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リアクション
聖地モーリオンは、荒野の中に連なり乱立する巨石がストーンサークルを築いている、いわば人工の聖地である。
巨石は、地脈の力を制御する為に設置されたもので、地祇かるせんによれば、そのスポットに沿って、巨石は並べられているらしい。
もーりおんを探して行動を起こす前に、リネンは皆に断って、アズライアの眠る場所を訪れた。
見晴らしのよい場所に、墓標の代わりに、彼女の戦槍が突き立てられている。
誘ってくれた美羽には感謝していた。
ここは、ある意味で自分の、始まりの場所の一つだった。
「……私はあの時、アズライアを救えなかった。
……今度こそ、助けてみせる」
献花と黙祷を捧げて、誓った。
「ここが、リネンの始まりの場所、ね」
広大な面積の中に乱立する、夥しい数の巨石。
荒野に特有の、時折強く、弱く、乾いた風が吹いている。
リネンのパートナー、英霊のヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)は神妙な顔つきになっているパートナー達を見て呟く。
「……荒らされた故郷、ってヤツ」
それは、黙って見過ごせないことだった。
「ま、魔法は苦手なんだけど……そうも言ってられないか。手伝うわよ、ユーベル」
かつてこの地で犠牲となった死者への弔いが、浄化の助けになればいい、と、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、パートナー達と死者を追悼する白薔薇と白百合の花束を持ってモーリオンに来た。
「確かに、弔いというものは、一度すればいいというものではないからね」
と言って、パートナーの吸血鬼、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)も、エースに付き合ってやることにする。
「キマクにはずっと住ませてもらってんだ。
キマクにある土地が危機とは、放っておくわけにはいかねえな」
話を聞きつけた夢野 久(ゆめの・ひさし)が、何とかしたいと駆けつけた。
それに、キマク地方にある聖地だという。
モーリオンが闇龍の悪影響から解放されれば、キマクもより豊かに発展するのではないかと思ったのだ。
「地祇のもーりおんってのは、花の種を護ってるって言ってたな?」
また黒川 有希(くろかわ・ゆうき)も同様に、もーりおんが護っているという花の種が気になっていた。
「花の種、ってことは、何とかすれば、発芽するってことだよね?」
「ああ。もーりおんがその種を護っている、ってことは、種を護る必要がなくなれば、もーりおんの負担も減るってことじゃないか」
「必要なのは、きれいな水と、肥料、ってところかなぁ」
あとは光だが、有希は顔をしかめて空を見る。
「……現状では、難しそうかな」
空はどんよりとしている。
というよりは、この聖地内の空気が重いような気がした。
「よし、とにかく、水と肥料を運び込もう。土から元気にしなきゃいけねえ」
もーりおんの代わりに種の世話をすべく、2人は協力し、町と聖地を何度も往復して肥料を運び込む。
種を蒔いた人物に聞けば、聖地の中を手当たり次第に蒔いたと言う。
花壇のように場所が限定されているわけではないらしい。
作業は困難を極めると予想されたが、有希はもーりおんを何とか手伝ってあげたいと強く思っていたので、諦めることなど考えなかったし、それは久も同様だった。
「もーりおんが必死に護っている種……きちんときれいな花が咲きますように……」
有希は祈った。
――何かいる。
聖地を清める為に、小鳥遊美羽達と共に、小型飛空艇で運んできた聖水を撒きながら、鬼院尋人のパートナー、獣人の呀 雷號(が・らいごう)は注意深く鼻を鳴らす。
過去の血の臭い、死の臭い、そうではない、今現在、ここに穢れを齎しているものが、何かある。
「過去の残滓ではない……原因となるものがあるのかも」
聖水を撒きながらも、注意深く探る。
尋人は今回、武器を持っていないので、一層の注意を持って、馬で地表にいる彼を見た。
「いたっ! あそこよ!」
サンドラ・アレックスが声を上げた。
巨石群のほぼ中心。折り重なる石の影に蹲るようにして、その子供は倒れていた。
「……っ!」
その様子を見て、キュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)は顔をしかめる。
「魔獣や野獣の類がいるかもと警戒していたが……こういうことか!」
子供の体を、透明な漆黒の何かが覆っていた。
矛盾しているが、そのようにしか表現できない、昏いもの。
気配に気付き、子供はぴくりと動いた。
ゆらり、と、何かに引きずり上げられるような動きで起き上がる。
子供に巻き付く影の塊は、キュー達に向けて頭をもたげた。
大きく開けた口から、瘴気を吐き出す。
まるで空気を腐らせているような苦痛に、キュー達は後退した。
「闇龍の影……」
「炎は、あの子も巻き込みかねません」
空京稲荷狐樹廊が眉をひそめた。
穢れならば、水の他に、炎でも祓えると思い、備えていたのだが。
地祇の子供は遠目で見ても弱り果て、今にも力尽きてしまいそうに見えた。
リネンは魔法は不得手と自覚している。
なので、パートナーの剣の花嫁、ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)を頼りにした。
モーリオンの土壌の浄化と、地祇もーりおん自身の浄化。
「これが効けばよいのですけれど……」
『清浄化』を放つも、ぴくりと反応はするものの、もーりおんの状態が回復に向かっているようには見えなかった。
もーりおん自身に問題があるのではなく、あくまでもまとわりついているものを取り除かなくては、ということか。
ヘイリーも、周囲の地面に『大地の祝福』をかけてみるが、こちらは全く手元に反応が返らなかった。
聖地に聖水を撒いていた美羽や雷號が、小型飛空艇かで上空から、闇の影、影の塊に聖水を掛ける。
影の塊は、それを嫌がり、弱まる様子を見せたが、完全に滅ぼすまでには至らなかった。
「あんなのがいたままじゃ、いくら聖水があっても足りないよ!」
美羽が文句を言う。
「皆……」
コハクは、地上で地祇を囲む仲間達を見つめた。
エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)のパートナーの魔鎧、ネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)は、聖地モーリオンまで来たはいいものの、肝心の中には入って行けないでいた。
「……ここまで来て……」
ネームレスは悔しそうに唇を噛む。
足が動かず、前に進めない。
恐ろしいのだ。どうしたらいいのか解らないのである。
「……我が……もしも、我が、一層かの地祇を苦しめてしまったら……」
己という存在が、穢れで弱っている地祇、もーりおんを、更に脅かすように思えてならない。
助けたいと思って、ここまで来たのに。
巨石の間を縫うようにして、行き交う者達の姿が小さく見える。
聖地を臨める高台から見下ろし、立ち竦んで動けないまま、助かって欲しいとネームレスは、己の絶望に浸かりながら、ただ祈った。
もーりおんに巻き付いている太い蛇が、分裂するように細く分かれ、四方に放たれた。
腕に巻き付くそれを見て、キューは振り払うよりも咄嗟に、中心――地祇の子供めがけて飛び込む。
腕を突っ込むと、もーりおんの体に手が届いた。
「くっ……!」
渾身の力で、影の塊ともーりおんを引き剥がす。
「もーりおん!」
エースが飛び込み、影の塊を抑えこむキューからもーりおんを受け取って、その子供を抱きしめた。
「大丈夫か!? しっかりしろ!」
ぐったりと意識の無いもーりおんを、背中からクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)も抱きしめる。
「遅くなってゴメンネ……もう大丈夫だからね」
追って清泉北都と共に走り寄ったパートナーの守護天使、クナイ・アヤシ(くない・あやし)が、オートガードとオートバリアを施して、戦闘の余波が来ることに備えると、もーりおんにヒールを施して回復させる。
ヒールで回復する類の衰弱なのかは解らないが、やらないよりは、何でもやってみた方がいい。
(元気になりますように)
願いを込めて、モーリオンの額に手を触れていた北都は、コハクと美羽が、もーりおんに聖水を飲ませよう、と言っていたのを思い出し、カルセンティンで、小瓶に汲んで持っていた聖水を取り出した。
「もーりおん。飲んで」
もーりおんの口元に聖水を垂らす。
エースがもーりおんを仰向かせ、開いた口に流し込んだ。
すると、うっすらと、とモーリオンの表情に赤みがさす。
効いている。
ほっとして、北都は小瓶の中の聖水を、全て飲ませた。
もーりおんと影の塊が引き剥がされるや、狐樹廊はフラワシを仕掛けた。
キューもいるが、彼がもーりおんの代わりに取り憑かれるよりは、諸共に攻撃して後で回復してやる方が手っ取り早いと思ったのだ。
「そう長く抑えていられないぞ。やるなら早くしてくれ!」
「言質を取りましたよ」
キューの叫びに、思いきり行かせてもらいます、と狐樹廊は呟いた。
――尋人には、思い悩むことがあった。
少しでも人手が欲しいと、ここに来る前に、パートナーの吸血鬼、西条 霧神(さいじょう・きりがみ)に手伝いを頼んだのだが、彼は断った。
「清めるとか、穢れを祓うとか、そういうのは苦手でねえ……。
何せ私は他者の血を好む吸血鬼ですし、過去に色々やらかしてもいます。
私なんかが手伝ったら、返って清浄化に時間がかかってしまいますよ」
「……だったら、オレだって、同じだ」
尋人は不安になる。
これまで多くの戦いをしてきて、この身は血で汚れていると思う。
「オレは、モーリオンに行っても大丈夫かな」
「さあ……どうでしょう。
それはモーリオンに行ってみないと解らないのでは」
不安げに問いかけた尋人に、困ったように、霧神はそう答えたのだった。
影の塊に、効いてはいるものの、決定打が与えられていない。
考えるよりも先に、体が動いた。
尋人は、キューにまとわりつく影の塊に飛び付き、至近距離からバニッシュを放った。
咆哮のような音が空気を軋ませ、影の塊が怯む。
「効いてる!」
サンドラが叫んだ。
尋人は、逃げようとする影に続けざまにバニッシュを叩き込む。
――そしてついに、それが消滅した。
「……でも、アレはまた、すぐに復活する……!」
コハクが呟いた。
前に、アレと戦った時はそうだった。
倒せたように見えても、際限無くまた現れる。
「――大丈夫。ありがとう」
ぽつ、と、その時、頬に何かが当たった。
「……雨?」
空を見上げるが、雨雲らしきものは無い。
早川呼雪達に護られつつ、地祇、かるせんは、皆が作り出したその機会を、最大の穢れの塊が失われた瞬間を逃さなかった。
「……聖水か!」
雨のように、聖地全体に聖水が降り注ぐ。
影の塊は最早二度と復活せず、聖地はゆっくりと、確実に、清められて行く。
「……やったのか」
はあ、と尋人は息を吐いた。
「……元々は、血も、死も、穢れじゃない。本当は」
お疲れ、と、呼雪が尋人の肩を叩く。
その傍らで、空を見上げながら、かるせんが言った。
カルセンティンの聖水のように、全ての不純物を避けなければならないものも存在するけれど。
「人は、穢れじゃない。
でも、恨みとか、憎しみとか、悲しみとか、邪心が、穢れに変えてしまう」
「……」
尋人は無言のまま、じっと雨を見つめた。
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