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攻城戦・あの棒を倒せ!

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攻城戦・あの棒を倒せ!

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 一方、紅軍の陣地構築は、複数の生徒が意見を出し合って行われていた。
 「うーん、やっぱり、皆さんの意見を全部取り入れるのは難しいと思うんですけど」
 どのような陣地を作るか話し合っている輪の中で、技術科の深山 楓(みやま かえで)が言った。
 「材料に限りがある以上、どこかを厚くしようとすればどこかが薄くなるネ、それは仕方ナイこと」
 サミュエル・ハワード(さみゅえる・はわーど)がうなずく。
 「そうなりますと、やはりあまりバリケードの外周は大きくできない、ということになりますか」
 かなり円周の大きいバリケードを組む案を持って来た工兵科のハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)が腕組みをして唸った。
 「でも、向こうの射程とこちらの射程が一緒で、障害物もありますから、どうしても射程の外側にバリケードを作らなくちゃいけない、ということもないのでは?」
 楓の言葉に、ハインリヒはうなずいた。
 「確かに、敵がバリケードに取り付く前にこちらが陣地の中から射撃できることを考えると、低くて円周の長いバリケードを作るより、多少小さくても、きっちり隠れることが可能なものを作った方がよろしいかも知れません」
 「じゃあ、俺の提案は採用ってことでいいんだな?」
 一色 仁(いっしき・じん)が他の生徒たちを見回す。皆はいっせいにうなずいた。
 「あ、でも、穴はあまり深く掘らないでくださいね。危険行為に取られちゃいますから。個人の危険行為はやった人が安置所送りになるだけで済みますけど、集団でやったらペナルティ重くなりますよ」
 楓が念を押す。
 「ヨシ、そうと決まれば、俺たちは草刈りに行って来るヨ〜」
 サミュエルは工兵科から借り出した草刈り機を担いで演習場へ出た。
 「サミュさんは草を刈る〜、ヘイヘイヘイ〜、ヘイヘイヘイ〜♪」
 どこかで聞いたような節回しで鼻歌を歌いながら、ざくざくと丘の周囲の草を刈って行く。そしてサミュエルのパートナーの剣の花嫁グリム・アルヴィル(ぐりむ・あるう゛ぃる)と、鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)が、刈られた草をまとめて運んで行く。
 「……ネージュさんて、実は力持ち……?」
 洗濯カゴに入れた布の山をえっちらおっちらと運ぶ真一郎のパートナーの松本 可奈(まつもと・かな)が、自分の倍くらいの山を軽々と抱えてすたすた歩いて行くネージュを見て目を丸くした。
 「わたしは機晶姫ですから、体の大きさと力の強さってあんまり関係ないですよ? それに、衛生科は怪我をした人を運んだりしなきゃいけないので、体力が必要なんです」
 麻酔がない時は、怪我した人を動かないように押さえつけてないといけなかったりもしますしー、と少々物騒なことを無邪気な口調で言われて、可奈は反応に困る。
 「そ、そうなの……」
 「私よりネージュの方がずっと力持ちで丈夫ですね。……あ、でも、この間《冠》をかぶらされた時はひどかったよね。あんなネージュ、今まで見たことなかったから、びっくりしちゃった」
 二人と一緒に布を運んでいた楓が苦笑した。
 「え? 《冠》って、《工場》から楊教官が持って帰ってきたあれのこと? 試験の参加者は、この運動会の後で選ばれるんじゃないの?」
 可奈はびっくりしてネージュを見る。
 「技術科が開発した新兵器とか新しい戦闘糧食って、まず最初に技術科がテストをするんです。開発した人が一番最初で、次に技術科の中で何人か試してみて、問題がなければ他の科の教官や生徒に使ってもらうんですよ。技術科では『人柱』なんて呼んでるんですけど」
 楓が説明した。
 「今回の場合は、まず太乙教官、それから技術科の生徒って言うことで、ネージュも協力させるように楊教官から言われて」
 「……ひどかったって、いったいどんな風になったの?」
 可奈は恐る恐る訊ねた。
 「あの《冠》は、力を吸い取るんです。スキルを使いすぎて倒れちゃうことがありますよね、あの時の感じに似ています。《冠》の棘が体の中に入ってくる感触も、痛くはないんですけど気持ち悪いし……」
 ネージュは顔をしかめる。つられて可奈も眉を寄せた。
 「楊教官の話だと、《工場》で《冠》を使っていた量産型機晶姫たちは、力を吸い取られすぎないように制御することが出来るんじゃないか、ということだったんですけど、どうやって制御しているかがまだ判らなくて……だから、現状では、《冠》を使うと吸い取られ放題になっちゃいますね」
 「うわー……」
 楓の言葉を聞いて、可奈は絶句した。
 「ただ、《冠》を外して休めば回復はしますから、楊教官は大きな危険はないと判断されたんだと思います」
 それでも、地球人の生徒もパラミタ種族のパートナーも、色々と覚悟が要るテストになると思いますけど、と楓は難しい表情で言う。
 そこへ、
 「誰か、自分たちの実験に参加してくれませんかな」
 秘術科のセオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)とパートナーのドラゴニュートイクレス・バイルシュミット(いくれす・ばいるしゅみっと)がやって来た。
 「実験って、何をするんですか?」
 ネージュが訊ねる。
 「名付けて『人間大砲』作戦です。ドラゴンアーツを使って、離れた場所からバリケードを飛び越えて、敵陣に兵力を送り込むのですな」
 「それって、『攻撃で味方を敵陣まで吹き飛ばす』ってことじゃ……」
 可奈が口を挟む。
 「セオボルトさん、それ、自分たちで試してみました?」
 楓が聞いた。セオボルトは胸を張って答えた。
 「自分たちは、送り込む側ですからな。技術科は『人柱』などと称して、楊教官の命令で内部試験を行っているようですが、自分たちはお願いする以上ちゃんと報酬を出しますぞ。芋ケンピ一袋でどうですかな?」
 「……」
 女子生徒たちは顔を見合わせた。ドラゴンアーツが『攻撃』である以上、セオボルトが言っているのは『真剣で(しかも峰打ちではなく)ボールを打ってヒットやホームランを出す』のと同じようなもので、打たれる側にダメージがないとは思えなかった。それに、ダメージなしで飛ばすことが可能だったとして、着地はどうするのだろう。バリケードを上手く飛び越えられたとして、内側がきちんと着地できる状況かどうかは不明だと思われるのだが……。
 「……まず、セオボルトさんたちが試してみてください。それで上手く行けば、無償で練習に協力します」
 考えた末に、楓はそう答えた。
 「判りました。では早速試してみましょう」
 セオボルトとイクレスは女子生徒たちから離れ、二人して何やら言い合った後でじゃんけんを始めた。どうやら、どちらが飛ばされる役かを決めているらしい。
 そして。
 「行くぞ!」
 イクレスが、セオボルトに向けて拳を突き出した。放たれた気が、セオボルトを吹き飛ばす。セオボルトは見事に宙を飛び……受身が取れずに地面に転がった。
 「だ、大丈夫!?」
 女子生徒たちは抱えていた布を放り出し、慌ててセオボルトに駆け寄った。
 「いつつ……ろ、肋骨が……」
 セオボルトは脇腹を押さえて唸っている。
 「大変! 今保健室に運びますね!」
 ネージュはセオボルトをお姫様抱っこにして駆け出した。
 「あ、いや、我が……」
 イクレスが「自分が運ぶから」と申し出る暇もない。
 「『人間大砲』はやめておいた方がいいみたいですね。考えてみたら、運動会当日だったらドラゴンアーツが当たった時点で防具から血糊が出てそうな気がしますし」
 「あー、オウンゴールって言うか、自爆になっちゃう?」
 可奈の言葉に、楓はうなずいた。
 結局、セオボルトとイクレスの案は、実戦では使われることがなく終わったのだった。