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バトルフェスティバル・ハロウィン編

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バトルフェスティバル・ハロウィン編

リアクション



休憩の隙もない?

 小さな紙を2つ持って、久世 沙幸(くぜ・さゆき)は一生懸命走る。そのあとをついてくる藍玉 美海(あいだま・みうみ)もそのはしゃぎっぷりに苦笑しながらも嬉しそうな様子に頬が緩ませる。ついさっきまでは「予定した衣装と違う!」と恥ずかしがって黒いマントに身体をくるませて歩いていたというのに、今となっては胸元や肩を大きく露出する魔女っ子の衣装であることを忘れているかのようだ。少し短い裾からは元気な足が大きく動き心配になるほどだが、用意した美海は満足そうな顔をしている。
(やっぱり、沙幸さんはこうでなくては。だぼだぼの黒いローブと黒い三角帽なんて野暮ったい格好はさせられませんわね)
「あ、あの! 引き替えお願いしますっ!」
 たどり着いたのは、入り口付近にあったスタンプラリーの受付。まさか、こんなに早く引き替えにやってくるお客さんがいるとも思わなくて、シルヴァは少し驚いた顔をして迎えた。
「凄いですね、1番乗りですよ。では、確認しますね……」
 6つのスタンプを集めるというシンプルな物だが、ジャックオランタンが大好きな沙幸はどうしてもそれが欲しくて、真っ先にスタンプ集めをしていたようだ。他にもジャックオランタンをモチーフにしたものは沢山あったのだが、受付で用紙をもらったときアロマキャンドルが入ったランタンの周りを光精の指輪で呼び出されたのであろう人工精霊がくるくる踊るように舞っており、その幻想的な雰囲気に惹かれて真っ先に貰おうと思ったようだ。
「はい、大丈夫ですね。ではチェックを入れましたから記念にこの用紙もお持ち帰り下さい」
 どうぞ、と一緒に差し出されるジャックオランタン。しっかりとした重みはきちんと小玉南京を使っているから感じるもので、プラスチックなどの軽いものと違うその拘りに沙幸は笑みを零す。
「美海ねーさまっ、見て見て! すっごく可愛いよ、アロマキャンドルの色はねーさまの分と色違いみたい」
 表情も色々あったようで、見れば見るほど全部欲しくなってしまう。けれども、他の参加者もいるのでそれはぐっと我慢し、他のお店を見てまわろうと2つのランタンをニコニコしながら眺め歩く。
「もう、その子に夢中なのは結構ですけれど……わたくしを置いてけぼりにするつもりですの?」
「きゃぁあっ!? み、美海ねーさま! 忘れてない、忘れてないから離れて〜!」
 両手がふさがっているのでロクな抵抗も出来ず、抱きつかれたことで今にもずり落ちそうな胸元を隠す布が気になってしょうがない。
「ふふふ、今日は沙幸さんが主役ですから別に拗ねてはいませんけれど」
「もう!」
 恥ずかしそうにむくれる沙幸を見て大満足の美海は、これからまたカボチャツアーが始まるのだろうと苦笑するが、シーズン的な物なので存分に楽しむ様子が見れれば良いなと手を引かれながら思うのだった。
 そして教導団ブースを盛り上げるぞと張り切っていたセシリアミリィ、2人をずっと持っていたサミュエルもさすがに疲れたのか、集めたお菓子で軽くティータイムをしているようだ。
「2人を担ぐなんて聞いてナイよー」
「これくらいでバテるなど、おぬしもまだまだじゃのう」
 収納袋代わりに色とりどりのお菓子をぶら下げているサミュエルから1つ手にとり、セシリアがぼやく。ハンギングツリーの仮装のため、首から吊してある作り物のガイコツの頭にお菓子を入れようと思っていたのに、2人の手によって様々な場所で飾り付けられたステッキ型のキャンディーや星形のクッキーが入った可愛らしい袋などのおかげで、クリスマスツリーのようになってしまっている。
「おねーちゃん、スタンプあといくつー?」
 盛り上げると約束していたスタンプラリーを中心とした仲間たちのお店。けれども、自分たちが積極的に宣伝しなくてもみんなが楽しんでくれているようで、あまり勝負ごとだということを考えずにすっかり楽しんでしまっていた。
「どれ……ふむ、あと2つあるようじゃの。シートを持っている人もたくさんおったし、お店をもう一巡りするかのぅ」
 一生懸命ジャックオランタンを作っている様子も覗き見してきたし、夕方になる頃にはみんなが持っていれば楽しそうだと目を細める。頑張って手作りされたスタンプだって、こうして遊んだという記憶を振り返るきっかけになるだろう。
 と、テーブルに広げたシートを覗き込む影。どうやら吸血鬼の格好をしたクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)の目に留まったようだ。
「それ、何の催しだ?」
「手作りジャックオランタンが貰える、スタンプラリーだヨー」
 ニコニコと笑顔で説明しながら、まだ知らない人がいるならば頑張って宣伝してまわらなければ! と気合いを入れる3人だが、その輪に入らずまごまごしている人物が気になってしょうがない。
「そこにいるのは、おぬしの連れではないのか?」
 亜麻色のロングヘアに真っ赤なドレスという出で立ちのクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)は、自分に気付かれたということに挙動不審だ。
「あれって何の仮装なのかなぁ。おねーちゃんわかる?」
「ふむ……」
 自分たちのように、お化けや物語の登場人物の仮装というわけではなさそうだが、あまりにも普通な着こなしに何の仮装かわからない。それ故ジーっと3人の視線が注がれるわけだが、まさか薔薇学所属の男子学生が女装に違和感がないとなると、あらぬ疑いがかけられるのではないかとクリスティーは物陰に隠れて大人しくしている。
 そうしてオドオドしている様子をひとしきり堪能すると、クリストファーは助け船のように微笑を浮かべた。
「トリックオアトリート!」
「ぬぅ、先を越されてしまったか。しょうがない、菓子をくれてやるかのう」
 サミュエルにぶら下げてあるお菓子の中からどれをくれてやろうかと物色していると、クリストファーの手はセシリアのくるくるとした柔らかい髪に指を絡ませながら苦笑しいている。
「急がないと、甘い物あげちゃうよ?」
「む? それではイタズラにならにではない……」
 1つコウモリ型のチョコレートを取り出し振り返ると、髪を撫でていた手は滑り降りてセシリアの頬を撫でている。
「甘いものって、お菓子だけじゃないんだぜ?」
 近づく唇に固まっていることをいいことに、クリストファーは距離を詰める。しかし、あと僅かというところでサミュエルが立ち上がった。
「だぁぁぁぁんちょぉぉぉぉ!!! ねねね、アレって団長だよネ? そうだよネ!?」
 別段セシリアの危機に気がついていたわけでもなく、ふと辺りを見回していたら視界に団長と思しき人影が見えたので興奮して立ち上がっただけのようだ。それでも、勢いよく立ち上がったおかげで浮かんだテーブルはクリストファーに一撃を見舞ったらしく、セシリアの唇は無事だった。
「そうかのお、わしには違うようにも見えるが……」
 目の前で顎にクリーンヒットする様子を見ていたセシリアはほんの少しだけ不憫に思いながらも、蹲るクリストファーにチョコを差し出してやる。サミュエルが団長絡みになるとストップが効かないのだから、似ている人を自分が確認しようがしまいが同じだからだ。
「早く早く! アレッ? ミリィは!?」
 団長が逃げちゃうヨーとどこまでも団長への愛を叫びながらオロオロしているが、物陰に隠れていたクリスティーに興味を持ったのかお菓子の交換をしていたようだ。
「あ、呼んでる。私には負けるけど、キミも可愛いんだから隠れてないで楽しむのよ!」
「あはは……ありがとう」
 元気に駆け出す様子を見送って、力なく微笑む。男としてその言葉は喜んでいいものかわからないが、似合ってもいない仮装をさせられるよりもよっぽどマシだろう。
(どこかで、歌でも歌ってようかな……)
 自分だと気付かれないよう目立たなく過ごそうとするクリスティーだが、結局こんな格好をするハメになったクリストファーのせいで静かに過ごせることはなかった。
 昼時も過ぎ、ひとしきり参加者も楽しんだからかお店にも一時の休息時間が訪れたようだ。エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)の喫茶店でもそれは同じで、夕方の雰囲気が出てきた時用の仕込みをしつつ、片倉 蒼(かたくら・そう)もお客の少なくなったテーブル周りを綺麗に整えている。
(……うん、仕込みはこんなものですかね。次は、と)
 ずっと人形型のケーキばかり焼いていたのに、取り出したのは合間を見て作っていたハート型のスポンジ。もちろん「びっくりした方にはおまけ付き」と集客をしていたが、そのおまけのケーキではなくもっと特別な物だ。
 販売していたのはキャロット・ストロベリー・パンプキン・生クリームといろんなクリームを挟んだスポンジにマロンクリームを包帯に見立ててデコレーションし、チョコチップの目まで付けた可愛らしいミイラ男のケーキ。たまーにポップロックという口の中ではじけるキャンディもしかけたりして、気の向くままにお客様を驚かせてきたが、そのお詫びとして出すのはうさぎのプチモンブランとカボチャのクッキー。どう見ても売り物でないことが伺える。
 そんなことをしている間にも蒼はテキパキと洗い物も済ませ、紅茶のおかわりも振る舞い、呼び込みでもしようかとテントを出た。
 紺とオレンジのハロウィンに合わせたテント。そして入り口に立てかけてある緑地にオレンジの文字の看板。朝早く来て頑張った作ったはずなのに、周りと馴染んでずっとここに店があったような気さえする。
(でも、今日1日限りでお終いなのですね……)
「蒼、ちょっと来てくれるかな?」
 まだまだ頑張らなければいけないのに、ついしんみりしてしまった。エメに呼ばれてハッとしたように店内へと戻った。
「お待たせ致しました、エメ様」
「ああごめんね、そこに座ってもらえるかな」
 客席からは死角になっている小さなテーブル。しかし、主が忙しそうに動いているのに自分が座るわけにもいかないと、あとを追うように厨房へ入った。
「お話でしたら、僕がお茶を淹れます。エメ様こそお疲れなんですからお座りください」
「わぁっ!? 全く、座ってないとダメじゃないか」
 すれ違い様にぶつかりかけたエメの手には、品物にはないケーキ。小さなハートを4つ合わせて幸運や愛情を象徴するクローバーの形に整えられていた。
「びっくりさせようと思ったのに……まぁいいか、一緒に食べよう」
「一緒に、ですか?」
 それはつまり、同じテーブルに座るということ。元々立ち食いなどを好ましく思わないエメがゆっくり着席して食べられる店をと出店したのが切っ掛けなのだから、それ以外の手段などあるわけがない。
「なりません! 僕のような者が、ご主人様であられるエメ様とご同席など……!」
「今日は、お店を訪れてくれる人たちを一緒に持て成す立場だ。同じ立場なのだから、同じ席で構わないだろう?」
「なら……そのためにもお茶を淹れて参ります」
 根負けしたかのような苦笑を浮かべ調理場へと入っていく蒼を見送り、エメはテーブルのセッティングをして戻るのを待つ。可愛らしくも誠実な振る舞いに、まるでこのケーキのようだと漂ってきた紅茶の香りに目笑みを浮かべるのだった。
 そうして、和やかな空気になっていても食欲をそそるスパイシーな香り。天津 輝月(あまつ・きづき)ムマ・ヴォナート(むま・う゛ぉなーと)と共にカレーを販売しているようだ。とにもかくにもカレーが好きという輝月は、この素晴らしさを各学校に広めよと神よりお告げを賜ったと何十種類ものスパイスで美味しそうなカレーを作っている。
 辛い物が苦手な人用にはちみつ入りの物や、ハロウインらしくカボチャカレー、中身も辛さもわからないというトリックカレーと揃え、飲み物も血を連想する赤からトマトジュースと赤い■■■と名前の伏せられた怪しげな物まである。
(別に、それが悪いとは言わん。嫌いでもないし腕もカレーに関しては悪くない、だがな……)
「物には限度というものがあるだろうっ!」
 この病的なまでのカレー好きが店内で収まりきるのなら良かったのだが、呼び込みの途中で何かに取り憑かれたようにお客へ勧めるので、ストッパーのようにムマが輝月の口へとチョコレートを放り込む。隠し味程度加える用のチョコなのでそこまで甘くなく、カレーパウダーを塗してあるため気絶せずに済んでいるものの、甘い物が大の苦手の彼に何の考慮もせずチョコを食べさせれば卒倒物だっただろう。
(その方が静かになって良いが、せっかくの祭りじゃ……譲歩してやらねば年を越すまでカレーを食べ続ける羽目になろうな)
 はぁ、と盛大な溜め息を吐いて蝙蝠の切り絵を眺める。自分が作った、この店で唯一ハロウィンらしい飾りだ。
「輝月さん、ムマさんっ! 遊びに来ました」
 遠くから手を振るのは、瞳の色と同じ赤いずきんとケープを羽織り、ふんわりと白いフリルエプロンを靡かせて、籠を揺らしながら走ってくるミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)だ。お菓子でもたくさん詰め込んでいるのかと思えば、吸血鬼の彼女らしく輸血パックが入っており、その後ろを追うシェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)デューイ・ホプキンス(でゅーい・ほぷきんす)も銀狼とおばあちゃんの仮装をしているようで、まるで絵本から出てきたような可愛らしさだ。
「ミレイユさんいらっしゃい、ぜひ死ぬほどカレーを食べてってくださいね!」
「輝月?」
 友人にもそんな態度をするのかと、子供たちに配る用に個人的に用意していたお菓子の箱を握りしめて無言の圧力をかけると、さすがに黙り込んでしまった。
「死ぬほどは無理だけど、美味しい輝月さんのカレーが食べたくてお腹を空かせて来たんだよ」
 輸血パックの隅に置いておいたカレーせんべいを手渡し、メニューを見る。どれにしようかと迷うミレイユの後ろで、囁くようにしてシェイドが呟いた。
「……私は蜂蜜入りで」
 銀髪を活かし、全身を覆う大きな毛皮のマントにつけ牙とハード&ワイルドを目指した銀狼は、どうやら辛い物が苦手らしい。見た目に反して可愛らしい注文をつけるので、その好みを知っていてもつい笑いが零れてしまう。
 何故か素肌に着用するようにと珠輝に言われるがまま着てみたが、やはり気恥ずかしいのか素肌があまり見えない様に腕組みをしっぱなしだ。
 対するデューイはと言えば随分目つきの鋭いグランマに仮装しており、カントリー調のほんわかした黄色の小花柄ワンピースに自分の兎耳はそのままにボンネット帽子を被るという優しいおばあちゃんなのか狼が変装したおばあちゃんなのか判断に迷う仮装だが、手には裁縫箱を持っている。
「では、我は辛口を希望しよう」
 こちらも可愛らしい見た目に反して辛い物を注文し、飲み物も3つ注文した。待っている間にとミレイユたちのために用意してくれていたマカロンを店の脇に置かれたベンチで食べ、衣装をコーディネートしてもらったことや随所のハロウィンらしさなどを話していると、カレーの準備も整ったようだ。
「いただきます」
 カボチャを丸ごと使った容器の迫力に驚きながらも、少しずつ崩して食べてゆく。カレーのスパイシーさとカボチャの甘みが合わさって、マイルドな味わいだ。
「やっぱり、カレーは輝月さんのが1番だね」
「今回はマンゴーチャツネにしてみたんです。スパイスも、レモングラスは控えめにカルダモンを――」
「輝月……?」
 今度はあの中身が分からない赤い液体を手に迫っている。実は、本人も冗談半分でミキサーに入れていったので、絶対に口にしたくないと思う仕上がりになったらしい。当然、ムマだって味見をしていない。
「何が入っているか、楽しみだね」
「ミレイユ、まさかあなた……頼んだのですか」
 てっきりトマトジュースを頼んだ物だとばかり思っていたのに、3つのうち1つはあのジュースだという。しかも、ご丁寧に同じコップで運ばれてきている為、誰の元に運ばれたのかわからない。
「デューイ、あなたも何故止めなかったのですか?」
「五月蠅い、我は今忙しいのだよ。何を喚いているのだ」
 1口2口と2人がカレーを食べる隣で、彼は懸命にカレーを冷ましている。せめて用件は1口食べてからにしてもらおうかと鋭い目がさらに細くなり、シェイドは頭を抱えた。
(トマトはある、人間用だろうから血はあり得ない。となると、他に赤い食材と言えば――)
 ちらりとデューイのカレーを覗き混めば、真っ赤。もしやとも思うが、可能性としては十分にありえる。
「シェイド、カレー冷めるよ?」
「いや……お冷やを貰っておきます」
 結局、ミレイユがジュースをおかわりしたりデューイが平然と飲むので最後の最後までジュースに手を付けられなかったシェイドだが、残すのは失礼だと意を決して一気のみすると、それは普通のトマトジュースだった。
 どうやら、アメリカンチェリーやグレープなど色の濃い物と桃など薄いものを混ぜて色を調整したフルーツジュースだったようで、引き当てたミレイユは気に入っておかわりをしていたらしい。
 教えてもらえなかったことにぐったりとしつつ、こういうロシアンルーレット的なものは懲り懲りだと思うのだが、ハロウィンの悪戯のためか、落ち着ける飲食店はほとんど無いということに、まだ気付いてはいないのだった。