空京

校長室

【ろくりんピック】最終競技!

リアクション公開中!

【ろくりんピック】最終競技!
【ろくりんピック】最終競技! 【ろくりんピック】最終競技!

リアクション

 べたべた地獄の陰で、スタンドでは真面目な事態も進行していた。
「……ん?」
 エルフリーデの狐耳がぴくりと動く。混乱続く涼司を巡る騒動。『山葉』という単語に注意していた訳だが、観客ももうそこここで山葉山葉言っていて本人の居場所はなかなか特定出来なかった。その中で、彼女は『鏖殺寺院』という不穏な単語を聞き取ったのだ。噂話の類ではなく、何かの相談に聞こえる。1人だ。携帯電話で会話しているのか。場所は、東側の観客席――
 エルフリーデは自らの携帯を出し、静かに警察に連絡を入れた。
「あ、すみません。私、今借り物競争に出場しているエルフリーデ・ロンメルといいますが……」
 ちなみに、彼女は超感覚発動しっぱなしであり、狐尻尾も出たままであり、それが西のブルマを捲ってお尻が露出していた。一部の男性客はそちらに注目していたのだが、エルフリーデは気にせずに通報を終えて――また、狐耳をぴくりとさせた。
「ラグナル。本物の山葉の声です……あそこに投げてください」
「よし、分かった! あそこだな!」
 ラグナルはエルフリーデを片手で掴むとダッシュし、指定された場所に向けて彼女を投擲した。

 ペルディータは、コナンに投げ飛ばされまいと逃げようとする観客の中に怪しい人物を見つけていた。携帯電話に向かって小声で何事か話し、身を低くして人々の間を抜けていく。手にはタオルで包んだ何かを持って――
 機晶メモリーでその姿を追いながら、蒼也に連絡を入れる。
「……蒼也、怪しいやつを見つけたわ。東側応援席」
 それを受けて、借り物探しと同時に警戒をしていた蒼也も動き出した。

「どこだ山葉は。大人しく出てくればいいものを……」
 コナンは相変わらず観客や止めに来たスタッフをぶん投げて先に進んでいた。本人も妨害を受けて無傷ではなかったが、大して気にしていない。血眼になって突進する彼に、方々から悲鳴が上がる。
「止まりなさい! 万有コナン選手! いやコナン! 止まりなさい!」
「狩りモノ狂走だ。このくらいのことは想定して然るべきだと思うがな……なあ?」
 コナンが観客の1人に笑みを向けると、観客は慌てて逃げていく。彼の脳裏では涼司を捕まえた後のことがしっかりとシミュレートされていた。1番にゴールまで突っ走り、ゴールラインを切ったら涼司をラグビーボールに見立ててクールにタッチダウンするのである。
 そう、クールに!
 その頃、涼司も何とか逃げようとしていた。
「くそっ! 動けねえ! 何だよ『山葉涼司Dead or ALIVE』って……! ち、千切られてたまるか!」
 実際に捕まったら千切られるのではなく脳みそ粉砕されるらしいのだが。
「あっ!」
 そんな涼司のツンツンした銀髪を見つけたのは彰である。夏祭りが終わった後の帰り道みたいにぎゅうぎゅうな人ごみを掻き分け、銀髪に接近していく。幸いなことに、桜ともはぐれずにここまで来れた。後は――
 がしっ!
 銀髪を掴む。こちらに引き寄せようと、引っ張った。
「い、いててててて!」
「桜くん、手伝ってください!」
「よし、分かった!」
 桜も涼司の頭を掴んで、カブよろしく引っ張り始めた。
「いたいいたいいたい! 誰だよちくしょう!」
 2人してうーんうーんと力をいれ、メガネが見えた所で彰は引っ張る対象をメガネに変えた。山葉涼司の身体の一部分、メガネ。
 すぽっ!
 メガネはあっさりと外れ、桜は涼司を見事収穫する。しかし勢いあまって後ろに数メートルすっとんだ。観客がクッションになったが、下手したらベンチに後頭部をぶつける所だった。危なかった。
「桜くん! 戻るよ!」
 涼司組との間に観客が割り込んできたが、何とか彰は手を伸ばす。ゲットした身体の一部分はもう片方の手でしっかり持っている。手を繋ぐと、2人はとりもちへと向かって言った。それと入れ違いのようにやってきたのはエルフリーデだ。にこやかな笑顔を浮かべている。銀髪男の胸倉を掴み――
「おい、貴様! そのメガネを……!」
 そこで彼女の言葉が止まった。予定ではこの後「……徴発する!! おとなしくそのメガネをこちらに渡せ!」とか何とか言って強制的にメガネを手に入れるつもりだったのだが。
「……誰ですか?」
「……山葉涼司だ」
「……すばらしく個性が無いですね」
「余計なお世話だ!」
 何はともあれ、エルフリーデの借り物は『山葉(メガネ)』である。山葉単体でもいいわけだ。エルフリーデは涼司を引き連れて障害物に戻った。

「ふええ、10代前半の男の子、いませんかー?」
 伊織は、スタンドにそう呼びかけていた。『自分と同年代のイケメン』という簡単そうで難しい借り物を引いてしまった彼女は、そう言いながら観客の顔をチェックしていく。西側応援席と東側応援席の境目のあたりは、比較的落ち着いていた。
「14才とかだとうれしいかもですー」
 その時、伊織の目に金髪の少年の姿が目に入った。東側応援席で、誰かを探しているのか時たまきょろきょろとしている。伊織は階段を上って彼に近付いた。
「ムッキー、どこ行ったのかな……またどこかでぼこられてるのかな?」
 そんな台詞を聞きながら、少年――むきプリ君のパートナー、プリム・リリムに話しかける。
「は、はわわ、すみませんです。あの、一緒に来てもらいたいのです」
「え、オレ?」
「は、はいです」
 伊織は借り物の紙をプリムに見せる。それに視線を落として、彼は言った。
「別にいいけど……オレで条件として合ってるのかな」
 困ったような顔になるプリムに、伊織は誠心誠意、両手を合わせてお願いする。
「ほええ。だ、大丈夫だと思います。協力してくださいー」
 上目遣いで、うるうるした目で頼まれたらイヤとは言えない。涙をためつつ見つめてくる彼女に、プリムはついていくことにした。
「ふぇ、ありがとうございますー」

「ねえあなた、そっちは関係者以外立ち入り禁止よ。外に出たいなら、あっち」
 ペルディータは目星をつけた男に後ろから気さくに声を掛けた。
「あ、ああ……あっちか……間違えたかな」
 男は視線を合わせないままに方向転換をする。だが、その足は明らかに移動したくなさそうだ。目を離さずにいると、男は突然振り返った。突進してこようとする所を、彼女は鬼眼で制す。
「……ひっ」
「ペルディータ!」
 そこに、蒼也が駆けつけてきた。サイコキネシスを使ってタオルで覆われた何かを浮遊させて取り上げ、男に雷術をかける。
「ぎゃあっ!」
 悲鳴を上げた男はもんどりうって倒れた。取り押さえてタオルの中を確認すると、それは黒光りする銃器だった。
「……何をするつもりだったの?」
 男はペルディータを睨み上げるだけで何も言わない。
「ろくりんピックを台無しにしないで。みんながんばってるのよ」
「…………」
 特技の説得を使って、蒼也も続ける。
「もう観念しろ。警備の人に何もかも話したほうが楽になるぞ」
 通路の先から、エルフリーデに連絡を受けた警官と、そして警備員がやってくる。警官がシャツを捲ると、背中から鏖殺寺院の紋章が現れた。
 身柄を拘束されて連れて行かれる男の背中に、蒼也は言った。
「このタオル、借りるな」
「そうよ蒼也! 競技競技!」
 ペルディータが蒼也の手を取り、跳ねるようにして階段を降りていく。とりもちと格闘する面々はどうしただろうか。

 真言は、とりもちをクリアして先を進んでいた。扇風機……まあ、あれはそこまでの脅威ではないだろう。瑠架もあと少しでとりもちゾーンを脱する。ユニフォームから黒い下着をちら見えさせつつ男達を抜き去ると、彼女は言った。
「あなたの犠牲無駄にしないわ」
「…………」
 何という2人組か。1人に土台にされ、1人に色気をふりまかれた恭司は憮然として彼女を見送った。
 その先では、紫翠が走り、真言が後に続いている。だが、突然――紫翠の姿が消えた。
『あっ!』
 レースを見守っていた歌菜が声を上げる。先を走っていた紫翠が落とし穴に落ちたのだ。前日にジュゲム・レフタルトシュタイン(じゅげむ・れふたるとしゅたいん)が掘った底無しのような穴ではない。せいぜいが深さ2メートルといったところだろう。
『落ちたぁーっ! 神楽坂選手、落とし穴にやられました!』
「落とし穴ですか……まあ、これくらいなら……」
 出口を見上げ、紫翠は穴の淵に手をかけて這い上がろうとする。
 しかし。
 ぶおおおおおおおおおおーーーーー
 という強力な風に煽られ、うまく穴から上がれない。風圧が半端なかった。巨大扇風機だ。10メートルくらいの巨大扇風機が、首を下に向けて風を送り出してくる。
「くうっ! これは……!」
 ハマりというやつだろうか。ゴールに向かって全力疾走しようとした矢先になんてことだ。動けない。
 その間にも、上からは歌菜の実況が聞こえてくる。
『沢渡選手、扇風機の脇を通っていきます! スムーズです! そのままいけーっ!』
 イルミンスール所属である歌菜は、思わず力を入れて応援する。真言は博識を使って、他にも落とし穴がぽこぽこある事を見抜いていた。だが、もし紫翠の先を走っていたら自分が穴にハマっていただろう。
(紫翠、大丈夫?)
 瑠架が精神感応で紫翠に話しかける。
(……すみません、これは上がるのが難しいかもしれません)
(ちょっと待ってて)
 紫翠を引き上げようと、瑠架が穴に近付く。こちらは、他に穴があることに気付いてなかった。そして――
『あああっ! 橘瑠架選手も穴に落ちたあーーー! 神楽坂選手と同じく這い上がろうとしますが、扇風機の圧力に成す術なし! このままリタイアか、西チーム、1組リタイアかーっ!?』
「……こら」
 何かを期待しているような歌菜の実況に、羽純が振り返ってデコピンした。
「実況は公平に、だろ?」
『えへっ! ちょびっと私情が入るのはお約束☆ じゃん? おっ、次々に選手達がゴールに近付いています! 橘恭司選手がとりもちをクリアしました! 落とし穴をちら見しながら問題なく通過! 気のせいか何か言いたそうです! 茜ヶ久保選手もメガネを持ってとりもちに入っています! スパイクシューズを使って、確実な歩み! おっと、エルフリーデ選手とラグナル選手がやってきました! 銀髪の……あれ誰?』
《彼は蒼空学園のメガネ、グッズに非ず、よ~》
《シオンさん、そんな言い方失礼ですよ。蒼空学園の山葉涼司さんです。最早、助っ人でも障害物でも無いただの借り物、メガネの無い山葉涼司さんです》
《それも大概ひどい気がするわ~》
『ラグナル選手がとりもちに足を踏み入れる! おっと、『メガネの無い山葉涼司』をラグナル選手が投げたあーーっ! エルフリーデ選手はそのラグナル選手の背中を駆け上がり、超感覚を使ってジャンプした! 続いて、土方選手がやってきます! 土方選手、金髪の少年を連れてバーストダッシュ! エルフリーデ選手と土方選手、とりもちクリアです! さあ、後はゴールするだけかーーーーー!? 皆、落とし穴ゾーンを避けるように進んでいきます!』
《万有選手は無事に取り押さえられたようですね。後、七尾選手が残っていますが、七尾選手は……?》
『七尾選手が来ました! 首にタオルをかけていますっ。とりもちに……ああこれは地道です! べたべたに……べたべた地獄の中を進んでいくよ! えっと、ゴール近辺は……あっ、ゴールしちゃうしちゃう! 羽純くん、早く早く!』
 羽純の操縦で小型飛空挺がゴールに近付いていく。
『よかったー、間に合った! 沢渡選手ゴール! 1位! 橘恭司選手も続いてゴール! 淡島選手がヤジロ選手と共にゴールを抜けた! ヤジロ選手はお題のようです! エルフリーデ選手と土方選手が僅差でゴール! 後は……あっ、茜ヶ久保選手が走ってきます! あと10メートル! ……ゴール! 次は……終わりかっ!?』
《神楽坂選手からギブアップのサインが送られました。残るは七尾選手ですねえ》
『七尾選手……おおっ、今とりもちをクリアしました! タオルを手に持ち替えます、風に飛ばされない為でしょうか! そしてダッシュ! 落とし穴ゾーンと巨大扇風機の強力コラボは避けました! そして…………………………ゴール! 今、全員がゴールしました!』
《みんな、完走おめでとぉ~♪》
《では、第3レースの最終結果を発表いたします。

 1位、東チームの沢渡 真言選手
 2位、西チームの橘 恭司選手
 3位、西チームのエルフリーデ・ロンメル選手
 4位、東チームの土方 伊織選手
 5位、西チームの茜ヶ久保 彰選手
 6位、東チームの七尾 蒼也選手

 になります。西チームの神楽坂 紫翠選手は落とし穴にてギブアップ、東チームの万有 コナン選手は観客への暴行につき拘束、失格となっています。皆様お疲れさまでした。選手用テントでゆっくりと休んでください》
 レースを終え、それぞれの選手達や借り物として協力した皆が挨拶を交わす。涼司は彰からメガネを返してもらい、真言や恭司、エルフリーデからメガネ関連の紙を見せられて驚いた。
「こんなにあったのか……!」
「協力してくれて助かったぜ。ありがとう」
 優がアイリに礼を言うと、彼は呆れたような表情で苦笑した。
「メガネ祭りだな、これ。俺が誘われるわけだ。……イケメンってのはともかく」
 そこに、同じくイケメンの借り物として出てきたプリムが話しかける。
「あ、そうだ。第1レースではごめんよ。ホレグスリなんて飲ませちゃって……。オレ、ムッキーのパートナーなんだ。ムッキー、ろくりんの会場で彼女を作るんだってここに立ち寄ってさ」
「ん? いや、何ともなかったし。でも、あの解毒剤はマズかった……思い出したくない……」
「……やっぱり、そんなにマズいんだ……にしてもムッキー、どこ行ったのかなあ」
 プリムが観客席を見渡しながら戻っていく。彼と入れ違いに、巨大扇風機が止まり、落とし穴から這い上がってきた紫翠達がやってきた。
「あのコンボにはやられました。完走できなかったのは残念ですね。……あ、先程は失礼いたしました」
 踏み台にしてしまった恭司に言う。
「……バチがあたったんじゃないか……? まあ、終わったことだしな」
「バチですか。うーん、そうかもしれませんね……」
「何か良い匂いがするわね。中華?」
 ふと漂ってきた食欲をそそる匂いに、瑠架がトラックを振り向く。第3レースの障害物が取り払われていく中――
 トラックには屋台が用意されつつあった。