校長室
戦乱の絆 第二部 第三回
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ウゲンとアイシャ 理子を中心としたメンバーは暗い迷路内を駆けていた。 「詩穂様……アイシャ様からの返答は?」 セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)が、ずっとテレパシーでアイシャに呼び掛け続けている騎沙良 詩穂(きさら・しほ)に問う。 詩穂が首を振る。 「まだ何も……。 眠らされてるか、気絶しているだけかもしれないとは思うけど――」 「アイシャ様の身に何かがあれば、パートナーである理子様たちにも分かるはずです。 きっと、大丈夫ですわ」 「……うん。呼び掛け続けてみるね。 アイシャちゃんが安心できるように心で歌い続けながら」 と、先行していた生徒たちが唐突にうずくまる。 「え――何!?」 戸惑っている間に、皆、次々と見えない何かに抑えこまれて行く。 「この感じ、見たことがあるわ〜」 師王 アスカ(しおう・あすか)は、わりとのんびりとした口調で言いながら、ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)の方へ目配せした。 「例の七曜のフラワシよ〜」 「了解した」 ルーツが、すかさずバニッシュを放つ 彼の手のひらで弾けた光が周囲を白く焼き付けた。 その中へ無数の黒い不定形生物が姿を現し、光の消失と共に目視出来なくなる。 少しの間を置いてから、自由を取り戻す生徒たち。 「……って、どういうこと?」 理子が小首をかしげた方へとアスカは笑んで。 「あれはタシガンで見たことがあるの〜。 七曜のフラワシの能力だわ〜。 光や炎の魔法に弱いみたいよ〜」 「へぇ、それなら何とかなりそうね」 「では、ご武運を〜」 アスカとルーツが理子たちの向かう道とは違う方へ行こうとする。 「え? 一緒に来ないの?」 「我らは、あれらを操っている七曜を探す」 「交渉の余地があるかもしれないわ〜」 そうして、アスカたちは、あのフラワシの使い手を探すために、理子たちと別れたのだった。 そして、目当てはあっさり見つかった。 アスカたちが巡った迷路の奥。 ルーツがバニッシュを放って不定形生物を追い払った先で、レティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)はパタパタと白旗を振ってみせた。 「ボクの負けだよ! 降伏します!」 「あなたが七曜〜?」 アスカの言葉に、レティシアはこくこくと頷いた。 ぱんっと両手を合わせ。 「もう、ごめんなさいしか出来ないけど、許して……くれないかな?」 「なら、私たちに協力してくれないかしら〜」 「へ?」 つい、とアスカが鼻先をレティシアの鼻先に近づける。 「あなたのフラワシ能力はゴブリンや他のモンスターにも有効だわ〜。 そいつ等の足止めをお願いしたいの」 「え、ええと……」 レティシアは目を泳がせた。 じぃっとレティシアを見据えていたアスカが、微笑む。 「本当の七曜のところまで、案内してくれるわよね〜? 交渉は本人相手じゃなくちゃ意味ないわ〜」 そして、アスカたちはレティシアの案内で高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)の元へ向かったのだった。 ■ 握り込めない指の隙間から止め処無く砂が溢れるように、自分が失われていく。 思い出したいものが思い出せなくなっていく。 確かにそこにあった顔や言葉や、声や、匂い。 温度。想い。 失われていく過程で、改めて思う。 自分、というものは誰かと一緒につくりあげていくものなのだと。 暖かな陽の光も、冷たく鋭い風も、今の自分を形作った大切なものたち。 自分を失う、というのは、きっとまた、たった一人になるということなのだろう。 アイシャは削れいく意識の中で、そんなことをぼんやりと感じていた。 ああでも……。 どこか遠くで、歌が聴こえる。 「――カンテミールは墜ちちゃったか」 呟いたウゲンはアイシャの額に手のひらを触れたまま、横倉 右天(よこくら・うてん)の方へと視線を向けた。 「訊いてみたかったんだけどさ。 記憶を失う、っていうのはどんな感じ?」 「聞かれてもなぁ。 だって、ボクは自分がどんな記憶を失ったかもよく分かってないんだよ?」 右天が口端を笑み砕く。 彼の超霊は相手の攻撃を打ち返すと共に、コピーする。 しかし、コピーした能力の威力が大きいほど、多くの記憶を失ってしまう。 そのため、彼は今、自分が誰なのかすらも曖昧なようだった。 己の超霊の能力や、その力を使って既に得ている龍騎士アイアスの強力な衝撃波のことなど…… ウゲンにとって必要な事項はかろうじて覚えているようだから、あまり問題は無いが。 「でもまあ―― あえて言えば、気味が悪い、かな」 彼の視線は、部屋の端に佇むアルカ・アグニッシュ(あるか・あぐにっしゅ)へと向けられていた。 彼女は彼のパートナーだが、そのことを彼は覚えていない。 勝手に付き従う彼女の真意を、はかりかねているところがあるのだろう。 「ともかく、ボクは、その七曜? それの一人らしいし、楽しく遊ばせてもらえるんなら細かいことは別に気にしないよ」 と――。 生徒達が近づいてくる気配があった。 「一足遅かったってところだね。 どうせなら、もう少し遅れてくれれば完全に消せたんだけど……」 ウゲンはアイシャの額から手を離した。 「勇者たちの頑張りに感謝しな。 せいぜい、“君”を育んでくれた世界を、自身の手で破壊する様を見ていると良い」 そうして、ウゲンはアイシャからアルカの方へと視線を上げた。 「アルカ。 お姫様のことは君に任せるよ」 「……承知いたしました」 アルカが表情無くうなずく。 ■ 大きな扉を蹴り開けて。 理子を中心とした生徒たちは、その部屋へとなだれ込んだ。 如何にも、といった雰囲気の広間の奥には、広い階段があり、その上の玉座にはウゲンが腰掛けていた。 ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)は、それを睨みやりながら、拳を握り締めた。 「ウゲン、来てやったぜ? さぁ、アイシャを返しやがれ!!」 ウゲンが悠々と足を組み直し、玉座のそばに置かれた砂時計を見やる。 上部の砂は、わずかに残っていた。 「お姫様なら隣の部屋に居るよ。 時間は後わずか…… 時間内に最後の敵から救うことが出来なければ、お姫様は大変! 僕が記憶を抜き取った抜け殻のままだ」 数人の生徒は、すでにウゲンの指し示した方へと駆けて行た。 「あ、待っ――」 警戒していた生徒が制止しようとした刹那、激しい衝撃波が壁を吹き飛ばし、部屋へ向かおうとしていた生徒たちを飲み込んだ。 ゴゥ、と巻き起こった粉塵の中で、右天が嬉しそうに笑う。 「イッツ・ア・ショーータァイム!」 右天が破壊した壁の向こうには横たわるアイシャの姿があった。 「アイシャ!」 「アイシャちゃん!!」 理子と詩穂がそちらへ駆けようとした方へ―― 「リフレション!」 右天のフラワシの放った衝撃波が壁を抉り飛ばしながら迫る。 セルフィーナは、二人がちゃんと跳び避けたのを視界の端で確認しながら、右天の死角へと駆けていた。 ベルフラマントで気配を潜めたまま優しの弓を構える。 (七曜。ウゲンにその心を利用され、壊され続けている……。 カウンセラーとして、今、わたくしに出来ることは――) 撃ち出した二本の矢が左右に展開しながら右天へと風を切っていく。 一方の矢が右天の背を貫く。 「ッゥギ!?」 が、もう一方の矢は一瞬虚空へ吸い込まれ、次の瞬間には跳ね返されたかのように同じ軌道でセルフィーナを襲った。 「ッくぅ」 避け切れず、腹部に矢を受ける。 「……あらゆる攻撃を受け、跳ね返し、コピーする。 それが、あなたのフラワシの能力なのですね」 「そうだよ。 だけど、それが今更分かったところで、何が出来るってわけでもないでしょ。 大人しく、ぶっ壊れておけばいいよ」 クク、と右天は心底から楽しそうに喉を笑み擦った。 ■ 一方、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)らは、玉座のウゲンへと向かっていた。 「ウゲン! てめぇ、ちょっとオイタが過ぎたんじゃねぇか? 少しばかり大人しくしてもらおうか!」 「ォラァアア!!」 チャージブレイクを狙う秘伝 『闘神の書』(ひでん・とうじんのしょ)がラルクの動きに合わせて重く空気を唸らせる。 が――唐突にラルクたちは身体を何かに抑えつけられた。 「ック!? なんだ――?」 「こいつぁ、さっきの七曜のフラワシか?」 ずるり、ずるりと纏わり重なっていくフラワシに囚えられ、ウゲンの目の前で二人は膝を付くこのになった。 「鳴神!」 もう一方からウゲンに攻撃をしかけようとしていた松平 岩造(まつだいら・がんぞう)が指示を飛ばす。 「おけ、おけ、たいちょ〜、フラワシね。しかと引き受けた。 見えてるよ、それに弱点は把握済みー」 鳴神 裁(なるかみ・さい)が、岩造のバニッシュに合わせ、自らのフラワシの焔を解放する。 それらは、ラルクたちにまとわりつく不定形生物を、その周辺に居るものも含めて退けようとした。 しかし。 「……どういうことだ?」 不定形生物を退けると共にウゲンへと特攻しようとしていた、ファルコン・ナイト(ふぁるこん・ないと)が動きを止めながら呻く。 身動きが取れなくなった者たちが解放された気配が無かったのだ。 それどころか、他の生徒まで餌食となって身動きを奪われていっている。 「ふふふ、ねぇ、これってもしかして」 アリス・セカンドカラー(ありす・せかんどからー)が、状況を楽しむような笑顔で裁の方をうかがう。 「ごにゃ〜ぽ。七曜のブラフだったってことみたい」 裁の目には光や炎をものともせず、何事もなく生徒たちにまとわりつく不定形生物が見えているようだった。 つまり、この不定形生物たちは炎や光が弱点であるかのように演じていただけだったようだ。 ウゲンが玉座に腰掛け格好で、満足そうに笑う。 「楽しませてくれるよね。 こういう『持ち上げて落とす』って演出のために、彼は、わざわざタシガンの戦いの時から準備してたんだ。 さて―― このままじゃ、君たちは僕に近づくことすら出来ないね……どうする?」