空京

校長室

戦乱の絆 第1回

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戦乱の絆 第1回
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リアクション


アイシャを巡る攻防4

 ■
 
「まあ、何もないところだけれど、どーぞ♪」
 ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は陽気にお茶やお菓子を差し出して、アイシャの体力回復に努めた。
 至れり尽くせりで持ってきたらしい。
 白輝精の元分身だが、案外親切な青年なようだ。
「天音の友達なのね?
 天音は元気?」
 アイシャの記憶にあるのは、自分を助けてくれた謎めいた青年の姿。
 シャンバラの学生だと言っていた。
 彼等と知り合いだとしてもおかしくはない。
 ヘルは、元気みたいだねえ、とゆるゆると返した。
「時にさー、アイシャ」
 青と紫の瞳を器用に動かして、ヘルは尋ねた。
「エリュシオンにから逃げてきたんだよね?」
 なら、白輝精って女の人の事、知らない?」
「白輝精?」
「ああ、綺麗な女の人だよ。
 アムリアナ女王を帝国に連れていった人のことだけど。
 どうかな?」
「ええ、その方ならば……」
 アイシャは驚くべき事実を告げる。
「確か、選帝神の1人に任じられたかと」
「選帝神だって!?」
 ヘルが驚嘆の声を上げた時に、呼雪が入ってきた。
 ヘルは考えごとをしつつ、退く。
 
 呼雪はジャタの部族達に厚く礼を述べて、帰ってきたところだった。
「アイシャ、君を保護ために、我々はあらゆる手を尽くした。
 彼等も、その中の一員だ」
 彼はそう言って、部族の者達も彼の願いを聞き入れ、少女の捜索に乗り出していたことを告げた。
「そうまでして、私に会わねばならないの?
 どうして?」
 アイシャはローブを引き寄せる。
「助けて下さったことは、その、有り難いと思うけど……」
「助けたつもりはない。
 ロイヤルガードとしての責務を果たしただけだ」
 素早く周囲に目を向けた。2人きりである。
 呼雪は、そうじゃない、と頭を振った。
「……俺はただ、意志を問いたかっただけだ」
「意志? 私の?」
 アイシャは大きな目を見開いて、自分を指さす。
 呼雪は頷くと、まずシャンバラの現状について説明した。
 
 東西勢力が、アイシャの保護を争う現状、
 彼女ひとり助けるにも、国が割れている事
 そして、彼らが支援する、【保護逃走】の存在意義――。
 
「つまり、私を助けることによって。
 呼雪は東西シャンバラの調和を図りたい、と。
 そういう訳ね?」
 アイシャのローブを掴む手に、力がこもる。
「私は、『物』や『道具』じゃない!
 女王様のように誰かに利用されて生きることは、ごめんだわ!!」
「アイシャ! そうじゃない! けっして『道具』では……」
 だが、呼雪の声は届かない。
 アイシャは既に、テレポートで彼のもとを去ってしまった。
「難しい問題だ。
 彼女に理解を求めるのには、時間がかかるだろう……」
 
 ■
 
「どうして、会う人会う人。
 女王様のことばかり!
 私を利用することしか考えないのかしら!!」

 疲れも手伝って、アイシャの怒りは収まらなかった。
 呼吸は荒い。
「でも頑張らなくっちゃ!
 そうしなくっちゃ!
 何としてでもヴァイシャリーに行かなくっちゃ!
 女王様がお守り下さるもの! 大丈夫」
 
 だが、いくら己を叱咤しようとも、体は正直だ。
 気力体力ともに尽きた身で、スキルを使いこなすことは出来ない。
「隠れ身」は解除され、アイシャはおぼつかない足取りで、森の中を彷徨う。
 もうどこかに隠れよう! という気力もない。
 爪の先程の体力だって……。
 
 学生達は松明を掲げて、彼女の行方を追う。
 お陰で森の深部は葉の1枚1枚に至るまで見えるほどの明るさで、だからアイシャが見つかってしまうことは時間の問題だった。
 
「こっちへ――!」
 誰かが引っ張った。
 岩陰に隠れて、学生達をやり過ごす。
「あなたは?」
「私は師王 アスカ。【陽動】の者よ。
 あなたに会わせたい人達がいるのよねぇ」
 師王 アスカ(しおう・あすか)は耳元で囁く。
 信じられないとばかりに、アイシャは目を見開いた。
 言葉は考える前に、紡ぎ出されていた。
「分かった、あなたを信じるわ。
 彼らの下へ連れて行って、早く!」
 


 【陽動】のアスカは、東側に属し、刹那から情報の連絡を取り、現場に行って【保護逃走】にアイシャを渡す。
 アスカのパートナーオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)は、変装して囮役をする。
 しかし、適切な能力を持っているわけではないため、変装が有効なのは少しの間だけであった。

 ■

 アスカの導きにより、アイシャは【保護逃走】の面々と、森の陽光照らす大樹の下で合流した。
 【保護逃走】の6名。
 
 真口 悠希(まぐち・ゆき)
 カレイジャス アフェクシャナト(かれいじゃす・あふぇくしゃなと)
 朝霧 垂(あさぎり・しづり)
 朝霧 栞(あさぎり・しおり)
 クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)
 ローレンス・ハワード(ろーれんす・はわーど)
 
 カレイジャス以外は全員、フマナでアイシャを助けてくれた「命の恩人」だった。

「アイシャさま!」
「無事でよかったです!」
「ここまでたどり着けて、安心したぜ!」
 悠希達は各々の調子で、アイシャとの再会を喜ぶ。
「皆さん、無事だったのね?
 その節は、大変お世話になって……」
 ガクリ、と膝をつく。
 
「アイシャ、よく頑張ったな!」
 カレイジャスが駆け寄って、ヒールとナーシングを施した。
 アイシャの土色の顔に、血色が戻ってくる。
「大変だったな。だが、これからは私が守る!」
 魔鎧に形態変化し、アイシャに装着しようとする。
 
「少し待ってあげて下さい、シャナト。
 アイシャさまは、お疲れでしょうから」
 悠希は微笑と共にカレイジャスを下がらせた。
「再びお会いできましたね?」
 言って、SPリチャージを施す。
 体が楽になって、自然と笑顔が込み上げた。
「そう、あなたには笑顔が似合いますよ」
「あ、ありがとう、悠希」
 目の前の美少女に礼を述べて、アイシャは赤い顔で俯く。
 
「悠希だけじゃないさ!」
「俺達も力になるぜ!」
「龍騎士の面」と「呪術師の仮面」の者達が、アイシャの傍に立った。
 面を外して、二ィッと笑う。
「まあ、垂! 栞!」
「少し離れた場所に、ワイバーンを待機させてあるんだ」
「え? ワイバーンを?」
 アイシャの不安を感じて、栞は笑った。
「変な所じゃないさ!
 空京に行こうっていうんだ!」
「空京?」
「アイシャの目的は、両代王に会う事なんだろう?」
 垂が話をつなぐ。
「だ・か・ら! 俺達の仲間が両代王に話を通してやる。
 まずは、高根沢理子の方がいいだろう、と思ってさ」
「垂……」
 アイシャは笑いかけて強張った。
 
 クライスが怖い顔で、自分を見つめていたので。
 
 ■
 
「クライス……あなたも同じ意見なの?」
「ええ。ですが、僕の場合は少し違います」
 クライスは迷いつつも、はっきりと目を見てアイシャに告げた。
 
 エリュシオンが東シャンバラに保護を命じたこと。
 東側は現在表向きエリュシオンに従うしかなく、万一アイシャが向かえば即座にエリュシオンに捕えられてしまうだろうこと。
 だから、両方の代王と会うことは不可能なこと。
 
 以上を、説明したうえで。
「……これが、貴方の行動の現在までの結果です」
 残念そうに告げた。
 
 似たような話をアイシャは知っていた。
 呼雪の話だ。

「クライス……それで、私にどうしろと?」
「僕等は2つに割れたシャンバラの未来を考えています」
 クライスはアイシャに説得を続ける。
「あなたも、ここに自分の意思で来てくれた。
 僕等の『仲間』だ!
 仲間と連携することは、誇るべきことのはずですよ!」
 クライスはアイシャの両手を取る。
 だが彼の説得は、特技では無い分たどたどしい。
 アイシャは疲れたように頭を振った。
「クライス……あなたの『優しさ』は分かっているつもりよ。
 けれど、東西統一のための『道具』にはなれないの」
 
 ■
 
「顔色が悪いぜ? アイシャ」
「少しお休み下さい、アイシャさま」
「逃げ通しだったんだろ?
 ここなら安心だぜ、アイシャ」
 他の仲間達が、代わる代わるアイシャに手を差し伸べる。
 
「森の中歩き回ったんだ。
 今まで、1人で大変だっただろう?」
「え? ううん、私は……。
 その、いつだって女王様が、ついていて下さったから……」
 
 ローブを握りしめる。
 次の瞬間、アイシャは突然ぽろぽろと泣き始めた。
  
 ■
 
 ボロボロのローブ――。
 
 木に引っ掛かって、森の中での逃亡生活ではむしろ不便だった。
 脱ぎ捨ててしまうことが、得策だったのに。
 ぐちゃぐちゃになるまで手放せなかった。
 
(どうして?)
 
 ■
 
 渡してくれた少女は、森で初めてアイシャの話を聞いてくれた学生だ。
 一時の気まぐれだったのかもしれない。
 けれどそれを、自分でもよく分からない理由から、アイシャはずっと羽織り続けた。
 
 大して温かくも無かったのに……。
 
(どうして?)
 
 ■
 
「嘘よ!」
 アイシャは、ローブをギュッと握りしめる。
「本当は辛くて、寂しくて……ずっと、ずっと、心細かったっ!!」
 
 叫び終わってから、そうだったのか、とハッとする。
 
(女王様とか、使命だなんて、初めから関係が無かった――)
 
 話を聞いてくれる、「仲間」。
 意志を尊重してくれる、「仲間」。
 無償で助けてくれる「味方」が、自分はただ欲しかっただけなのだ、と。
 
 ■
 
 その後、ひとしきり泣いてから、アイシャはようやく落ち着きを取り戻した。
 
 ■
 
 アイシャの無事を見届けて、一行を離れた者がいる。ローレンスだ。
「合図の光弾を上げなくてはならんのでな」
 光術を使用したもの。
 だが黄と緑で点滅はさせられない。
 ローレンスは、主に告げるべく大樹の下へ戻る。
「遠くの仲間達には、知らせようがない。
 取りあえず、我々だけで森を離れることとするか」
 
 ■
  
 落ち着きを取り戻した少女は、改めて(話せる範囲の)事情を話して、一行に「ヴァイシャリー行き」の意向を述べた。
 だが当然「危険だから!」と言う理由で、全員から却下される。
 ただし「ヴァイシャリーでの協力」というよりも、アイシャが望むことに関しては協力を惜しまない旨を彼等は約束した。
 
「ありがとうございます。
 何だか、私、皆さんにお願いばかりで、申し訳ないわ……」
「だったら、『空京』にいこうぜ!
 このバカは、命懸けであんたを守ろうっていうんだからさ!」
 栞は垂の頭をたたく。
 そこへローレンスが戻ってきた。
 空京までの手筈と、手違いから、彼はひとまず森を抜けた方が良い、と言う。
「安全な場所、そこで改めて仲間と合流しよう!」
 【保護逃走】は6人だけではない。
 大勢の仲間がいて、彼らの手を借りて、空路の移送を安全に行う予定だ、ということだった。
「皆、あんたを思っての事だよ?
 安心しろよ! アイシャ」
「ええ、そうね……」

 アイシャは困惑したが、一行について行くしかなかった。
 倒れている兵士達から吸血で体力を回復した後、ワイバーンの待つ森の出口へと向かうために、大樹を発つ――。