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東カナンへ行こう! 2

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東カナンへ行こう! 2
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■アナト大荒野〜サンドアート展開催(2)

 エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)紫月 睡蓮(しづき・すいれん)プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)の3人は、女の子と男の子をそれぞれ持つ3人家族2組を案内していた。
 はじめのうち、プラチナムはなぜ自分がこんな労働をしているか、分からなかった。たしかに門には『シャンバラ・東カナン合同企画』とあったが、自分たちはお客として来たのではなかったか? なのに気づけば、会場案内のボランティアをしている。
「いやなの?」
 一番後部につき、彼らに聞かれないようこそっと唯斗に打ち明け、反対に訊き返されたとき、答えに窮した。
 いやというより、腑に落ちない、という感じなのだ。彼らと一緒に会場を回るのはどうということはない。ただ、なぜなのだろう? と。
 しかし次の唯斗の説明で納得した。
「――は? 私のバイクの維持費及び改造費とイコンの整備費用が同じくらいかかる…?」
「その費用を労働で返していると思えばいいよ」
 顔は笑っていたが、胸の内では笑っていない、そんな感じの笑みだった。だからプラチナムは先頭に立った。
「さぁエクス様、睡蓮様。労働に励みましょう」
 と――。

「で、唯斗はどこへ消えたんじゃ?」
 エクスから訊かれるまで、プラチナムも睡蓮もそのことに気づけていなかった。
「あら? ……あら?」
 きょろきょろ周りを見渡して唯斗の姿を捜したが、睡蓮はどこからも見つけることができなかった。思わず捜しに行こうとして、手にかかった制動に、自分が女の子と手をつないでいたことを思い出す。
「あ…」
「……まぁ、よい。そのうちどこかからひょいと現れるじゃろ」
 肩をすくめたとき、エクスと手をつないでいた男の子がぐいっと手を引っ張り、とあるブースを指差した。
「あれやりたい!」
 そこにあったのは、半円にえぐれた巨大な長方形だった。パンフレットにはハーフパイプとある。
「ハーフパイプって何でしょう?」
「さぁ?」
 近づくにつれ、子どもたちのキャーキャー楽しそうな笑い声と悲鳴が聞こえてくる。
「よぉ。おまえたちもやっていくか?」
 上で彼らの接近に気づいた高柳 陣(たかやなぎ・じん)が笑いながら声をかけた。
「いや、わらわたちは――」
「やろうよ! おねえちゃんっ!」
「ええ!? わらわもかっ!?」
 驚いているうちにエクスは男の子にぐいぐい引っ張られて行く。そこにいたのは、リフトがわりに飛空艇で子どもたちを上に上げていたユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)だった。
「はいはい、触らないの! 危ないでしょ? ちゃんと全員上に連れて行ってあげるから!」
 子どもたちにはソリやボードですべるハーフパイプももちろんだが、空に浮かぶ飛空艇もものめずらしいようで、手を伸ばしてはぺたぺた何かと触ろうとしてくる。それを注意して遠ざけつつ、ユピリアは垂直に上昇して子どもたちをハーフパイプの上に上げていた。
 もう朝から一体何度これを繰り返したことか…。何十回? ううん、何百回?
(がんばるのよ、ユピリア! この試練に耐えきればきっと、陣からご褒美がもらえるんだから!)
 と、その一念でひたすら飛空艇で上がったり下がったりを繰り返している。
(そうよ、これだけがんばってるんだもの、ただのご褒美なはずないわ。イベントが終わり、人気のなくなった会場、夕日に照らされ赤く染まったハーフパイプの底で、きっと陣はこう言うの。
『よくがんばってくれたな、ユピリア。このハーフパイプが成功したのはすべておまえのおかげだ。何か褒美をやろう。何がいい?』
『何も……何もいらないわ。陣のためですもの』
『かわいいやつだな。こっちへ来いよ』
『あっ、駄目よ、陣。こんな所で…』
『だれが見てるって言うんだい?』
『だって……ほら、砂像たちが…』
『かわいいやつ』
『……あっ……ああ……陣…』)
「――ふっ……ふふっ……うふふふっ」
 花開いた妄想に、思わず笑いが口をつく。
「――なんか、お姉ちゃん相変わらずみたいだね」
 ヒヨコの着ぐるみ・ひよぐるみ姿でコロコロ転がり、高さを怖がる子どもたちに実践して見せていたティエンが、ユピリアの笑いを聞きつけて笑顔を引きつらせる。
(おかしいなぁ? この前「滝に打たれた私は別人に生まれ変わったのよ!」とか言ってなかったっけ? 全然前のままなんだけどー)
「絶好調だな」
 ありゃまだまだ交代する必要はないだろう、つか、休憩いらねーんじゃねぇか? 終了までこのままやらせるか、陣は結論づけた。



 うそかまことか定かではないが。
 そのブースの入り口には大きく『シャンバラ政府協賛』という、手書きの看板が立てられていた。
「ふぅん?」
 小首を傾げつつ、メイベルたちは中へ入る。
 そこにあったのは、長い長いレリーフだった。平安時代の絵巻物風に、左に動くに連れて物語が展開するようになっている。
 砂で細かく浮き彫りにされたそのレリーフは、一見見事な細工の単なる物語に見えたのだが…。
「――プッ」
 何が題材になっているかを知ったとたん、セシリアは吹き出した。
「これ、セテカさん……ですわよね?」
 フィリッパが、最初の最初を指差す。マルドゥークたちとの会談で、シャンバラに救援を要請する場面だ。メイベルがその手元を覗き込もうとしたとき、ぱたぱたとセシリアが後ろを走り抜け、絵巻の中間辺りを指差した。
「ここ! 僕たちここに出てるよ!」
「えっ?」
「本当ですかぁ?」
 半信半疑で覗き込んだ先、それはあの北カナンへ向かっている途中でネルガルと遭遇したときのシーンだった。物語としてかなり誇張されているが、飛空艇に乗り、巨悪のネルガルに挑む彼女たちの姿がそこにある。
「うわぁ…」
 どう反応したらいいものか。面映い気持ちで頬に手をあてる。そのとき、奥の方から声がした。
「――その瞬間、契約者たちの目に、実におぞましい物が映ったのじゃ! 蠢く黒い絨毯のように折重なったイナゴ、イナゴ、イナゴ、イナゴ。見渡す限りの全てを、イナゴたちが覆っていたのじゃよ。
 そしてその契約者も怯えるイナゴの海に、勇敢にもただ1人別け入る人影があった!」
 じゃじゃーーーん。
 セフィロトの樹が描かれた前でロゼ・『薔薇の封印書』断章(ろぜ・ばらのふういんしょだんしょう)が、ドラマチックに観客たちに語りかけていた。
 おそらくは最初のところからずっと移動しつつ話して聞かせていたのだろうが、長い話にもかかわらず、観客の注意はずっとロゼに向いたままだ。巧みな話術と大げさなまでの身振り手振りが、彼らの関心を掴んで放さないのだろう。
「……どう聞いてもあれ、誇張されてますよね?」
 なんとはなし、話に耳を傾けていたフィリッパがこそっとささやく。
「その者こそ、わらわじゃ! 反撃の仕掛けを設置するため、イナゴの海に潜ったのじゃ!
 まったく、魔導師ときたら、わらわたちがお膳立てしてやらねばロクな術も放てなかったのじゃよ」
 そのあきれ返った文句に反応したのは、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)だった。
 ムッときて、さっとアコーディオンカーテンを開け、奥の出口に設置してあった土産物売り場から飛び出す。
「よくもまぁそれだけ好きなことを言ってくれるのだ。リリも早くセテカ襲撃のくだりを自慢……じゃなくて講釈したいものだよ」
 と、その目がバッチリ、メイベルたちとはちあわせする。
 彼女たちはこの絵巻物の真実を知っているわけで――――……
「お、おお、メイベルたち。ちょうどよいのだ。ちょっとトイレ休憩をしたいと思っていたのだ。ここで、客に持ち帰ってもらう土産の包装を頼むのだ」
「えっ!?」
 有無を言わさずその手に果物を押しつけると、リリは脱兎のごとくその場を逃げ出した。