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お祭りなのだからっ!? 

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リアクション



● ○ ● 『お祭りの前に』 ● ○ ●

 タシガン空峡沿岸部。ツァンダに所属する小さな街≪ヴィ・デ・クル≫。
 この街の空峡側にある飛空艇整備所で、夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)達は夏祭りの最後に行われる打ち上げ花火の手伝いを行っていた。 
「勇、これはここでいいのか?」
 甚五郎は花火の入った木箱抱えながら阿部 勇(あべ・いさむ)に問いかける。
「はい! そこに置いておいてください!」
 勇は返答を返すと、当日の日程をメモした容姿をじっと見つめ、それから強く拳を握りしめた。その拳は湧き上がる熱意で震えていた。
「ふふふ……祭りと言えば! 景気づけと言えば! 花火なのです!!
 普段から眠たそうな表情で目つきが悪いと言われる勇の瞳が、闘志にメラメラと燃え上がる。
「派手にいきますよ! 大きな花火をあげるんです!」
 拳を振り上げると、駆け足で手伝いに戻っていった。
 少し離れた所にある事務所。そのテーブルの上ではホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)が打ち上げ花火の告知用ポスターを作っていた。
「羽純ちゃん、ポスターってこんなイメージでいいんですかね?」
 クレヨンを使ってふんわり柔らかい感じに仕上げた色鮮やかなポスター。それを草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)に見せつける。
 備え付けのパソコンを操作していた羽純は、顔だけ振り返りポスターをじっくり観察すると納得したように頷いた。
「うん。問題なかろう。なかなか綺麗にできておるよ」
「えへへ。ありがとうです〜」
 頭をかきながら嬉しそうに笑うホリイだった。
「しかし、それを全部手書きというのは大変だろう?」
「やっぱり無理ですかね。じゃあとりあえずいくつかバリエーションを作ってからコピー、みたいな感じでいいですかね?」
「それがよいだろうな」
「承知でーす」
 ホリイはクレヨンを握り直すと鼻歌を歌いながらポスター作りを再開した。その様子に羽純は微笑みを浮かべると、画面に向き直り週間天気予報を表示させた。
「当日は曇りか。できれば晴れるといいのだがな」

「祭りの告知と各イベント用。花火の方はやるって言ってたからいいのかな……」
 街の中心部にある運営本部で、清泉 北都(いずみ・ほくと)は街中に貼りつけるポスターの数と配置を、ちゃんと効率的に祭りの宣伝が出来るようになっているか、確認していた。すると配布用のビラを刷っていたカル・カルカー(かる・かるかー)が話しかけてくる。
「なぁ、ビラは小さいやつもあった方がいいよな。その方がティッシュや飴玉と一緒に配れるし」
「そうだねぇ。出来上がっているのを縮小しておこうかな」
 北都は既に刷り終ったビラの中から、縮小してもインパクトが残せそうな物を選んでカルに渡した。
 その直後、ドアを勢いよく開け放ち、ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)が部屋に入ってきた。
「おう、帰ったぜ!」
 ソーマは北都に頼まれて、街の各所に指定されたポスターを貼りに行っていた。
 椅子にドカッと腰を下ろすと、ソーマは帰りがけに買ってきた缶ジュースを開けた。
「おかえりぃ。どうだった? 呼び込みはうまくいってるの?」
「まぁな。当日は美形揃いの楽しいパーティーになるだろうよ!」
 ソーマは親指を立てて宣言すると、缶に口を付けて喉を潤し始めた。彼なりに祭りを楽しみにしているらしく、顔が可笑しそうに笑っている。
 すると、北都がジト目でソーマを睨みつける。
「あのね。ちゃんと選り好みせずに声をかけてよねぇ。僕は美形の人だけじゃなくて、みんなに楽しんでもらいたんだからね。後、パーティーじゃなくてお祭りだから」
「ヘイヘイ、声かけてみるさ」
 一気に缶の中身を飲み干すソーマ。彼が全て飲み終わったのを確認して、北都は新しいポスターとビラを押し付けた。
「はい、これ次の分」
「うへっ!? まだこんなにあるのかよ」
「休んでる暇はないんだよ」
 室内に紙を刷る音が絶え間なく鳴り響く。
 ソーマは嘆息を漏らすと空き缶をゴミ箱に投げ捨て、大量の紙を抱えて部屋を出て行った。その背中を手を振って見送った北都は、改めてテーブルに向き直る。 
「もうちょっと何か欲しいなぁ」
 置かれた描きかけのポスターを見つめながら暫し思案する。現状でも十分いい出来はあるのだが、もう少し印象に残る物が欲しかった。
 北都は思いついた案をカルに話してみることにする。
「ねぇ、マスコットキャラなんてどうかなぁ?」
「ますこっときゃら?」
「うん。街の名前《ヴィ・デ・クル》に因んで、ヴィちゃん、クルちゃんで……」
 北都は自分が考えたマスコットキャラ『ヴィちゃん』と『クルちゃん』のイメージを簡単に描く。
「ヴィちゃんは蒼のツインテールの女の子で、クルちゃんはピンク色の猫。こんな感じでどうかなぁ?」
「いいんじゃね。せっかくだし誰かにコスプレでもしてもらうのもいいな」
「モニュメントもいいねぇ」
「よっしゃ。じゃあ街のやつらに声かけてくるわ。ちゃんんとしたイラストに起こしといてくれよ」
 カルが部屋を飛び出していき、北都は気合を入れるとペンを握り締めた。

 街の中は資材が運び込まれ、飾り付けなどが行われていた。戦いの傷痕が残る部分は上から塗装を施したり、垂れ幕で隠すなどの処置が施された。
「街もだいぶ元通りになったとはいえ、まだ残っているものね……ん?」
 上空からワイルドペガサスに乗って街の大通りを見渡していたリネン・エルフト(りねん・えるふと)は、ふと手招きする母娘の存在に気づいた。周囲を見渡すが他に人影は見当たらず、リネンは不思議に思いながらゆっくり傍に降りていった。
「私に用?」
 リネンがペガサスから降りて尋ねると、女の子の方が一歩前に出て果物が大量に詰められた袋を差し出してきた。
「え、私達に?」
 母娘は先日街が戦いに巻き込まれた際に、『シャーウッドの森』空賊団が護った脱出の飛空艇に乗っていた者達だった。果物はその時の感謝の品物だった。
 リネンは相手に習って、お辞儀をして感謝の言葉を返した。すると、上空からヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)の声が聞こえてくる。
「リネン何しているの! 早くこっち手伝って!」
「あ、うん! そ、それじゃあ!」
 袋を抱きしめてリネンはペガサスに駆け寄ると、その背に跨りもう一度頭を下げてから、ヘイリーの元へと飛び上がった。
 飛竜に乗ったヘイリーの隣で制止すると、リネンの持つ袋について尋ねられる。
「この前のお礼にもらったの」
 説明するとヘイリーの方も覚えていたようで、「あの時のか」と頻りに頷いていた。
「よかったじゃない。後で皆と一緒に食べましょう」
「ええ!」
 リネンは嬉しそうに笑っていた。すると各所に必要な資材を確認していっていた飛装兵が飛んでくる。
「……足りない物が結構あるみたいね」
 報告をきいたヘイリーは深刻そうな顔で不足リストを見つめる。思いのほか祭りの参加者が増えたため、露店や建造物に回す資源が不足してきていた。
「よし。リネンは資材置き場に余りがないか確認してきて。余分に持っているやつがいたら文句の一つも言ってやるのよ。あんた達飛装兵はこのまま人手不足の所の手伝いに行って。あたしは一端本部に行って追加手配を申請してくるわ」
 ヘイリーは指示を出すと、飛竜の手綱を引いて街の上空を疾けぬけていった。

 その頃、街の広場では出店者達がよりよい場所を確保するために集まっていた。出店場所として人気だったのは人通りの多い大通りとスペースの確保ができる広場。希望者続出でなかなか決まらないためにくじ引きで決着をつけることになっていた。
「良い場所が当たるといいですね」
 エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)に笑いかける。猫と遊べるオープンカフェを出店する予定の二人は、できるだけ広い場所を確保したかった。
「そうだね。来てくれた人がゆっくりできるような場所がいいな」
 呼ばれた人から順に段ボールから紙を一枚ずつ引いていく。胸に当てた手を通して、エースは自分の心臓は激しく脈打つのを感じた。
 ついにエースの番がやってくる。
「じゃあ行ってくる」
 エオリアに一声かけて前に出ると、エースはまとめ役の男性に挨拶して段ボールに手を突っ込んだ。中には大量に紙が残されていた。
 エースは瞳を閉じると深呼吸して息を整える。かき回し、同じにしか感じられない紙の中からたった一枚を選びだす。段ボールの中で汗ばむ手で握りしめた紙。
 一瞬、選び直そうか考えた。けれど考え直しても結局どれがいいかなんてわからない。エースは目を見開くと、勢いよく掴んだ腕を引き抜いた。
「『C-01』……」
 くじを引き終わったエースは、エオリアと一緒に手元の見取り図から割り当てられた場所を探していた。するとエオリアが見取り図の一角を指さす。
「ありましたよ。噴水の広場のすぐ近くですね」
「本当だ。結構いい所を引いちゃったみたいだね」
「ですね。それに見合う働きをしないといけません」
 二人は顔を見合わせると苦笑いを浮かべていた。
 まとめ役の男が不平を漏らす出店者達に、宣伝の徹底やイベント会場が街の奥にあることを説明して、納得してもらおうとしていた。

 自分達の出店場所が決まると。それぞれが荷物を抱えて移動を始める。
「ここでいいんッスよね?」
 重い荷物を運んできた緒方 太壱(おがた・たいち)ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)に問いかける。ジーナは話をしていた住民に会釈をすると。太壱に近づいて指示を出し始めた。
「出入り口を塞がないように置いておくのです。くれぐれも傷つけないように気を付けるのですよ」
「了解ッス!」
 ジーナ達の中華屋台は大通りで行うことになった。そこは民家の目の前ということもあり、ジーナは先に住民への挨拶を済ませていた。
 気のいい住民は、道具や食料の保管だけでなく、寝泊りにも部屋を使ってくれていい言ってくれた。彼らは生徒達が街のために色々してくれていることに感謝をしていたのだ。
「ジナママ、終わったッス!」
「あ、ありがとう太壱さん」
 邪魔にならないように民家の前に荷物を置いた太壱が、ジーナの目の前に立つ。ジーナが首が折れそうな感じで見上げていると、太壱が無邪気な笑みを浮かべていた。
 するとジーナの顔がカァと赤くなる。後からやってきた恥ずかしさ。
「って、ママって呼ぶのは……恥ずかしいでやがりますねぇ!」
 ジーナは軽いジャンプすると、取り出したハリセンで太壱の頭に叩きつけていた。不意打ちによろめく太壱は、叩かれた側頭部を抑えていた。
「っぅ〜。結構痛たかったッス」
 太壱は怒った様子もなく楽しそうに笑っていた。
「ところでお袋はどこに行ったんッスかね?」
「樹様ですか? たしか……あ、あそこにいたです」
 ジーナが指さす方向では林田 樹(はやしだ・いつき)が携帯電話で話をしていた。
 樹は足りない道具を学校から借りたり、業者に食材の発注を行っていた。通話が終わると携帯をポケットにしまう。すると、抱きかかえられていた林田 コタロー(はやしだ・こたろう)が顔を近づけ尋ねてきた。
「ねーたん、おにゃがいはどうれすか?」
「大丈夫。お願いは快く引き受けてくれた。後は私達が頑張って盛り上げないとな」
 樹が頭を撫でるとコタローはくすぐったそうにしていた。
「しぇんでんいくれすか?」
「そうだね。でもその前に……」
 樹はジーナを睨みつけると、地面を力強く踏みつけながら近づく。そして腰に手を当てると、強気な態度で話しかけた。
「あのさ、ジーナ!」
「なんですか樹様?」
「やっぱりこの服はやめた方がいいと思うんだけど!?」
 樹は恥ずかしそうにスカート部分を軽く摘まみあげる。彼女はオクトーバーフェストなどで見られるドイツの民族衣装ディアンドルの格好をしていた。開けた胸元を隠すように樹はコタローを抱え込む樹。
「私にはこういうのは似合わな――」

「そんなことあるはずがありません!」

 ジーナが声を荒げ、樹がビクリと肩を震わす。ジーナは片手を胸に当て、広げたもう片方の手を優雅に動かしながら熱弁する。
「樹様のお姿は人目を惹くには充分な可愛らしさを持っているです! まるで熱帯雨林にひっそりと咲くユリのように、暑苦しい祭りの中で樹様の存在は癒しなのです! わかりますか? つまり、安息なのです! 心の楽園なのです! そうですよねっ、太壱さん!?」
 いきなり話を振られた太壱は笑顔のまま頷く。樹は眉を潜めながら困った表情をしながら考えこむ。正直、言っていることがよくわからなかったが、何やら『重要』だということは伝わってくる。
「……う〜ん。わかった。ジーナがそこまで言うなら、これも屋台を成功させるため、皆を楽しませるため、だもんな」
 樹は無理矢理自分を納得させて、コタローと一緒に出掛けることにした。
 次々と資材が運び込まれる中、樹達だけは流れに刃向うように街の外へと歩いていく。途中、すれ違ったエースが声をかけてくる。
「あれ、お出かけかい?」
「まぁ、学校に道具を借りに行くついでに宣伝もしてこようかなって」
「そうですか。お気をつけて」
 エースは笑いかけると、樹とコタローにどこから取り出したのかそれぞれ薔薇と百合の花を一輪ずつ渡した。
「その服とてもよく似合っているよ」
 樹は苦笑いで感謝を述べた。
 エースは「暇そうな猫がいたら、当日遊びにくるように声をかけておいてくれ」と頼み、立ち去って行く。残された樹は深いため息。
「やっぱりこの恰好嫌だ……」