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リアクション
3/
行動の指針を決め、脱出のために動き出そうとしていたのはなにも、彼ら、彼女らだけではない。
はぐれていたとしても。行動を決定し、既に動いている者たちもいる。
「これは……少々、拙いかもしれないな」
セルマ・アリス(せるま・ありす)もまた、そのうちのひとりであった。
「さて、どうしたもんかのう」
パートナーのドラゴニュート、ウィルメルド・リシュリー(うぃるめるど・りしゅりー)と背中合わせ。
今、ここにいる人語を解する者は相棒同士のこの、ふたりきりだった。
遺跡への探検に訪れた調査隊から、はぐれた一団。そこから更にふたりは別行動を──ドラゴニュートを好物として優先的に襲ってくるドラゴンイーターの習性を逆手に取り、ふたりはウィルそのものを餌にした、囮となって動いているのだから。
いや。動いていたと言ったほうが、適切かもしれない。
「離れるなよ、ウィル」
「無論」
なにしろ今、ふたりの進退は窮まっている。
前も、後ろも。左右どころか、ふたりの立つその真上さえも。けっして狭くはないものの、もとより多勢を無勢で相手どって戦うには些か逃げ場に乏しい石造りの通路は、その十字路の地点においてこれまたたったふたりで相手をするには過分すぎるほどの無数のドラゴンイーターたちによって埋め尽くされ、塞がれているのだ。
これは、覚悟せなばならないか? パートナーとともに武器を構えるセルマの背筋を、嫌な冷たさの汗が伝い落ちていく。
その背中から、不意に重みが、パートナーの感触が消える。
「……無論、のつもりじゃったが。ここはわしが引きつけるのが得策であろうよ」
「ウィル?」
一体、何を言い出すんだ。
「元来わしらとこやつらは食うもの食われるものの関係よ。その意味では自然の摂理かもしれんのう、これも」
「ウィル!」
まさか──自らを犠牲に。とっさ、思わず振り返るセルマ。
その背後は、隙だらけ。野生に満ち溢れたドラゴンイーターたちがそれを見逃すわけもなく。
同時に、最大の好物を目の前にした、我慢の限界を超えた竜喰らいたちもまた、彼らにとっての獲物と認識するドラゴニュートへと殺到をはじめる。
前からも、後ろからも。ドラゴンイーターたちの先手だった。
一手、先を行かれ。更に二手目に、全方位からの一斉攻撃が開始される。
「後ろじゃ! セルマ!」
「ウィル、来るぞっ!」
喰らう者と喰らわれる者、その両者の間にあった距離はほんの数メートルほど。まさしく、竜喰らいの怪物たちにとっては瞬時、詰められる。ゼロにできるだけの道のり。
もう、そこに醜悪にして鋭く生え揃った牙を無数に持つドラゴンイーターたちの大口が、迫っている。
彼らだけ、セルマとウィルだけではもはや、どうしようもない。
避けることも、迎撃も。防ぐことも。
「っ!?」
ただ。寸分違わずドラゴンイーターたちの口蓋内を目がけて放たれ吸い込まれていった雷撃の光条の束が、彼らを救った。
それらの届けられた方角は、セルマにとって右、ウィルにとっては左。ふたり同時に仰ぎ見たその方向から、雷鳴の矢放ちし射手らの姿は暗い通路の交差点へと躍り出る。
「大丈夫かっ?」
彼らもまた、調査隊の一員。銀髪の少年、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)に、そのパートナー、デーゲンハルト・スペイデル(でーげんはると・すぺいでる)。地球人とドラゴニュートのコンビはやはり同じくその種族のペアである、セルマとウィルの死角を塞ぐように、二人の左右を固め背中を預けあう。
「どうして、ここに? 皆とはぐれたのか?」
助けてもらったことには感謝をしつつも、セルマが疑問を隠し得ず、問いかける。
「違う。……施設内に、こいつらの餌にされているドラゴニュートがいるかもしれないと、探索していた」
エヴァルトが、応じる。
それで、どうだった。訊きそうになって、彼が唇を噛み締めているのを見て、セルマは言葉を止める。
「……もぬけの空だったよ。それらしい檻は。こびりついた血の痕くらいしか、残っていなかった」
「そう……か」
きっと、彼と彼のパートナーの心中には、その光景が今も再生されているのだろう。セルマはそう理解し、目を伏せる。
セルマにも、ウィルにも。ドラゴニュートをパートナーに持つもの、ドラゴニュート自身として彼らの受けた衝撃は十二分に理解できる。
「それで、デーゲンハルトが『近くにドラゴニュートがいる』というから来てみたんだがな。とりあえず助けにはなったようだが、切り抜けられるかどうか」
ドラゴンイーターのうち、何体かは先ほどエヴァルトたちの放った電撃によって後退をした。
しかしそれでも、彼らを取り囲むドラゴンイーターの数はけっして少なくない。二人が四人になったところで、どこまでやれるか。
せめて奴らの弱点──岩竜忌草さえ、どこかにあれば。遺跡周辺には無数に生えていたあれさえあったならば、この多勢に無勢をひっくり返すことだってけっして、不可能ではないのに。
「──伏せてっ!」
「!?」
じりじりと、十字の路の中心へと四人は追い詰められていく。その最中、響いた声、ひとつ。
「なんだっ?」
声が貫いていくと同時、一陣の風が駆け抜ける。
そう。雷の次は、疾風。銀色の、風。
「はあああぁっ!」
──疾い!
四人の認識すら置いていかんばかりのその速度が、ドラゴンイーターたちを一体、また一体と打ち据える。
「女……だと?」
「く……っ! 硬い! でもっ!」
無論相手は、強固な装甲に覆われた巨大なドラゴンイーターたちだ。いくら速くとも、それだけで倒せるわけではない。
女の名は、フィアナ・コルト(ふぃあな・こると)。神速にその長い銀髪をなびかせた二刀流のヴァルキリーは、息つく間もなく剣撃を竜喰らいたちへと浴びせ、そのたび弾かれてもなお、休むことなく次から次へ、その進路を妨害していく。
その刃が通らないことを、おそらくわかっていながら。
こんなときに限って、あの人は留守番なんですから──……っ。
そう、彼女が剣を振るいながらも愚痴をこぼしているのが、彼らにも聞いて取れた。……「あの人」とやらが誰なのか。彼女のパートナーである相田 なぶら(あいだ・なぶら)のことなのかももちろん、わかりはしないけれども。
ただ、突然の闖入者として現れた彼女の立ち回りに目を奪われ。あっけにとられるばかりだった。
彼女の見せる、一見無為な妨害の繰り返し。その意図など、読み取れるわけもない。
それは、『布石』だ。
刃を、弾かれながら。紙一重、反撃に傷を無数、刻まれながら。
四方から、竜喰らいたちの巨体を一箇所に、集中させる。そう、成していく。僅か、ほんの十数秒にも満たぬ時間において。
誰よりも「先行し」、駆けつけた彼女がそれを行う。
そして。
「今ですっ!」
必勝の一手、王手を積み上げるべく、更にふたつ、影が十字路へと躍り出る。ひとところに固まったドラゴンイーターたちへの、正面。セルマたちの振り返ったそこに、仁王立つ。
「せー……のぉっ!」
やがて起死回生の一手は、放たれた。色素の薄い、ほのかに香るガス状の物体として。
「これは……岩竜忌草の?」
ガスの正体に気付いたのは、エヴァルトだけではない。
岩竜忌草の成分を抽出した高濃度ガス──すなわち、ドラゴンイーターに対する最大の武器。
それを、撒き散らすどころかほぼ直接といっていいほどに浴びせかけている。
大型のタンクを背負った、ひと組が。
月詠 司(つくよみ・つかさ)に、パラケルスス・ボムバストゥス(ぱらけるすす・ぼむばすとぅす)。彼らは噴霧器のノズルへとホース接続された背中のタンクから、膨大な量のガスをドラゴンイーターへと発射し続ける。
調査隊の仲間が、この装備を用意していた? いいや、違う。
「救助隊! 来てくれたのか!」
はじめから「ドラゴンイーターを撃退する」ために特化した装備、戦術。岩竜忌草の成分に明確に弱っていくドラゴンイーターたちに、エヴァルトは快哉をあげる。
セルマや、彼らのパートナーたちも然り。
そして彼ら調査隊メンバーの声に応じるがごとく、フィアナの剣技が一体ずつ確実に、けれど素早く今度こそ、その場のドラゴンイーターすべてを屠り去っていく。
「ようしっ! バッチリきまりましたねっ!」
「まあ、決めたのはあっちのヴァルキリーの姉ちゃんだけどな」
司から求め、パラケルスが応じてのハイタッチ。たしかに……きまっていた、だろう。司の格好がそれと見てはっきりとわかるくらいの女装でさえなければ。
「大丈夫でしたか? 調査隊の皆さん」
「あ──、ああ。一応な。ええ、っと」
なんだかひらひらしているなぁ、くらいにしか薄暗い通路内ではわからなかったから、その女装に一同、目を瞬かせる。……と。
「ん?」
「わあっ!?」
くいくい。服の裾を引っ張る感触に、デーゲンハルトは振り返る。
がぶり。彼が振り返ると同時、そんな擬音が聞こえてきそうな勢いで、牙が突き立てられる。
他の面々の目の前で、……デーゲンハルトにでなく、司の首筋に。
デーゲンハルトを振り向かせたのも、司の首筋へと噛み付いたのも。どちらもそれぞれに、少女だった。少なくとも、外見上は。
「どうした? お嬢ちゃん」
小柄な、幼女といっていいくらいの女の子が、デーゲンハルトの裾を引いて彼を見上げている。彼女の名は、アイリス・ラピス・フィロシアン(あいりす・らぴすふぃろしあん)。
「ちょ……アンジェ、なんで今血、吸ってるの……」
「だーって。あんましおいしくないんだもん、このドラゴンイーター。ほら、お口直しだよっ、お口直しっ☆」
「っていうか、なんでいるんですかっ!?」
「え。ずっといたよ? 置いてくなんてひどーい」
そして司の血を吸っているのが、強殖魔装鬼 キメラ・アンジェ(きょうしょくまそうき・きめらあんじぇ)。いずれも司の、パートナーである。
「……竜の子、いた」
「え?」
屈みこむようにして顔を近づけていたデーゲンハルトの耳元で、アイリスは囁く。
殆ど、聞こえるか聞こえないか。耳のすぐそばでぽつりぽつり、意味のある言葉が繋げられていく。
「おとーさん、助けた。……なかま、つれていった。……いきてる。……ぶじ、なの」
竜の子。
助けた。
無事。それはつまり──……。
「そうか……っ!」
デーゲンハルトや、ウィルの同族がこの施設内で無事に、生きていた。無事に助け出され、保護されたということだ。
彼の表情がぱっと明るくなる。ウィルのほうを見て、……そしてウィルもまた、デーゲンハルトの見せたその表情に、少女の告げた内容を理解する。こちらは、安堵の溜め息をひとつ。
「……まだここは奴らの巣の中だ。そう、油断するな」
そうして弛緩しかかった雰囲気に、冷然とした声が水を打つ。
コツコツと、響く靴音。静かに歩み寄る、黒いコートの男。
「ひとまずは、無事でなによりだがな、セルマ。まあ、無事でないとも思っていなかったが」
樹月 刀真(きづき・とうま)。パートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)を従えて、彼は友人であるセルマへと声をかける。
「刀真。あなたが救助隊に参加してくれていたんですか」
「まあな」
不意に、刀真がポケットから小瓶をひとつ、投げる。
天井近くの壁を目がけて。それは司たちのタンクに入っているものと同じ、岩竜忌草の抽出成分だ。ただしどろりとした粘液状であるぶん、こちらのほうがより濃く、また強力だ。
壁にぶつかった小瓶は砕け、その場所へと粘液を付着させ──……、
「!」
悲鳴のような唸り声とともに、その壁面の内側に潜んでいた、微かに壁面を走っていたヒビからのみその姿を確認することの出来た中型のドラゴンイーターを引きずり出す。
のたうちまわるその個体へと月夜がハンドガンを浴びせ、粉々の破片へと変えていく。
「さて、セルマ」
ここからが本題だ、とばかりに、改めて刀真は言う。
「他の調査隊は、どこだ? どれくらい、合流ができている?」
彼がセルマに問いを投げかけた直後、一同がそれぞれに持っている通信端末がぴたり同時に、着信を告げて鳴り響いた。
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