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東カナンへ行こう! 2

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東カナンへ行こう! 2
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■アナト大荒野〜サンドアート展開催(1)

 ついにサンドアート展が開催された。
 東カナン領主の後ろ盾で事前広報も広く行われていたため、会場には続々とカナンの人々が詰め掛けている。あわてたのは真人やセルファ、トーマたちだった。門の前で待ってくれていた人には配れたが、そのあとの来訪者にはとても3人だけではパンフレットを配布しきれない。
「にぃちゃんどうしよう?」
「ちょっと困りましたね…」
 ふう、と息をついたときだった。
「手伝います」
 赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)が、ひょい、とトーマの抱えていたパンフレットの束から数束抜き取った。
「これ、いいですね。カナンの方々に会場を案内するのにとても役立ちます」
 パラパラとめくって、子どもにもおとなにもちょうどいい、その行き届いた細かさに霜月も笑顔になる。
「使わせていただきます」
 そう言って、彼は自分を待つカナン人の家族の元に戻って行った。彼ら1人ひとりに1冊ずつ渡し、さらに周囲の人々にも渡す。
「僕にもいただけるでしょうか」
 にっこり笑って手を差し出したのは、笹野 朔夜(ささの・さくや)だった。
「向こうでテラリウムの店をしていますので、テーブルに置かせていただきます」
「ありがとう。お願いします」
 セルファから数束受け取った朔夜は、じゃあ、と手を上げて人混みの中に消えた。
「あ、ボクもボクもっ」
 聞きつけたヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)が、人波を掻き分けるようにして出てきた。
「お店に来たお客さんに渡せばいーんでしょ。もらってくねー」
 さっと束を抜き取って、特製ソースの元の入った箱に一緒に放り込む。そのまま走り出そうとして、たたらを踏んだ。
「あっそーだ! ボクんとこ、おいしードネルケバブ扱ってるんだ! 席も用意してあるし、よかったら食べに来てよねーっ!!」
 手を振り、元気よく、今度こそアリアは走って行った。
「じゃあ俺らももらって行こうかねぇ」
 ひょいと足元の箱からひと束持ち上げたのは紫月 唯斗(しづき・ゆいと)である。彼もまた、カナン人の案内を買って出た者だった。
「迷子になったり、困ってる人を見かけたら、渡して教えるようにするよ」
「あ、ありがとうございます」
 真人はぺこっと頭を下げる。
 ほか、次々と各ブースの者たちもパンフレットを持って行ってくれた。もちろん、客として来ていた者たちもである。
「こういう物があると、本当に助かります。ありがとうございます」
 丁寧に頭を下げて、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)は自分のほかメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)セシリア・ライト(せしりあ・らいと)の分を受け取っていった。
「ふーん、展示だけじゃなくてアトラクションのコーナーもあるんだ。こっちのブースは子どもの絵がついてるってことは、低年齢用向けなのかな?」
「ここに対象年齢が書いてあるですぅ。それと、一緒に休憩所マークがあるから、きっと小さな子ども連れの方用なのですぅ」
「あ、なるほど」
 ふんふん、とセシリアは頷き、パンフレットに見入りる。
 その隣で、フィリッパは会場のあちこちをデジタルカメラで撮影していた。都合がつかなくて来れなかった友人たちに、あとで見せてあげたいと思ったのだ。
 まずは『シャンバラ・東カナン合同企画 サンドアート展』との幕がかかった門と、その左右にある砂像を念入りに撮影した。
「本当に皆さん上手ですわ」
 ズームにすると、細かいところまで手を抜かず、きれいに作られているのがよく分かる。
「よし! 決めた!」
 セシリアが両手でパチンと叩くようにパンフレットを閉じた。
「まずは腹ごしらえ! 食べながら会場を回ろうよ!!」
 さあ行こう、とばかりにメイベルの手をとって、セシリアは人波に乗るように駆け出した。
「あ、待ってください〜」


「いらっしゃーい、おいしいケバブはいかが〜?」
 そう、道行く人に声を張り上げながらも、ヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)の手は休まることなくケバブを皿に盛っていた。
 本当は、そうする必要もなく店はにぎわっているのだが、これも雰囲気というものだ。
「はいっ、お待たせ!」
 ブースの半分以上を占める座席を縫うように歩いて、注文のお客さんの前に皿を置く。
「ソースは2種類あるよ! どっちをつけてもおいしいから、できたら2つとも試してみてね!」
「ありがとう」
「あ、でも、きみにはちょっとこっちのチリソースは辛いかなぁ?」
 席について、目の前の容器に入った赤いソースを不思議そうに見ている小さな男の子に話しかける。
「辛いのきらい?」
 アリアに覗きこまれた男の子は、人見知りするのか、ちょっとあごをひきつつ頭を振って見せた。
「そっか! 男の子だもんねっ。でも、こっちの白いソースも試してほしいなぁ。ヨーグルト味で、ボクの自慢のソースなんだ」
「……おねえちゃんが、作ったの?」
「もちろん! どっちもボクの手作りだよ! 涼介兄ぃが――あ、涼介ってホラ、あの透明のガラスの向こうでお肉焼いてる人ね――オリジナル配合の香辛料で味付けした特製ケバブにすーっっごく合った味にしてるから、絶対おいしいよ! ボクが保証するっ」
 ぱちん、とウインクを飛ばされて、男の子は小さな声で笑った。
「そーりゃねぇちゃんは、このお店の子だもんなぁ」
 奥の席についていた男性客が言った。もちろん、険悪な文句ではない。目も声も笑っている。
「そうだよ! ボクがいちばーん味をよく知ってるんだ。そのボクがおいしいっていってるのに、信じないの?」
 アリアもまた、目で笑いながら両手を腰にあて、怒ったフリで客に調子を合わせる。
「いいや。そのとおり。うまいよ、この肉。こんなうまいケバブ食ったの初めてだ」
「このまま食べてもいけるけど、ねぇちゃんの手作りソース付けるとさらにおいしいぜ!」
 別の席の客が、わははと笑った。
「もっとくれよ、特にこの赤いヤツ。もうなくなりそうなんだ」
「調子のいいこと言っちゃって! そんなこと言ってもお肉のサービスは1回きりだからねーっ」
「お? 1回サービスくれるんだ。こりゃもっと言っちゃおーかな? ねぇちゃんかわいいぞーっ」
 どっと笑いが起きた。
 まだ開催して1時間も経たないのに、もうすっかりアリアはお客の人気者だった。彼女の行く席では笑いが絶えず、とおり道でも彼女の関心を引こうとする客たちが顔を輝かせる。
 どんなに忙しくてもアリアは惜しみなく笑顔をみんなに振りまくし、おとなに対しても子どもに対してもかいがいしく世話をやく。決して距離や壁を作らず、それでいて押しつけがましくもない彼女の元気が移ったように、店はにぎわい、みんな笑顔で彼女の運ぶケバブや会話を楽しんでいた。
「……それはそれでいいんだけどね。ちょっと困ったかな」
 肉がほとんどなくなった串を下ろし、並んでいた4つの串を順々に横へずらすと、新しいドネルケバブのタワーをグリル機にかける。モーターできちんと回転するのを確認して、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)は奥の席で、はずした串についていた肉を抜いて、持ち帰りのピタパンサンド用にさっさと切り分けた。
「ん? 何が困ったって? 涼介兄ぃ」
 ぱたぱた調理コーナーへ駆け込んできたアリアは、そう問いつつ一番手前の焼けた牛肉のタワーから肉を切り出す。
「あ、サービスって言ったのまずかった?」
「いや、それはいいんだ。ただ、ケバブの特徴として、お客さんの皿の上で直接切り分けていくっていうのがあるだろう?」
「うん。パフォーマンスだよね!」
「こうも店が混んでいたら、危なくてできないなぁ、と思って」
 席を回りながらお客さんと会話をして、注文通りにいろんな部位を切り分けていく。そんなやりとりが、ちょっと楽しみでもあった涼介は苦笑した。お店がにぎわっているのに、ぜいたくな悩みと言われるかもしれないけれど。
 その間も手は流れるように動き、肉と野菜とを重ねてピタパンにはさみ、ソースをかけていく。そして紙で包み、間違いのないようソースの味によって、白いシールと赤いシールを貼っていった。
「んー。でもさ、もうちょっとしたら今の人たちだっていなくなるし、1日中ずーっとこの状態ってこともないと思うから。様子見て、やればいいんじゃないかな?」
 去り際、アリアはそう言って、じゃあね、と笑って出て行った。
 彼女が現れた途端、にぎやかだった食事の席が、さらに大きな笑いに包まれる。
(……あれは、最後まで続くんじゃないかな)
 涼介はくつくつと肩を震わせて笑う。そして、作りたてのピタパンサンドの入った箱を持って、もうひとつのお客さんとのふれあい方法――食べ歩きを希望するお客さんのための窓口を、開いた。
「特製ケバブで作ったピタパンサンドはいりませんか? おいしいですよ」



 できたての熱々ピタパンサンドをほおばりながら歩いていたら。
「これをどうぞ」
「あ、はい」
 差し出されるまま、反射的にフィリッパはそのチラシを受け取った。
「何ですぅ?」
「ええと……『サンドフラッグ競技について』だそうです」
「……どこか聞き覚えのある名前なのですぅ」
 メイベルは思い出そうと少しの間頑張ってみたが、残念ながらこれといったものが思い出せなかった。
「これを読む限りでは、砂山登りのようですね。午後に開催するそうです」
「午後までは、いくらなんでもいないなぁ」
 さすがにそこまでいると、退屈しそうだった。
 お昼を食べて、町の宿へ戻ることで話はまとまっている。
「面白そうだけど、残念」
「ああでも、その前に午前中に1度エキシビジョンが開催されるそうですわ。模範演技ですから、一般参加はできないようですけれど」
 下まで読み進めたフィリッパは、もう読みもらしはないと確認して、チラシを折ってカバンにしまった。
「じゃあそれを見てから帰るのですぅ」
「うん。それでいいよ」
「そうしましょう」
 3人は同意し合って、次のブースに入っていった。



(しかし、まさかカナンまでやってきてサンドフラッグを実演する事になるとは思わなかったわ。……まぁ、皆に楽しんでもらえるんなら、あたしとしては構わないんだけど)
 道行く人にサンドフラッグのチラシを配っていたレナ・ブランド(れな・ぶらんど)は、ふと流した視線の先にじっとうずくまった子どもの背中を見つけて、そちらに走り寄った。
「どうしたの? 気分が悪い? お母さんとはぐれたの?」
 そっと背中に手を添えてみて、振り向いた顔に、レナははっとした。髪の間から花が咲いている。カナン人ではない、花妖精だ。
 可憐なシモツケの花妖精、凪 優喜(なぎ・ゆうき)は、どこかぼんやりとした表情でレナを見返していた。
(もしかして、聞こえなかったのかしら?)
「あなたのパートナーは? はぐれちゃったの?」
「……ワカラナイ。ハナ、ウエテル」
「え? 何?」
 花妖精の言葉は小さく、細く、イントネーションが違っていて、理解するのが難しかった。周囲の雑踏の方がうるさいということもあったが。
「ハナヲウエテル。ハナヲウエヨウ。ソレシカボクニハデキナイ」
 優喜は独り言のようにつぶやき、また先までしていた作業に戻った。ブースのラインに沿って、花を植えている。しかしそこは砂の積もった地面だった。乾いた砂や固い土に直接花を植えても育たない。それに、こんなきわに植えると、踏み潰される可能性だってある…。
「――そうだ!」
 ぱん、とレナは手を叩いた。
「ねぇきみ! あっちのブースに行かない?」
「?」
「向こうでね、砂で植物を育てる実験プラントを公開している所があるの。そこだったらこの花たちも、ずっときれいに咲いていられるわ。きっと目にした人たち「きれいね」って言って、喜んでくれるわよ」
 すっくと立ち上がり、優喜に手を伸ばす。優喜はその手を見て、じっと見つめて……そっと、その小さな手をすべり込ませた。
「きみ、お名前は?」
「ナギ ユウキ」