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【2019修学旅行】安倍晴明への挑戦!

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【2019修学旅行】安倍晴明への挑戦!

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鴨川を巡る『水』のコース



 さて、あらかたカップルが退治されてしまった河原であるが、ただ一組だけ居座っている者達がいる。
 男女数名からなる、鴨川カラオケ合唱合コン、略して『鴨コン』チームである。 
 やさぐれてると噂の天后と楽しく過ごすのが彼らの目的なのだ。
「ええと……。コホン。か、伽耶殿。奇麗な川でござるなぁ」
 黄色のレジャーシートを広げながら、椿薫(つばき・かおる)はぎこちなく口を開いた。
「そ、そうだね。なんか今ヒーロー的なものが流れていったけど」
 同じくぎこちなく返したのは、初島伽耶(ういしま・かや)だった。
 彼女はカラオケ機材一式を準備し、それぞれが持ち寄ったお菓子とドリンクを並べている。
「きっと、その、ヒーローも伽耶殿の美しさにあてられて、川に落ちたんでござるよ」
「あ、あたしったら、魔性の女ね」
「でも、えっと……、拙者以外の男を見つめちゃ嫌だぜ、でござる」
 誰の目にも奇妙なやり取りに、意義が申し立てられた。
「ちょっと、止めて止めて」
 そう言ったのは、伽耶のパートナーのアルラミナ・オーガスティア(あるらみな・おーがすてぃあ)だ。
「そんなんじゃ、天后の気は引けないんじゃないの?」
「しかしでござるな。こうアンモニアの匂いだの、クレーターだのが出来てたら、気分的にその……」
「わかるわ、椿くん。女の子を口説く空気じゃないよねぇ」
 いつもの調子に戻る二人。
 実は、二人は天后の気を引こうと、カップルを演じていたのである。
 薫の指摘通り、戦いの傷跡が色濃く残るこの場所では、そんな気分を出すのは難しいかもしれない。だが、どちらかと言うと、上手くいかないのは二人の演技力に致命的な欠陥があるためと言わざるを得ない。
 どうしたものか、と考える三人だったが、心配はご無用。
 嫉妬の女神は如何なるものでも、それが恋っぽければ刈り取りにやってくるのである。
「わらわの目が黒い内は、恋は厳重に取り締まる!」
「で、出たでござる!」
「男女数名集まって、からおけせっとに、宴の用意……。こいつはちと面倒な事になるぞ?」
「あの……、落ち着いて。ね、天后さん?」
 優しく言う伽耶だったが、天后は聞く耳持たない様子。
「これが噂の合コンじゃろ! わらわがまだ呼ばれた事のないやつじゃ!」
 問答無用で振るわれる天后の鞭を、盾でガードしたのは轟雷蔵(とどろき・らいぞう)だった。
「カップル相手に大暴れしたってどうしようもねぇ。怖がって、誰も寄り付かなくなっちまう」
「貴様! 邪魔立てするつもりか!」
「そんなの寂しいだろ。どうせ鬱憤晴らすなら……、どうです? 一曲ご一緒に」
 雷蔵に二カッと笑顔を向けられて、天后は一瞬何を言われたのかわからなかった。
「パーッと遊べば気分も晴れる。楽しそうにしてたら、皆も寄ってくる。人の輪(和)はまず笑顔からだぜ」
「天后ねーさん! 俺とアベックになっちまえばいいんだぜ!」
 唐突に言ったのは、鈴木周(すずき・しゅう)。彼もまた『鴨コン』チームの一人である。
「な、な、なんじゃと?」
 目を白黒させる天后に、周は言葉を続けた。
「……いきなりだと困るんなら、一回俺たちと合コンしない? きっと楽しいぜ!」
「そうそう。鬱憤があるならここで八つ当たりするより、宴会開いてさ、愚痴を吐くなりパーっとやろうぜ!」
 周を援護するのは、クライブ・アイザック(くらいぶ・あいざっく)だ。
「……わらわを合コンに誘っているのか?」
 一同が頷くと、天后はそっと鞭を懐にしまった。
「そ、それほど乗り気ではないが、どうしてもと言うのならしょうがないな。うん」
 そうは言うが、その声は明らかに嬉しそうだった。
 何せ、人から宴に誘われるのも、実に五百年ぶりだったからである。


「さあ、何でも弾くぜ。どんどんリクエストしてくれ」
「ぃよっしゃあ! 一曲頼むぜ、熱い奴をよぉ!」
 得意のギターを握りしめたクライブの提案に、最初に乗っかったのは雷蔵だった。
「おいおい、合コンで熱唱とか、女子に引かれるパターンだぞ?」
 苦笑いを浮かべるクライブだったが、雷蔵は自分のポリシーは貫く男だ。
「歌ってのはよぉ。好きな曲を好きなように歌うもんだぜ!」
「まあ、確かに。つーか、合コンって言うより、宴会だしな。なんでもいいか」
 ギターが激しくかき鳴らされると、それに合わせて雷蔵は魂を込めて歌い始めた。
 周りには、本コースに参加した生徒たちが集まって、場を盛り上げている。

 そんな雷蔵の相棒ツィーザ・ファストラーダ(つぃーざ・ふぁすとらーだ)は、天后と女性論について語り合っている。
「……まあ、結論からと言うとじゃな。わらわみたいになってはいかん」
 自分で言っておきながら、悲しくなったのか天后は泣き始めた。
 早くも天后は酒に飲まれて、出来上がってしまっている。
「なんで? 天后さん奇麗だし、カッコイイし……」
 ツィーザが思った事を素直に言うと、天后は地面を叩いて反論した。
「見た目が美しくても駄目じゃ! 結局、中身が美しくないと男は逃げていくんじゃ!」
「う、うーん。中身は……」
 残念な事に、中身についてはちょっとフォローの入れようがなかった。
「じゃが、何故そんな事を聞きたいんじゃ?」
「……だって、聞いてよ。私のパートナーあの雷蔵だよ?」
 ため息を吐きながら、二番を熱唱してるパートナーに目を向けた。
「てんで、ガサツなんだもん。女を磨くとかそういうのに縁がないし……」
「ほうほう。なるほどのぅ……」
 と言って、天后はツィーザの顔を両手で掴むと、血走った目で睨みつけた。
「贅沢言うな、小娘。男がいるだけマシじゃろうが……!」
「そ、そんな関係じゃないよぉ!」

「そろそろ、こっちに天后ねーさん返してくれよ!」
「そうです。独り占めはいけませんよ!」
 仲良く声が揃ってしまって、周と大地は顔を見合わせた。
「……アベック粉砕はもういいのか?」
「天后様がいいなら、俺は別にどうでもいいんですよ」
 互いの男の勘が告げていた。
 目の前の男は、必ず自分の前に立ちはだかる事になると。
「なんじゃ、ケンカか? いかんぞ、ケンカは。争いは何も生まん」
 ふわふわした目つきで、天后は二人が争うのを止めた。
「あ、あんたが言うのかよ。まあ……、一杯いってくれ」
 周は次いで上げたのは、天后のために彼が用意した日本酒である。
 ラベルに『出突苦巣』と記されたこの酒は度数が高く、天后のへろへろの原因は間違いなくこれであろう。
「ほらほら、ねーさん。つまみも用意したんだ」
 出て来たつまみは、キムチとかわさび味のチップスとか辛いスナックとか炭酸飲料とか全部辛かった。
 完全に周の好みである。
「さあ、天后様。キムチですよ、俺が取ってあげましょう」
「ちょっと待て、大地! 俺の用意したつまみで、ねーさんの気は引かせねぇ!」
「つまみの一つや二つで……、小さい男ですね、周さんは」
「むむっ! ねーさんこんなの放っといて、俺とデュエットしようぜ!」
 再び火花を散らす二人だったが、そこへ新たな恋のライバルが出現した。

「ちょっと待ってください!」
「おおっと! ちょっと待ったコールだぁ!」
 なんだか面白そうな展開に、クライブはギターを鳴らして効果音を添えた。
 四角関係の一角を担わんと現れたのは、男の娘なメイドの烏山夏樹(からすやま・なつき)である。
「明日はお暇ですか? 良かったらボクと八坂神社で八橋食べませんか?」
「すまんが、おなごとどうこうする気はないのじゃが……」
「見た目は女の子だけど、ボク男ですよ。ちゃんとついてますよー」
「証拠を出さんか! 証拠を!」
 そう言うと、天后は地面を勢い良く叩いた。
 さっきまで泣いてたくせにこの横暴、天后が五百年宴に呼ばれなかった訳が明らかになり始めたようだ。
「ううっ、証拠ですかぁ?」
 顔を赤くすると、目に涙をためながら、夏樹は上目遣いで天后を見つめた。
「……見せますけど恥ずかしいから人のいないところで」
「減るものじゃあるまいし……、どれ、ちょっとここで見せぬか」
「ちょ、ちょっと……、それは無理ですよぉ」

 そんな騒がしい天后を尻目に、隣りのレジャーシートでは玄武を囲む会が催されている。
「玄武殿、出来れば滞在中に陰陽道の指南をお願いしたいでござる」
「わしで良ければ構わんが。しかし、良いのかのぅ……?」
 教えを請う光太郎を見つめ、玄武は困った顔を浮かべた。
「師匠の許しもなくそんな約束して」
「問題ないでござる。師匠にはしばらく穴の中で、己を見つめ直してもらうでござる」
「まあまあ、固い話は抜きにするのだわ!」
 九条院京(くじょういん・みやこ)は興味のない会話をやめさせ、玄武の甲羅を愛しそうに撫でた。
 おじいちゃん子の京は、なんだか玄武に親しみを感じているようだ。
「ほっほっほ。甲羅を撫でられるのは久しぶりじゃわい。天后も千年前はこうしてくれたんじゃがなぁ」
「ええー! あの天后が?」
「昔はのぅ。その後の千年が心労の絶えない毎日じゃったのが残念じゃ」
「それはそれは。大変苦労していらっしゃるんですね……」
 京のパートナーである、文月唯(ふみづき・ゆい)は気の毒そうに言った。
 それから千年間の苦労話を玄武が語り出すと、唯は深く頷いて我が事のように噛み締めた。
 普段、京に振り回されている彼には他人事とは思えなかったんである。
「わかります。すごくわかります。あ、お酒でも一杯いかがですか?」
「おじいちゃん、おじいちゃん!」
 京は玄武に抱きつくと、ゆさゆさと揺すった。
「背中に乗ってもいい?」
「こら、京。玄武さんのご迷惑になるだろう」
「いいんじゃよ、唯くん。どれ、おじいちゃんがおんぶして上げよう」
 乗せてもらってご機嫌になった京は、今度は歌が歌いたいと要求を始めた。
 相手が要求を飲むたびにどんどん要求を釣りあげる、誘拐犯的な感じがどことなくしないでもない。
「歌なら俺に任せてくれ!」
 と、やってきたクライブであるが、京の要求した曲は聞いた事もないものだった。
「ええと……、コードはこんな感じか?」
 適当に弾いてみると、なにやら電波な内容の歌詞で、京は歌い始める。
 周りの生徒たちが困惑する中、そんな事は我関せずとばかりに、京はノリノリなのであった。