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【カナン再生記】続・降砂の大地に挑む勇者たち

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【カナン再生記】続・降砂の大地に挑む勇者たち

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 7章

「ああーー! もう! なんて面倒な奴らなの!」
 地上では、神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)のイライラが頂点に達しようとしていた。
 剣を持ったナイトが、後衛のプリーストを守り、プリーストは守られながら、ナイトに回復を行う。
 ただでさえ堅いナイトがどんどん回復してくるため、我慢比べの様相を呈してきていた。
「ジュジュ、やはり指揮官を狙うしかありませんわ」
 エマ・ルビィ(えま・るびぃ)が、一度退いてきた授受にヒールとパワーブレスを掛けながら言う。
「さっきからそのつもりなんだけど――隙間が全然ないのよね!」
 指揮官の居場所は分かる。後曲、常にプリーストに囲まれている一角。
 決して前線に出てくることはないが、そこにいる者の統率によって、この軍が崩れずにいるのは明白だった。
「一点集中、しかないかなぁ」
「二人で、ですか?」

「じゃ、六人ならどうだ」
「え?」
 声の主は神代 聖夜(かみしろ・せいや)
「まあ、俺達は崩す役だがな、優」
「優?」
 周囲には誰もいない。
 授受が何か言いかけた瞬間、轟音とともに、神官軍のナイトの一人が頭部を思い切り砂にめり込ませた。
 その上に乗っている男。
「人が、お、お、落ちてきました」
 エマが目を見開く。
「――ワイバーンは全滅した」
 神崎 優(かんざき・ゆう)はそう言うと、すぐさまナイトの背中を蹴ってその場から離れる。
 直後。
 優に仕留められた最後の獲物が上から降ってきた。
「うあぁああああ!」
 もうもうと一面を包む砂煙とともに、すでに物言わぬワイバーンは、哀れなナイトを五、六人ほども道連れにする。
 飛龍の墜落に巻き込まれては、さしものプリーストも手当のしようがない。
「せっかく統率は取れているのに、この方達、前しか見ませんのね」
 砂煙の後ろで陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)があきれたような声を出した。
「刹那、穴が開いたわ。行くわよ!」
「ええ」
 後方でサポートに奔走していた水無月 零(みなずき・れい)が、傍らへ立つ。
 崩れたナイトの一角に向かって、刹那は禁じられた言葉で魔法の詠唱を始める。
 と同時に、聖夜が両手を組み、足場をつくる。そこへ乗る優。聖夜は優と目を合わせると、優の跳躍に合わせ、敵陣へ向けて思い切り投げ込んだ。
「――なるほど、アレで上まで飛んでったのか」
 得心する授受。
「その通りだ。まあ倒せたのは、想がワイバーンをトチ狂わせてたお陰だがな」
 聖夜が笑う。

 聖夜から投げ出された優は、空中で大太刀の柄に手を掛け、居合いの構えに入る。
 陣形を崩すまいと集まり来るナイト。剣とメイスが優ひとりを待ち構えている。
 着地寸前。それに合わせるように刀を――抜かずにスウェーし、地面を蹴って横に跳ねる。
「!?」
 虚を突かれる神官軍に、刹那の火術が発動する。砂漠に吹き上げる灼熱の火柱。
 禁じられた言葉で詠唱したからか、炎は爆発するような勢いで、一気に神官軍を飲み込む。
「散るな! 迂回するようにして立て直――うぉっ!?」
 初めて、指揮官が声を荒げた。
「そうはいかないわ」
 辛うじて難を逃れた者を捕らえるべく、直後に零の放ったアシッドミストが辺りを押し包んでいる。
 小さな綻びから膨れあがる傷は、燃えるか溶けるか、無慈悲な二者択一のもとにその範囲を広げつつあった。

(やれやれ、やっと後ろを取れたか)
 毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)が潜んでいる場所は砂地のど真ん中だったが、それと知らなければ、うっかり踏むまで気がつかないと思わせる。
 砂色の迷彩防護服に身を包んで匍匐していれば、あとは降砂のほうが勝手に偽装を施してくれていた。
 先程、刹那が放った火術の発動点に向けて対イコン用爆弾弓を放った大佐は、その混乱に乗じて神官軍のほぼ斜め後方に移動している。
 すでに次の矢を弦の緊張にさらして、その直線上を瞬きもせずに凝視する。
 きらきらと砂に反射した光が、猫のような瞳孔をさらに引き絞った。
(――次)
 雲雀の一鳴きのような音を耳元に残し、矢は最後尾の一団めがけて飛翔する。

「うーーっし! かかって来いオラぁ!」
 ウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)がぶつかっていった先は、優や授受が突き崩したところではなく、まだ余力を残した一団である。
 リリ・ケーラメリス(りり・けーらめりす)が、思わず持っていた天使の救急箱を取り落とす。
「あっああああのバカ! なんでわざわざ元気な方に行くんですか!」
 リリと一緒に、前線で治療行為に当たっていたレイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)は、「あ」と言っただけで表情ひとつ変えない。
「全くもう! ――お嬢様、この辺りはそろそろ危険です。私の後ろへ」
 レイナは頷くと、リリに語りかける。
「リリ、心配いりません。ウルフィオナは自分の力を試したいだけですから」
「心配しているのではありません! あのバカ猫がこちらへ敵を引っ張ってくるのが嫌なんです!」
 全力で否定するリリに微笑で返事をしながら、レイナはウルフィオナを見やった。
 ――と。
「お、思ってたよりきついな」
 速度を身上とするウルフィオナにとって、砂上の不利は相当なものだった。
 彼女の強靱な四肢をもってしても全速力で動くことはできず、数人のナイトに半包囲されてしまう。
「ちいいっ!」
 両手のククリを交差させて、先に斬り込んできたナイトの剣をがっちり受ける。
 膝が跳ね上がり、相手の横腹、鎧の繋ぎ目にめり込む。
 ナイトの喉から、がはっ、という音が漏れる。
 身体を入れ替え、苦悶にうめくナイトの鳩尾を踵で思い切り蹴り飛ばし、後にいたもう一人にぶつける。後頭部と鼻先を激しく強打し、重なって倒れる二人。
 その隙に、間合いを取った。
 呼吸が荒い。
「ぜぇっ、はぁっ、一度も触らせねぇつもりだったんだがな。仕方ねぇ、『毒使い』やるか――ん?」
 ウルフィオナが本意ではないスキルを使おうとしたとき、神官軍の後方から強烈な爆発音が響いた。
 指揮官の背後、プリーストたちを巻き込んで上がる黒煙に、戦場にいた全てのものが反応する。
 だが、それを大佐が最後尾に向けて放った対イコン用爆弾弓だと看破したものはない。
 折からの劣勢に加え、背後から新たな一軍が現れたのだと錯覚した神官軍。
 鋼のような意思統一に亀裂が生じ始める。

「ジュジュ、今です! あそこ!」
 指揮官の帽子と、後を振り向いた横顔を確かに見たエマが声を上げた。
「そこを空けなさい!」
 零が、指揮官への道へ向けて、楔を打つように雷術を落とす。
 一矢ごとに位置を細かく変えていた大佐は、今度は敵側面から狙いをつけていた。
(――ん、悪くない)
 放たれた矢は再び炸裂し、神官軍の肉体と意志を一度に吹っ飛ばしていく。
 右に左に振られた神官軍は、方向感覚さえ失いつつあった。
 瞬間、レイナ達の前にも、ぱっくりと道ができる。
「ほら駄猫! チャンスよ! 仕事してきなさい!」
「やかましい! 言われなくても分かってるっつーの!」
 ウルフィオナは最後の力で砂を蹴る。

「てぇええええい!!」
「だっしゃぁあああ!!」

「う、ぐぁああっ」
 左右から挟まれた指揮官は授受の剣と、ウルフィオナのククリを同時に喰らい、乗っていた馬から叩き落とされた。

 授受が剣を喉元に突きつける。
「あんたたちの負けよ。帰って征服王に伝えなさい! カナンはジュジュ・カグラが救うってね!」
「く、くく。伝えるまでもないわ。ネルガル様は全て見ておられる」
「!」
「シャンバラよ。西方より来たる風よ。覚えておけ、最後の砂粒が吹き飛ぶまで、この戦終わらぬぞ」

「! 馬鹿、よせ!」
 察したウルフィオナがククリを翻すも、一瞬遅い。
 指揮官は素早く引き抜いた短刀を、自らの胸に深々と突き立てた。