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リアクション
第1章
シャンバラ大荒野。その一角に、長大な荷台を引いたトレーラーが現れた。それを追うように、何人もの生徒があるものは小型飛空挺、あるものはバイク、思い思いに後を追ってきた。
トレーラーの背部にある扉が開く。その中は、通信・指揮に必要な装備を詰め込んだ移動式の作戦本部だ。小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)がその出口に立ち、生徒たちの顔ぶれを確かめる。
「改めて、状況の確認と作戦の説明を行う」
秀幸が告げる。それを受けて、金元 ななな(かねもと・ななな)が、車両の中からよく通る声を、皆の通信機器へと発信した。
「ゴブリン魔術師を中心としたゴブリンの大部隊は、このシャンバラ荒野のポイントアルファを中心点として散会しているよ。数ではこちらを上回っているから、まともにぶつかると、かなり危険だと思う」
「そこで、まずはゴブリン全体に向けてパフォーマンスを兼ねた陽動を行い、ゴブリンの部隊を分断する」
「それが作戦の初っぱなってことだな?」
声を上げたのは新入生のひとり、斎賀 昌毅(さいが・まさき)。眠たげな表情だが、目元は不機嫌そうに細められている。
「だったら、俺は陽動をやるぜ。俺が学院に入ったのはイコンの操縦のためなんだ。こういう訓練なら、早めに終わる任務に就かせてもらう」
「あんまり、そういう態度で居られると困りますよぉ」
ルーク・カーマイン(るーく・かーまいん)が、昌毅をなだめるように言った。
「教導団員の俺としては、きっちり、しっかり作戦を遂行してもらいたいんです。俺は本来は参謀ですけど、陽動分隊の分隊長ってことになってるんですから」
「だったら、自分の仕事をきっちりやればいいだろ。あれこれ指示されて溜まるか」
「あれこれ指示を出すのが隊長なんですけど……」
困り切った様子のルーク。秀幸が、ペースを取り戻すように眼鏡を押し上げた。
「敵が分断できると判断したのは、ゴブリンたちは狼にひかせた戦車(チャリオット)を持っているからだ」
「ゴブリン戦車を中心とした敵前衛を陽動分隊が引きつけ、魔術師の居る後衛から引き離したら、第一分隊が前衛を攻撃する手はずになってるよ」
秀幸となななが順番に作戦を告げる。手を上げたのは、御魂 紗姫(みたま・さき)だ。
「戦車の対処は私たちが行う事になっている。戦車は敵の主力だ、これを速やかに排除しなければならないわ」
「それなら、こっちに考えがある」
そう告げたのは、クローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)。知恵の色を瞳に宿している。
「少々、準備に時間が必要だ。前衛の対処に向かう人員は、協力して欲しい」
クローラの提案に、紗姫が頷く。
「……ちょうどよかったわ。ついでに、作戦の打ち合わせもしましょう」
クローラに従い、生徒たちの一部が本部よりも前に先行していった。
「迎撃は、本部の近くにせざるを得ないねぇ。ここまで、ゴブリンが辿り着かないとは限らない」
通信の確実性を期すため、あまり戦場を広げることはできないのだ。そのことに気づいて、蒼空学園の高峰 雫澄(たかみね・なすみ)が不安げに漏らした。
「ここまで、ゴブリンが来るかも知れない……。ナビゲーションに乱れが出たら一大事だ。誰かがここに残って守らなきゃ」
「そう思うなら、あなたがやらなきゃ志方ないでしょ」
横から彼に声をかけたのは、この春からシャンバラ教導団に転校した志方 綾乃(しかた・あやの)。その後ろでは、雫澄の直接の先輩に当たる氷室 カイ(ひむろ・かい)が小さく頷いている。
「俺たち上級生は単なるフォローとサポートだ。提言、実行、どちらもお前の責任でやることだな」
彼らの後押しを受けて、雫澄は大きく頷いた。
「では、僕は本部の防衛に尽きたいと思うよ、小暮くん」
「少尉と呼んでくれ。でも……確かに、この距離ではその危険性もあるか。想定していなかったが、実戦に出てみないと分からないこともあるな」
思案しながらも、秀幸は彼の提案を受け入れた。
「それで、私たちは?」
テルミ・ウィンストン(てるみ・うぃんすとん)がしびれを切らしたように問う。
「歩兵だよ」
ななながあっさりと答えた。
「ほへぇー? 私、メイドなんですけど」
服が汚れてしまう、とでも言うように、日玉 九白(ひだま・くしろ)が不満げな声を漏らした。
「メイドも戦うのがパラミタの伝統です。僕が敵から守りますから、一匹でも多くのゴブリンを倒してください」
竜螺 ハイコド(たつら・はいこど)が九白に言う。
「命令なら、従いますけど……私、一応情報科の所属なんですけどね」
「それらしい命令が欲しければ、無理は承知で主張してみるといいって、なななは聞いたよ」
アホ毛をぴーんと立たせて、なななが言った。綾乃が背後で、「むむむ」と謎のうなりをあげている。
「いいや。一方的に主張するだけでなく、命令の意図をきちんと把握しておいた方がいい」
無限 大吾(むげん・だいご)が、釘を刺すように言う。
「こっちでは、契約者である以上は実戦を迫られるからな。敵と戦うことに慣れておく方がいいさ。なに、俺も前線に出る。危なくなったら頼ってくれ」
「いろいろ、考える事が多いんですね」
「作戦が始まった時点で、戦いの行方は80%決まっていると言うからな」
秀幸が眼鏡を押し上げる。
「それで、前もって成功率を計算しているというわけかな?」
秀幸に声をかけたのは、茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)。煽るような物言いに、秀幸はムッとしたように眼鏡を光らせた。
「それが、何か?」
「いや、実戦では不測の事態が起きるものだからね。どうなるものか、楽しみにしているよ」
衿栖が目を細めて言った。
「それはどうも。……そろそろ、作戦の開始時刻が近づいているので、自分はこれで」
「ふふふ……」
秀幸が作戦本部となった車両に戻り、戦場の把握に努める後ろ姿を衿栖が見守る。
ちなみに本人、煽るつもりはまったくない。むしろ、褒めているつもりである。少し、人を喜ばせるのが苦手なのだ。
「よし、ここならあんまり砂は飛んでこなさそうね!」
大荒野には珍しく、木々が風を塞いでくれている一角に目をつけて、琳 鳳明(りん・ほうめい)が荷物を運んできた。
「飲み物はセラさんに任せるとして、あとは……おやぁ?」
せっかく見つけた最高のロケーションに、先に人がいる。それを気にする鳳明ではないが、その場に居たのは今回の作戦における上位官らだったのだ。
「シュミット大尉! ジーベック中尉! 何してるんですか!?」
「退路の確保だ」
クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が、はっきりと答えた。
「報告の準備だよ」
続けて、クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)が静かに答える。
「オレたちが本部に張り付いてたら、新入生がアガっちまうかも知れないだろ? だから、戦況の把握はナビの傍受と斥候の報告で行う事にして、静かに見守っていようって、ボスの粋な計らいってわけ」
クレアのパートナーであるエイミー・サンダース(えいみー・さんだーす)が胸を張って見せる。
「当然の判断をしただけだ」
謙遜する風でもなく、クレアが言う。
「あれ? でも、報告は金本さんとか、情報部の新入生がまとめるんじゃないの?」
きょとん、と鳳明が首をかしげる。
「作戦の報告はな。私の報告は、また別のものさ。何、サッカーを観るのと同じだ。ディフェンスの上手な選手が居れば、応援してやろうというつもりになるだろう?」
冗談めかして、ただし本人はぴくりとも笑わず、クレーメックが言う。
「おっと、新入生には言わないでくれよ」
「それって、えーと」
監査? と、のど元まででかかった言葉を、鳳明はごくりと飲み込んだ。
「それより、てめえは何やってんだ?」
危ないにおいを察して、エイミーが問う。聞かれると、鳳明はいかにも得意げに、
「よくぞ聞いてくれました! 実は私、打ち上げの準備をしているのです!」
両手を挙げて大発表をする鳳明に、クレアが静かな視線を向けた。
「……それができればいいんだがな」
「え、え!? ダメですか!?」
「いや、禁止したわけじゃない。存分にやってくれ。だが、いざというとき、ここは撤退のために使う。その邪魔にはならないようにしてくれ」
厳しく告げるクレア。
「だ……大丈夫だって! 後輩のみんなも、しっかりやってくれるよ、きっと!」
明るく振る舞おうとする鳳明の目を、じっとクレアがのぞき込んだ。
「返事は?」
「りょ、了解です」
「出世すると、考える事が多くなるよなあ」
その様子を見て、ぽつりとエイミーが漏らした。
「必要な事だ」
クレーメックはやはり、静かに答えた。
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