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リアクション
第4章 これがふだんのお弁当
お弁当コンテストの審査が始まって三十分。
審査員の突如の腹痛や頭痛、貧血などのトラブルによって一時審査が中断するなどのハプニングはあったものの、とりあえずコンテストは順調に進んでいた。
先ほど紹介したスゴイふだんのお弁当は、予選敗退とされ、残った大丈夫そうなお弁当──とりあえず水を必要としなさそうなもの──がテーブルに残る。
「いよいよ本選の開始だね。ここで参加者と、それぞれのお弁当を紹介するね」
マイクを握った静香が、参加者の横に立つ。
「まずは、蒼空学園から来てくれた風森 巽(かぜもり・たつみ)さんとティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)さん。お二人は別々のお弁当を作ってくれたんだよ」
「えー、こほん、風森です」
巽は咳払いをして、突如向けられたマイクに向かった。
「我は鮭のちゃんちゃん焼き弁当です。材料に鮭をリクエストしましたが、まさかパラミタに来て鮭児を見られるとは思いませんでした。ラズィーヤ様には感謝を」
ご飯に梅干し。おかずはちゃんちゃん焼きをメインに、人参とコーンのバター炒め、ポテトコロッケが入っている。
「ボクはクリームコロッケと肉野菜炒めのお弁当だよ」
こちらはコーンクリームコロッケに、ジンギスカン風肉野菜炒め、かにかま、デザートの洋梨だ。
「次は、イルミンスール魔法学校からクラーク 波音(くらーく・はのん)さんとアンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)さん。お二人で一つのお弁当だね」
「はい、あたしは百合園の親友にあげるつもりでつくりました!」
「私は波音ちゃんのお手伝いです。といっても、ほとんど波音ちゃんがつくったので、見守り係みたいなものですねー」
鮭とたらこのおにぎりに、卵焼き。たこさんウィンナーにおひたし。とっても家庭的なお弁当だ。
お弁当コンテストが終わったら、これと同じ物を、親友──百合園生であり、今回のコンテストに一緒に参加しているプレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)に贈るつもりでいる。親友で、そしてプレナも参加している以上ライバル。美味しく食べてもらうために、心を込めてつくった。
アンナは、おにぎりの握り方など、やり方を教えたり、焦げないよう注意する係だ。料理が趣味だけあって、半分日本人の血が流れている波音よりもお弁当に詳しい。
ただ、ライバルといっても、実はプレナはパートナーのお手伝いであって、波音ちゃんをこっそり応援するんだ〜、と思っていた。
「もう一人のイルミンスール生さんは遠野 歌菜(とおの・かな)さんだね」
「は、はいっ! 栗ご飯が秋らしいお弁当を作りました」
何故だか歌菜の頬はちょっぴり赤い。
「波羅蜜多実業高等学校からは五条 武(ごじょう・たける)さん。こちらはサンドイッチだね」
「そうだ。弁当仲良くゆっくり食べるのもいいが、サッと食べて元気に遊ぶのも良いモンだぜ? だから片手で気軽に食べられるサンドイッチを色々作ってみた」
パンを軽くトーストした、卵サンド、チキンサンド、サラダサンド。きれいで美味しそうな三種類のサンドイッチが並んでいる。
卵サンドはゆで卵をマヨネーズと胡椒で。チキンサンドは、オリーブオイルで炒めた鶏肉を、ピリッと香辛料で味付けして、軽くレモンをかけてさわやかさを加えている。サラダサンドは、レタス、トマト、オニオン、ハム。
パラ実の男子生徒というイメージにそぐわないきれいで美味しそうなお弁当であり、荒野を放浪して音楽を奏でる合間に食べるような、彼のイメージにぴったりなお弁当でもある。
「五条さんは弁当男子ってカンジだね。いいなぁ、なんか格好いいなぁ」
審査員のはずの静香は、しばらくギャップ萌えをしていた。
「こほん、気を取り直して──ここまでは他校の生徒さんだね。僕ら百合園からは9名分の参加者がいます」
眠たげに目をこすりながら、磯村 ともみ(いそむら・ともみ)が、
「ええっと、あたしは、どこかほっとするようなお弁当を作ったよ」
広げた布の上に置かれているのは、オーガニック素材で作ったパンと、野菜が沢山入ったミルクスープだ。
食べて寝るのが大好きで、面倒くさいことは嫌いなので、料理も凝ったモノではない。
そして残念ながら、パンはうまくふくらんでいなかったし、野菜の切り方にバラつきがあったので煮くずれて溶けてしまったもの、まだ煮えていないものがごっちゃになってしまっていた。
ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)も、シンプルなサンドイッチだった。
「テーマは“一見地味だけど”、です! 今回は低カロリーでキメてみました!」
趣味がスイーツ作りのミルディアだったが、お料理もできるところを見せるために参加していた。
サンドイッチは二種類。一つは、ふわふわパンにトリュフを挟んだだけのもの。
もう一つは、リコッタチーズ──ホエー・乳清を煮詰めたフレッシュチーズで、柔らかくほのかに甘い──とトマトを、クラッカーに挟んだもの。
どちらも、ふわふわとサクサクの歯ごたえが、挟んでいるパンと中身で楽しめる。
「百合園というと高級食材・豪華絢爛なイメージがあったけど……二人とも、シンプルでカロリーまで考えてんだな」
審査員の一人、葛葉 翔(くずのは・しょう)が感心したように頷いた。お嬢様(で美女)のお弁当を堪能するべく審査員に立候補したが、お嬢様というものは、単にお金持ちというだけではなれないらしい。しかしそれでも食材にトリュフ“だけ”を入れてくるとは、これが格差社会って奴か……としみじみと思い知った。安い軍艦巻きのいくらやウニには、キュウリが半分以上差し込まれていたりするものだ。それにパンにトリュフだけでは、余程素材が良くなければ美味しくならないだろう。
「磯村さんのスープも……うん、具材の味がとけ込んでいて身体に良さそうだ。美味しいよ」
「わらわの一押しはこれじゃな」
アリエノール・ダキテーヌ(ありえのーる・だきてーぬ)は、生まれ故郷がフランスらしく、ワインが好物だ。弁当とやらはよく分かってないが、食べ物ならワインに合うか合わないかで判断してしまおうと思っていた。それに、ご飯よりはパンやクラッカーの方がなじみ深い。
「美味しいものなら何でも良いが、ワインに合うならなお良いのう」
「それからこっちはいわゆるキャラ弁だね。作ってくれたのは七瀬 歩(ななせ・あゆむ)さんと氷翠 狭霧(ひすい・さぎり)さん」
同じキャラ弁でも、モデルは正反対だ。歩は猫、狭霧はドラゴンを象っている。
忍装束の狭霧は、小ぶりのプラスチック製弁当箱を示した。
「はい、お弁当というものをインターネットで調べたところ、キャラクター弁当なるものがあることを知りまして……」
機晶姫だから、弁当には詳しくない。そして日本で流行っているようなものとは違うパラミタらしいものになっていた。
「森でドラゴンに遭遇したというシチュエーションです」
一口サイズのお稲荷さんで顔を、赤いウィンナーで口から吹き出す炎をつくっている。背景はパセリとキャベツ。遭遇したのは自分というイメージのため、ゆで卵とのり、チーズ、きんぴらごぼうで、顔をつくってみた。緊張感が漂う、戯画・抽象画っぽいお弁当だ。
翻って歩は、猫のイラストである。
「コンセプトは可愛いお弁当です!」
ご飯の上に、海苔で輪郭をつくり、ほぐした鮭で埋め、錦糸卵で髭と目を描いている。おかずはタコやカニに細工したウィンナーと、卵焼き、アスパラとベーコンのバター炒め。見た目で審査員を楽しませようと工夫してある。
「あまり目新しいのは無いけど、赤、黄、緑の色のバランスとか考えてみましたっ!」
「七瀬さんらしいお弁当ですわね。……この卵焼きは甘いのね」
ラズィーヤが一口食べて感想を漏らす。
卵焼きはお弁当の基本だが、家庭によって味が違う。塩胡椒を入れたりする場合もあるし、砂糖を入れたり、ほうれん草やネギを入れたり。あるいはだし巻き卵だったり、色々だ。
「秋月 葵(あきづき・あおい)さんのは……これは可愛らしいね」
「はい。でも、ひとりじゃないよ。エレンと二人で作ったの☆ どうぞ召し上がれ〜♪」
葵の淡いピンク色のお弁当箱には、カレーピラフを星型に、チキンライスをハート型にしたおにぎりが入っている。
おかずはアスパラの肉巻き、ブロッコリー、チーズとミニトマトの串、卵焼きの上には海苔で顔文字が書いてある。ちょっとズレて表情がしょぼんとしてしまっていたけれど。デザートはうさぎ林檎。
エレン──彼女のパートナー・エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)は、観客席側で行方を見守っている。
面白そうだなとコンテストに参加することにした葵だったが、箱入り娘で甘やかされて育っており、侍女(レディーズメイド)のようなエレンディラがいないと、日常生活にも支障が出るくらいだ。当然料理をしたこともなく、エレンディラは調理中ずっと、側で教えていたのだった。
初心者でも簡単に、飽きずにできるメニュー、包丁は怪我するので扱わせない……みごとな過保護っぷりである。
「篠北 礼香(しのきた・れいか)は、氷翠さんとは別に作ったんだね」
エレンディラが葵を手助けしていたのとは全く別に、礼香はパートナーの狭霧とは別に個人参加である。むしろ狭霧を手伝いつつ、もう一人のパートナー・ジェニス・コンジュマジャ(じぇにす・こんじゅまじゃ)に邪魔されていたくらいだ。
B5サイズのお弁当箱には、沢山のおにぎりと、豚挽肉入りの厚焼き卵、星型にんじんとしいたけの煮物、唐揚げ、柔らかいフィッシュハンバーグ、キュウリに煮豆。
「何となく、自分の食べたいものになってしまいました」
……が、弁当箱のサイズが大きかった故か、かなりすかすかになってしまっていた。多めに作ってはいたのだが、ジェニスがつまみ食いした上に、どこかにかっぱらっていってしまったのである。
実は中身は現在、観客席にいるジェニスのドカ弁の中に収まっていた。人知れずにらむが、彼女にしたら良い匂いのする場所にいて、お腹が減らない方がおかしいという理屈である。何とか食べるのを我慢しているだけ褒めて欲しいくらいだ。
「桜井校長! これ食べてくださいっす!」
「えーっと、お名前は、ポロ……ロ……」
「自分は穂露 緑香(ぽろ・ろっか)っす!」
「懐かしいですわ。ポロロッカ、ピラニア、アマゾン・ハイウェー、ですわね」
「ラズィーヤさん、ポロロッカって、アマゾン川っていう川に海水が入って逆流する現象のことだよ」
桜井静香校長先生は女の子の鑑、と聞いて、憧れを募らせていた緑香は、目をキラキラさせて静香を見つめる。
「静香校長にこのポロロッカの作るスペシャルな味をお届けしに来たっす!」
緑香はすこぶる機嫌が良い。普段は自分を邪険にするプレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)とマグ・アップルトン(まぐ・あっぷるとん)姉妹を、今日は反対にこき使えたからだ。
まぁ、そう思っているのは当人だけで、二人は彼女のお目付役のつもりだ。
おかげで、弁当箱の中身は、しめじと舞茸のかやくご飯に、おかずは鶏胸肉の七味醤油焼き、林檎と南瓜のサラダ、いんげんとほうれん草のお浸し、蓮根チップス。デザートは干し柿と、渋いけれど無難なものになっている。変なものをいれようとしたらその都度二人が修正していたからだ。
「いいね、日本のお弁当って感じだね〜」
「お褒めにあずかり光栄っす。しか〜し! これらのお弁当はチョイ役に過ぎないっす! ささ、こちらをぐいーっと……」
どこから取り出したのか。テーブルに並んでいないかった、グラス入りの不気味色の液体を、彼女は満面の笑顔で取り出した。特製ギャザリングヘクス──お日様に干したお布団の香りと塩辛いショートケーキの味である。
「あっ、ダメだよぉ」
校長に無理矢理呑ませようとする緑香の手から、マグが慌ててグラスを奪い取る。プレナは、
「もう、校長に危害を加えるなんて許しませんよぉ。ランドリーに放り込みますよぉ!」
哀れ緑香は、プレナとマグにお弁当ごと連行されたのだった。
──穂露緑香、コンテスト棄権──。
後に彼女は、プレナとマグ、波音が和気藹々とお庭に敷いたシートの上でお弁当を囲む中、隅っこでその危険飲料だけをお昼ご飯にさせられることとなった。
「ボクのは、故郷の郷土料理です! ボクの好きなお料理を、お世話になってる静香校長先生とラズィーヤおねえちゃんにも食べて欲しいなって作りました」
ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、テーブルに置かれた小さめのバスケットの蓋を開けた。
中には百合柄の薄ピンクのナプキンがしかれており、同じく白百合のイラストに、いつもありがとう!と書いてあるカードが入っていた。
「これは嬉しいですわね、静香さん」
一口サイズのサンドイッチが、花形の爪楊枝で止めてある。 静香がそのうち一つを手にとって、
「……あっ、これ具が郷土料理なんだね」
サンドイッチはサンドイッチだが、中身がデンマーク料理になっていた。舌平目のソテー、皮をカリカリに焼いたローストポーク、豚肉と子牛のミートボール風ハンバーグ・フリカデラ。これにレタスも挟んで、あっさり食べられるようにしている。
「地球には色んな料理がありますのねぇ」
ラズィーヤは西洋料理の方が口に合うようだ。
「ミートボールとハンバーグと……フリカデラ、ですの? パラミタにも色々お料理はありますけど、工夫の多彩さには敵いませんわねぇ。とっても美味しいですわ」
「山田 晃代(やまだ・あきよ)さんは、イリス・ベアル(いりす・べある)さんと一緒につくったんだね」
「あれれ、二人で一つなの? イリスさんも別に何か作ってたように見えたけどな」
審査員のリナリエッタが後ろから、携帯の画面を確認して不思議そうな顔をするが、画面に写っていた卵サンドはお弁当の中に見当たらない。というのも、それはイリスが自分で食べたかっただけだ。
「イリスは下準備や味付けの材料を混ぜたり、お手伝いしてくれたんだよ」
晃代はそう言って、弁当箱の蓋を開ける。
「僕もヴァーナーさんとメインは同じ豚肉だけど、しょうが焼き。おにぎりは梅とたらこでしょ、しょうが焼きにつきもののキャベツの千切りにプチトマト、卵サラダ……仕切りはレタスだよ。ほんと、同じ食材でも色々だね。みんなのお弁当も食べてみたいなぁ」
つまり、卵サラダの一部がサンドイッチに化けたのだった。
「じゃあ、最後は稲場 繭(いなば・まゆ)さん」
「えへへ……どうぞ、召し上がってください」
にっこり笑って差し出した後で、ちらり、と繭は会場に目をやった。隅っこで、銀髪のメイドがこちらを見ている。エミリア・レンコート(えみりあ・れんこーと)、繭のパートナーであり、花嫁修業だとコンテストに参加させた張本人だ。その彼女がちょっとイライラしているのが遠目にもわかって、繭は何だか変だな、と思う。
普段はおもちゃのように、面白そうに繭を見ているはずなのに。むしろエミリアの視線は繭ではなく、繭のきのこご飯弁当を口に運んで、色々話している審査員──邪馬壹之 壹與比売(やまとの・ゐよひめ)に向けられていた。
「い、今の時代の方はこの様な珍奇な物を食すのですか……」
壹與比売は、つまみ上げたタコさんウィンナーをしげしげと眺めていたが、思い切って口に運ぶ。
「ひぐっ、し、舌がぴりぴりするのじゃ……ゲホンゲホン。味付けがわたくしには濃すぎでございます」
涙目になりながら、清良川 エリス(きよらかわ・えりす)に向けて手を上下に振った。すかさずエリスが水の入ったグラスを渡す。ぐいっと水を飲み干すと、次はブロッコリーを持ち上げた。
「こちらは樹にそっくりでございますな」
ぱくり。
「素晴らしい! 命の息吹が舌の上で駆け巡って踊っている様です。それでは、この黄色いのと、肉の丸めたのは何でございますか」
「卵焼きとミートボールというものどす」
材料と作り方を説明するエリス。彼女のパートナーは、古代の味覚と知識のままだ。
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