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リアクション
Part,Prologue(Epilogue)
――その花の種は、この地を訪れた誰かの手によって蒔かれた。
聖地と呼ばれていても、その地は荒涼としていた。
だがそれはその土地だけではなく、この国全体がそうだったのだ。
争いが起きて、血と闇に塗れて穢れていく様子に、もうこの聖地は死んでしまうのだと思っていた。
だが、そんな思いを絶望の底から掬い上げるように、いつかこの地が甦るようにと祈りを込めて、花の種が蒔かれる。
嬉しくて、護りたかった。
それに込められた優しい思いが、混濁し、沈んで行く意識の最後の最後を繋いでいた。
いつか、見てみたかった。
この荒れた地が、満開の花で埋め尽くされる光景を。
聖地カルセンティン。
聖地モーリオンを浄化すべく、その準備の為に、多くの生徒達が、まずはこの地に集った。
「ここにある聖水は、モーリオンを浄化する為にも使えないだろうか?」
鬼院 尋人(きいん・ひろと)達と共にカルセンティンへ来た早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が、守り人の青年、アレキサンドライトに訊ねる。
聖地カルセンティンには地底湖があり、膨大な量の聖水を有している。
「使える」
と答えたのは、傍らにいる地祇、かるせんである。
アレキサンドライトも今回のことで初めて会ったというこの地祇は、外見は子供なのに、あまり無邪気そうなところがない。
(……まあ、地祇の実際の年齢は解らないけどね)
と、尋人は思う。
「この地とモーリオンは、地脈で繋がっているんだろう?
以前、モーリオンで会った精霊ルサルカが、ここに現れたことがあったし……それを利用して、何か出来ないだろうか?」
呼雪がかるせんに続けて問う。
「できる。でも、無理だ」
かるせんは俯いた。
「どゆこと?」
呼雪のパートナー、ドラゴニュートのファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)が訊ねる。
アレキサンドライトが説明した。
「そもそも、こいつは最初にそれをやろうとしたらしい。
だが、モーリオンが穢れている為に近付けなくて、無理だった。
カルセンティンから地脈を通じて一気に聖水を運ぶには、こいつがモーリオンに行く必要がある。
だが、あいにくこいつは激弱で、モーリオンの穢れに近付けない、というわけだ」
「モーリオンの穢れを祓わなくては、かるせんがモーリオンに入ることができない、ということか」
それは本末転倒な話だ。
「……ある程度まで祓ってくれれば、何とか立ち入れると思う。
そうすれば、あとは僕が何とかできる」
「解った」
呼雪は頷いた。
「皆に伝える。皆が最初に考えていた通りの行動になるようだ」
かるせんは、立ち上がる呼雪をじっと見る。
「……あの子を助けてあげられる?」
「助ける」
その地は、何も救えず、誰も助けられなかった場所だった。
彼等に報いたいと、強く思っている。
ここにいるのは、ただ頼まれたからではなかった。
「俺自身の意志で、地祇を助けたいと思っている」
ありがとう、と呟いたかるせんの口の端に、初めて笑みが浮かんだ。
「ねえ、これ、何かに使えないかな? 元々、モーリオンにあったものなんだ」
ファルが、『結晶』を取り出してかるせんに見せた。
以前に起きた神子騒動で、『結晶』はその力を発揮した。だから今回も、と、ファルは期待したのだ。
「ものすごーい力、は、なくても、聖水の浄化力をぎゅいーんと高めてくれたりとか、ないかなあ?」
かるせんは、それを見て、ふと表情を和らげた。
「……これは、既に役目を果たし終えている」
そう言って、『結晶』をファルに返す。
「でも、とても優しい、思いの結晶だ。ありがとう」
??? ファルはきょとんと首を傾げる。
よく解らないが、とにかく、使えない、ということらしい。
ファルは少し残念に思いつつも、大事にそれを元にしまった。
「……とにかく! 待ってて、もーりおんちゃん。絶対に助けるからね!」
気を取り直して奮起する。
新しい年を、一緒に迎えるんだ!
「よう、双子。片割れはどうした?」
アレキサンドライトに訊ねられ、このカルセンティンの出身で、今はリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)のパートナーとなっている守護天使、サンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)は、
「あの馬鹿兄貴は、一人前になるまでは帰れないって」
と答えた。
「まあ、単にばつが悪いだけだと思うけど」
「そうか」
と笑うアレキサンドライトにむくれる。
「もう! 知ってて黙ってたアレキサンドライト様だって同罪ですからねっ!」
「ははっ、まあ頑張れと伝えろ」
「……そういえば、以前」
地祇、空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)が、わざとらしく思い出したように言った。
「『両手が届く範囲のものを、全力で護る』と言っていた御仁が居りましたが、ずいぶんと両手が長くなったようですね。
手前も見習わなくては……」
「へえ、誰のことだ、そりゃ?」
アレキサンドライトは、くつくつと笑って答える。
「――そうだなあ。
我ながら、昔とは随分変わったもんだと思うぜ」
基本的なことは変わっていないと思うし、これからも変わらないと思うのだが。
「昔は、森の外になんぞ特に興味はなかったもんだがな。
今は色々考える。
村を飛び出してった双子は元気でやってるかとか、以前この森や聖地で暴れ回った連中は今頃何やってんだろうな、とかな」
思い出したように遊びに来る奴もいるしなあ、と笑う。
かつては考えられなかったことだ。
「アレキサンドライト様……」
じーん、とサンドラが感極まっている。
全く、厭味の言い甲斐がありませんねと狐樹廊は肩を竦めた。
「……あの時、私は見届けるという口実で、ただ何もしていないだけだった。
クリソプレイスと、同じようなことをするわけにはいかないわ」
リカインは、カルセンティンの森の中にある泉、そこに作られた塚の前に佇む。
その塚は、墓の代わり。
以前の戦いで死んだ精霊を偲ぶものであり、クリソプレイスとは、その戦いの時に、魔境と化して失われた聖地の名だった。
リカインは、塚の前に突き立てられている錫杖を引き抜く。
「あなたも、一緒に行って、見届けて欲しい」
今はいない、持ち主の精霊にそう語りかけて、リカインは踵を返し、仲間達の元へ戻った。
「久しぶり、コハク」
清泉 北都(いずみ・ほくと)は、自分からコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)に声をかけた。
かつて、わだかまりを残したまま別れた友人だった。
コハクは、少し驚いたように北都を見る。
「話を聞いて、いてもたってもいられなくて、来たよ」
何ができるかは解らないし、できることには限りがあるが、それでも、役に立てることがあるのなら、何かをしてあげたいと。
「……久しぶり。元気だった?」
コハクは懐かしそうに、嬉しそうに微笑んだ。
「とりあえず、もーりおんの周りだけでも清められないかなって思ってるけど……。
他に都合のいい場所ってあるの?」
コハクと共に、運び込んだ幾つもの18リットルポリタンクに次々聖水を汲みながら、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が訊ねた。
「モーリオンには、巨石が沢山立ってる。
あれは、地脈のスポットに沿ってるから、巨石のところに撒くと、影響が大きいはず」
かるせんの答えに、なるほど、と頷く。
「もーりおんは、聖地のどの辺にいるの?」
「ストーンサークルの、一番力が集まってるところ」
「りょーかい。中心だね」
呼雪達やリネン・エルフト(りねん・えるふと)らも手伝って、鍾乳洞奥の地底湖と地上を何度も往復し、アレキサンドライトが用意した馬車を水で一杯にして、更に美羽とコハクは、小型飛空艇にも水を積む。
「これくらいで足りそう?」
「解らない。穢れがどれくらい執着が強いかによる」
「うーん、出たとこ勝負かあ」
「――皆、お疲れ様。出発前に、一旦休もう」
運搬が終わったところで、コハクが手伝ってくれた仲間達に礼を言って、作ってきた手作りサンドイッチを振る舞う。
「わーい! コハクのお弁当!」
ファルが大喜びで齧り付き、ありがとう、と礼を言ってリネン達もご馳走になった。
「来てくれて、ありがとう」
サンドイッチを渡しながら、美羽の誘いに、ここへ来てくれたリネンに、礼を言う。
「……礼はいらない。私も、来たいと思ってた」
うん、と頷くコハクから、サンドイッチを受け取った。
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