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プロローグ 運命の人


 ずっと、想ってた。
 きっとどこかにいる、私の「運命の人」。

 その人にお弁当を作りたくて、苦手なお料理もがんばってる。
 その人と一緒に食べたくて、美味しいお菓子も作れるようになった。
 その人に可愛いって思ってもらえるように、スタイルやオシャレにだって気をつかってる。

 その人の事を想うだけで、いつだって力がわいてくる。なんだって頑張れる気がする。
 その人のために出来る事が私にあるのなら、私は、決して迷わない。どんな試練だって乗り越えてみせる。
 だって、その人は、私の「運命の人」だから。



第1章 出 発


「みんなぁ、お願い、マナを助けてぇ…っ!」
 いつもほんわかした笑顔を見せるマリエル・デカトリースの表情は強張って青褪め、手には解毒薬の作り方が書かれた本が、強く握り締められていた。

 マリエルは、昨日、蒼空学園の東にある『森の洞窟』に向かったまま、未だに帰らないパートナーの小谷 愛美を心配して、学友達に助けを求め、今までの事を詳しく話した。

「ふむ。求愛者に難題を課すとは、まるで竹取物語を彷彿とさせますね。……まぁ、現在、既に失踪フラグが立っているわけですが」
 支倉 遥(はせくら・はるか)がマリエルの不安を煽るような事を呟いたため、パートナーの剣の花嫁、ベアトリクス・シュヴァルツバルト(べあとりくす・しゅう゛ぁるつばると)が慌てて遥の口を両手で塞いだ。
 英霊の伊達 藤次郎正宗(だて・とうじろうまさむね)も、パートナーの非礼を慣れない調子でフォローする。
「すまん、今のは気にするな!」
 しかし、遥の言葉でその場がさらなる不安にゆらぎ始めた。

 そんな空気を打ち破るように、愛美を救出するべくいち早く立ち上がったのは、ベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)だった。
「よし、任せろ!」
 パートナーの剣の花嫁、マナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)は、すでに教室の扉を開けて彼を待っている。
「ベア、行くよ!」

 2人が教室を走り出ると、大きなトレーにサンドイッチやおにぎり、携帯用のお茶を乗せた七枷 陣(ななかせ・じん)と、危うくぶつかりそうになった。パートナーの機晶姫、小尾田 真奈(おびた・まな)が慌ててトレーを抑える。
「おっと、悪い!」
「あとでちゃんと謝るから!」
 ベアとマナが、すまなそうに駆けて行く。
「もう出発するヤツがおるんか。早いなぁ」
「渡しそびれてしまいましたね」

 陣と真奈は教室に入ると、持っていたトレーを教壇の上に乗せた。
「差し入れだ。どうせ皆、森に行くんやろ? あんまり荷物にならずに、走りながらでもパパッと食えるもんにしといたし、持ってって腹が減ったら食べてくれ」

「それじゃ、遠慮なくもらってくぜ」
 轟 雷蔵(とどろき・らいぞう)はおにぎりを数個とお茶を手にとると、リュックにそれを押し込み、背負う。
「しかし、毒蛇の巣に単身突撃なんて……恋心ってのはすごいもんだよなぁ。…とまぁ、感心してる時間もないようだし、大急ぎでそのフラットカブトってのを採りに行ってくるからよ、安心しな」
「あ、ありがとぉ…っ」
 マリエルが青い瞳をうるませながら雷蔵に礼を言う。
「あー……マリエルだっけ? その男に一つだけ伝えといてくれ。直球で断られりゃ傷つくだろうけど、回りくどいことしたって、何の意味もねぇ。男なら正々堂々、答えてやれってな」

「同感だな」
 雷蔵に続き、アルフレート・シャリオヴァルト(あるふれーと・しゃりおう゛ぁると)が、1本しかない手でおにぎりを受け取った。
「男がそんな断り方をするものだから、愛美の生命が危険に晒されている……。直接断らないのが優しさのつもりなのか、私にはよくわからないが……。私の役目は愛美を無事に連れて帰ること。わかるのはそれだけでいい。……必ず、助ける」
「うんっ!」
 アルフレートの力強い言葉に、マリエルは力いっぱい頷いた。

「無茶も程々にしないとぉ、命に関わる事態になるんですねぇ」
 しみじみと納得するのは、ちょうど蒼空学園に遊びに来ていた百合園生のメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)だった。
「あのぉ、私、他校生ですけどぉ、この場に居合わせたのも何かのご縁ですのでぇ、私もその愛美さんの救助、お手伝いしますぅ」
「人手は多いにこしたことないもんね!」
 メイベルに続き、パートナーの剣の花嫁セシリア・ライト(せしりあ・らいと)も協力を申し出る。
「私も、力をお貸ししますわ」
 英霊のフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)もマリエルに助力を誓った。

「あ、ありがとぉっ!」

「いつも元気なマナミンの笑顔は、冒険に失敗して帰って来たワタシ達に勇気をくれるんだな。だから、蒼学の生徒ならマナミンの危機を見過ごすなんて、絶対に出来ないのでアール!
 あーる華野 筐子(あーるはなの・こばこ)がびしりと人差し指を立てた。
「マナミンのために、速攻でフラットカブトを集めてくるよ。ワタシがいつもの元気な笑顔に戻してあげるのでアール」
 そう言うと、筐子もパートナー達と共に、ありがたくお昼ごはんをもらってから、森へ出発した。

 そうして次々と協力者が現れる中、
「『運命の人』なんて、バッカじゃないの?」
 英霊のヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)が、心底呆れたように言った。パートナーのリネン・エルフト(りねん・えるふと)が感情のこもらない声でそれに同意する。
「そうね、馬鹿馬鹿しい事件だと思うわ」
「だったら行くことなんてないよ!」
 ヘイリーの言葉に、リネンは小さく首を振った。
「馬鹿馬鹿しいから、ほおっておけない。こんなことで死ぬ必要なんてないわ。だから、助けにいく」
「……〜〜っもぉ! しょうがないわね!!」
 ヘイリーはおにぎりとサンドイッチを数個抱えて、リネンを促す。
「ほら、行くわよ。言っとくけど、仕方なく、ついてってあげるんだから!」

 リネンとヘイリーのやりとりを、おろおろしながら見ていたマリエルの肩に、風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)が優しく手を置いた。
「大丈夫です。神に誓って、マリエルさんが悲しむような結末には決してさせません」
 同じ顔をした弟・風祭 隼人(かざまつり・はやと)が、優斗とは違った笑顔でマリエルを元気づける。
「安心しろよ。優斗は『神に誓った約束』を破った事はないんだぜ? 双子の俺が保証する」
 隼人のからかうような言葉に、ほんの少し表情を和らげたマリエルが、ぺこりと頭をさげた。
「どうか、よろしくお願いしますぅ」
「よし、そうと決まれば、行くぜ! アイナ、ソルラン!」
 隼人がパートナーの名を呼ぶ。
「優斗さん、私はここに残りますわ」
 優斗のパートナー、剣の花嫁のテレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)は学園に残ることを決め、優斗に代わってマリエルの小さな肩に手をまわした。
「わかりました。マリエルさんのこと、頼みます」
 優斗がテレサとマリエルに笑顔を向けたのが気に入らず、隼人のパートナー、剣の花嫁のアイナ・クラリアス(あいな・くらりあす)は、優斗の腕に自分の腕を巻きつけ、外へと引っ張っていく。
「ほら、優斗さん、急がないと約束守れなくなっちゃうよ!」
「ええ、でも、そんなに引っ張らなくても……」
 先を急ぐ兄とパートナーに構わず、隼人はサンドイッチとお茶を真奈から受け取っていた。
「サンキュ!」
「どうぞ、お気をつけて」
 真奈の優しいまなざしに、癒されるなぁ…としばし和む隼人を、
「隼人さん、もたもたしてるとアイナさんが怖いですよ」と、ソルラン・エースロード(そるらん・えーすろーど)が追い立てた。

 他にも愛美救出を請け負った沢山の学友達が、それぞれの準備を整えて森へ向かうのを、マリエルは感激の涙を堪えながら見送った。
「みんなぁ…ありがとう、本当に、ありがとぉ…っ!」

「マリエル様……」
「ひゃうぅっ!」
 突然、背後から声をかけられたマリエルが驚いて振り向くと、同じくらいの身長の浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)が、真正面からじろりとマリエルを見ている。
「ご、ごめんなさぁい……」
 マリエルが反射的に謝ると、翡翠はこれみよがしな溜息をついて視線をそらした。
 これでも翡翠に悪気はなく、マリエルの態度から、またうっかり睨むような目つきになっていたのかと反省して視線を逸らしただけなのだが、どうにも感じの悪い態度に見えてしまう。翡翠はそのまま視線を逸らしながら、言葉を続けた。
「マリエル様、先ほど、大蛇については図鑑に載っている事以外は分からないとおっしゃっていましたが、毒の色すらわからないんですか?」
「あ、え、えっとぉ……」
 マリエルは、本に挟んでおいた図鑑のコピーを取り出す。
「えっとねぇ、毒はぁ、……無色透明だって!」
 マリエルの言葉に、翡翠が舌打ちする。
「使えませんね」
 切り捨てるような物言いに、マリエルが慌てて謝る。
 翡翠としては、うっかり毒を踏んでやられました☆ なんて笑い話にもならない事が起きないよう情報が欲しかったのだが、無色透明では洞窟で水らしき物は踏まないに限るという結論しか得られない。そんな情報に対しての言葉だったのだが、マリエルは自分に言われたと誤解したようだ。
 これ以上、意図と違う事が起こらないよう、翡翠はパートナーと共に、教室を後にすることにした。

「マリエルさぁあああんっ!!」
 翡翠と入れ違いに、朝野 未沙(あさの・みさ)が勢いよく教室に駆けこんで来た。未沙はマリエルの肩をがしりと掴むと、息も荒くマリエルを問い正す。
「本当なんですかっ!? 愛美さんがっ、あたしの愛美さんが、大蛇に、大蛇なんかに、なんかすごいことされたっていうのはっ!!」
「え、えぇっとぉ……」
 未沙の勢いに、何をどこから話してよいのかわからず戸惑うマリエルに、陣が助け船を出す。
「いや多分、思ってるのと違うと思うで」
 すごい形相でこちらに顔を向ける未沙に気押されつつ、陣は事のあらましを未沙に話した。
「わかった。それじゃ、行ってくる!」
 話を聞き終えた未沙の心は、すでに愛美のもとへ飛んで行った。
「お姉ちゃん、待ってぇっ!!」
 未沙にようやく追いついたパートナーの機晶姫、朝野 未羅(あさの・みら)が今にも飛び出しそうな未沙の身体にすがりつく。
「いやっ、止めないでっ!」
「だめなの! 少し落ち着かなきゃだめなの!」
「姉さん、愛美様が心配なのは判りますけど、危険すぎますぅ」
 未羅に遅れてやってきたもう1人のパートナー、朝野 未那(あさの・みな)も、未羅をひきずって先に進もうとする未沙の行く手を阻んだ。
「落ち着くなんて無理! 危険なんてなんでもないわ! 待ってて、愛美さん。今すぐ助けてあげるからぁっ!」
 未羅を腰にぶら下げ、未那を押し戻しながら、未沙は力の限り歩を進める。
「やめとけって」
 見兼ねたレイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)も未沙を止めた。
「だって、レイちゃんっ!」
「友達が心配なのは分かるけどさ、頭に血が上った状態で突っ込んだところで、大蛇の餌食が増えるだけだろ。……俺は、ミサに傷ついて欲しくない」
「レイちゃん……」
 レイディスの真剣な眼差しに、未沙の頬が熱くなる。
「仲間が傷つくくらいなら、俺が傷ついた方がましだ!」
(……ん? なんかこのパターン、前にもあったような……)
 既視感を覚えつつ、未沙はレイディスに反論する。
「でも、何もしないなんて……無理だよ」
「わかってるって。代わりに俺らが行ってくるからさ。手当の準備でもなんでもして、待っててくれ」
「そうだよお姉ちゃん、愛美さんはきっと無事なの! ここで戻ってくるの待った方がいいの!」
 未羅もレイディスに加勢する。周りを見ると、妹達を始めグループの面々が、そうするべきだと頷いている。
「……わかった。大人しく、待ってる」
 淋しそうに言う未沙の頭に、レイディスが元気づけるように手をおいた。
「絶対、愛美を探してきてやるからな」
「うん」
 朝野姉妹を残し、レイディスとグループの者達は、一路、東の森へと向かった。
「みんなを信じて、一緒にマナを待とぉ?」
 マリエルの言葉に、未沙も今度は素直に頷いた。

「それじゃあ、さっそくぅ、実験室で解毒薬の準備しなくちゃ!」
 意気込むマリエルに、御凪 真人(みなぎ・まこと)相沢 美魅(あいざわ・みみ)が手伝いを申し出た。
「状況を考えると、毒の被害を受ける事になるのは、愛美さんだけとは考えにくいですからね。薬は多めに準備をしておいた方がいいでしょう。転ばぬ先の杖というやつです。無駄骨に終わるのが一番ですけどね」
 真人がマリエルに助言する。
「それじゃ、フラットカブト以外の材料を多めに用意しておいた方がいいですね」
 真人の言葉に、美魅はさっそく材料集めの段取りを考え始めた。
「2人とも、手伝ってくれるのぉ?」
「当たり前でしょう」
「私でお役に立てるのなら、いくらでも手をお貸しします」
 2人の言葉に、マリエルの顔に、ようやく笑顔が戻ってきた。
「ありがとぉ、それじゃあ、よろしくお願いしますぅ!」

「どうしました、月夜?」
 樹月 刀真(きづき・とうま)は、沈んだ様子のパートナー漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)に声を掛ける。
「愛美、命懸けなのに、彼には好きな人がいるって。……きっと、愛美の想いは届かない。それって、すごく悲しいこと……」
 泣きそうになるのを堪えるように、月夜が唇を噛む。
「月夜が、哀しむ事はないですよ。そちらは俺がなんとかしますから。月夜は、マリエル達を手伝ってあげてはどうですか?」
 その間、せめて月夜の気がまぎれるように。そう願って刀真は月夜に提案する。
「刀真がいうなら、そうする」
 月夜が美魅の元へ駆け寄るのを見届け、刀真は厳しい顔で踵を返した。
「やはり、行くか」
 妖艶な美少女、玉藻 前(たまもの・まえ)がパートナーの刀真を面白そうに眺めながら言った。
「当たり前でしょう。月夜の心に落ちる影は、俺が払う」
「お前は、本当に月夜に甘いな」
 そういう玉藻も、月夜のためならば動くことにやぶさかではない。

「じゃあ、みんなで実験室に行こぉ!」
「ちょっと待った!」
 いざ、実験室へ向かおうとしたマリエル達を、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が制止する。
「マリエル、愛美の今度の『運命の人』って野郎の名前、分かるか?」
「うん。どぉしてぇ?」
 マリエルの問いに、トライブがにやりと笑って拳を握る。
「決まってんだろ。愛美にきっちりワビ入れさせてやる。でもその前に、とりあえず一発殴る」
「えっとぉ、ケンカとかはぁ、よくないしぃ……」
「大丈夫ですわ、ケンカなんていたしませんわ」
 心配顔のマリエルに、アリシア・スターク(ありしあ・すたーく)が優しく声を掛ける。
「ただちょっと、純情な乙女の恋心を弄び、あまつさえ自分の欲しいものを手に入れるために危険な場所に女性を行かせる輩と、じぃっくりお話しするだけですわ」
「……アリシア様、かえって笑顔が恐いです」
 水神 幽也(みかみ・ゆうや)が、パートナーのアリシアに進言する。
「あら幽也、あなたはその男、許せないとは思いませんの?」
「いや、まあ…愛美さんも、多少行き過ぎのところがありますし……」
「まぁ! あんな男の肩をもつなんて、信じられませんわ!」
「アリシア様も暴走気味のところがありますからね。愛美さんと通じるものがあるのかもしれないですねぇ」
「……幽也、あなたとの話し合いは、その男の件が片付いてからにしてさしあげますわ」
「なぁなぁ、それで? なんて名前なんだ?」
 トライブが待ち切れず、マリエルを急かせる。
「私も是非聞きたいですね」
 島村 幸(しまむら・さち)も、きらりと眼鏡を光らせて、男の名を要求した。
「乙女心を弄ぶようなその男、同じ女としてぜひ謝らせたいですから」
「………」
 同じ女…のくだりで、一瞬静まり返ったが、幸が反応するより早く、周りの空気が危機を察知して、その一瞬は無かった事にされた。
 そして、マリエルの周りには、同じく『運命の人』を快く思っていない者達が、男の名前を聞き逃すまいと集まってきた。
「え、えぇっとぉ、確かぁ、カブトムシみたいな名前でぇ……」