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リアクション
第9章 恋の行方
「おや?」
学園に戻った遥は、実験室にいる見知らぬ青年に目を止めた。
目のあった美魅を手招き、あれは誰かと尋ねると、愛美の例の『運命の人』だという事が判明した。
実験室の喧騒から離れ、しばし一人で窓の外を眺める。
「いやぁ、日が暮れるのが早くなりましたねぇ……」
穏やかな秋の夕暮れを見つめる遥の額には、冷や汗が滲んでいた。
実は、『運命の人』本人が実験室にいるとは知らず、大学部でちょっとした『噂』を流して来てしまっていたのだ。
「名うての詐欺師が蒼空学園の大学生を装って、雨の日に傘を貸すというベタな手法で女性に近づき、詐欺行為に及んでいた」とか、「その男は、幼女・熟女・老女・ゆる族と、節操無く手当たり次第に女性に声をかけていた」とか。その上「事が発覚しそうになった被疑者は、既にパラミタを出奔。『ちょっとガンダーラに言ってくる』などと周囲に漏らしていた」なーんてことを、大学のあちらこちらにバラまいて、愛美の目を覚まさせ、且つ、愛美ファンの報復が相手に行かないよう工作したつもりだったのだが……。
(まさか、本人の面が割れちゃうとか。……想定外です)
この後の展開が予想できずに、ちょっぴし焦る遥だった。
(まぁ、大丈夫でしょう。名前を特定して流したわけじゃありませんから……ね?)
「遥!」
パートナーのベアトリクスと藤次郎正宗が駆け寄ってくる。
「2人とも、お疲れ様。首尾はどうでした?」
「校長は出掛けてて…」
「何の話も出来なかった」
「そうですか。……まぁ、仕方ありませんね。まなみんが目を覚ましたら、新しい計画を練りましょうか」
遥は、2人と共に、もう一度実験室の扉を開けた。
「……ん」
そうとう毒が回っていた愛美が一番最後に目を覚ました。
体の傷や蛇の噛み傷は、ミミがヒールで治してくれていた。
「マナ?」
「……マリエル!」
マリエルの優しい呼び声に、飛び起きた愛美がそのままふらっと倒れるのを、未羅がクッションで受け止めた。
愛美はお茶をのんで人心地つくと、意識を失う前の事を思い出した。
「そうだ! 私、フラットカブトを採りに行かなきゃ!」
その瞬間、学友達が、愛美の無事を喜ぶ顔から一変、鬼のような形相で愛美を取り囲んだ。
「あ…あれ……?」
「どうも、わかってないようですね……」
翡翠が、怒りのオーラを発散させながら、愛美を見据えた。
「好きな人の役に立ちたいという気持ちは解らないでもないですが、その為に二次被害を広げるのは効率が悪すぎます。一体何人の方が、愛美様の為に命を落とし掛けたと思ってるんですか。……その上、こんな大勢に心配掛けて」
「……ごめんなさい」
「いいですか、まず、情報収集と事前準備がどれほど重要なのか……」
「翡翠、なんか、ちょっと話がずれてきたし、もうその辺でいいじゃない。愛美さんも反省しているようだし……」
「いやいや、一理あるぞ」
ベアが腕組みをして愛美を見据える。
「大体なぁ、本当にフラットカブトが欲しいっていったのか? ふらっと被ると何かが出てくるマジックの研究中だったかもしれないじゃないか! よく確かめもせずに……」
「ベア、とりあえず黙っててくれる?」
今回ばかりはマナも冷たかった。
恭司が、森で拾った愛美の携帯電話を返しながら語りかける。
「話を戻しますが、彼らが怒っているのは、君が心配だからです。俺と同じくね」
愛美が小さくうなずいた。
「なのに、愛美が、自分が危なかったことより、フラットカブトの事を言ったりするから……」
アイナも愛美に言いたい事があった。
「ねえ、よく考えてよ。女の子をあんな危険な場所に一人で行かせる様な人は、絶対にロクな奴じゃないからやめた方が良いよ?」
「そんな事ないよ! きっと、美也真さんも知らなかったんだと思うんだ。最近、ずっと不機嫌だったし。でも、フラットカブトが手に入れば、最初に逢った時みたいな優しい美也真さんに戻ってくれるよ? 美也真さんってね、すっごく優しく微笑う人なんだよ」
優斗が辛そうに眉を寄せる。
「僕なら、好きな女の子にそんなことなんかさせません。本当に好きなら、僕だったら絶対に愛美さんを危険な目になんて合わせません!」
優斗の突然の告白に固まったのは、愛美ではなく、兄弟とパートナー達だった。
「私、美也真さんに喜んで欲しくて。ずっと『運命の人』が現れたら、なんでもしてあげたいって思ってたから……」
「そんな無茶言う相手が運命の人のわけあるかっ!」
ヘイリーがたまらず怒鳴った。
「『運命の人』だもん! 絶対、今度こそ、あの人こそ、私の『運命の人』だもんっ!」
「『運命の人』だか何か知らないが、そんなことで命を危機に晒すんじゃない、愚か者め!」
イーオンが愛美を一喝する。
「………だって、本当に、ずっと、捜してたんだもん……。逢えたら、嬉しくて、嬉しくて、なんでもしてあげたいよ……」
愛美の目からはらはらと涙がこぼれおちる。
「マナ……」
マリエルが、愛美の手をぎゅっと握った。
「それじゃ、本当に運命の人かどうか、本人に聞いたらどうだ?」
誠治達が、美也真を愛美の元に引きずってきた。
「男は誠実であるべきだよな、美也真さん」
誠治が、美也真の肩を押す。
「正直に気持ちを伝えないと、何も終わらないし、始まりもしない。そうだろ」
佑也もまた美也真の肩を押して、愛美の前に立たせた。
「や、やだっ!」
愛美は頬を染め、髪の乱れや服装を気にしはじめた。
「美也真さん、私の事、心配して来てくれたの? ごめんね、こんな格好で、私……」
「ごめん」
「…………え? ……どうして、あやまるの?」
「俺、知ってたんだ。この近くでフラットカブトが採れるのが、あの毒蛇だらけの洞窟だけだって事」
「そうなの?……あ、ごめんね。私、美也真さんが思ってるほど強くなくて……頑張って強くなるから、そうしたら……」
「違うんだ!……っだから! どうしてそう自分に都合がいいようにばっかりとるんだよ! 俺がいつ君のことを運命だとか、好きだとか言ったんだ? 毎日毎日まとわりつかれて、友達にはからかわれるし、好きな人にまで年下の彼女? なんて聞かれて、ホント、迷惑なんだよ!!」
「そんな……美也真さん…」
愛美のか細い声をかき消すように、美也真の頬が思い切りひっぱたかれた。
「いくらなんでも、言いすぎだよっ!!」
沙幸が、じんとしびれる手を握りしめる。
「もとはといえば! あなたが、愛美にはっきり断る勇気がなくて、その気もないのに『付き合ってもいい』なんて言ったからここまで事が大きくなったんでしょ! それなのに、全部愛美が悪いみたいに言わないでっ!!」
興奮しすぎた沙幸の目がうるんでいる。
「だいたいっ、好きな人に誤解されるのが嫌とかって聞いたけど、言葉で伝えることが出来ないなら誤解される仲にもなれていないんじゃない!!」
「すげぇ、当たってる」
トライブがぼそりとつぶやく。
「…っホント、無神経で信じられないっ、これだから男の人は嫌いなんだもん!」
愛美の代わりに泣き出す沙幸を、美海が宥める。
「私も、同感です!」
沙幸に触発され、ベアトリーチェも美也真に意見する。
「無責任な発言で、愛美を危険な目に遭わせたことも許せませんが、何より、パートナーのマリエルにも心配をかけさせたこと、他の方にまで命にかかわるような迷惑をかけたこと、どれをとっても、さきほど程度の『すまん』などという謝罪では許されることではありません!」
2人の女性の泣きながらの抗議に、反省した美也真が、もう一度、きちんと愛美に向き直り、愛美と、その周りの面々に深々と頭を下げた。
「本当に、申し訳ありませんでした」
顔をあげた美也真は、ようやく、まっすぐ愛美を見た。
「俺には好きな人がいます。それは君ではありません。俺は、君に『もう来るな』とすら言えなくて。だから、君が実行不可能な話を持ちかけたんだ。そんな気の弱い卑怯者は、君の『運命の人』なんかじゃないよ」
――愛美が泣く。
そう思った瞬間、愛美は、明るい笑顔を浮かべた。
「なぁーんだ、そうだったんだ。それじゃ、美也真さん、すっごく迷惑だったよね。私の方こそ、ごめんなさい!」
「マナ…?」
マリエルが心配そうに声をかける。
「あっ、ねえ、フラットカブト余ってたりしないかな?」
「あ、俺が予備を持ってるぜ」
雷蔵が愛美にフラットカブトを差し出した。
「もらってもいい?」
愛美のお願いに、雷蔵がうなずく。愛美は、まだ少しふらつく体で美也真の前に立ち、フラットカブトを差し出した。
「これ、お詫びです。受け取って下さい」
美也真が、躊躇いがちにそれを手に取る。
「今まで、ごめんなさい」
美也真が手にしたフラットカブトを握りしめる。
「……ひどいことして、ごめんな」
美也真は愛美に背を向け、実験室を出て行った。
「マナ」
マリエルが愛美の肩に手を回すと、愛美はいつもの笑顔を向ける。
「えへへ、私ってば、ほんとドジだよね、また…っ」
愛美の笑顔がくしゃくしゃにゆがみ、大粒の涙があとからあとからあふれ出る。
「…っま、またっ、間違えちゃった……っ」
女の子達が愛美を囲み、ぎゅっと抱きしめた。
「愛美、皆でミスドいこ?」
沙幸が、恋の痛手をスイーツで癒そうと提案する。
愛美は、未だこぼれる涙に頬を濡らしながら、その言葉にうなずいた。
「人間、恋に臆病なくらいがちょうどいいってね」
遥が、友情に包まれて泣いている愛美を温かく見守りながら、そうつぶやいてみた。
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