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バトルフェスティバル・ハロウィン編

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バトルフェスティバル・ハロウィン編

リアクション



トリックオアトリート☆

 普段ナイトクラブでアルバイトしているガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)は、その仕事着である黒いバニースーツはウサギの仮装であると思い、艶めかしい体型を余すところ無く披露している。また、パートナーのシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)は白、パトリシア・ハーレック(ぱとりしあ・はーれっく)はオレンジと色違いで着用しており、その存在感は子供たちのイベントというよりも大人の雰囲気を醸し出している。
「これが……ハロウィン」
 みんなが同じように仮装し、お菓子を貰ったり悪戯したり……その誰もが楽しそうで、ガートルードも表情を和らげる。
「親分の嬉しげな顔ー見れてえかったわぃねぇ! あぐまでいっぱごと……」
 シルヴェスターがいつまでも一緒にいると言うが早いか、ジャックオランタンを揺らしてガートルードは駆けだしてしまった。クールで大人びて見られるものの、こういった催しは始めてで、とても楽しみなのだ。
「そんなにお急ぎになられて、どちらへ?」
「先生、パトリシアっ! 私も悪戯をやってみます!」
 面白そうな遊戯や見た目が凝った怖い物を食べてみたいと思っていたガートルードだが、いろんなお店を巡りながら周りを見渡せば初めて参加するハロウィンでもどうやって楽しむお祭りかわかってきた。
 大胆な性格も相まって、誰かに声をかけてみようと手の空いていそうな人を探してみる。
「トリックオアトリートッ!」
 丁度広場を歩いていた2人組。これでお菓子を貰えるのか、もしくれなかったらどんなことをしようかとドキドキしながら答えを待っていると、振り返ったのはエルだった。
「おーっ! お姉さん、イタズラなんかより俺と愛し合わないかっ!?」
「いやいやいや! ボクに声をかけてくれたんだよね!? お菓子よりも甘〜い一時を……」
 よりにもよって、女の子好きな2人に声をかけてしまったのが運の尽きだろう。妖艶な見た目は同じ年の人たちから敬遠されてしまっていたためか、正直モテたことのないガートルードには不思議なことを言う彼らに一瞬面食らってしまった。
「……お菓子、ないのですか?」
 キョトンとした様子で尋ねられ、大人っぽい見た目と裏腹に純粋な子だと盛り上がっている男性陣。しかし、お菓子が貰えないのなら悪戯をしていいはずだとガートルードは考え込むと、その背後には追いついてきたシルヴェスターとパトリシアが仁王立ちをしていた。
「年の差があらいとる親分に手ぇ出すたぁ、うどましあげられにゃうれしじゃけん、わからんかいのぉ」
「油断も隙もありませんね、このような輩は何処にでもいるものですが……」
 自分たちからナンパを仕掛けたならともかく、第一声は向こうから声をかけて来たというのに何故責められなければならないのか。この不遇は意見していいはずだ。
「ちょ、何か誤解してないか? ボクたちはただ、彼女に声をかけられて……」
「そうそう! 可愛いお姉さんは何人でも大歓迎なんだから、喧嘩しないでみんなで楽しもうぜッ!」
 しかし、1人空気を読んでいないのかあえて読まなかったのかはわからないが、女性と見ればナンパせずにはいられない周は怒りの矛先を向けてくる2人にさえナンパをしている。
「……親分、たしか配るようのお菓子は用意していませんでしたね?」
「はい、特には……でも、私が言われたんじゃなくて私が言ったんです」
「ほんなら、このもんきぃにちーとばかしやいとじゃのぉ……まんくそ悪い思うとき」
 トリックオアトリート、その言葉にお菓子をくれなかった腹いせだと乗っかり、2人は悪戯どころか悪い虫を追い払うかのように構える。
「あ、あの……これ!」
「お近づきの印にッ!」
 自分たちは貰う側だと用意していなかったが、少しばかりのキャンディーを入り口で貰っている。これを渡して逃げだそうとするが、戦闘モードの視線は緩まない。
『ご、ごめんなさーいっ!』
 結局、その気迫に負けてキャンディーを落として逃げていく周とエルに、ガートルードは不思議そうな顔をして見送る。
「……悪戯、成功?」
 なんとなく違う気はするが、シルヴェスターは人混みの中で背中が見えなくなるまで睨み続けているし、パトリシアはきっちりと傍を離れない。
「そうですね、今度は私たちにも親分の勇姿を見させてくださいますか?」
「はい、一緒に行きましょう!」
 嬉しそうに笑う姿は、年相応の笑顔。普段見せることの少ないその顔でいられる時間が増えるよう、あのような者たちから守らなければと、2人はガートルードが楽しめるように守り続けるのだった。
「いやー……危ない目にあったね」
 命からがら逃げ出したエルと周は、広場の隅の方で腰を下ろしていた。数々の女の子たちに声をかけ、お菓子を交換したり驚かせてみたりと楽しんでいたものの、まさかあんな目に遭うなんて。
「けど、まだまだ声をかけてないお姉さんもいるはずだぜ! 何敗しようとも、退くワケにはいかないっ!」
 そう燃える周の隣、エルに覆い被さる人影が見えた。まさか、こんな所まで追って来たのかと思ってみれば、赤い髪をメッシュスプレーで所々黒くし、灰色のマントの下には緑に染めたすごく薄い絹のアオザイのような服。見せつけるかのように黒の魅せブラをしている女性が抱きついている。
「大人のトリックオアトリート♪」
 そんなバンシーの仮装をしたヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)は不敵な笑みを浮かべながら、エルの金色の衣装をまさぐっている。どうやら財布を捜しているらしいが、捨てる神あれば拾う神ありだと感動しているエルはその危険に気付いていない。
「う、羨ましい……!」
 そして、その様子に目を奪われている周もヴェルチの手になど注意しておらず、彼女のパートナーであるティータ・アルグレッサ(てぃーた・あるぐれっさ)にツンツンと手を突かれて他のパートナーたちに気がついたほどだ。
「トリックオアトリート!」
 魔女の仮装をしているらしく、オレンジのとんがり帽子と同色のローブ。大事そうにヴェルチに作ってもらったジャックオランタンを持ち、反対側は杖を小脇に挟んで手を差し出していた。
「可愛いね、その服も似合ってるけど……もう数年後に逢いたかったぜ!」
「ねーお菓子ー、トリックオアトリートー」
「いやぁ無邪気な視線も可愛いけど、こっちのお姉さんも色っぽいよね! 今夜は俺と舞踏会にでも……」
 しかし、何度言っても女性に囲まれてデレデレしている周には届かないらしく、むぅと頬を膨らませたティータは後ろに回って周のお尻に向かって杖をひとつき。
「ツマンナイー……あちょー!」
「――ッ!! ぐぁああッ!!?」
 見事お尻の穴に突き刺すことに成功した杖は、そそくさと取り上げてヴェルチの後ろへ向かう。どうやら狼男の衣装が手強いのか、まだエルにくっついている。
(おっかしいわねぇ……こんなにキンキラ輝いてたら、お金や宝石の1つや2つ……)
 女の子に自分からアタックする側で、積極的に迫られたことのなかったエルはどう反応を返していいやらわからず笑みを浮かべたまま固まっている。
「あ、はは……こんな素敵な人にイタズラされるなら、お菓子は渡さない方が幸せかもな」
 しかし、ヴェルチはそれで満足するわけがない。このままでは時間ばかりかかってしまうとエルの身体を反転させ、チチチと人差し指を顔の前で振っている。
「オ・カ・ネ♪」
「……え?」
 仮装のために青白くおしろいをした肌には目立つ赤いカラーコンタクト。目元から下には零れる涙のように星マークが数個ペイントされており、女性好きなエルも少し忘れかけていたハロウィンの世界へと引き戻されたようだ。
 そのセクシーでありながらも少し不気味な仮装に驚いて夜店を巡るようにくずしていた硬貨を渡すと、ヴェルチは残念な顔をしながら渋々エルの頬に口づけた。
「ありがと、今度はもっと弾んでね♪」
 ばいばぁ〜いっ☆と上機嫌で去っていくヴェルチを追いかけていくティータと、一部始終を見守っていたクリスティ・エンマリッジ(くりすてぃ・えんまりっじ)がぺこりと頭を下げ、せめてものお詫びと言いたげに2人の手にクッキーを乗せて去っていった。
 痛みから復活した周は、お尻を押さえつつ立ち上がり羨ましげにエルを見る。どうやら、お金を渡しているところはのたうち回っていたために見ていなかったようだ。
「くっそー、エルばかりいい目を……俺も負けてられねぇぜッ!」
 まだまだ戦いはこれからだと燃える周とは裏腹に、世の中には怖い女の人もいるものだと1歩大人になったエル。しかし、多少の硬貨くらいでナンパを懲りるような彼ではない。
「ふふ、可愛い子とお近づきになれるなら安いものさ! 今度は連絡先くらいは交換しないとね☆」
 絶好のチャンスを逃してしまったことを悔やみこそすれ、今回の1件を悲劇とも思っていないらしい。彼らのナンパ劇は、当分続きそうだった。
 さて、前向きな男性陣に比べ収穫が思ったより少なかったヴェルチは次のターゲットを目指す。
「お客がオカネ持ってないなら、狙うはお店よね♪ 何か食べたい物ある?」
 バンシーの姿を利用して、泣き落としをしてみようと思いながら振り返りパートナーの意見も聞こうとするが、人数が足りない。いつからいなくなっていたのか気付いていなかったが、クレオパトラ・フィロパトル(くれおぱとら・ふぃろぱとる)の姿が見あたらないのだ。
「そういえば……お店に釘付けになっていたので、後で行きましょうねと声をかけましたが……」
 クリスティが不安そうな顔をするので、1度仕事は置いておいて探しに行くにもどこから当たっていくかと頭を悩ませた。
「クレオパトラは好奇心旺盛だから、すぐ何処かに行っちゃうのー。ティータみたいに良い子にしてればいいのにねー」
 全くもう、とお姉さんっぽく怒ってみせているが、確かにその通り。はぐれたのがお店の近くだったとしても、今頃何に心奪われて歩き回っているかわからない。
「何か、困りごとかな」
 楽しいお祭りの中、女性3人が思案顔をしていれば誰だってそう声をかけるだろう。しかし、藍澤 黎(あいざわ・れい)は海賊のような格好をしながらも、自主的にお祭りの警護にあたろうとしたくらい真剣な様子だった。こういう真面目なタイプの取り締まり対象になりそうなことをやっているヴェルチとしては、はぐらかすことも考えた。けれども、パートナーに何かあってからでは遅いので、素直にお願いすることにしたのだ。
「虎の格好をした……どこかで見かけただろうか」
 黎が立ち止まったことで、同じように考え込むちびっこ海賊団の面々。フィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)は気落ちしないようにとお菓子を配り、エディラント・アッシュワース(えでぃらんと・あっしゅわーす)ヴァルフレード・イズルノシア(う゛ぁるふれーど・いずるのしあ)は今まで見回った経路を思い出しているようだ。
「オレは見てないと思うけど……ヴァルフはどう?」
「…………」
 同じように考え込んでしまっている様子を見ると、見かけてはいないのだろう。色々な学舎の生徒でごった返し、同じように仮装もしているとなっては目立ちようもない。
「広場では、そのうち仮装コンテストが執り行われるであろうし、我らはそれの整列をしながら探してみよう」
「ありがと♪ それじゃ、わたしたちはお店の方を見てくるわね」
 バタバタと散っていく様子を見て、物陰から1人の生徒が顔を出した。最も奇抜なアイディアの仮装であると自負している日下 進士(ひかげ・しんじ)は、一見すると普通のミイラ男。しかし、よくよく見るとぐったりとした動物のリアルなぬいぐるみに血糊をペイントした物を所々に取り付けて恐ろしさを醸し出しており、悪戯に励むことを警備隊に目を付けられては面倒だと身を潜めていたようだ。
(さて、いいカモはいませんでしょうかねー……っと)
 もちろん、奇抜だというだけあって勝負するのは見た目だけではない。運悪くターゲットになってくれた人の驚く顔を想像するだけで笑いが止まらなくなりそうだ。
 そして、そんなターゲットにされてしまったのが迷子になっているクレオパトラ。どうやら、入れ違いになる形で人混みから抜けてきたようだ。
「ふむ……あやつらは何処へ行ったのじゃ」
 まさか自分が迷子扱いされているとは露知らず、熱心にどんな仮装の人がいてどんな飾りがあるのかや、参加者を捕まえてはハロウィンの催しについて熱心に聞いてまわり、勉学に励んでいたらしい。
「何かお困りですか?」
「うむ、わらわの連れが………………ッ!」
 数々の仮装を見て歩いてきたクレオパトラも、進士の仮装には声も出せないほど驚いたようだ。何せ、少し背の低い彼女は彼の胸元を飾ってあるリアルな兎と目があってしまったのだ。もちろん、血糊まみれの死体のようなぬいぐるみと。
「ああ、これですか? 仮装ですよ」
 あっけらかんと言い放つ進士に、それでも動悸が収まらないクレオパトラは視線を逸らしてパートナーたちを見なかったか聞こうとした。しかし、心霊現象の類が苦手な彼女にとって、生々しいモノを見てしまったというショックは大きな物だったのだろう。言葉は噛んでスムーズに伝えることが出来ず、なんとなく距離を置こうと震える足を1歩、また1歩と進めるうちに、着慣れない仮装ということもあってバランスを崩してしまったようだ。
 ――パンッ!
(い……! たく、ない? なんじゃ、何が起こったのじゃ?)
 確かに自分はバランスを崩して倒れた。しかし、小さな衝撃を受けただけでどこも痛くはない。不思議に思いながら起き上がると、立ち上がるために地面に置いた手がぬるりと滑る。
「……酷いですねぇ。貴様のせいで僕は大怪我を負ってしまったのですが、どうしてくれるのでしょうか?」
 どうやら自分は地面ではなく進士の上に倒れ込んでしまったようだ。しかし、目の前の彼はそのときの衝撃で怪我をしたと思えないほど包帯を真っ赤に染め、解けたそこからは痛々しい傷が覗いている。
「な、な、何でそんな怪我を……わらわは、少し倒れただけで……」
 それもそのはず、これこそが進士の悪戯だ。あの生々しいぬいぐるみたちの中には血糊をいれた水風船が詰められており、ぶつかった衝撃で割れるように仕掛けておいたのだ。もちろん、包帯の下の傷もペイントで、怪我など1つもしていない。
「あーあ……ミイラ男の仮装のつもりが、暫く本当に包帯姿になるなんて」
 ちらり、と顔色を伺えば真っ青になっており、どこまで虐めてみようかと心の中で笑みを浮かべる。しかし、あまりやり過ぎるのも問題だろうと用意してあったキャンディーを確認しつつもう一言だけ……と身を乗り出したとき、遠くから足音が聞こえてきた。
「事故があったというのは、ここか!?」
 このやりとりを見ていた生徒が、悪戯だと思わず誰か人を呼んでこようとしたのだろう。ちょうど先ほど広場の中心部へ向かおうとしていた黎たちとすれ違い、彼らが真っ先に駆けつけたようだ。見回りをしていたときとは逆の順番でたどり着き、背の高い黎が2人の間へと入り状況確認し、エディラントはフィルラントと一緒に野次馬の整理をし始めた。
(イベント開催にトラブルは付き物だ。しかし、このような大事になるか……?)
 遅れてやってきたヴァルフレードは状況を理解しようとじっと現場を見る。少女のオロオロとした顔と血だらけで起き上がっている男。状況判断はそれだけで十分だった。
「…………大丈夫」
 クレオパトラを立ち上がらせ、黒いロングコートを脱いで被せてやる。いくらなんでも、普通に仮装した女の子が血だらけというのはハロウィンであろうとも目立つものだ。黎もまた、進士から事情を聞き出せたようで呆れ半分の溜め息を吐きながら立ち上がった。
「どうやらこれは、日下殿のパフォーマンスだったようだ。体や衣服に付着した物は水洗いで落ちるそうだ」
「あまりに怖がってくれるからつい、ね」
 苦笑しながら差し出してくれる緑色のキャンディ。よくわからないまま受け取ってしまったクレオパトラは、周りの人に騒がせたことを詫びながら去る進士を不思議そうに眺めている。
「怪我は、しておらんかったのか……?」
「ああ、全く手の込んだ悪戯をしてくれた物だ。さあ、まずは手洗い場にご案内しよう。その後で貸し衣装屋だな」
「じゃあじゃあ、オレお店の人にトリックオアトリートやりたい! お仕事じゃないならいいよね?」
 何事も無かったとは言え、そのまま放っておくことなど出来ない。パートナーとはぐれ1人だったクレオパトラは明るいエディラントと一緒にお菓子や面白そうな遊戯店の横を通る度に盛り上がるので、黎は苦労しながらも少女を再びパーティが楽しめる姿へと着替えさせた。
 しかし、ヴェルチに頼まれた迷子がこの少女だと気づくのは、ひとしきり一緒に遊んでからだったという。