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リアクション
(4)午後
昼の一番忙しい時期は過ぎたらしく、店の中は少し落ち着いてきた。
「さあ、マナーの悪いお客と美少女ウェイトレスたちによる戦いが繰り広げられています、彼女たちの華やかな戦いをご覧ください!」
ラキシス・ファナティック(らきしす・ふぁなてぃっく)が司会しているのは、本当の客との話ではなくて、譲葉 大和(ゆずりは・やまと)たち「渚の守護天使」チームによる寸劇である。表向きは海の家でのマナー向上と店員の紹介をかねたイベントである。
だが本来の目的は、もし悪徳商人の手下たちが来たとき、お客を怖がらせないよう、イベント仕立てにして紛らわすためであった。
「やあお姉さん方、後で一緒にスイカ割りしませんか? おっと、もう割れたスイカがありますね」
「きゃあっ! ど、どこさわってるんですか!」
大和に触られて、ジュスティーヌが悲鳴を上げる。一応これも演技のはず……。
「…………死ね」
昨日からの我慢の限界に来た彼女の中で何かが切れた。
「ちょ、ちょっと待ってください……!」
ジュスティーヌがランスを持って追いかけてきたので、大和は全速力で逃げる。
「いやーおっかないですねえ。女の人を怒らせてはいけませんよ。みなさんもお気をつけください」
ラキシスが無理矢理まとめてイベントは一時中断となった。
しばらくして、日野 明(ひの・あきら)が料理を運んでいると、いかつい男性ばかりの集団が店内に乗り込んできた。
「いらっしゃいませ……ひっ!」
明は客ににらまれて思わず小さく叫んでしまった。
どうやら彼らが噂されていた商人たちの手下らしい。
「お姉ちゃん、焼きトウモロコシ5つ」
「すいません、メニューにない料理は用意できません!」
「なんだとぉー!!」
男たちの大声に、明は震え上がってしまう。
「うう……」
異様な事態を察知した高潮 津波(たかしお・つなみ)が明と男たちの間に割って入る。
「あなたたち、何しているんですか。店内で大声上げたりして」
「この店員がだめだから大声を上げてんだよ!」
津波が困ったような顔をする。
「理不尽なことを言っているのはあなた方のほうではないですか。あなたたち、例の商人の仲間ですね。店を売るか売らないか決めるのはこちらだというのに、なぜ愚かな振る舞いをするのです?」
「商人〜? そんなの知らねえなあ」
男たちはしらを切る。商人との関係はあくまで表向きはないという態度であった。
「とにかく、他のお客さんに迷惑がかかってます。いい加減出ていってください」
「うるせえ!!」
男たちが津波に殴りかかる。一人ぐらいなら逃げられるが、囲まれてしまっていた。そこへナトレア・アトレア(なとれあ・あとれあ)が飛び込んできて明と津波を庇う。
「いてええっ!!」
機晶姫を思いっきり殴ってしまったので、男たちが顔を苦痛でゆがめた。
「なんだ! じゃまする気か!」
「お店の邪魔をしているのはそちらですわ!」
ナトレアは剣を男たちに向けて構える。
「武器を使う気ならこちらも容赦せんぞ!」
男たちが隠し持っていた釘バットやモーニングスターを取り出した。
「いい加減に、しなさーいっ!!」
そこへ綾瀬 悠里(あやせ・ゆうり)、千歳 四季(ちとせ・しき)らが飛び込んでくる。悠里はスクール水着に猫耳眼鏡首輪という格好で、四季はウサ耳に白ビキニであった。どうやらコスチュームらしい。
「……って、ちょっと、四季、この格好してるの自分たちだけじゃない!」
「ええ、水着にケモノ耳で統一感が出ていますでしょう」
悠里は四季から、イベントの演出のための衣装と言い聞かされてこの格好をしていたのだが、まさか自分たちだけだとは思わなかった。
悠里は怒りたかったが、今更どうこう言ってもしょうがない。武器を構え直し、男たちに立ち向かう。
「なんだ、ふざけた格好しやがって!」
男たちは一瞬固まっていたが、すぐに我に返り、悠里たちに向けてバットを振るうが、素早い身のこなしでよけられてしまう。
「手加減して魔法は使わないでおきますよ!」
悠里は手にしていた日本刀のおもちゃで、男に一撃をたたき込んで気絶させた。
「面白いことになってきましたネ、協力しますヨ!」
料理などの作業より、暴れる方が自分に向いてると思っていた阿鳩 憐兎(あはと・あはと)は、チャンスとばかりに杖を振り回して男たちを次々倒していく。
「はい、またしても彼女たち店員の活躍により悪いお客を退治することに成功しました! まさに無敵と言った有様、浜辺に舞い降りた戦乙女! 彼女たちに盛大な拍手を!」
いつの間にか戻ってきていたラキシスのナレーションにより、よくわからないまま客たちは拍手を送った。
倒された男たちは、とりあえず全員浜辺に放り出した。
「ちくしょう、調子に乗るなよ!」
すぐに意識を取り戻した彼らは再び店に乗り込もうとしたが、デズモンド・バロウズ(でずもんど・ばろうず)とアルフレッド・スペンサー(あるふれっど・すぺんさー)、水神 樹(みなかみ・いつき)、カノン・コート(かのん・こーと)らに行く手を阻まれた。
「俺様は手加減なんてしないぜ! 暴力を振るうやつは容赦しないっ!」
「デズモンドの言うとおりです、覚悟しなさい」
アルフレッドが言い終わらないうちに、デズモンドは男たちに向かって火術を放った。
「私も、か弱い人たちの敵は許しません!」
樹がカノンから片手剣型の光条兵器を受け取り、男たちに振りかざす。
「わ、ま、待ってくれ!」
「今更許しを請うな」
樹が容赦なく武器を振るおうとするのを、カノンがあわてて止める。
「待った、待った。本気で攻撃してどうする。相手に反省してもらわないとダメだろ」
「うむ……」
心を鬼にして男たちと対峙していた樹であるが、その言葉に一瞬心が揺らいだ。
その隙に、男たちは舌をべーと出しながら逃げて行ってしまう。
「ああ、せっかくの獲物が……」
デズモンドが残念そうに逃げていった方向を見ていた。
「ご、ごめん……」
カノンが樹とデズモンドに謝った。
「謝る必要はありません。奴らももう懲りてこの店には来ないでしょう」
樹がそう言って穏やかに笑った。彼の言うとおりであった。これだけクラリス側に味方が居ると思えば、そう簡単に手を出してくることはないだろう。
戦いの終わったデズモンドたちは、海の家でゆっくり休むことにした。
小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、クラリスの店が売られないようにするには、商人を成敗してしまうのが手っとり早いと思っていた。そして昨日商人のいる店へでかけて、彼らの様子を見張っていたのだが、パラ実生の手下たちとは普段別行動しているらしく、それらしい悪いこともしていないように見えた。
「いま勝手に殴り込んでも、単なる嫌がらせだし、クラリスにかえって迷惑になっちゃうかも……」
美羽はそう思って仕方なく、手下たちが動き出すのを待つことにした。彼らが現れたら、どこかで指示している商人も近くにいるに違いない。チャンスはそのときだ、と彼女は考えているらしい。
「あれ、小鳥遊さん、そんなに急いでどうしたの?」
ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)とともに商人を探し回っていた美羽の元に、九弓・フゥ・リュィソー(くゅみ・ )とマネット・エェル( ・ )が現れた。
「九弓さん? 昨日からずっと居なかったけどどうしたの?」
美羽が驚いて立ち止まった。
「ええ、あたしはクラリスさんの海の家にもっと理解を示してくれる業者を捜していたの。ひなびた昔ながらの海の家を大事に続けてくれる方をね」
そしてその業者に例の商人より高い値段で店を買ってもらえれば、クラリスたちの両親も納得するだろうと考えていたのだ。
「うーん、なるほど、そういう事ね。それでよさそうな所はあった?」
美羽がたずねると、九弓は残念そうに首を振った。
「興味を持った人がいないわけじゃないけど、皆あの商人が怖いみたい。今一番この村で勢いがあるから……」
「じゃあ、やっぱり、商人を懲らしめた方が手っとり早いよ、今この近くにいるはずだから、一緒に探そう」
美羽の提案を、九弓は受け入れることにした。そうして、四人で手分けして浜を捜索することになる。
途中で出会った神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)、ミルフィ・ガレット(みるふぃ・がれっと)たちも協力して探すことにした。
「……なんで海に来てるんでしょう俺は」
樹月 刀真(きづき・とうま)が砂浜で空を見上げていた。
大陸に来るまでの彼は、両親の復讐の為に生きていると言っても過言でなかった。しかし漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)と出会い、学園生活を送るようになって、少しずつ状況が変わり始めている。今日ここへやってきたのも、月夜が刀真を誘ったからに他ならない。
ふと刀真が月夜の方を見ると、楽しそうに友人たちとスイカ割りをしている。しかしその手に持っているのは光条兵器だった。
それをみてふ…と刀真の表情は和らいだ。
「……刀真、いま笑ったでしょ」
「ふつう光条兵器でスイカ割りはしません」
そこへせっぱ詰まった様子で、有栖たちが飛び込んできた。
「すいません、この辺に深手を負った男たちが逃げてきませんでしたか!?」
「……それらしい人なら、向こうの岩場へ行ったわ」
「ありがとう!」
有栖は月夜に礼を言うと、急いで駆けていく。
「なんだろう、俺たちも行った方がいいか?」
刀真は心配そうに言うが、月夜が首を振った。
「……あの人たちに任せておけば大丈夫。たまには他の人を信頼することも大切よ」
浜辺から少し離れた岩場まで、四人はやってきていた。
一見誰もいないように思えたが、奥の岩陰からなにやら話し合っている声がする。
「情けない奴らだな、もう二度とわしの前に姿を現すな!」
「そ、そんな……」
「ついに親玉を見つけたわよ、まちなさい!」
美羽が声を上げると、商人たちはぎょっとして逃げ出そうとする。
「有栖、今よ、変身ですわ!」
「へ、変身!?」
ミルフィの突然の発言に有栖は何事かと驚く。
「はい、魔法のステッキ」
そういって渡されたのは、有栖のメイス。いつの間にか、リボンでかわいらしく飾り付けられている。
「って、いつの間に……」
「悪党はこの二人が許しません!」
ミルフィの持っている剣も同じような飾り付けになっていた。
「まあ何でもいいですけど……覚悟しなさい!」
「ひぃ〜っ、お助けを〜」
こうして手下たちは四方に分かれて逃走し、商人だけが捕まったのであった。
「もう卑怯なまねをして、他の商売相手に迷惑をかけるのはやめると誓いなさい!」
「何のことだ? わしは知らん」
拘束されて九弓に問いつめられても、商人は知らんぷりをする。
「ここに、先ほど例の男たちとの会話は録音してあります。またこのような行いをすれば、この録音を公表しますよ」
ベアトリーチェが、携帯に録音しておいた会話を再生して聞かせた。すると商人がみるみるうちに青ざめていくのがわかった。
「わ、わかった。これからは心を入れ替えて、商売していきます。どうかこの件は内密に……」
完全に信用できたわけではないが、美羽たちは何度も念を押して、最終的に商人を解放した。これに懲りて、もう悪いことをしなくなればいいのだが……
いつの間にか、日が来れ始めているのに気がついた。
「はあ〜疲れた……海の家はどうなってるかしら」
忙しい海開きの一日がようやく終わろうとしている。美羽たちは海の家へ戻ることにした。
日も暮れて、観光客たちは宿へと帰っていった。しかし海の家ではまだ、掃除や料理の後片付け、明日の準備など手忙しい状態だった。
「お疲れ様でぇす☆」
マネットが片付けていたエリオットに声をかける。
「おつかれさま」
「あら、クラリスさんは?」
有栖が辺りを見回した。
「奥で皇甫さんとお金の計算をしているみたいだ。まあ数えなくても、今日のお客の数は十分だったと思うよ。これなら、ご両親も納得してくださるでしょう」
しばらくして店の片づけが終わり、クラリスは自分の家へと向かう。今日の成果を説明し、海の家を続けると決めてもらわなければならない。