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リアクション
「ささささ、寒いですぅ……震えが本当に止まらないですぅ」
社のホットな会心のギャグによって止めを刺されたエリザベートは、ソファーの上で膝を抱えて震えていた。
「だ、誰か暖めて欲しいですぅ!」
朝とは間逆のワガママを口にしだしたエリザベート。
そんな彼女の願いを神が聞き入れたのか――
コンコン。
「校長先生、いる? 涼しいのもいいけど、私の作った熱々のシュトロイゼルも食べてみて――って、どうしたのよ!? 大丈夫!?」
エリザベートにとって、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)と、パートナーのルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)が現れたのは、まさに地獄に仏状態だった。
「しゅ……シュトロイゼル、熱々のシュトロイゼル食べたいですぅ」
「う、うん! 今食べさせてあげるからね! ほら、あーんして」
「あーんですぅ……」
駆け寄ったフレデリカから、シュトロイゼル――りんごの熱々グラタン――を食べさせてもらうエリザベート。その姿はまさに、雪山で助けられた遭難者のようだった。
「まさか、フリッカの予想が当たるなんて驚きです」
ルイーザは、フレデリカが――
「イルミン生のことだもん。絶対に誰かやりすぎて、凍えるぐらい寒くなるに決まってるわ。だからここはあえて……シュトロイゼルを作るわよ! 兄さんにも褒められたぐらいだから、きっと大丈夫よ!」
と、言って作業に取り掛かり始めたときは、内心『深読みのしすぎじゃないかしら?』と思っていた。
実際、調理室でシュトロイゼルを作っているときなんか、周囲の温度に加えて調理の熱で汗だくになったぐらいだ。
ところが――今回は、フレデリカの読みが当たったのだった。
「美味しいし、温かいですぅ!」
エリザベートは、よほど寒かったのかシュトロイゼルを黙々と口へ運んでいく。
「そんなに焦らなくても大丈夫ですよ、校長先生。おかわりもありますからね」
ルイーザは、寒くなかった時のためにあらかじめ用意しておいた数枚のタオルを、エリザベートの肩へとかける。まさか、彼女も自分の用意した物が、このような形で役立つとは夢にも思っていなかった。
「フリッカ。シュトロイゼル、喜んでもらえてよかったわね」
「そうね。こんなに美味しく食べてもらえると、本当に心の底から嬉しいわ」
自分たちの作った料理が役立ってよかったと、フレデリカとルイーザは微笑みあった。
結局、エリザベートは二人の用意したシュトロイゼルを全て一人で食べてしまったのだった。
「あぁ〜お腹いっぱいだし、体も温まってきたですぅ!」
シュトロイゼルを平らげたエリザベートは、やっと寒さから解放されはじめたようだ。
「でも……冷や汗で体がベトベトして気持ち悪いですぅ」
怪談話で大量の冷や汗をかいたことによって、水風呂でサッパリした意味がなくなってしまっていた。
と、そこへ――コンコン。
「校長先生、失礼します。御身体、大丈夫でしょうか?」
現れたのは、笹野 朔夜(ささの・さくや)だった。
「どうしましたぁ? も、もう怪談話とか涼しいのはいらないですからねぇ!?」
「いえ、ご安心ください。僕は、校長先生が寒くて震えていると聞きましたので、お風呂の準備を整えさせていただきました」
「ほ、本当ですかぁ!?」
エリザベートの顔が、パァッと明るくなる。
「丁度、ハーブの本を読んで復習をしている所だったので、手作りの入浴剤を作成して湯船に入れておきました。レモングラスやミント等を使っているので、温まりつつもサッパリできると思います」
「イイですねぇ! ちょうど、汗でベトベトしてたから助かったですぅ!」
「体を冷やし過ぎて体調が悪くなるってことは、よくありますしね。どうぞ、ごゆっくりと体を癒して来てください」
朔夜は恭しく一礼すると、踵を返して校長室をあとにしようとした。
だが、それをエリザベートがとめる。
「ちょ、ちょっと待つですぅ!」
「? どうされましたか?」
「どうして……どうして、フレデリカや朔夜は納涼大会なのに、私を温める準備をしていたんですかぁ? 留年が怖くないんですかぁ!? もしかして……何か罠でもあるんじゃないでしょうねぇ!?」
エリザベートは、ジットリとした疑いの眼差しで朔夜を見た。度重なる怪談話や寒いギャグの波状攻撃によって、彼女の警戒心は疑心暗鬼レベルにまで到達していたのだ。
だが――朔夜は、そんなエリザベートの疑いに嫌な顔すら見せず、ニコリと微笑む。
「僕も、きっと他の生徒も、留年より校長先生の体調の方が気になるんですよ」
「え?」
「それに、僕は留年してもそんなに困らないですしね。むしろ、最近授業について行くだけでやっとでしたし……このまま留年したとしても、分からないまま学年上がっちゃうより良いかなって、僕は思っただけです」
朔夜は再び一礼すると、今度こそ踵を返し校長室から去っていく。
ちょっとだけ……ほんのちょっとだけだが、何も言わずに夜の廊下を歩いていく朔夜の背中を見て、エリザベートはカッコイイと思った。
なんだか、胸の奥まで温められた気分だった。
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