空京

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戦乱の絆 第1回

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戦乱の絆 第1回
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リアクション


エリュシオン帝国・アーデルハイト

■エリュシオン帝国

 街の風景が、緩やかに上方へと曲がり伸びている。
 そうして景色の連なりに沿って見上げた頭上、霞む彼方には逆さまの街が見えた。
 大空へと伸びる大樹ユグドラシルの内部。
 そこに、エリュシオン帝国の帝都ユグドラシルはあった。
 空洞となっている樹の内壁に発生している重力に従い、街は大地の重力を離れ、円筒状に広がっている。
 シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)は零した。
「大したものですね……」
 広大な街の一隅、人でごった返す商店通り。
 そこには色とりどりの布片と花が舞い、そこら中で賑やかな音楽が聴こえていた。
 帝都は、どこも華やかな祝祭の雰囲気に満ちている。
「確かに、大した盛り上がりだぜ」
 隣を歩む呂布 奉先(りょふ・ほうせん)が、鳥の揚げ物を齧りながら零す。
 その横に居たセイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)が、彼女もまた先ほどの売店で購入した焼き菓子を齧って、
「それほど、ドージェが生活を脅かすバケモノだって認識されてたってことね。逆に、吸血鬼の少女の話は皆ぜんぜん知らないみたい」
 この盛り上がりはドージェ討伐の報せによるものらしい。
 道を行き交う大勢の人々には笑顔が溢れていた。
「おかげで、アスコルド大帝の評判はますます上がっているようです」
 シャーロットはハッカパイプを口に置きながら、手元のメモを捲った。
 彼女たちは、セイニィと共にエリュシオンの首都である帝都ユグドラシルへと潜入し、情報を探っていた。
「というか、意外と地球人多いよな」
 呂布が、骨だけになった鳥を手の中で遊ばせながら言って、ぶつかりそうになった子供をひょいっと避けた。
 焼き菓子を食べ終わったセイニィが指を舐め舐め、
「シャンバラでドロップアウトして、こっちに流れた契約者が結構居るみたいね」
「今のシャンバラで力を伸ばしてる国以外の方々も多そうです」
「っていうと?」
「例えば、ツアンダでは日本系の蒼空学園、ヒラニプラでは中国系のシャンバラ教導団というように、それぞれ学校を通してシャンバラに影響力を伸ばそうとしています。そういった学校との繋がりを持たない国々の人はシャンバラではなく、ここエリュシオンに流れて来ている、と」
「分かった。なんとなく」
「俺も」
 セイニィと呂布が、ふわふわとした返事を返しうなずく。
 シャーロットはメモをパタリと閉じた。
「まずまずの成果というところではないでしょうか。一度、シャンバラへ戻りましょう」
 言って、シャーロットは大樹の上部側――大空の方へと視線を向けた。
 遠く、街の彼方に、空洞を遮断している白く巨大な蜘蛛の巣のようなものが見える。
 そこから先、大樹の上部全てを占めるのがエリュシオン宮殿だという。



「――やけにあっさりと通されましたなぁ」
 橘 柚子(たちばな・ゆず)は、謁見の間へと続く大きな扉の前に立ち、ゆるりと零した。
 己の周りに居るのは数人の近衛兵だ。
「交渉、応じてくれはるんでしょうか……?」
 柚子の少し後ろで木花 開耶(このはな・さくや)が小さく問いかける。
「さて。……でも、こうして私達を通したゆうことは、少しは話を聞く気があるゆうことやろ」
 と――
 扉が開いた。
 中へ通される。
 そして、柚子は小さく息を呑んだ。
 一瞬体を走りそうになった身震いを素知らぬ顔で流し、しらりと、視線を玉座に座るアスコルド大帝へと向けた。
「――面白い事を言う者が居ると思えば、こんな小娘だったとはな」
 その太く深い声に心臓へチリリと本能のざわめきが走る。
(……こないな感じ、初めてやわ)
 しかし、その息苦しさは表に出さず、柚子は頭を垂れた。
「お会い出来て光栄どす。私は――」
「汝のことは既に聞いている」
「では、用件に入らせてもらいます。こちらの、木花開耶」
 顔を上げ、柚子は開耶を示す。
 開耶が、すっと前へ出る。
 その重ねられた手元が小さく小さく震えているのが分かった。
 アスコルドの気に呑まれているのだろう。
 それでも、彼女はそれを覗かせる様子も無く静かに礼を落とした。
 柚子が続ける。
「神子にございます」
 アスコルドは何も言わず、ただ得体の知れぬ笑みを浮かべたまま柚子たちを見ていた。
 その髪の合間に見える無数の目が絶えずキロキロと蠢いている。
 柚子は、水分を失ってきていた口内をひっそりと舐め。
「こちらからの要求は先にお伝えした三つどす」
 柚子がエリュシオン側に出した三つの要求を繰り返す。
 一つ目は、柚子たちをアムリアナ女王付きの世話係とすること。
 二つ目は、エリュシオン国内での自由な行動と国内外への自由な出入。
 三つ目は、国内で最も優れた魔術師への師事。
 そして、その交渉の材料として柚子が用意したのは神子の存在。
 神子が扱う神子の波動は、女王の力を封印する力を持つ。
 つまり、こちらの要求に応じなければ神子の波動でシャンバラ女王の力を封じる、と柚子たちは言っているのだ。
 と――
 アスコルドが笑う。
「全て、却下だ」
 柚子は、双眸を細め、
「武器も持たない二人の少女を恐れたゆうことで、ええどすね」
「好きに捉えるがいい」
 ほんの少しだけ間を置いてから、柚子は語調を変えた。
「断りの一言を言わはるためだけに、私らに会うてくれはったんどすか?」
「戯れだ。折角だから教えてやろうと思ってなァ」
「ほぅ?」
「汝の言う、女王の力の封印。それには神子の存在以外に二つの条件がある」
 アスコルドが戯言の延長のように、笑んだまま、ゆっくりと首を巡らせる。
「一つは、女王本人の意思だ。封印にしろ、復活にしろ、それは女王本人が望まねば成されることはない。そして、もう一つ、神子は数がおらねば意味が無い。単身では、まず成功することは無かろうよ」


■アーデルハイト

「つまり……女王の力を封じるためには神子の数が足らない、と」
 赤羽 美央(あかばね・みお)は、先ほどアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)の言った言葉の意味を確かめるように繰り返した。
 アーデルハイトが頷く。
「それに本人の同意も必要じゃ」
「むぅ」
「成功させるには、少なくとも9人の神子の協力が必要じゃろうな」
 美央たちがアーデルハイトに提案した作戦はこうだった。
『まず、アーデルハイトがアイシャのスペアを作る。
 抜け殻状態のスペアに戦闘で死亡したかのような細工を加えておく。
 森へ向かった美央たちの仲間がアイシャと接触したら、仲間たちの内の神子がアイシャの女王の力を一時的に封じ、それを察知できないようにする。
 スペア死体を一般の龍騎士に引渡し、その後、ヘクトルに届けられる前に死体を破壊する。龍騎士には死体の受け渡しがされた旨だけ報告してもらう。
 その間にアイシャをイルミンスール――世界樹内へ秘密裏に保護する』
「今から他の神子を集めるのは……無理で御座いましょうな」
 魔鎧 『サイレントスノー』(まがい・さいれんとすのー)が呟き、美央は、ひょろりと溜め息を漏らした。
「同意を得られるとも限りませんしね」
 うん、と考え込むように緩く丸めた拳を顎に置く。
「アイシャさんを西が保護すれば、それを口実に東と西で争いを起こされてしまうかもしれません。かといって、東が保護したとしても、服属している手前、エリュシオンに引き渡すしかない……アイシャさんには“死んでもらって”身を潜めていただくのが一番良いかと思ったのですが」
「確かに、東西のぶつかり合いは出来る限り避けたいところじゃがのぅ」
 アーデルハイトが嘆息しながら口元を曲げる。
 美央は彼女の方を見やり、
「表だっての協調が取りづらいだろうことは分かっています」
「長く生きていると、しがらみや懸念が多くてかなわん――いや、ひよっこどもも同じようだがな。まったく難儀なことじゃ」
 わずかに自虐めいた調子を落としてから、アーデルハイトが、視線をつっと入り口の方へと動かし、
「で、そこの者は何をしておる?」

「た、立ち聞きしてたわけじゃないんだよ!」
 赤城 花音(あかぎ・かのん)は、バタバタと少し慌てながら入口の影から出た。
 パートナーのリュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)が続く。
「少しタイミングを失っていただけですので……お許しください」
「良い。聞かれて困るような話はしておらんしのぅ――して、私に何用じゃ?」
 うながされ、花音は「えっと」と軽く頭の中で言葉をまとめてから言った。
「ボクは、東西シャンバラ双方からのエリュシオン帝国への留学派遣を提案します」
 アーデルハイトがその真意を探るように花音の顔を見やる。
 花音は、やや緊張しながら続けた。
「これは、出来得る限り政治交渉をテーブルの上で進めるための提案だよ。シャンバラとエリュシオンには正確な情報疎通が必要になると思うんだ」
「ふむ」
 アーデルハイトが確かめるように相槌を打ち、顎を軽く揺らして先を促す。
「その……ボクたちはエリュシオンのことをよく知らないし、エリュシオンの人たちはシャンバラのことをよく知らないよね。それはきっと交渉事が行われる上で、とても大きな障害になると思う――だから、留学生を募ってエリュシオンに派遣するんだ。そうすれば、きっともっとお互いのことを良く知ることが出来るようになるはずだよ!」
「現状でも個別に帝国と接触をはかっている方々も居るとは思います」
 リュートが花音の言を補足するようにつなげる。
「裏工作や潜入といった行動を否定するわけではありません。しかし、そういった非正規の行動を行うより、いっそ正面玄関から堂々と交渉の挑める窓口があれば、様々なリスクを小さく出来る――僕たちはそう考えます」
 アーデルハイトが花音とリュートの方を順に見やり、笑み、頷く。
「留学の話はある。エリュシオン政府も契約者の留学を歓迎する向きを見せておる。その内に話が纏まろう。その時は――」
「行く! 行くよ! ボク、志願するよ!」
 花音は、きゃあっと喜びをあらわに両手を合わせた。