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彼氏彼女の作り方 1日目

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彼氏彼女の作り方 1日目

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後片付けも忘れずに! 完成後のお茶会

 上機嫌の倉田 由香(くらた・ゆか)に用意されたティーカップ。そこにはなみなみと彼女こだわりのミルクティーが注がれていて、ルーク・クライド(るーく・くらいど)の背中には冷や汗が伝う。そんな恐怖感に襲われることのない、葉月 ショウ(はづき・しょう)ガッシュ・エルフィード(がっしゅ・えるふぃーど)が近くの作業台でやっていたからという理由で巻き込まれることになっているのは、運がないとしか言いようがなかった。
「……由香、もう1度確認するぞ? ちゃんと紅茶の葉だったんだよな、妙な調味料とか薬品とか……」
「もう、いいから騙されたと思って飲んでみてよ!」
 何度も何度も確認された材料や手順。そりゃあ料理の腕は壊滅的だと自分でも思う。苦手だと言い切れるくらいに自覚しているから、無理矢理誰かに振る舞おうとは思わない……克服したいとは思うけれど。
(でもこれだけは、絶対に自信あるんだから!)
 料理が苦手と言い切れるのと同じように、得意だと言い切れる物。それが、由香にとっては父に叩き込まれた紅茶を淹れることだった。けれども、同じ料理というジャンルに属してしまうためか、自分の腕を知っている物からは全く信じてもらえず腕を振るえないままだった。
「なんか、ミルクティーに合う葉とか色々あるんだろ? ガッシュも色々教えてもらったみたいだし、良かったな」
 こくり、とまだ慣れてはくれないのかショウの後ろに隠れて頷き、由香も驚かさないように微笑み返す。そんなやりとりを見てしまうと、自分だけが由香を悪く言っているようにも思えてきて、覚悟を決めてルークは一気飲みをした。
「…………あ?」
 ぱちぱちと瞬いて、空になったカップを驚いた顔で見つめている。その様子に少し得意げに笑う由香はルークからどんな言葉を聞けるのかと次の言葉を心待ちにしていた。なのに、ルークはいまいち信用しきれていないのか、ショウたちの方を見ている。
「ガッシュが淹れてくれたヤツが先だったんだな。初めてにしちゃ上出来じゃねぇか」
「え? これって由香のだろ、ガッシュのはそっちのポットだもんな?」
「うん、先にお手本……見せてくれるって」
 まさか、ともう1度空になったカップを見つめる。あの、伝説的な料理を残した由香が? 思い出すのもおぞましいほど調理場を悲惨な状態にした由香が? 料理か実験か改造かむしろ事故現場かと目を疑う調理スタイルを披露してくれた由香が?
「この葉、渋みもないしミルクを使っても香りがブレないから、るーくんにも気に入ってもらえると思ったんだけど……」
 ずっと紅茶を淹れる機会も無かったし、感覚が鈍っていたのかも知れない。何も言葉を返してくれないルークに不安になってくる。料理の1つもまともに出来なくて、やっと得意な物を振る舞えたと思ったのに、それがダメになっていれば自分の取り柄がなくなってしまう。
「すげぇ……すげぇよ由香! こんな特技、なんで隠してたんだ?」
「隠してないよ、るーくんが信じてくれなかったんでしょ?」
 ちょっとむくれながらもおかわりを用意して、もう1杯注ぐ。白磁のカップに揺れるのは、どこからどう見てもミルクティーで、今までのように怯えなくていいんだとルークもついつい飲み過ぎてしまう。
「じゃ、これは俺とルークが作ったカップケーキな」
 ココアと板チョコを持って来て、自分たちでチョコチップを作るところから始まったので、大きさはまちまちになっている。けれども、それが逆に手作り感があって良い雰囲気になっており、のんびりと本を見ながら作られただけあって美味しく仕上がっている。
「わ、中もチョコがいっぱい詰まってるんだね」
「そうそう、売り物のってなんか少なく感じるんだよなー……甘いのは、疲れが取れるっていうし」
 好きな物をたくさん入れたり、苦手な物を減らしたり。それが出来るから手作りは楽しいかもしれない。けれど、毎日続けるのは大変だろうと家で待っているもう1人のパートナーに想いを馳せる。
 いつも任せっきりにしている分、たまには2人で持て成してやろうとこっそり家を出てきたけれど、きっと今頃は夕飯の買い出しにでも行ってるのかもしれない。
「それにしても、るーくんも良く頑張ったね。作業台高かったでしょ?」
「ふん、大きな発泡スチロールの箱を持ってるヤツがいたから、別に困らなかったぜ」
「でも、1回落ちそうになってたよなー?」
 軽口を言い合いながら、作っていたときを振り返る。そんなに長い時間でもないのに、次々と話題に出てきてしまうのは、一緒に作業をしたのが楽しかったからかもしれない。
 そんな2人のやりとりを見ていると、ガッシュがちらちらとカップケーキを積んだ大皿を眺めている。手を伸ばそうとしては引っ込めて、まるで2人の話の邪魔をしないかのように我慢しているようにも見えた。
「はい、これでいいかな? キミの紅茶も、あとで飲ませてね?」
「……うん、約束。取ってくれて、ありがと」
 やっぱり少しおどおどする部分はあるけれど、言葉を交わして微笑んでくれるだけでも引っ込み思案な彼にしてみれば大進歩だろう。
「楽しみにしてるね!」
 元気に返事を返して、由香ももう1つカップケーキを頬張る。誰かに喜んでもらうことは嬉しいから、また紅茶を振る舞おう。ついでにカップケーキにも挑戦してみようかと少し思うのだが、それは周りの大反対に遭い、結局由香は紅茶専門となってしまいそうだった。
 そうして完成品を幸せそうな顔で食べるグループに対し、なにやら飲まず食わずで正座をさせられているグループがある。辺りから漂ってくる甘い香りと楽しげな声に頬も緩み小さくお腹がなる。けれども、間食は許されなかった。
 ティア・ルスカ(てぃあ・るすか)が大きく溜め息を吐き、それを一区切りのように足を緩めようとするが、すぐさまそれは見つかってしまう。
「聞いてるんですかロジャー」
 冷たく言い放つそれに、思わず背をただしてしまう。ロジャー・ディルシェイド(ろじゃー・でぃるしぇいど)は今回、紅茶に挑戦しようとフランスの某紅茶の老舗より取り寄せた「アールグレイインペリアル」を持参して気合い十分だった。なにせこの紅茶、地球日本円にして1缶3045円だというのだからロジャーの気合いも3人に伝わっていただろう。そんな美味しい紅茶が待っているのならとヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)テリー・ダリン(てりー・だりん)も慣れないお菓子作りを頑張った。
 そう、この3人が正座をさせられている理由。それはひとえに3人も料理の腕がヤバ過ぎだ。
 ヴィナは育ちもよろしく当然家事など出来るはずもない。それでも「お茶会が楽しい」と言ってくれたティアのために頑張ろうと本気で頑張ったのだ。そう、男の本気だ。
 その昔、豪邸とも呼べる丈夫そうな造りの実家の厨房をちょっと爆発させてしまって炎上したくらいだ、当然厨房への出入りは禁止にされる。その後? そのような経歴を持つ男に「はいどうぞ」と厨房を貸してやるのは火災保険に入っていて家を立て替えたい人か、今日のようにその事実を知らない人くらいだろう。当然、練習など出来るわけもない。けれども、見張りがいればとテリーに頼めば、一緒に作るとどうなるかとヴィナから目を離してしまっていたようだ。
 おかげで、卵の殻が入ってしまったのを取ろうと格闘している際に勢い余って卵が誰かに吹っ飛んでしまったり、粉をふるえば濃霧のように視界を塞いで果敢にも作り続けようとするから材料も分量も間違える。とどめは、オーブンの設定温度を間違えた上に黒い煙が出るまで気がつかず、止めに行こうとしたときには小さな爆発を起こしていた。
 人生2度目の厨房爆破にならずに良かったというべきかもしれないが、見張りをし損ねかつヴィナと一緒に食べ物を無駄にしたテリーもまた言葉なく俯いている。
「2人に比べたら、僕は断然マシかと思うのですが……」
「何か言いましたか?」
「すみません」
 確かに、少し要領は悪かった。折角良い葉を持ってきたことに浮かれて、ストレートで飲むのにポットのための1杯だと茶葉を無駄遣いし、かつ長く蒸らせば濃いカフェインが抽出出来るという神話を信じて蒸らし時間を正確に計らずポットは放置。結果、ただ濃いだけならまだしも嫌な後味の残るミルクを入れても飲めないような紅茶を作ってしまったのだ。
「俺たちはその、悪気があったわけじゃ……」
「もちろんです。あったら即刻奥方に連絡していますよ」
 どきりとその胸は嫌な音を立てる。新婚のように愛の溢れるドキドキ感は歓迎したいが、こういうときのドッキドキ感は遠慮したい。オーブン込みの作業場の修繕費の請求書は自分にしてみれば微々たる物だとしても、それにプラスして参加者に迷惑をかけた点、普段から世話になっているティアに結局の所後片付けを任せてしまい計画が台無しになった点が伝われば、家になど入れてくれないかもしれない。
 いや、むしろ彼女なら槍を持ってパラミタだろうが女人禁制の薔薇学だろうが乗り込んでくるかもしれない。
「……どうして、こんなことをしたんですか」
 自分も悪い。ヴィナたちがどうしてこの講座を受講しようとしたのかロクに確認もせず安請け合いし、何かをしでかすとわかっていたなら目を離さなければ良かったのだ。それを……
「ロジャーが、おぞましい名前さえ出さなければ……っ!」
「おぞましいとは何ですか、僕にとって明智殿は――」
 ――バッ!!
 突如ティアは振り返り、周囲の安全を確認する。彼は薔薇の学舎に属していながら所謂薔薇学的要素に非常に弱く、そして何かと目立つ彼と、そして今日は全裸ではなかったものの無意味な服と思しき物をつけている彼が非常に苦手だった。
 それはもう、姿を確認しただけで逃げ出したくなるくらいに。
「そうだよ、ボクに任せずにティアがちゃんとヴィナを見張っててくれたら良かったのに」
「い、言い訳は聞きません! 確かに私は作業台の下に潜って隠れていましたが……!」
 思い出しただけでも涙が込み上げる。どうにか絡まれたくなくて、キャスターのついた道具ケースを作業台から引っ張り出して身を潜めていたところ、何故だか薔薇学代表とでも言うかのように執事の肩書きを使って見回りにくる例の彼。よりにもよって1つ1つテーブルを見てまわり、自分が隠れているテーブルの前にたってなにやら指導をし始めた。
 当然、早く去ってくれないかと外の様子を伺っていたティアの前には、あの素敵な薔薇のスカートの……スリット部分が。
「……私が、隠れていたと知ってのことですね。私が隠れたりするから……うぅっ」
「い、いや! それは不可抗力だ! ティアは悪くない! 何を言い出すんだテリーッ!」
「え、ボク!? 1番の原因はどう考えたってヴィナだよ!」
 最早何の話をしているのかわからなくなってくるが、言い争いもティアの落ち込みも止まらない。まるで、母の日だからと子供たちが頑張って料理を作ってくれたのは良いが、冷凍してあったとっておきのお肉が使われてシンクには洗い物の山、そしてコンロもべったりと油汚れやフライパンの焦げつきが酷く、失敗したのはコイツのせいだと兄弟喧嘩が始まってしまい、どこを褒めてどこを叱れば良いのかわからないといった状況に非常によく似ている。
 もっとも、今回のティアは自分のために彼らが頑張っていたことなど微塵も知らないのだが。
「……なんだか、今日は疲れました。明日1日、お暇を頂いても良いですか?」
「ティア……」
 げんなりとした様子のティアに喧嘩も止めて事態を深刻に受け止める3人。こんな顔をさせたいんじゃなかった、ただ少しいつも頑張ってくれているから今日くらいは肩の力を抜いて笑って欲しかっただけなのに。
 沈黙が重くのし掛かる中、助け船のようにチンッと高い音が鳴る。それはまるで、オーブンのような――
「あ、焼けた!」
「待ちなさいテリー! まだお説教は終わってませんよ」
 追いかけようとするティアの肩をヴィナが掴み、ニッと笑って部屋の隅に用意したテーブルセットの前に案内する。
 当然、何が起こっているかわからないティアは瞬きを繰り返すばかりだ。
「とりあえずティアはそこ座ってな」
「そうですよ、これでも飲んでね」
 ロジャーが用意したグラスにアイスティーを注ぐ。先ほどまでの飲めないような色をしてなくて、透き通る綺麗な紅に見惚れるほどだ。
「こっちも出来たよー!」
 1つのお皿には、どうやら焦げてしまったものなどが積まれているようだが、自分の目の前にはその中でも綺麗に焼けたんだと思われる物が数枚乗せられていた。
「……一体何なのですか?」
「今日はお持て成しの日だぜ? ティアを持て成して何が悪い」
 え、と聞き返そうとしたとき、3人は顔を見合わせてこう言った。
「ティア、誕生日おめでとう! そして、いつもありがとうっ!」
「…………っ!?」
 満面の笑顔で祝福され、どう返したら良いのかわからない。こうして料理な苦手な3人が集まって、わざわざ作っていたのはこういう理由があったのかと、先ほどまでとは違う意味で涙ぐみそうになる。
「みんなとお茶をするの、楽しいって言ってただろ?」
「そんな些細なことを、覚えて……」
 ティアが後片付けに駆け回っている間、もう失敗は許されないと直やサポートの人たちを捕まえて指導をお願いした。
 丁度ベアのサポートが一段落していた京子はクッキー作りを、に紅茶を、そして直にはこのセッティングを手伝ってもらった。
「俺たちだけじゃ、どうも上手くいかないっていうのがわかったよ。ティアがこれからも支えてくれなきゃな」
 ごめんな、ともう1度頭を下げるヴィナに、もう許すとか許さないとかではなく、自分が気持ちを伝えなければいけないだろう。
「ヴィナ、ロジャー、テリー……3人とも、本当にありがとうございます」
 1人1人顔を確認するようにして微笑んでくれたティアに大成功だと喜ぶ3人。これからも仲良くいられるようにと、みんなの気持ちが再結束した日だった。
 そうしてグラウンドの巨大クッキーも終演を迎えようとしているのだが、楽しそうに後片付けをするメンバーの中に、1人訝しむ視線を向けている少女がいる。お皿が足りないと言えば立候補し、紅茶のおかわりの水がと言えば進んで汲みに行ってくれるベア。確かに大助かりなのだけれど、誰にも譲らず自分が行くと宣言する姿はマナから見れば不審でしかなかった。
「ベーア? 私に何か隠し事はない?」
 にっこりと微笑んで迎えてくれるマナはその傍らで拳を握っており、ベアの単独行動が面白くないようだ。兄弟のように仲の良い2人だからこそ、楽しいものを独り占めされたりするのは余計に気に障るのだろう。
「あー……どうしようかとは思ったんだけどコレ。作ってみた」
 頭を掻き苦笑いを浮かべて差し出してくるのは、小さなラッピングの包みに入ったマーブル模様のクッキー。確かにいびつで、色も薄かったり少し焦げていたりと見栄えはよくないが、料理のことは得意なマナに任せっきりにしているベアが作ったにしてはなかなかだと思う。
「こんなの、いつのまに……」
「手伝うつもりが上手く手伝えなかったから、ちょっと教わってたんだ。あとは焼いておくから、自分たちの作業が終わったら来なさいって言われてて……受け取ってきたところ」
 だからコソコソと巨大クッキーの班を抜け出していたのかと思うと、さっきまでイライラしていた思いもすっかり無くなってしまう。
 ラッピングの包みも用意されていたらしく、リボンを結んだだけとは言うがベアがこっそりこんな物を用意してくれていたことが意外すぎたマナはその包みを凝視するばかりだ。
「一応味見はしてきたけど……やっぱりいらないよな」
「もらうよ! だって、ベアが作ってくれたんだもん」
 両手で包み込むように受け取ってくれたマナを見て、安心したベアは少しはにかんでしまう。
(……もうちょっとマシなのが作れるようになったら、感謝の気持ちとして渡そう)
 いつも世話になってばかりだしな、と喜んでくれるマナの顔を見て再挑戦を固く誓うベアだった。