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リアクション
二章『独創性よりも確実な』
セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)は出来立てのクッキーをオーブンから取り出す。
漂う甘い香りと優しそうな風体がお姉さんっぽさを演出している。
「へぇ、意外と簡単にできるのね」
言葉を掛けたのは五十嵐 理沙(いがらし・りさ)。二人は家庭の試験対策としてクッキーを作っていた。
「今度は一緒に作ってみましょう」
出来上がったクッキーをお皿に移し、新たな材料の準備を始める。
「メイド喫茶のオーナーが家庭科で無様な結果を残すわけにはいきませんものね」
「や、確かに家庭科はちょっと苦手だけどさ、やる時はやるのよ」
苦笑いのセレスティアに返す理沙。普段はセレスティアにまかせっきり。こういった試験でもなければ料理なんて行わないだろう。
「手順は簡単ですから、一つずつ落ち着いてやれば大丈夫ですわ」
「習うより慣れろ、だよね」
でも、普通のクッキーはもうセレスティアが作ってしまっている。
「あのさ、今度はチョコレートを混ぜてみようよ」
「それもいいですわね。まずは生地作りからですわ」
二人はチョコチップクッキーを作り始める。
「俺たちもやろうか」
その横で如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)はパートナーの神威 由乃羽(かむい・ゆのは)を促す。
彼らも同様、練習に来ていた。佑也自身は試験に余裕があり、情に厚い彼は由乃羽に頼まれるとノーと言えなかった。
「まずは何をするの?」
「バターをボールに入れてほぐし、グラニュー糖を加えて混ぜ、卵黄とバニラオイルを加えてよく混ぜる」
順序を追って実演する佑也。それを真似る由乃羽。
「バター、ほぐす、砂糖、混ぜる、卵」
「ストップ」
割った卵をそのまま入れようとする由乃羽に待ったをかける。
「どうしたの?」
「卵はこうやって黄身だけを使うんだ」
殻の部分を使い、卵白と卵黄を綺麗に分ける。
「そうなんだ……メンドくさい」
「美味しく作るには、手順通り進めるのが一番なんだ」
ものぐさな性格が顕著に現れた由乃羽を優しく諭す佑也。
「ふーん、メモしておくわ」懐から取り出したメモ帳に一筆書き取り、「それで、この後はどうするの?」
「薄力粉を加えて軽く練るのですわ」
セシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)が口添えする。
「あまり強く練らないように気をつけてくださいませ」
「わかったわ」
計量してあった薄力粉をボールへぶち込む由乃羽。
「ふるった方がだまになりにくいですのに、大胆ですわね」
「ただ面倒なだけだと思う」
裕也は薄力粉をふるい、さらにココア粉もふるう。
「佑也、ココア入れるの?」それを見た由乃羽は、「抹茶のほうが好きなんだけどな……」
「それもいいですわね。由乃羽さんの生地には抹茶粉を入れてみましょう」
抹茶粉を渡す。
「ありがと。お礼に奉納する権利をあげるわ」
「奉納する権利、ですか? 普通逆ではありません?」
呆気に取られるセシルに裕也が助け舟を出す。
「はいはい、分かった分かった。後で三百円あげるから」
いつものこととあしらうと、由乃羽は嬉しそうに生地を練り始めた。
「何だったのでしょう……」
一連の流れに唖然としていたセシルが呟きを漏らす。と、
「ねぇねぇ、こんな感じでいいかな?」
鳥丘 ヨル(とりおか・よる)が自分の作った生地の出来を尋ねてきた。それを覗き込み、殻を摘む。
「あら、卵の殻が入ってますわね。ちゃんと取り除かないと」
「あらま、失敗しちゃったよ。テヘッ」
子供っぽい笑顔を浮かべて舌を出す。
「苦手なようですわね。もう一度初めからやりましょう」
「ファイトファイトー!」
八重歯を見せ、意気込むヨル。
その折に周囲の視線を引き付ける言葉が発せられた。
「理沙、あなたは何をしてるんですの?」
「え? 何って……」
集中していたかに見えた理沙とセレスティア。理沙の手元の生地にはチョコバーがねじ込まれている。
「それじゃ食べる時、大変ではありません?」
「焼いた時のことも考えるべきですわね」
その会話に加わるセシル。顔が若干引きつっている。
「チョコレート入れるって言ったし、チョコバーは美味しいから、入れても美味しいと思ったんだもん」
「だからって、チョコバーをそのまま入れるのはどうかと思いますわ。こうやってチョコレートを砕いて、細かいものは取り除き、伸ばした生地と練り合わせるんですわ」
「ああ、そうするのね」
セレスティアの指導の下、チョコバーを取り除いてやり直す理沙。
「ふう、もう少しでお仕置きしてしまうところでしたわ……」
何とか軌道修正できたことでセシルは矛を収める。
「そういえば、佑也君たちの作っている生地って面白い色よね」
好奇心旺盛な理沙は自分の生地を練り直しながら、佑也と由乃羽の手元を見る。裕也の手には茶色と緑色をした棒状の生地。
「これを組み合わせて……」
裕也は重ねた生地を一つ切り、
「鼻はこれで……」
由乃羽が鼻の部分にレーズンを埋め込む。茶色と緑のパンダが出来上がった。
「金太郎飴みたい」
「生地にココアと抹茶を混ぜた応用ですわね。でも理沙さんには少し早いですわ」
「あはは……」
先ほどの失態を思い出す理沙。
「ボクもコーヒー大好きだから、混ぜていいかな?」
「ヨルさんはまず、普通のクッキーを作りましょう。それに、コーヒーは混ぜるよりも別々にいただいたほうがよろしいと思いますわ」
「じゃあ後で美味しいコーヒーをいれるね!」
「なんだヨル、真面目にやるつもりか?」
ウキウキと生地作りに戻るヨルに小声で話しかけるカティ・レイ(かてぃ・れい)。
「『ラズィーヤさんが面白がって『百合園でも』なんて言い出す前にもみ消すよ!』なんて言ってたくせに、悠長だぜ」
つり目で不良っぽい彼女から、ワルガキ思考の発言が続く。
「元凶を断つ! これにかぎるだろ。あたしの作戦はこうだ。まずクッキーを作り、成果を見てほしいと言って試食してもらう。その中にちょっと消化をよくするものを混ぜるんだ。これで山葉は業務どころじゃなくなり今回の発言もうやむや、親友はトイレになるってわけだ」
腕組みし、うんうんと頷くカティ。
「真面目にやっているところを見せて、安心してもらうのが一番だと思うけど……それ、うまくいくの?」
「薬の調合は任せな。一週間はピーピーいわせてやるよ」
親指を立ててニカッと笑い、調合へと取り掛かるカティ。
「わかったよ……。でも、やっぱり気が引けるなぁ」ヨルは少し考え、「よし、よわーい胃薬を用意しよう。料理は得意じゃないから念のためにってことで」
悪に成り切れないヨルの行動だけど、自分たちにも長期休暇取り消しが降りかかって欲しくない気持ちが読み取れる。
「あなたたち、何をしていますの?」
後ろから唐突に掛けられる声。その重々しさにヨルとカティは恐る恐る振り返る。
大きな胸をさらに強調して仁王立ちするセシルがいた。
「あまりふざけていると、業務用冷蔵庫でブン殴りますわよ?」
右手にはすでに冷蔵庫が握られている。重々しいのは声だけじゃなかった。
『ご、ごめんなさい!』
二人して勢い良く頭を下げる。
「まったく、何を考えているのかしら」
「ねえ、焼きあがったら皆で交換しましょ」
「ああ、由乃羽! 丸ごと入れちゃ駄目だって!」
「お腹に入れば全部一緒よ」
一難去ってまた一難。
けれども、窓の外から見る涼司は練習に打ち込む生徒の姿に少し安堵した。そして、お腹だけは壊したくないと思いもしたのだった。
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