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第8章 スウィート・フラット


 その少し前、蒼空学園の実験室に愛美と彼女を助ける為に毒を受けた政敏とウェイルが運び込まれた。
「マナぁっ!!」
 マリエルが愛美の身体を抱きしめる。
「フラットカブトは?」
 翡翠が聞く。
「1人分だけなら。この美也真さんに分けてもらったんです」
 真人の話は、あちこち端折られているが、結論から言えばそうなるかもしれない。
「今、薬をご用意します」
 美魅が、濾過紙で濾した液体を手にすると、未沙が横から手を伸ばした。
「出来たの!? 早く貸して!」
「え、ええ。でも……」
「これを飲ませればいいんでしょう?」
「ええ。そうなんですけど……」
 渡していいのかわからず、美魅が困ってマリエルを見る。
「ぅ…うーん。いいんじゃないかなぁ。未沙ちゃん、女の子だしぃ……」
 キラーンと未沙の瞳が輝いた気がした。パートナーの許しさえあれば怖いものはない!
 心の中でガッツポーズを決め、未沙は薬を持って愛美の枕元へ寄り添った。

「……愛美さん、もう大丈夫。すぐに良くなるからね」
 未沙は、愛美の体を起こすように抱きかかえると頭を少し後ろに反らせてから、茶色の液体を口に含んだ。愛美の頬にそっと手を添える。ドキドキと鼓動の音が皆に聞こえそうなくらい大きくなっている。そして、微かに開いた愛美の唇にゆっくりと自分の唇を合わせた。
「ん……」
 コクリ、と小さく愛美の喉が動く。
「……愛美さん?」
 愛しい愛美のぬくもりの余韻に浸りながら、声を出した瞬間、青ざめた未沙が床に向かってふらりと倒れこんだ。
「お姉ちゃん、どうしたの!」
「姉さん、大丈夫ですか!?」
 いきなり倒れた姉に、妹達が駆け寄る。
「ま…………」
「え? なぁに?」
「愛美さん?」
「〜〜〜〜〜〜まずぃ

「解説しよう」
 事態を傍観していた美也真が、実験台の向こうから話し始めた。
「フラットカブトの『カブト』はご覧の通り、土の上に突き出た茎が、カブトムシのツノのような形をしているからだが、『フラット』の由来は、『平たい』ではなく、『ふらっとするほど不味い』ところから来ている」
「うっそだぁ!」
 美羽の言葉に美也真は真面目な顔で本当だと告げた。目の前では未沙が涙を流しながら吐き気をこらえている。

 フェリシアとカチェアやリーンは、ゴクリと息を飲んだ。

 実験室の椅子や机で作ったベットは満員になり、洞窟で最初に毒をくらったレイディスは、1階の玄関ホールに、陣と真奈によって用意された簡易病棟のシーツベットに横たえられた。
 そして焔とアクアが次々に運ばれてくると、さけがフラットカブトを持って、実験室に駆け込んで行った。

「えっ!? レイちゃんが?」
 スキルナーシングを使って愛美の看護をしていた未沙の元に、レイディスが倒れたという話が伝えられた。未沙が愛美を振り返る。愛美の傍にはマリエルがいて、手を握っている。
(今、愛美さんの傍には、マリエルさんがいるけど……)
 未沙は、実験室を後にし、1階のレイディスの元へ向かった。

 さけが運んできたフラットカブトは、準備が整っていたこともあってすぐに材料として使用され、解毒剤が作られた。運び込まれた順番に薬が渡される。

「こ、これ、口うつしじゃなきゃ、ダメ…なんですか?」
 フェリシアが赤面しながら言った。
「まさか」
 美也真が言った。
「とろみをつけて、スプーンで少しずつ流し込んでいけばいいんだよ」
 フェリシアはちょっぴり残念そうに、カチェアとリーンはちょっぴりほっとして、それぞれのパートナーの口に含ませていった。


 その頃。1階の簡易病棟では、助っ人に来た真人が、患者たちの熱が一様に高いことに気がついた。
「……よし!」
 真人は、彼らのために、氷術を使って氷を作り出す高速製氷マシーンとなった。
 彼は、熱にうなされて運び込まれる患者たちのために、SPの続く限り氷を作り続けるのだ。
「これで、氷が足りないとは言わせません!」

 真人の作りだす氷で、陣や真奈、焔を運んできたまま手伝う事になった陽太が患者の看護をする中、筐子がフラットカブトと防師を抱えて戻ってきた。
「パートナーをお願い! 怪我してるんだ。実験室にカブト届けたら、すぐ戻るから!」
 近くの陽太に防師を頼み、筐子は階段を駆け上がる。


「……レイちゃん、もう大丈夫だよ。レイちゃんも、あたしが助けてあげる」
 未沙は出来たばかりの薬を手に、レイディスの頭と顔を腕で支え、ほんの一瞬だけ躊躇ったが、覚悟を決めて解毒薬を一気に口に含み、レイディスの唇に自分のを重ねた。
 液体が、レイディスの喉を通る。未沙は、ゆっくりとレイディスから唇を離した。
「……未羅、未那、あと…お願い」
 ふらっと倒れる未沙の頭を未羅がクッションで受け止め、未那がお茶を差し出す。

 しばらくして、レイディスが気がついた。
「レイちゃん、大丈夫?」
 自分を覗き込む未沙に気づいてその名を呼ぼうとしたレイディスは、勢いよく横を向いて口を押さえた。
 未那がレイディスにもお茶を出す。
「な、なんだ、この味……」
「解毒薬だよ」
「ああ、俺、蛇に……あれ? 解毒薬ってことは、その……もしかして…?」
 未沙の頬が赤くなる。
「……ん…えっと」
「あ、あのね、でもね、愛美さんにも飲ませたから、……ごめんね、ファーストキスじゃなくて」
「いや、別に、同じ日にしたんならそういうカウントとかは…いやっ、そうじゃなくて!……だからりつまりそのなんだ……ありがとな、未沙」
「ん……」
 二人はお互い顔を真っ赤にして、しばらくうつむいていた。


「お薬出来ましたよ」
 美魅の手から薬を受け取ったショウは、ガッシュに後ろを向かせると、迷うことなくそれを口に運び、唇を合わせてアクアの喉に薬を流し込んだ。
「ぅ……ん」
「アク……あ…!?」

「お兄さん、もういいですか?」
 素直に後ろを向いて目をつぶっていたガッシュが問いかけると、背後で人の倒れる音がした。振り向くとショウがかろうじてアクアを支えながら倒れこんでいた。
「ぎゃーっ! お兄さん、お姉さんしっかりーっ!!」

 背後で聞こえるガッシュの悲鳴に、美魅が罪悪感を覚える。スプーンで飲ませやすいよう、トロミもつけたので、あとをひく不味さは格別だろう。
(それでも、多少はましになるように、うんと甘くしたんですけど……)
 その解毒薬は、作成に携わった者達によって、こっそりと「スウィート・フラット」と命名されていた。


「それでは、私が気道を確保します。始めてもよろしいですか?
 ルナがアリシアに問う。
「ぅ、うん! 大丈夫。がんばる。がんばれるよ、焔のためだもん!」
 自分をかばって大蛇の毒牙にかかった事を思うと、涙が出る。
「では、始めましょう」
 ルナの言葉に、アリシアはぐいっと涙を拭った。ルナが焔の頭を膝に持ち上げ、気道を確保する。
 アリシアは、解毒薬をスプーンで掬うと、焔が苦しくなったりしないよう、ゆっくり、少しずつ焔の口に解毒薬を流し込んでいく。
 しかし、慎重になるあまり、その作業はとても時間がかかった。
「かわりましょうか?」
 見かねたルナが声をかけるが、
「ぜったい、だめっ!」
 アリシアは、その役目を誰にも譲りそうになかった。薬は、あと半分残っている。


「おい、大丈夫か? 薬が出来たぞ」
 雷蔵は、翔子の背を支え、薬をスプーンで口の中に流し入れる。
「……ぅ」
 一番最後に毒を受けただけあって、時折意識が浮上してくる翔子を励ましながら、薬を飲ませ終えると、そのまま、ひたいのタオルを変えながら、看病を続ける。
 しばらくして、翔子がぼんやりと目を開いた。
「おう、気がついたか?」
「……あれ? あた…ぐっ…」
 翔子が吐き気を止めようと口を押さえる。雷蔵がその背をさすってやりながら、差し入れのお茶を翔子に差し出した。一気に飲み干した翔子の息は荒い。
「な…なに!?、このマズイの!」
「フラットカブト入り解毒薬」
「それじゃ、ひょっとして………ボクのクチビルをっ!?」
「いや、そこまで命知らずじゃねぇから」
 雷蔵は、大きな手でもう一度翔子の頭を膝の上に戻し、落ちてしまった額のタオルを新しいのに変えてやる。
「まぁ、こうなっちまったのも、俺が変に頑張っちまったせいだしよ」
 雷蔵が申し訳なさそうに言った。
「気持ちわかるよ。ボクもフラットカブトやあの洞窟に夢中になっちゃったもん。でもやっぱり、ひどいめにあっても、面白い事だったり、珍しいものに出会っちゃうと…わくわくするなぁ……」
 洞窟での戦いの疲れも手伝って、翔子が眠りについた。
 雷蔵は眠る翔子の手に、余ったフラットカブトを握らせ、起こさないようそっと離れた。