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彼氏彼女の作り方 1日目

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彼氏彼女の作り方 1日目

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どこまでも純粋に大胆に! 自分だけのクッキー/前編

 こっそりとグラウンドに出てきた筐子のパートナー、アイリス・ウォーカー(あいりす・うぉーかー)一瞬 防師(いっしゅん・ぼうし)は自分たちのチームを呼ぶための会場を作っていた。預かっていた鉄板4枚を繋ぎ、それをおける自然のコンロを石の土手で作り上げ、火はもちろん炭火を用意している。
 火熾しの腕はあっても、15cmと小さな身長の防師には道具を運ぶことは出来ないので、アイリスの肩に乗り2人協力して鉄板の準備を整えた。
「ポット用の炭火も用意出来ましたし、まずまずの出来ですわね」
 そんな巨大クッキーの元となる生地は、どんな物なのだろうか。プレーンやココア、チョコチップにジャム……元がシンプルだからこそ多彩なアレンジの利くクッキーは、簡単なようで難しいものだ。グラウンドから思いを馳せる調理場では、ベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)マナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)が……主にベアが悪戦苦闘している。料理の得意なマナに手伝ってもらわなければ、悲惨な目に遭っていたかもしれない。
「よっし、バターを白っぽくなるまで練……あれ? こう、滑っ……うりゃっ!」
「なにやってんのよ、この馬鹿熊! 硬いまま潰そうとしたら、ボールの中で滑るに決まってるわよ!」
 力仕事は任せろとボールを取り上げるので、その際に小麦粉を振おうとしていたらこの有様。奪い取るように取り返すと、そこにあるはずのバターがなかった。
「……さ、さっきまではあったんだぞ、ちょっとそこまで旅に出たみたいでな?」
「あんたが旅立たせたんでしょっ!?」
(やっぱり、料理は任せて力仕事ばかりするべきだったか……)
 なんとかいいところを見せたくても空回ってしまうが、今日はここで折れてやるわけにもいかない。なんとか名誉を挽回するべく、ベアはサポート係にアドバイスを貰いに行くのだった。
 そして、同じく巨大クッキーに参加している魚住 ゆういち(うおずみ・ゆういち)はというと、クッキーの生地を作るのに必要なのか大きな発砲スチロールを抱えて調理台にやってきた。
「やっぱり、鮮度が違うと色がいいな。このために実家から持ってきただけあるぜ」
 うんうんと箱の中をご満悦に見つめているが、ゆういちの実家は名前の通り……クッキーと相性の良い材料があるとは思えないのだが、にこやかな笑顔をしているのなら素晴らしい素材には違いないのだろう。
 さて、そんな大がかりなクッキーを用意している傍らでは普通のクッキーを楽しく……かどうかはわからないが、真剣に作っている様子が伺える。
 白波 理沙(しらなみ・りさ)は普段から料理をするようで手際よく生地を捏ね始めている。バターを練ったり粉をふるったりすることで既に躓いている参加者もいる中、かなり要領のいい方だと言えるだろう。しかし――
「どいつもこいつも人目を気にせずっ! パートナーといい感じになってるから付き合ってるのか何なのかどっちなのよって感じだし」
 手際が良いと言うよりも、怒りにまかせて生地を叩きつけているようで、これが麺類だったならば素晴らしくコシの強い麺が仕上がったことだろう。今回作っているのがクッキーであることが残念でならないが、彼女の叫びはまだ続く。
「そもそもさー、恋愛っていったって学校代表みたいな男はレベルが高いってより濃いのばっかりだし!」
 何度も織り込むようにして叩きつけられてきた生地は、まだ怒りが収まらない理沙によってぐんぐん引き延ばされて行ってしまう。これでは、本当に何を作っているのかわからない。チェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)は心配そうにその様子を見守った。
(なんか今日の理沙さん、違うものが憑いてるみたいですわね……)
 触らぬ神に祟りなし。いつもの様子と全く違う彼女の様子を見て真っ先に浮かんだ言葉だ。いつもならば料理を手伝い、その度に失敗しては呆れられながらも手伝ってくれる理沙。しかし今日は確実にその怒りを被ることになるだろう。クッキー生地を見ながら、明日は我が身かと余計なことは言わず、ただ大人しくしていようと物音すら立てないでじっとすることにした。
「て、いうか私なんでパートナーは女ばっかりなのワケ? 嫌がらせだわ……」
 キッと睨まれた気がして一瞬びくりと震えるチェルシーだが、こちらに向けられた表情はいつもの物だった。
「ねぇ、型抜きクッキーとナッツクッキーならどっちが食べたい?」
「え、あ……と、型抜きならわたくしもお手伝いできるかと……」
 おずおずと言えば、にっこりと微笑んでココアや抹茶を用意し生地を均等に分け始める。粗方愚痴り倒してスッキリしたのかもしれないとチェルシーが声をかけようとしたとき、その柔らかな空気は一瞬にして殺気だった物へと変わる。
「やっと出逢いっぽい切欠は掴めたけど! だからって遅すぎじゃない!? もっと早かったら学校行事がどれだけ一緒に過ごせたか分かってるの私の恋愛運ッ!」
 色を付けるための食材が足されたことにより、またも叩きつけられていくクッキー生地。捏ねに捏ねまくったそれは、パン生地のようにつやつやと光り輝き始めている。
(り、理沙さん……わたくし、お手伝い出来るのでしょうか)
 型抜きこそは手伝えることを信じて、理沙の怒りが収まるようにチェルシーは祈り続けるのだった。
 そんな様子を見ていたラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)は、参考になるとばかりに理沙の動きをメモにとっている。
「やはり料理は盛大にやらねぇとな! チマチマやったってしょうかない」
 どうやら豪快な捏ねる作業を見習うつもりらしいが、ラルクほど筋肉質の男が力任せに行動すると作業台が壊れてしまうかもしれない。しかし、それを止めるべきはずのアイン・ディスガイス(あいん・でぃすがいす)は、手順を聞けば自分に無理だと悟ってくれるだろうと、我が子の成長に期待して自分は紅茶を淹れるのに真剣だった。
 子供は何をしでかしてくれるかわからない。良い子ともあれば悪いこともあるだろう、おかん属性の方々には目を離さないでほしかったのだが……それはもう無理のようだ。
「料理か……アイツを釘付けにさせるにはもってこいの手段だな。まず小麦粉をふるって……? 白い粉のことか」
 聞いたとおりに作れば問題ない。そう思って調理場に所狭しと並べられた材料の中には白い粉は数種類。こだわりがある調理が出来るようにと小麦粉も砂糖も数種類揃えられており、腕に自信がある者なら好みの食感の物が作れるようになっている。
 しかし、何が何だかわからないラルクはないよろある方が困らないだろうとクッキーの材料だけでなくカップケーキの材料まで持ってきてしまっていた。
「んー……このサラサラしたヤツなら上手く行きそうな気がするな。ふるわなくてもよさそうだし」
 そう手に取ったのは、あろうことかベーキングパウダー。カップケーキでさえほんの少ししか使わないそれをザバザバッとボールにいれていく。そして、次に手を伸ばすのは業務用の紙袋に入った砂糖だ。
「やっぱ甘い方がいいし砂糖思いっきりいれるか! 男は豪快にどばどばーってな!!」
 本人はえらく満足げだが、周りから見ればべっこう飴でも作るのかと聞きたくなるほどの凄まじい量。思い人のことしか頭にないラルクにとって他人の視線は気にする必要性もなく、ボールに並々と砂糖を加えてしまった。
 それを見かねたのか、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)はラルクにこっそりとアドバイスをしに来た。
「最初にバターを白っぽくなるまで練るんだ。砂糖や小麦粉はその後だぜ」
「おお、そうか! そういやそんな話も聞いたな……助かった!」
 ウキウキと準備をし出すラルクと巨大なボールに用意された砂糖を見比べて、このまま作られると危険物にしかならないと少しだけ自分たちのグループ用にボールに移して持ち去るのだった。
 自分たちの作業台に戻れば、ユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)は0.1gの単位まで正確に計った材料で教えられた手順通り作っている。まさにそれは見本となり得る姿で、ラルクと同じく初めてお菓子作りをしているとは思えない。
(これは性格だろうな)
 ちらりともう1人のパートナー、ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)の方を見れば楽しそうにバターと戯れている。
「ユノちゃんユノちゃんっ! 見て見てー、バターなのに生クリームみたいだよ! ケーキに塗ってたら騙されちゃうかも」
「……そうですね」
「コレがクッキーになるんだよね、凄いなー」
「……ええ」
 料理は呼雪に任せっきりで得意ではないファルにとって、1から自分で作ってみるのは新鮮だったようで、普段食べているものがこうやって出来上がっていくというのが楽しいらしい。すっかり柔らかくなったバターをいつまでも練り続けていて、このままでは溶けきってしまうかもしれない。
「ほら、砂糖。どうせまた混ぜるんだから入れたらどうだ」
 とってきた砂糖を置くと、計量カップで砂糖を掬う。大まかな感じだが、料理を作り慣れてくるとだいたいの感覚で作れるようになってくるので、呼雪はそのままファルのボールに入れようとしたのだが、ユニコルノに取り上げられてしまった。
「…………」
 そのまま素早く電子計量器で別のカップを乗せてその重さを引き、呼雪が掬った砂糖を入れてきっちりと計る。多少の誤差があったようだが、スプーン1杯多いくらいのその誤差が彼女にとっては許せないものだったらしい。
「どうぞ」
「……ありがとう」
 あまりの几帳面っぷりに呆気に取られていると、自分の任務を全うしたと言わんばかりに作業に戻ってしまった。
「コユキ、お砂糖ー」
「あ、あぁ」
 ファルの催促でボールに少しずつ入れてやると、彼の口からはひっきりなしに友人の名前が出る。この前は誰と遊びに行った、今度はどこにいこうとお手紙を書いた、上手く出来たら誰にあげるんだ……そんな楽しそうな様子とは裏腹に、ユニコルノはただ黙々と作業をするだけ。
「ユニ、こっちに来て一緒にやらないか?」
 声をかけられれば、じっとこちらの様子を見て黙って隣へやってくる。別に人嫌いというわけではないが、少し他人と交流するのが苦手と感じているのかもしれない。
「少しドライフルーツか何か貰ってくる。2人はそのまま続けてくれ」
 せっかく色んな人が集まっているのだから、その場限りでも他の人と交流を持って欲しい。呼雪はパートナーたちが楽しめるようにと、1人で参加している人はいないかと探しに行くのだった。
 もちろん1人で参加している人もいるだろうが、仲良し組で参加している人もいる。講座の名前こそ「恋愛講座」だが、新しい出逢いに期待するのではなく、今まさにと隣にいる人物に好かれるために参加を決意した志位 大地(しい・だいち)ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)に良いところを見せてやろうと意気込んでいた。
 その努力は涙ぐましいものだが、さらに涙を誘うのは相手が鈍感であることよりも、ドジっこ過ぎて被害を被ることよりも、ティエリ―ティアが男性であることに気付いていないことだ。
 女性が好きな大地にとって、それは思わぬ誤算だっただろう。そんな空回り劇場が今日も繰り広げられることになった。
「わぁああっ、大地さん凄いですねー。もう生地っぽくなってる」
 それに比べて……と視線を落とす自分のボールは、何やら分離してしまって上手くまとまらない生地の欠片と思しき物たち。バターが少なかったのか、粉を入れすぎたのか原因すら思い当たらなければ、薄黄色いはずのクッキー生地が思いの外茶色くなっている。もちろん、ココアもコーヒーも入れた覚えはない。
「喜んで頂くためでしたら、これくらいおやすいご用ですよ。ティエリ―ティアさんのクッキーは何味ですか?」
「んー? えっと……わかんないー。普通のだよー?」
 本人は普通に作っただけなのだから、何味かと聞かれてもプレーン以外の何物でもない。けれども、その色味から何か仕掛けてある物があるのは確実だと思っている大地は密かにそれを楽しみにしていた。
(ふっ……バレバレなのに秘密だなんて可愛いですね)
 彼の料理の腕を知ってか知らずか大地は幸せな考えにたどり着いたようで、特に言及されなかったのでティエリ―ティアもまた笑って誤魔化すことにした。
 実は、バターを練る際に硬いからとボールを直火にかけて溶かし、そのまま他の材料を量っていて焦がしバターにしてしまった中に黒糖を放り込んだ。熊の形を作りたいからココアを入れようとは思っていたのだが、今となっては焦げ茶色になってしまい想像以上の色合いだ。
(あれー? 混ぜたら白くなるんじゃなかったっけ……?)
 混ぜ方が足りないのかな、とグルグル泡立て器で混ぜる物だから、バラバラの欠片たちは全て泡立て器の中に入り込んでしまった。
「あれ? おかしいなぁ、おかしいなぁ、どうしよう」
 混ぜるべき道具の中に詰まってしまったら、材料を混ぜることは出来ない。どうしてそうなったのかも分からないまま困っていると、大地が木べらを差し出した。
「ある程度生地がまとまってきたら、これで混ぜるといいですよ。それか、直接手で混ぜてしまっても良いですね」
「そっかぁ、大地さんは何でも知ってるし優しいなぁ……そういうところが大好きです!」
「お、俺もティエリ―ティアさんのことが……っ!」
 勢い余って抱きつこうとした瞬間、泡立て器の中身を取り出そうと振り上げたティエリ―ティアの肘が運悪く大地の顔に当たる。その衝撃で目標を誤ったのと、もともとそそっかしい性格が相まって、しっかり握っていたはずだった泡立て器は手をすっぽ抜けてどこかへ飛んでいってしまったようだ。
「きゃううう!!! ごっ、ごめんなさい!!! 大丈夫ですか?」
 ぶつかってしまったことを詫びようと全力で謝る様子が小動物のようで、ひらひらと揺れるピンクのエプロンがさらに可愛さを引き立たせ、大地は別の意味で立ちくらみを起こしていた。
(か、可愛いですティエリ―ティアさん……っ!)
 思えばこの講義が始まったときもそうだ。新鮮な私服姿に眼福だと感動していたところ、エプロンが結べないともたついているティエリ―ティアは卒倒しそうなくらいの愛らしさだった。普段から紳士的な立ち振る舞いを心がけているというのに、度々くるグッと堪えなければならない衝撃。こうして、解けない誤解は深くなっていく一方のようだ。
「大丈夫ですよ、女性の力に倒されてしまうほどヤワではありませんから」
(……違うんだけどなぁ)
 けれども、仲良くなって日がたってしまっては否定する勇気もない。ただにっこりと笑いあう2人を邪魔するように、天井から落下物に狙われた。
「危ないっ!」
 こんな講義の最中に狙ってくるなど思いもしなかったが、好きな人ぐらいは格好良く守って見せる! と落ちてくる物と進路を確認するべく大地はティエリ―ティアを背中に隠すようにして天井を見上げた。
 ――ベチャッ
「あー、あったぁ」
 天井から真っ直ぐに落ちてきた物。それは、先ほどティエリ―ティアが吹っ飛ばした泡立て器だった。勢いよく飛び天井にクッキー生地を接着剤としてくっついていたのだろう。耐えきれなくなったのか時間差攻撃を仕掛けてきたそれは、重たいクッキー生地を下に落ちてきたので大地のダメージは最低限に済んだ。
 しかし、好きな子の前で顔面を汚してしまうというのはプライド的には大ダメージだろう。
「大地さん〜、それまだ使えるかなぁ? もう1度やり直しかなぁ……あ、痛くないですか?」
 何よりも優先事項は生地の心配という点で大地の思いが伝わっているかという質問が愚問であることがわかる瞬間。しかし、それでも彼がめげることはない。
「お家でこのような目に遭わないよう、手ほどきさせて頂きます。顔を洗い終わったら作り直しましょう」
「はぁーい」
 本人に悪気がない分、そのドジっぷりは許容出来るものらしい。もしこれが、遠ざけようとする作戦の一部なのだとしたら、講座に参加するまでもないくらいに策士だろう。
 しかし、どちらであったとしても大地は幸せなのかもしれない。「好きになったら負け」とは昔の人は上手く言ったものだ。