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賢者の贈り物

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賢者の贈り物

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Part,Christmas × Christmas!

 ザンスカール。イルミンスール大図書館。
 課題のついで、といいつつ、課題には全く手をつけずに、それに集中している。
 年賀状だ。
 他は全て終わっているのに、その1枚だけが、書き終わらないのだ。
 宛先は、リンネ・アシュリング。

「うう……どう書いたらいいんだ……」
 音井 博季(おとい・ひろき)は、もう殆ど、悶え苦しんでいた。

『今年も貴方が笑顔でいられますように』

 ……何か、他人行儀かなあ。
 もっと積極的に書いてもいいような……

『今年は、もっと貴女と一緒にいたいな……なんて』

 ……うわっ、年賀状で何書いてるんだよ僕!
 うううーん、いい文面が思い付かない!
 あーもう! 解らない!
 何しろ、既に想いを伝えた相手。
 しかしだからこそ、想いが伝わる年賀状を届けたい!
 というわけで、『あけましておめでとう』の先が無い年賀状を前に、彼は頭を抱えているのだった。

「どしたの?」
 そこに、思いもかけない声が掛けられて、博希はがばりと身を起こした。
「何だか不審者だよ?」
「リッ、リンネさん!?」
 背後で不思議そうな顔をして立っているリンネに博希は慌てる。
 咄嗟に隠した年賀状を、しかしリンネは目ざとく見つけた。
「何? 今隠したの」
「いや、これは……」
「……私に見られたくないもの?」
「違います!
 いや、えーと、そうじゃないんですが、今はまだ早いというか……」
 疚しいことはないのだがあるような、何だかよくわからない状況に混乱しかけた時、
「隙ありっ!」
 リンネは素早く博希から年賀状を奪い取った。
「……『あけましておめでとう』」
 読み上げて、なーんだ、ただの年賀状じゃない、と何気なくひっくり返して、止まる。
 ああ……と、博希は肩を落とした。
 先に宛名を書いておくんじゃなかった……。
「あの、リンネさん……」
「はい!」
 リンネはにっこり笑って、それを博希に返した。
「書きかけでしょ? 楽しみにしてるねっ!」
 どこか嬉しそうに、笑って手を振って去って行くリンネを半ば呆然と見送って、余計なプレッシャーが掛かってしまったと、博希は一層頭を抱える羽目になってしまったのだった。


 イルミンスールの森奥地に、人知れぬその里はある。
 かつて『聖地』と呼ばれ、今は失われた村に住んでいた者達が、別の場所に新たに村を作り、移り住んで、1年足らず。

「皆、元気にしてるかなあ」
 カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)は、パートナーの機晶姫、ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)と共に、子供達へのクリスマスプレゼントを抱えて、再びその村を訪れた。
「あ!」
 村の子供達は、飛空艇に乗っているのが見知ったカレン達と知ると、嬉しそうに集まって来る。
「……あなた等ですか」
 出迎えたヴァルキリーの娘、イネスも、軽く溜め息を吐いただけで、警戒も、敵意を向けてくるようなこともしなかった。
「クリスマスって、この辺にもあるのかな?
 子供達に、プレゼント届に来たの」
 プレゼント、の言葉に、子供達の目が輝く。
「何、何っ!?」
 子供達は、何度も遊んで貰っているジュレール達を慕っている。
 せがまれるままにジュレールは、子供達に絵本を配った。
 僻地の村では、識字率も低い……そんな話を又聞きして、なるべく字の少ない絵本を、できるだけ沢山選んだ。
 それでも、全く字の無い本というのは少ないので、子供たちは楽しそうに絵本を開きつつも、
「これ、何て読むの?」
とジュレールに訊ねる。
 訊ねられるまま、ジュレールは子供達に絵本を読み聞かせる。

「礼を言います」
 族長が、それを微笑ましく眺めるカレンに声を掛けた。
「このような村では娯楽も少なく、皆子供の頃から働くものです。
 ですが、やはりこういう時くらいは、子供達を喜ばせてあげたい」
「そう言って貰えたらボク達も嬉しい。来てよかった!」
 カレンはふふっと笑う。
「……あと、ひとつ、お願いがあるんだけど」
 あまり何度も来ないし、村の場所も変わってしまったから。
「“聖地”が……ていうか、“柱”があった場所を、教えて欲しいんだ。
 インカローズに、報告したいの。皆元気にやってるよ、って」
「……案内させましょう」
 族長は、目を細めて頷く。

 やがて帰る時には、子供達が
「もう帰るの?」
とジュレールに群がって大変だったが、カレンが
「また来るからね!」
と約束してようやく離れ、いつまでも手を振って見送った。


 そして、緋桜 ケイ(ひおう・けい)とパートナーの魔女、悠久ノ カナタ(とわの・かなた)は、イネスをザンスカールの街に連れ出した。
「前の時は、空京に行ったけどな。そういえば返って近場のザンスカールには行ってないんじゃないかって思って」
 ケイが、街中の木々がイルミネーションで彩られた、ザンスカールの街を案内しながら言う。
「今は華やかだぜ。クリスマスだしな!」
「……綺麗、ですね」
 イネスは、色とりどりに飾られた街並みを見て、目を細める。
 以前に比べて、ずっと和やかになった、と、その表情を見てケイは安堵した。
 前に会った時に見たのは、焦燥しきったような泣き顔だった。
 その後空京に連れ出したりもしたけれど、ずっと気になっていたのだ。
 やっと、少しずつ、落ち着いてきたのだろうか。

「わらわは、そなたにクリスマスプレゼントを用意しておる」
 カナタがイネスに、可愛らしくラッピングした箱を差し出す。
「……ありがとう」
 受け取ってもいいのか、という顔をしたイネスに、遠慮などいらぬ、と言うと、戸惑いつつも受け取り、中を改める。
「……服?」
「それは、イルミンスール魔法学校の制服よ」
 カナタは笑った。
「冒険者となれば、この広い世界を自由に旅することもできよう。
 インカローズは自由を――恐らくは、外の世界に出ることを願っておったはず。
 その願いを叶えさせてやれるのは、そなたしかおるまい」
 イネスは驚いたようにカナタを見、大事なものを見るように、制服を見た。
「……けれど、この学校には、契約者しか入れないのでは?」
「うむ……まあ、そうだが」
「きっとすぐに、誰か、パートナーが見つかるさ」
 ケイが笑って断言した。
 イネスを理解し、その傍らに居てくれる誰かは、きっといる。きっと見つかる。
 イネスは、まじまじとケイを見た。
「……? 何だよ?」
「……ひょっとして、その服も、イルミンスールの制服?」
「ああ、そうだけど?」
 不思議そうに答えたケイだったが、イネスがばつの悪い顔をしたので、その意味に気がついた。
 カナタが笑い出す。
「デザインが違うのは当然よ! こやつはこれでも、男であるからの!」
「いや、そういう…………あの、ごめんなさい」
「……別にいいけどよ」
 女装していたこともあるくらいだから、女と間違われたことくらいで腹を立てたりはしないが。
 今の今迄性別を間違われていたとは、と、何気に気落ちするケイをよそに、イネスはケイに抱きしめられたことを思い出して赤くなっていた。



 空京。
 快晴の天気に、関谷 未憂(せきや・みゆう)満足げに頷いた。
 これなら! と、用意していた箱を見る。
 タイツにブーツ、ハーフコートにもこもこマフラーの完全装備で、箱と、ラッピングした袋を手にする。
 今日は、クリスマスデートなのだ。

「……キマクに比べて、こっちはのんびりしてて落ち着けるな」
 Tシャツにデニムパンツ、カーディガンにブラックコートのいでたちで、高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)は待ち合わせの場所のカフェにいた。
 野外カフェだが、そう寒くない。
 他の席にもちらほらとデートらしきカップルの姿があった。
 実のところ、それにしても何で野外、とは思わないでもなかったが、その理由は未憂が現れて知れた。
「こんにちは先輩。すみません、待たせて」
「いやあ? 今来たトコ。つーかまだだろ、時間」
 カフェにある時計を見れば、待ち合わせの5分前だ。
 紅茶を注文して椅子に座り、
「先輩、甘いもの大丈夫でしたよね?」
と訊ねながら、未憂は箱をテーブルの上に載せた。
 中には手作りのクリスマスケーキ、ブッシュ・ド・ノエルが入っている。
 ここは持ち込みオーケーのカフェなのだ。
 差し出されたケーキをぱくぱくと食べる悠司を嬉しそうに見ながら、
「今年も、色々ありましたね」
と振り返る。
「あー、あったなあ。
 何かバタバタしてたようなことした思い出せねえけど」
 悠司も頷き、今年を振り返り、
「……焼き芋とか?」
「焼き芋とかか?」
と同時に言って、思わず笑った。
「ま、今度はあれだな。イルミンスールの森とかでやるといいか。落ち葉も多そうだし」
「楽しみです」
 また、約束が出来た。
 密かに嬉しく思いながら、未憂はそういえばと袋を差し出す。
「あのこれ、クリスマスプレゼントです」
「……あーサンキュ」
 中はマフラーだった。悠司は取り出して軽く首に掛けつつ、
「つっても俺返せるモノは特に……」
と呟く。
 クリスマスにデートだというのに、プレゼントのことを全く考えていなかったのが、らしいといえばらしくて、
「そんな、気にしなくていいです」
と未憂は言ったのだが、
「ん、こいつがあったか」
と、悠司は胸ポケットから時計を取り出した。
「手作りに比べたら価値は落ちっけど」
「そ、そんなことないです!」
 愛用している時計を貰えるなんて、手作りに勝るとも劣らない嬉しさだ。
「ありがとうございます。大事にします!」
 未憂は大事に受け取って、礼を言う。
「あの、今年もお世話になりました。来年も、よろしくお願いします」
「ああ。こちらこそな」
 初冬は過ぎているけれど、小春日和のような冬の午後の時間が、ゆったりと流れて行く。