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砂漠の脅威

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砂漠の脅威

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第2章 一本釣り大作戦!


 二日後、後発の物資と共に、スナジゴクと戦う生徒たちが砂漠を越えてやって来た。と言っても、初日のように村まで行くのではなく、スナジゴクが居る地帯の手前で輸送隊と別れて残り、後はスナジゴクを撃破しつつ村まで行くことになる。
 「……かなり、粒子の細かい砂でございますね」
 夜明け前の、まだ冷たい砂の上に膝をつき、砂の様子を確かめながら本郷 翔(ほんごう・かける)が言った。ポケットから小瓶を取り出し、中に入れて来た油を砂の上にこぼすと、すーっと吸い込まれて行く。
 「穴の中に油を流し込んで火をつけるのも良い作戦かと思ったのですが、直径10メートル以上の穴では、サラダオイルの2〜3本では足りませんね……」
 ミャオル族に迷惑をかけないため、生徒たちは自分たちの分の飲料水と食料は自分の手で持って来ている。戦うために使う道具を持って来るのにも限界があった。
 「別に、穴の縁からずーっと流し込む必要はないんじゃないか? ビニール袋かなんかに入れて投げつけてぶっかけた後、何か火種を投げ込めば、とりあえず火はつくだろ。ま、オレは漢(おとこ)らしく、コイツで戦うつもりだけどな!」
 銃剣付き拳銃型の光条兵器を示しながら、国頭 武尊(くにがみ・たける)が口を挟んだ。
 「それは確かに、そうでございますね。ご教示ありがとうございます」
 翔はうなずいて立ち上がり、膝を払った。
 「火種なら、フレミーの火術が……あれ、何暗い顔してるんだ?」
 言いかけて、氷魚 司(ひお・つかさ)はパートナーのドラゴニュートフレミー・アンシャンテ(ふれみー・あんしゃんて)が、浮かない顔でこっそりため息をついているのに気付いた。
 「いや、何でもないぞ。気のせいだろ」
 (くっ……にゃんこと聞いて猫の集落かと思ったが、何のこたぁないゆる族かよ……)
 フレミーは、猫を助けてやれば、逃げられずに思う存分もふれるのではないかという当てが外れてがっくりしていたのだが、それは言わずに翔に答えた。
 「火術が必要なら、協力してやってもいいぜ?」
 「ありがとうございます。それでは、よろしくお願いいたします」
 翔は頭を下げる。一方、フィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)とそのパートナーのヴァルキリーセラ・スアレス(せら・すあれす)、そしてクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)のパートナーである守護天使ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)は、アイリにスナジゴクについて話を聞いていた。
 「スナジゴクはどのくらいの大きさで、どんな暮らし方をしているんですか?」
 「砂から出たのを見たことがニャいから、全体がどのくらいの大きさか良くわからないニャ。頭が……んー……このくらいかニャ? で、口にでっかい牙があるニャ」
 ハンスが質問すると、アイリは腕で、直径50センチくらいの円を作ってみせた。
 「でもって、砂の中を移動してきて、獲物にものすごい勢いで砂をかけながら穴を掘って行くニャ。足の下で砂が動く気配がしたら、近くの砂の中にスナジゴクが居るってことニャ。そして、掘り始めると穴は一気に大きくなるから、砂が崩れて来たと思ったら全速力でそこから離れた方がいいニャ」
 「と言うことは、やっぱり穴が大きくなったところで穴の縁とかから狙撃、でしょうか……。本当は岩場みたいな所から狙いたかったんですけど、このへんにはないみたいだし」
 周囲を見回してフィルが言う。少し先に砂丘が連なっており、そのあたりにスナジゴクが出るのだと言うが、しっかりした足場になりそうな場所はないようだ。
 「ないものは仕方がないわ。陽が昇る前に行きましょう」
 フリル付きの黒いレースの日傘を手にしたセラが言う。セラ自身が暑い場所が嫌いだと言うのもあるが、気温が上がれば、セラだけではなく他の皆も動くのがつらくなる。
 「そうですね」
 フィルはうなずいた。
 「ボクは、みんなと一緒に先に村に行ってるニャ。気をつけてニャ!」
 アイリはそう言うと、先に村に向かう輸送班の生徒の方にとっとこと駆けて行った。準備をしながら輸送班の出発を見送って、アリジゴク退治の生徒たちは幾つかのグループに分かれ、砂丘の方へ進んで行く。
 「これは……かなり体力が要りますね」
 吸血鬼セス・テヴァン(せす・てう゛ぁん)は、少し遅れて歩いて来るパートナーのヤジロ アイリ(やじろ・あいり)をいたわるように振り向いた。二人があえて空飛ぶ箒を降りて歩いているのはスナジゴクをおびき寄せるためだが、さらさらとした砂は足の下で簡単に崩れ、足が後ろに滑る感じがして歩きにくい。
 「でも、同じ『アイリ』のためだ。頑張らなきゃな」
 ヤジロは、肩に背負っているリュックをゆすり上げながら、ぎゅっと唇を結んで前を見た。
「はいはい。バテたら『吸精幻夜』使っていいですから」
 セスは小さく笑って言った。その脇を、
 「正義誕生!パラミタ刑事シャンバラン!! ぬうぉぉぉぉぉ、ぬこさんの平和を乱す怪人スナジゴクめ、どこだっ、どこに居るッ!!」
 自作のお面を『瞬着』したパラミタ刑事シャンバランこと神代 正義(かみしろ・まさよし)が、ドップラー効果が現れそうな勢いで駆け抜けて行く。
 「最初からクライマックスですねぇ……最後にばててしまわないといいんですけど」
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が、日焼け止めを塗りながら小さくため息をつく。
 「そうだよね……スナジゴクを倒しながら、村まで行かないといけないんだもんね」
 パートナーの剣の花嫁セシリア・ライト(せしりあ・らいと)がうなずく。
 「あたしたちは、この辺で待機しない?」
 『至れり尽くせり』を使って、ボストンバッグの中から絶対に中に入らないであろうという大きさのガーデンパラソルをにょきにょきと取り出しながらミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が言った。
 「そうですわね。あまり戦場に近づくと、安心して治療ができませんもの」
 ミルディアのパートナー和泉 真奈(いずみ・まな)も、傷薬や包帯を荷物から取り出し始める。
 「と言うより、治療の必要がないのが一番ですが。備えあれば憂いなしと言いますし」
 高谷 智矢(こうたに・ともや)がテントを広げながら言う。その側で、パートナーの白河 童子(しらかわ・どうじ)がちょろちょろと動き回って手伝いをしている。
 その時、砂丘の方で、明るくなって来た空に高く砂が舞い上がった。
 「始まったみたいだね。……ちょっと、様子見て来ようかなぁ」
 童子が目の上に手をかざして背伸びをする。呟くように付け加えたのを聞きとがめ、智矢はぽんぽんと童子の肩を叩いた。
 「準備が一段落したところで、忙しくなる前に一休みしておきましょう。サボテンの実でジュースを作ってみたのですが、百合園のお嬢様がたもいかがですか?」
 「うわあ、ステキですぅ」
 メイベルが手を叩く。他の女子生徒たちも集まって来た。
 「コウジ、皆さんにカップを渡してくれますか?」
 「はーい!」
 智矢に言われて、童子は戦いの様子を見に行こうとしていたのを忘れて、女子生徒たちにカップを配り始めた。


 その頃、あちこちで舞い上がる砂の下では、生徒たちとスナジゴクの死闘が展開されていた。
 「墓穴に入らずんば墓地を得ず、だぜぇ!」
 パートナーのシーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)が乗るバイクに命綱を結びつけて、国頭武尊はスナジゴクの巣穴の中に滑り降りて行った。
 「違うでしょ、墓地を得てどうするのよ!」
 「あれ、『シチューにトンカツ』だったっけ?」
 シーリルに突っ込まれて、目の前に砂を吹き上げているスナジゴクが居るにも関わらず、武尊は振り向いた。
 「それは『死中に活』……って言うか前を見てよ、前を! さっさと仕留めてくれないと、バイクが埋まるんだけど!」
 スナジゴクの吹き上げる砂が、シーリルのバイクのあたりまで飛んで来るのだ。あまり時間がかかり過ぎると、今度はバイクが脱出不可能になる。
 「おう、すまん」
 武尊はひょいっと手を挙げて謝ると、拳銃型の光条兵器を構えた。
 「これだったら、甲殻があっても関係ないだろ!」
 引金を引くと、魔力で作られた光の弾丸が飛び出す。的が大きいので、弱点を狙い撃とうとしなければ、外すことはない。しかし、銃タイプの光条兵器は、数が撃てる分、他のタイプの光条兵器より一発ずつの威力はずっと小さいのだ。
 「……あれ?」
 降り注ぐ砂の向こうから『ふっ、効かぬわ』と言わんばかりの態度でスナジゴクに見上げられ、武尊の背を冷や汗が伝う。
 「何をやっているでありますか!」
 比島 真紀(ひしま・まき)とパートナーのドラゴニュートサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)が、手助けをしようと駆けつけて来た。
 「待って!」
 アサルトカービンを構える真紀と、ドラゴンアーツで攻撃しようと身構えるサイモンを、シーリルは止めた。
 「お願い、手を出さないで。彼は必ず勝つから」
 「……」
 真紀は不服そうにため息をついたが、一旦アサルトカービンを降ろした。
 「判りました。ですが、自分たちはここで待機させてもらいます。もし危険な状態になれば、救助を優先するであります」
 「くそっ、教導団の奴に助けられるわけに行くかよぉぉぉッ!!」
 武尊はざばざば砂をかけられる合間に、スナジゴクの口の中を狙って立て続けに光条兵器を引金を引いた。何発撃ったかわからなくなった頃、ようやくスナジゴクは動きを止めたが、武尊も光条兵器の使いすぎでくたくたになっていた。
 「おーい、シーリル、上げてくれぇ……」
 弱々しい声で頼まれて、シーリルはバイクのエンジンをかけた。が、積もった砂で車輪がスタックして前進できない。真紀とサイモンの手を借りて、ようやく武尊を引っ張り上げた。
 「そのままでは、村までたどりつけないでしょう。後方に救護所が出来ているから、そこへ行くと良いであります」
 真紀は武尊がつけていた命綱を外し、サイモンに目配せした。サイモンはシーリルの後ろに武尊を押し上げた。
 「……ありがとよ」
 何とかバイクにタンデムし、シーリルの腰に手を回した武尊は、独り言のようにぼそりと真紀に言った。
 「後ほど、村で」
 真紀は教導団風に敬礼をし、サイモンと共に歩み去った。