・カーウィル(あるとれあ・かーうぃる)は、海の家という物に来るのがそもそも初めてだった。厨房にいるのは、慣れない海で周りに迷惑をかけたくないと思ったかららしく、皿洗いや材料を運ぶなどの手伝いをいろいろとしていた。
「ありがとうございます、アルトレアさん」
料理を作っていたクラリスのもとに材料の袋を運んでいくと、彼女は嬉しそうにお礼を言った。
「ああ、俺にできるのはこれくらいだからな……」
「いいえ、大変助かってますよ。あとで休憩時間になったら海で存分に楽しんできてください」
「うん、そうするよ」
初めての海で慣れないことも多いが、どうやら来た甲斐があったようだ。
本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)、深見 ミキ(ふかみ・みき)たちも料理を担当していた。涼介は、接客チームの衣装として浴衣や作務衣を持ってきた本人であり、クラリスも同じ浴衣を着て作業していた。彼女はもちろん浴衣を着るのが初めてだったので、涼介に気付けを教えてもらっていたクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)に手伝ってもらっていたのだった。
「ほい、焼きそばできあがったよ!」
涼介が鉄板で焼きそばを次々に作っていく。それをクレアが店のテーブルや出前係のところへどんどん運んでいった。
「すいませーん」
「は、はい、ただいま参ります〜!」
クレアは忙しさに目が回りそうだ。
「クレア様、大丈夫ですか? 疲れているようなら休んだ方がいいですわよ」
鍋でカレーを温めていたミキが心配そうに声をかける。
「だいじょーぶ、これくらい平気だよ!」
クレアはそういって、元気に笑うのだった。
しばらくして、店の裏でアルトレア、涼介、ミキたちが休んでいると、浅霧 ルカ(あさきり・るか)がおにぎりを持ってやってきた。
「おつかれさまです! これ、差し入れです」
「わあ、いただきます……うん、美味しい」
涼介たちはルカのおにぎりを美味しそうに食べている。
こういう特別なときに食べるおにぎりはなぜか美味しいのだ。もちろんルカが誠意を込めて作ったからというのもあるかもしれない。
「お客さんもたくさん来ていますし、夕方まで頑張りましょうね」
「そうですわね、あとすこしです」
ルカがそう言うと、ミキたちがうなずいた。
店内では、準備段階から経営管理に関わっていた皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)が、クラリスと一緒に帳簿を付けていた。また金庫はうんちょう タン(うんちょう・たん)にしっかりガードされており、他の学生が彼の目を盗んで触れないようになっていた。
「今のところ売り上げは順調に伸びていますわ。このまま行けば過去最高の利益がでるでしょうね」
学生たちの無駄遣いには異様に厳しい伽羅であったが、クラリスには一貫して優しい態度であった。というのも、彼女自身は、大勢の学生でごった返した海の家を仕切るため、あえて冷徹な態度をとっていたのだった。
「義姉者、そこまで無理をする必要はあるのでござるか。少しは休んでもよいと思われるが……」
「そうね、多くの学生はバカンス気分で来ているでしょう。でもね、クラリスさんのお店の今後に関わっているの。だから一生懸命努力するのはおかしいかしら?」
「いえ、義姉者がそうと決めたのならば構わぬ」
その後も彼女たちは休む暇なく仕事を続けていた。
そのころ、真昼の日差しが照りつける浜辺でも、元気に遊ぶ学生たちの姿が見られた。
永夷 零(ながい・ぜろ)は、ルナ・テュリン(るな・てゅりん)と海の家で買ったおにぎりを食べた後、日光浴をして過ごしていた。
「ああ、いい天気だなあ、こんな日に遊ばないのはもったいないな」
「本当ですね、私が海で泳げればもう少し楽しかったのでしょうが……」
ルナは機晶姫のため、あんまり海に入りたくない様子であった。
「そんなことないぞ、浜辺でも十分遊べるぜ」
そういって零は鞄から持ってきたフライングディスクを取り出した。
「なんですか? それは」
ルナが不思議そうな顔をした。零は見本を見せるようにディスクを投げる。
「こうやって投げて遊ぶんだ」
「なるほど」
二人はキャッチボールのように、ディスクを投げあって遊んでいたが、ふとした拍子に取り損ねたディスクが遠くへ転がっていってしまう。
「ああ、待ってください」
ルナはあわてて追いかけて、ようやくディスクを拾った。
「はあはあ……疲れました」
「はは、じゃあ海の家で休むか。あそこは可愛い子が、いや美味しい焼きそばあるらしいからね」
「む……わかりましたです」
ルナが零の言葉に何か対抗心を燃やしていたが、零は特に気を止めずに二人で海の家へと歩いていく。
海の家の前に並べられたテーブルでは、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)とセツカ・グラフトン(せつか・ぐらふとん)がシーフードカレーを食べていた。
「お客さんにお店のよいところを伝えるには、まず自分が楽しまないといけませんからね。うん、美味しい」
ヴァーナーはそんな風に言ってはいるが、基本的に素で海を楽しんでいるようである。セツカに選んでもらったおしゃれな水着を着れて、とても嬉しそうだった。
「しかし最近増えている観光客というのは、やはり地球人が多いのでしょうか?」
セツカが店内の客を見ながら疑問に思っていたことを口にする。
「うーん、どうでしょう? パートナーがいないとここまで来るのは大変でしょうし、それほどは居ないんじゃないでしょうか。学生さんなら居るかもしれませんけど……」
しかし、それは現在の話。現状、大陸と地球の行き来が困難だからである。もし簡単に来られるならば、風光明媚な場所に地球人が押し掛けることは想像に難くない。
二人がそんなことを考えている頃、峰谷 恵(みねたに・けい)はのんびり浜辺で泳ぎの練習をしていた。
14歳であるがすでに大人っぽい体つきの彼女は、海の家に長居しててもどうしようもない客にナンパで絡まれたり、じろじろ見られたりして落ち着かなかったので、海に浸かっている方がだいぶよかった。
「うーん、あの海の家の雰囲気はいいんだけどなあ……」
恵は泳げないわけではないが、体育はあまり得意でなかった。もしかしたら体格のせいかもしれないが……そんなわけで、すこしでも泳ぎを上達させようと、一生懸命海に潜りながら泳いでいた。
「あれ、ここどこ?」
あまり深くない場所を泳いでいたのだが、いつの間にか足が着かないところまで来てしまっていた。恵は焦るが、なかなか浜へ戻れない。
「ああ、お姉さん、そっちへ行ったら危ないですわ」
浜辺で遊ぶ客たちを監視していたリリサイズ・エプシマティオ(りりさいず・えぷしまてぃお)は、恵を発見してあわてて海へ飛び込む。
「ちょ、ちょっとまってくださいませ」
リヴァーヌ・ペプトミナ(りう゛ぁーぬ・ぺぷとみな)があわてて箒で追いかける。案の定、二人とも一緒に沖へ流されそうになっていたので、リヴァーヌが箒に捕まらせて無事に浜辺へ連れ戻すことができた。
「ご、ごめん、ボクがこんなことにならなければ……」
恵が二人に謝った。
「謝ることではありませんわ。それより泳いでばかりでなく、一緒にスイカ割りでもして遊びましょう。ね?」
リリサイズはほほえみながらそう言った。
高月 芳樹(たかつき・よしき)とアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)も商人の手下を警戒しながら、現在のところはのんびりと海で遊んでいた。
「うーん、商人と手下の関係を示す決定的な証拠でもあればいいんだけどな……」
芳樹は綺麗な景色を目の前にしても、どこか上の空の様子。浮き輪に乗って、ふわふわと波の間を揺れていた。
一方のアメリアは折角海に来たのだから、と存分に楽しんでいる模様で、水着は黒のビキニにパレオ、とおしゃれな格好をしていた。
「うーん、えいっ!」
アメリアはぼおっとしていた芳樹の顔に、水鉄砲を浴びせる。
「ぶごっ」
「海にきてまで真面目にしてばかりじゃつまんないわよ! たまには羽を伸ばしましょう」
確かにそうかもしれない。芳樹はアメリアに向かって水鉄砲をお返ししようとしたが、簡単に避けられてしまう。
「あはは、そんな簡単にあたらないわよ〜」
水をかけっこして遊んでいる様子は、観光客と全く変わらなかった。たまにはこういうのもいいかもしれない。
浜辺の昼は、こうしてゆっくりと過ぎていくのだった。