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リアクション
一通り審査が終わったところで、協議の時間に入った。
審査員の一人として控えめに、味についてコメントしていた橘 柚子(たちばな・ゆず)は、早々に意見を述べ終えると輪から外れて、一旦キッチンに引き返す。すぐにメイドを連れて戻ってくるが、メイドが運んできたワゴンには、沢山のお弁当箱が乗っていた。
参加者用に用意されたテーブルをメイドと回り、一つ一つのお弁当箱を参加者に配り始める。
「私からのプレゼントどす。審査が終わるまで、どうぞ食べはって」
一つ一つは、普通のお弁当箱の半分くらいの大きさだが、急に用意できるはずもない。あらかじめラズィーヤに許可を得て人を貸してもらい、別のキッチンで朝からつくったものだった。
生徒の一人が箱を開ける。
ちんまりと詰められているのは、卵サンドにハムサンド、目玉焼き乗せハンバーグだ。
美味しそうなお弁当を散々見せられて小腹が空いていた彼は、サンドイッチを持ち上げようとして、崩れそうな柔らかさに慌てて左手を添えた。サンドイッチを口に運んで、その正体は判明する。
「これ、お菓子なんだ」
お弁当の中身は、本物そっくりにしたスイーツだった。
「お待たせしました! 只今より、結果発表します!」
生徒達がお菓子を食べ終えたところで、再びマイクを握った静香が生徒達の注目を集める。
「ふだんのお弁当部門第三位は、百合園女学院の山田 晃代(やまだ・あきよ)さんです」
ぱちぱちぱち。拍手が響く。
もう一つのマイクを握ったラズィーヤは椅子に座ったまま、
「山田さんのお弁当は、基本の技術は勿論ですけれど、他に幾つか工夫がありましたの」
講評を始める。
「MOTTAINAIの精神で、仕切りまで全て食べられること。炭水化物・脂質・タンパク質にビタミンと、栄養素がきちんと取れること。それにお弁当の三大原則がありますわよね?」
席にやってきた静香にマイクを向けられ、晃代は緊張しつつ答える。
「簡単・早い・美味しい、だよねっ。目標30分でつくりました」
「ふだんのお弁当……お弁当は毎日のお仕事ですわ。手の込んだものも良いですけれど、作りやすさもとっても大事な要素ですわね。こちらを評価致しましたわ」
次に、静香はテーブルを回り、男子生徒の元へ行く。
「準優勝は、蒼空学園の風森 巽(かぜもり・たつみ)さんです」
視線が一斉に巽に向く。そこには何故だかメイド服を着た──着させられたメイドが一人。長い黒髪を後ろに束ねているにせよ、性別はどう見ても男性だが、本人の意志とは反して何故だか着こなしてしまっているため、違和感がない。
巽は、準優勝ならティアとピクニックが存分にできるなと考える一方で、恥ずかしさに耐えていた。……入賞すれば注目されるのは当然だ。このまま百合園トップから生徒まで、女装男子として認識されるのだろうか……。
「風森さんは、日本の、それも出身地の北海道のお料理を作ってくださいましたわ。使用した食材も、人参・コーンにじゃがいも、鮭にバター。全部北海道の名産、しかもメインの鮭の旬は秋。特別な材料や調味料も不要で、野菜がたっぷり食べられるのも高評価でしたわ。ちゃんちゃん焼きは豪快なお料理ですけれど、勿論、お料理の技術もあってのことですわね」
「そして優勝は──」
静香は巽の横にいる女生徒に方向転換する。そしてそのままマイクを差し出した。
「イルミンスール魔法学校の遠野 歌菜(とおの・かな)さんです。優勝おめでとうございます!」
「……え、ええっ!?」
歌菜の声が会場に響く。
「……ええっと、あの、ありがとうございます!」
慌てて歌菜はぺこりと頭を下げた。
「お料理は作り馴れてるみたいでしたわね。作っている最中も真剣で、でも楽しそうで、手際が良かったと聞いてますわ」
歌菜のお弁当は、栗ご飯をはじめ、秋らしいお弁当だった。
メインはあじのフライ。それに里芋の煮っ転がし。お肉はハート型ボロニアソーセージ。野菜はサラダ豆とピクルスのサラダ、トマトシロップ煮、菊花かぶ。お弁当には欠かせない卵焼きと、こちらも基本のうさぎ林檎。
「優勝を決めるのは大変でしたわ。人によっては好き嫌いが別れるのではないか、という意見もあったのですけれど……日本らしさや栄養面もさることながら、食べる人を思いやったお弁当ということが評価されましたわ」
ラズィーヤの指摘に、まさか優勝すると思っていなかった歌菜は頬を染める。
彼女がお弁当コンテストに出場したのは元々、振る舞いたい人がいて──特定の人に食べてもらいたくて、自信をもらいたくてのことだったから。
「両部門合わせて、入賞したみなさんには、ささやかながらプレゼントを用意いたしましたわ。お弁当づくりりの本と、お弁当に役立つアイテム──パステルカラーのシリコンカップや可愛いバラン、クッキーカッター等の詰め合わせ。それから今回のお弁当をこちらで組み合わせまして、百合園の食堂で期間限定ランチメニューとして採用しますわね」
「──今日は参加ありがとうございました! コンテストはここまで。今からみんなでごはんにしようね!」
出場者の席から観客席に、ちょこちょこっと走る一人の女生徒がいる。パートナーの落選に、なんだかんだいって落胆しているらしい彼女に、繭は笑いかける。
「いつもありがとうエミリア」
彼女の両手にあるのは──もう一つのお弁当だった。妖艶なエミリアの顔が、子どもみたいに崩れる。
「ありがとう繭ー! だから繭のこと大好きっ!」
エミリアは珍しく感情を爆発させて、繭に抱きついた。
「もう繭のお弁当はワタシしか食べちゃだめだからねっ」
「……変なの、エミリアが出ろって言ってたのに」
「いいのよ、別にお嫁に行かなくてもいいんだからっ!」
優勝してもしなくても、ここからはみんなで楽しいランチタイムだ。
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