校長室
戦乱の絆 第1回
リアクション公開中!
名将、地球を忌む 団員たちに、集団行動するように素早く指示したのは、もちろんヘクトルだった。 「負傷兵を回収、こちらに下げるんだ! 相手は集団だ。油断しないでこちらもチームで戦え!」 戦闘において妙なプライドを持たず、相手を見て臨機応変に対応する柔軟さ。 名将の素質があるんじゃないか……と、すぐ側で見ていたマッシュは感じていた。 似たようなことを雄軒も思っていた。 第七龍騎士団に入団を希望した選択肢は、おそらく間違いではなかったはずだ、と。 やがて、先ほど大地たちの集団攻撃で負傷した団員が、味方のイコンに回収され、現状最も安全な場所と思われるヘクトルの側まで運ばれてきた。 「す、すまない……」 怪我した足をひきずって、起立して謝罪をしようとした団員を、シャヒーナが「いいから休んで」と制した。 「治療をさせていただけませんか?」 声をかけてきたのは、赤十字の腕章を身に着けたルルーゼ・ルファインド(るるーぜ・るふぁいんど)だ。 「野戦病院か」 ヘクトルの問いに、ルルーゼはこくんとうなずいた。 激しい戦闘音で気がつかなかったが、少し離れた広場に、小型飛空挺が準備されている。 どうやらその広場に負傷者を集めて応急処置をしているようだ。 よく見ると、先の戦闘でイコンを破壊されたハゲルや知恵子の姿もある。 このとき、知惠子が誰にも聞こえないほどの小声で「まさかあたい自身が赤十字の世話になるなんて、スベらない話にもならないじゃん」とつぶやいていた。 敵だった者の姿を見つけ、身構える一同。 「そうコワイ顔をしなさんな。 怪我人はもう戦闘を終えてるんだ。ノーサイドだよねぇ」 飛空挺の方からクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)がやって来て、ぴりぴりした団員たちにのんびり口調でそう言った。 「さ、怪我人さん。行きましょうか。 お兄さんがちゃんと病院まで連れて行くからねぇ」 言いながら、手早く応急手当を施すクド。 「負傷者、けっこう多いでしょう」 シャヒーナが、そんなクドに話しかけた。 「まぁねぇ。見ての通り」 負傷者の一時待機場所として使っている広場は、かなり多くの負傷者が横たわっていた。 先ほどまでイコンに搭乗していた者だけでなく、逃げるときに勝手に転んで事故ったカツアゲ隊らもいるようだ。 「我々……龍騎士団も治療してくれるというの?」 シャヒーナの問いにこたえたのは、ルルーゼの負傷者輸送の手伝いに同行していたナレディ・リンデンバウム(なれでぃ・りんでんばうむ)だ。 「地球には、敵味方無く傷ついたものを救う文化があるんです」 言いながらも、作業の手は休めない。 「そして、戦場においてその野戦病院をお互い襲わぬルールも、大昔からあります。みんな守ってきました。 だから、傷ついた方は龍騎士であっても喜んで救います」 「……そう」 ナレディの言葉が聞こえていたはずのヘクトルの顔を、シャヒーナはちらりと盗み見た。 だが、その表情は一切変化しているようには見えなかった。少なくとも、表面上は。 「龍騎士団も、野戦病院を襲わないっていう決まりを守ってくれて、嬉しいと思ってるよ」 ナレディの後ろで荷物持ちをしている名無しの 小夜子(ななしの・さよこ)が、にっこりと笑って言った。 「さあ、応急処置はできたから、飛空挺に行こっ!」 小夜子は一足先に、ぱたぱたと広場の方へ駆けていった。 「じゃ、怪我人さんはお預かりするからねぇ」 クドとルルーゼが、怪我をした団員をそっと立たせた。 「治療をして、動けるようになった後は、自由にお帰りいただけるようにしますから」 ナレディも、ヘクトルたちにぺこりと頭を下げて、広場へ戻っていった。 怪我人を乗せた小型飛空挺が飛び立ち、なんとなく見えなくなるまで目で追ったシャヒーナは、そのまま目線をヘクトルに向けた。 相変わらず、気むずかしい表情のままだ。 「そろそろカタがつくだろうな」 戦闘は、終始第七龍騎士団が有利に進めてきた。 相手……愚連隊もなかなかしぶとく、第七龍騎士団にも負傷者を出したが、これ以上の被害はないだろう。 ほんの一瞬だけ、ヘクトルはほうっと息を吐いて気を緩めた。 ……その一瞬を狙っている者がいた。 かさっと、何かが動く気配。 「……?」 そして。 「……後ろっ!」 気配を察知したケイが、ヘクトルに向かって叫んだ! 一瞬、ほんの一瞬だけ気を緩めていたヘクトルは、その声ではっと我に返った。。 姿を隠して背後から近付いた斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)と大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)に、気がつかなかったのだ! 「……斬るの……」 ヘクトルのイコンの背に飛び乗ったハツネと鍬次郎が、同時に斬りかかってきた! 相手は生身とはいえ、突然のことにさすがにヘクトルも意表を突かれた。 シャヒーナがとっさの判断で、わざとイコンのバランスを崩したため、ハツネたちの不意打ちはイコンのボディに傷をつけるのみにとどまった。 「ちっ、一撃で切り捨ててやろうと思ってたのによ」 鍬次郎が吐き捨てる。 奇襲を企てていたハツネと鍬次郎にとっての誤算は、ヘクトルが孤立せず、さらにイコンに乗っていない生身の協力者も意外と大勢周辺にいたことだ。 動きにくいことこの上ない。 「おまえらも愚連隊とかいうやつの仲間なのか!?」 ヘクトルの問いに、ハツネはにたりと笑ってこたえた。 「遊べればそれでいいから……あんまり関係ないの」 「なにっ?」 「壊せればそれでいいの」 くすくすというハツネの笑い声が、ヘクトルの耳に焼き付いた。 「おい、あんまり刺激すんなよ」 意外と冷静な鍬次郎が、ハツネに耳打ちした。 「この……っ! やはり醜き地球人があぁぁ!」 ヘクトルが、怒りにまかせて叫ぶ! 「落ち着いてヘクトル! だめ、冷静に!」 それをシャヒーナが慌てて止める。 「生身の人間同士なら……!」 まずい事態だと感じたケイは、素早く魔法でハツネたちに応戦した! 「おぬしたちは、そのままイコンから降りるでない!」 カナタがヘクトルにそう告げると、ケイとともに応戦の態勢をとった。 他の者たちも次々と、応戦のかまえを見せた。 「多勢に無勢。それに、俺らは孤立。 ハツネ……自重だ。撤退するぞ!」 鍬次郎は、まだ遊び足りないといった表情のハツネに言い聞かせると、素早く森の方に走り去った。 「くそっ……地球人め……!」 激しい戦闘を行ったわけでもないのに、肩で激しく息をするヘクトル。 そんなヘクトルをなるべく刺激しないよう、ケイは柔らかく問いかけてみた。 「なあ。何故そんなに地球人を嫌ってるんだ?」 しばらくの沈黙の後、ヘクトルは顔を上げ、そしてこう言った。 「パラミタとつながった新たな世界、 フロンティアである地球に行ってオレは絶望したんだ」