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第5章・森のヒツジ達


 瓜生 コウ(うりゅう・こう)の提案で、水辺の近くに罠を設置する事になった一行は、囮組がキィちゃんを水中の落とし穴に誘い込んだ後、手製のボーラと網でキィちゃんを捕獲するという計画を立てた。
「さぁ、皆様、はりきってまいりますわよ!」
 ジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)の掛け声とともに罠の準備が始まった。
「ジュスティーヌ、そこではバレてしまいますわ。キメラは頭がよろしいんですのよ。掘るのなら、もっと茂みのあたりになさい」
 ジュリエットは自らを現場監督と称し、パートナーのジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)の作業に口を出す。
「このあたりでよろしいかしら?」
 池に入り、落とし穴を掘るジュスティーヌは嫌な顔ひとつ見せず、従順にジュリエットの指示に従っていた。
「あなたはお手伝いされないのでございますか?」
 指示が的確とはいえ、ジュリエットの物言いを見兼ねたヴェロニカ・ヴィリオーネ(べろにか・びりおーね)が言う。
「せめて、こちらの作業を手伝われてはいかがでございます?」
 投網用の重り作りを手伝わされていたヴェロニカが、小石の山を指す。
「あら、そんな事をしたら、お肌が荒れてしまいますわ」
 ヴェロニカを鼻であしらうジュリエットの非礼を、ジュスティーヌが何度も謝るが、
「わたくしは頭脳労働、ジュスティーヌは肉体労働、これで貢献度は同じですわ」
 当のジュリエットが笑ってそれを台無しにする。
 まあ、重り用の小石や、落とし穴を掘る為の道具を用意するのに、ジュリエットの至れり尽くせりのスキルが役に立った事も事実だ。
 ヴェロニカは、ジュスティーヌが納得しているならと、手元の作業に意識を戻した。

「なあ、キィちゃんが逃げ出した理由って何だと思う?」
 ヴェロニカの作った重りを網に取り付けて投網にする作業をしながら、七尾 蒼也(ななお・そうや)がそう切り出す。やはりその辺は皆が気になるところらしい。
「俺、もしかしてキィちゃんは、パートナーが欲しくなって抜け出したんじゃないかと思ってたんだけど」
「実は、オレも発情期じゃないかと思ってるんだ」
 蒼也の見解につられて、コウが言うつもりのなかった自説を口にする。
「キィちゃんは自分をパラミタヒツジの仲間だと思っている草食系キメラって展開でよ、発情期で魅力的なパラミタヒツジのメスを見つけたのかもなーって思ってたんだ」
 2人の話を聞きながら、ミリアから借りたぬいぐるみの右手右足、左手左足をくっつけてぬいぐるみリュックを作ろうとしていたヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)がふと、2つの説の共通項に気がついた。
「あれ? もし、それが正しいのでしたら、囮役の人って……」
 ヤバくない?
 その場にいた誰もがその言葉を飲み込んだ。
「だ、大丈夫です、ボク、がんばります。かわいいは正義ですから!」
 その場にいた唯一の囮役、ヴァーナーの言葉に、可愛いかったら尚更危険だろうと言える者はいなかった。

「着替えたで〜!」
 その時、スレヴィが届けてくれた彩作の着ぐるみに着替えた囮組の面々が、木陰から姿を見せる。
「どや? 男前やろ? 生きたぬいぐるみやで〜。これでキィちゃんもイチコロや!」
 日下部 社(くさかべ・やしろ)が、両手を広げて皆に着ぐるみをみせびらかす。
「あ、ああ」
「そうですね」
 蒼也とヴァーナーが返事を返したが、誰も囮組の目を見ることは出来なかった。
「なんやぁ? ノリ悪いのぉ」
 不満を露わにする社の隣に、着替えをすませたヒツジ達が並ぶ。
「なんか、ちょっと楽しいですね」
 ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)は自分の着ぐるみ姿にまんざらでもない様子だ。
 同じく囮組の自称お茶の間のヒーロー、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)は、2人と同じ着ぐるみの上から、トレードマークの仮面とマントを無理やり着用している、
「何ですのそれは! それでは却ってキィちゃんが怯えて逃げてしまいますわ。お脱ぎなさい!」
 仮面とマントを見咎めたジュリエットが、クロセルに命令する。
「お断りします。これはヒーローの必需品なんです!」
「何をわけのわからない事を!」
 2人の言い合いが更に加速しようとした時、どこからかくすくすと笑い声が聞こえた。
 見れば、羽高 魅世瑠(はだか・みせる)と、パートナーのフローレンス・モントゴメリー(ふろーれんす・もんとごめりー)が水辺沿いにこちらに向かって歩いてくる。
「お、おお〜っ!」
 男どもが、波羅蜜多ツナギをマイクロビキニ風に改造した2人を見て、色めきたつ。
「フル、見てみなよ、美味しそうな羊がいっぱいだ」
「食べがいありそうじゃん」
 2人は、男達に身体を見せつけながら、楽しそうに笑う。
「ねぇ、何してんの?」
 魅世瑠に問われたクロセルが、2人の姿にクギ付けになりながら事情を説明した。
「へぇ、よくわかんないけど面白そうじゃん。どうする魅世瑠?」
 フローレンスの言葉に、魅世瑠が頷く。
「いいじゃんいいじゃん、よくわかんないけど、あたしらもまぜなよ」
「そ、そうだな。人手は多い方がいいだろうし……」
 目の前で揺れる裸同然の胸やらなにやらに幻惑された蒼也が言う。
「お、おぉお〜…」
 他の者達も概ね同意見のようだった。

 そうしてメンバーに魅世瑠達が加わり、人手が増えた事で罠はすぐに完成した。
「よし、投網完成!」
 蒼也が、端に重りをつけた網を、投げやすいようにまとめる。
 本当は耐火性の投網を作りたかったのだが、材料が手に入らず、とりあえず売っている中で一番丈夫そうな網をいくつか用意したのだ。キィちゃんの吐く炎で焼き切れないか不安ではあるが、コウのボーラと併せてなんとか捕獲にこぎつけたい。
「大きさは大丈夫なんですの?」
 ジュリエットが蒼也に聞く。
「サイズはそんなに大きいわけじゃないだろ? 一緒に風呂に入れるくらいだし。あ、それとも、……み、密着して入ってるとか?」
 あたりにほわんとしたピンク色の空気が広がった。
「あんた等なんか、キィちゃんに踏まれてしまえ」
 コウがそうつぶやいた瞬間、蒼也の背後の茂みから大きな影が飛び出し、彼の後頭部を踏みつけた。近くにいた連中も共倒れだ。
「キィちゃんっ!?」
 ヴァーナーの声に、飛び出して来た影はちらりと目をやると、倒れた男達を踏みつけながら、また森へと走り去っていった。
「キメラを倒すのはこのオレだぜっ!」
 続いて、すぐ後をスパイクバイクの武尊が通り過ぎる。
「待ってくれ、キィた〜ん!」半裸のカガチと、
「俺様の友よぉおっ!」全裸の変熊までもが倒れた者達の上を駆け抜けていった。
「さっきのっ、キィちゃんですよね?」
 ヴァーナーが確認すると、ヴェロニカがびっくり顔のまま、カクカクと頷く。
「間違いなくキメラでございます! 生キメラでございます!!」
 そしてキィちゃんは変な男達に追われているらしい。
「皆さんっ! 大変です! すぐにキィちゃんを助けに…」
 ヴァーナーが振り向くと、キィちゃんと3人衆に踏みつけられた男達は、まだ累々と地面に転がっていた。
「もうっ、ボク、先に行きますからね!」
 騎士鎧の上に、出来たてのぬいぐるみリュックを背負うと、ヴァーナーはキィちゃんの後を追った。
「………また、不吉な予言をしちまったんだな」
 自分の言葉で皆がひどい目にあったと落ち込むコウの肩に、ヴェロニカが優しく手を置く。
「あれは、不吉な予言ではございません。自業自得というのでございます」
 ようやく起き上った着ぐるみ達に、ジュリエットが檄を飛ばす。
「さあ、者ども、お行きなさい! 作戦決行です。キィちゃんを無事に捕獲するのですわ!」
「おうっ!」
 ジュリエットの勢いに押され、ヒツジ達がそれぞれ空飛ぶ箒でキィちゃんを追って行く。
「わたくしも、キメラの元へ向かわせていただくのでございます」
 ヴェロニカも、楽しそうな足取りでヒツジ達の後に続いた。
「……ところで、網の大きさは、充分そうですわよ」
 ジュリエットは、未だ地面に顔が埋まっている蒼也に言った。