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リアクション
第2章 みんなっ!調査を開始せよっ!
高原 瀬蓮(たかはら・せれん)の放った情報は乙女のネットワークを駆け抜けて、多くの人の手元に届いた。百合園女学院の生徒はもちろん、他の学校の生徒へも、仲の良い友達などを介して、オケアニデスやオケアニデスの探している“あの娘”についての情報を求める声が上がり、もちろん攫われた百合たちをどうやって取り返すべきか、みんながさまざまな推測をしていた。
カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)も、その一人。いつも通り、自分の根城であるイルミンスール大図書館で、ヴァイシャリー家の歴史や系図の本を自分の周りに積んで、丹念に読み込んでいた。本来は海の妖精であるオケアニデスがヴァイシャリー湖で待っているヴァイシャリー家の“あの娘”それが誰なのかが分かれば、解決の糸口になるはず。
「その“娘”と逢引するために湖にいるくらいなんだよね〜。今も恨んでいるなら、ヴァイシャリーの一族によって引き裂かれた“誰か”がいると思うんだけどな〜」
カレンは、次々と本を開いていく。ヴァイシャリーの歴史には、今のところヒントは見つからない…。
午前中の柔らかな日差しがヴァイシャリーの街を明るく包みこむ中を、御凪 真人(みなぎ・まこと)とセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は並んで歩いていた。蒼空学院に通っているはずの2人がこの時間からこんな場所にいるのは【情報収集班】として、ジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)から昨夜、連絡を受けたからだった。
「さて、文献をあたるのも良いでしょうが、オケアニデスの時間の感覚から考えると“あの娘”というのが今もいる人なのかどうかちょっとわかりませんね。伝説や噂話しとして、知っている人がこの街にいると良いのですが」
「ん〜、そうだよねっ!でも、誰に聞けばわかるのかな」
ヴァイシャリーの街に知り合いがいるわけではない2人は、勇んで朝一から街に繰り出したものの、とっかかりが見つけられなかった。なんとなく街の様子を眺めながら、どうしたものかと考えていると
「あれは…」
なぜか執事服に身を包んだ、皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)と、うんちょう タン(うんちょう・たん)が通りを歩いているのが見えた。目立つ2人だった…。真人が声をかけると、2人はすぐに真人たちに気付き、道を横切ってやってきた。
「おはようですぅ〜。おふたりもジュリエットさんに叩き起こされたんですか〜?」
伽羅ののんびりとした口調に、真人とセルファの気ぜわしい気分が和んだ。どうやらキャラとうんちょうタンも、ジュリエットに【情報収集班】として召集されたクチらしい。
「私たちは、街の占い師に話しを聞いたり、古老を紹介してもらったりしようと思ってるんですぅ〜」
伽羅の中には、情報収集のための計画があるようだった。まずは、ヴァイシャリーの中でも古い街並みの一角を目指すことになった。
今日も乙女の園は、一見平穏そのものに見える。制服のスカートを揺らし「ごきげんよう」と朝の挨拶を交わす光景は、女子高ならではのものだろう。
しかし昨夜、すでに瀬蓮から梨穂子と先輩がヴァイシャリー湖の妖精に攫われた事件を聞いている一部の生徒たちは、朝から授業をすっぽかし、サボりを上手にフォローしてもらうように友達にお願いをしたり、図書館に向かったり、梨穂子や先輩の関係を知っていそうな、梨穂子と先輩の親しかった百合たちとの接触を試みたり、朝からこっそりだが慌ただしく動いていた。
ただ、誰がこの事件のことを知っていて、誰が知らないのか、情報がどこまで広がっているのか確認しきれないため、先生や寮長に知られないうちに2人を取り返すためにも、探り探りの行動になってしまうのは仕方がなかった。下手に動いたら、2人がいないことがバレてしまう…。
ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、百合園女学院内で情報収集をしようとは思ったものの、誰に話しかけてもOKなのか、今ひとつ判別がつかなかった。
(ジュリエットおねーちゃんたちと一緒に行動したほうがよかったのかな…)
ヴォネガットはそう思いながらも、自分なりのアプローチの方法を探していた。梨穂子ちゃんたちを探す役に立ちたい…。
(生徒会や白百合団の人たちなら、きっと今回の事件のこと、知ってるはず…)
ヴォネガットがそう思い、誰かいないかと見回したところ、中庭の花壇のところを歩いているロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)の姿を見つけた。セリナも誰かを探しているのか、周りを見回している。
「セリナおねーちゃんっ!ボク、ちょっと聞きたいことがあるんです…。あの、ヴァイシャリー湖のことなんですけど…」
「あら…。どんなことでしょうか?」
セリナは緩やかな笑みを見せた。もしかしたらセリナおねーちゃんは昨日の事件を知らないのかも…?
「あの、あの場所は立ち入り禁止とか、デートしちゃいけないとか、そんなウワサがあるみたいなんですけど…、本当ですか?」
「私はそのウワサを聞いたことがなかったのだけれど…。梨穂子ちゃんたちのこと、知っているのですね?」
ヴォネガットはこくん、と頷いてシャルロットおねーちゃんから聞いたことを話した。
「私が知っていることと、だいたい同じ内容です。私は校内でヴァイシャリーの古い歴史を知っていそうな方を探して、お話しを伺ってみようと思っているので、一緒に行きましょう」
ふたりがしばらく歩いていると、この学院に古くから勤めている庭師を見つけた。よく日に焼けた肌をして、大きなつばのある帽子をかぶっている。
「お忙しいところ、申し訳ありません」
セリナが声をかけると、いつも通り優しい微笑みを返してくれる。セリナは軽く世間話しをしてから、さりげなくヴァイシャリーの家について尋ねてみた。
「ヴァイシャリーの家系では、湖畔で愛の告白を行うと伺ったのですが…」
「そんな習慣はないと思うけどねぇ。そんなウワサがたってるのかい?それにどちらかというと、悲恋の場所だからね、あそこで告白するのは、うまいことじゃないよ」
「悲恋って、あの、何があったんですかっ?!」
「昔の話しだよ…。あたしも、昔、おばあちゃんにそんな話しを聞いたっけね。おばあちゃんもこの学校の生徒だったから。ヴァイシャリーにまつわる昔話しみたいなものでね、本当のことかどうかはわからないよ…」
セリナとヴォネガットは、花の世話の手を休めて、語りだした庭師の話しに熱心に耳を傾けた。
メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は、登校すると教室に向かうことをせず、そのまま真っ直ぐに、一緒に登校してきたセシリア・ライト(せしりあ・らいと)と共に、百合園の図書館へと向かった。メイベルとセシリアは、百合園女学院の図書館に、ヴァイシャリーに関する歴史やヴァイシャリー家に関わる資料が多く蔵書として扱われていることを知っていたのだった。
多くの本の中から、セシリアが参考になりそうな本を探し出し、メイベルがさらにその中から、昨夜、瀬蓮が送ってきた“事件”の糸口の解決になるような情報を探していた。朝から手際よく分担したおかげで、かなりの蔵書を調べることはできたものの、ヴァイシャリーび史実の中に、オケアニデスの記述はとくに見当たらず“あの娘”を特定することは難しかった。オケアニデスについて記述されているのは、海の妖精としての特性やその能力ばかりで、人を攫うというような理由もとくに見つけることは出来なかったが、オケアニデスの特性から、人をむやみに傷付けるような存在ではないことがわかった。
「でも、それならなんで、2人を攫ったりしたのかなっ?!」
そこには絶対に理由があるはず。海の妖精がヴァイシャリー湖にこだわる何かが。
「もしかしたら、史実から消されてしまったような、事実があったのかもしれないですぅ」
メイベルは本のページを繰りながら、考えていた。文献には残されていない何か、それを知らなくてはならない。
「…あの、その資料、ボクにも見せてもらっていいですか…?」
ひとつに束ねた緑の髪を揺らし、ヴォネガットが2人に近づいてきた。ヴォネガットが指差しているのは、積本の中の一冊でヴァイシャリー家の系図が書かれているものだった。ヴォネガットは、ヴァイシャリー家についての多くの本に囲まれているメイベルとセシリアが、昨夜の事件を知っているのだと判断した。
「ボク、さっき、庭師の方にヴァイシャリーにまつわる、昔話しを聞いたんです。きっと、参考になると思うんです…っ!」
メイベルとセシリアは、ヴォネガットが聞いたという話しを聞いた。
話しを聞き終わると、ある推測が立った。時代、ヴァイシャリーの系図、それからヴァイシャリーの旅行記、参考になりそうな文献を、再度探し始めた。
ヴァイシャリーの街には、普段ならこの時間には見られない学生たちが、ちらほら歩いていた。街の人たちは少し不思議に思ったが、複数人で行動している人たちも多かったため(今日は何かあるのかな?)くらいに考えていた。もちろん、学生がヴァイシャリーの図書館に入って行くことには、何の不自然もないのだから。
ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)も、和泉 真奈(いずみ・まな)と一緒に、ヴァイシャリーの図書館が開くのを待って、堂々と図書館に入っていたので、不審がられることはなかった。多くの文献を手際よく運ぶミルディアと、その文献の中から、何やら熱心に書きとめている真奈は、むしろ真面目な学生にしか見えなかった。
ヴァイシャリーの図書館には、百合園の図書館とはまた違った文献が揃えられていた。百合園の図書館は、やはりターゲットが学生、ヴァイシャリーの図書館は一般に広く開放されていたので、より広い範囲の本が所蔵されていた。ヴァイシャリー家に関する蔵書は百合園女学院の図書館にあるそれとそれほどは変わらなかったが、民話や郷土史の類の蔵書で言えば、こちらのほうが、数が多かった。
海の妖精が湖にいることは、そもそもありえないこと。なら、ヴァイシャリー湖にどうしてオケアニデスが来たのか、またいつ来たのかわからなくても、ヴァイシャリー湖に来た後の目撃談などが、民話レベルであれば残っているかもしれない。もし、過去にも人が攫われたことがあれば、民話レベルでは話しとして残されている可能性がある。民話や郷土史の古い文献とヴァイシャリーの家系図を組み合わせながら考えれば2人を取り返すためのヒントが見つかるかもしれない。
氷川 陽子(ひかわ・ようこ)は、ジュリエットから入っていたメールを朝読んで、折り返しジュリエットに電話をかけた。ジュリエットは夜のうちに事件の解決に協力してくれそうな信頼出来る友人たちに、今回の事件の一報を知らせていた。陽子が調査方法や割り振りを訪ねると、ヘンに先入観を作ってもよくないから各自の推理に任せる。報告は夕方にファルスのコスプレ喫茶で!という返答だったため、ベアトリス・ラザフォード(べあとりす・らざふぉーど)と共にヴァイシャリーの図書館へと足を向けた。ともかくオケアニデスとヴァイシャリー家の関係性を見つけることが、事件解決に一番だと考えた。
陽子とベアトリスがヴァイシャリーの図書館に到着し、さっそくヴァイシャリー家に関する文献を調べようとしたところ、ヴァイシャリー家に関する文献の多くが持ち出されていることに気が付いた。
「これは…、誰か私たちの他にも、昨日の事件について調べている方がいるのかもしれませんわ」
陽子が閲覧席に目を向けると、たくさんの積み重なった本に囲まれている百合園女学院の制服の姿が見えた。あれは、白百合団の和泉 真奈(いずみ・まな)さん…?
「和泉さんたちも、調べに来ているようですわね。白百合団の方であれば、事件のことも知っていておかしくありませんわ」
ベアトリスが陽子に声をかけると、真奈と一緒に来ていたのであろう、重い本を抱えたミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が本棚の間から姿を現した。
「お手伝いいたしますわ」
陽子がミルディアに気付いて、本の重みによろけそうになっているミルディアの腕を支えた。ミルディアは陽子に気付いて、軽く会釈をした。
「手分けして探したほうが、きっと早くヒントを見つける事が出来ますわ」
ベアトリスが後に続いた。
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