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攻城戦・あの棒を倒せ!

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第2章 幕開け

 運動会の当日。
 工兵科の生徒たちが早朝から天幕の撤去作業をし、紅軍黄軍それぞれの陣地の様子が明らかになった。
 バリケードを二重にし、外側に水を張った浅い壕を作ってあることは両軍とも同じだ。
 紅軍のバリケードは比較的コンパクトで、そのかわりに高さは人がきちんと隠れられるように作ってある。そして、バリケードの外に、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)の提案で、土を積んで幾つか遮蔽物を設置した。
 一方、黄軍のバリケードは、外側のバリケードをかなり大きく作った。そのため、外側のバリケードはあまり高くない。そして、表面を泥で塗ってある。
 それぞれ内側にも仕掛けがあるのだろうが、外側から見た限りではまだ判らない。教官たちがこまめに様子を見に行っていたせいもあってか、当日のチェックで引っかかったところはなく、そのまま競技が始められることになった。
 演習場に集合した生徒たち、特にオフェンス担当者の緊張はいやが上にも高まる。

 しかし、それとは対照的に、観覧席にはのんびりとしたムードが漂っていた。
 「えーっと、お茶、お弁当、双眼鏡、お菓子はいらないかなっ? お腹がくぅくぅ鳴る前に買ってくれると、ルインも嬉しい、あなたも嬉しいっ」
 レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)のパートナーのうち、競技に参加しない剣の花嫁ルイン・ティルナノーグ(るいん・てぃるなのーぐ)は、観客席で他校生相手の売り子をしていた。
 「あっ、そこのお兄さん、観戦のお供に、『香巴拉菜館』名物の胡麻団子はいかが? おみやげに教導団オリジナルのお菓子も各種あるよっ?」
 「いや……拙者は今日は、物見遊山に来たのではなく、真面目に見学に来たのでござる」
 声をかけられた蒼空学園の椿 薫(つばき・かおる)は、手を振って断った。
 「しかし、そうだな……双眼鏡は一つ頂こうか」
 「わーい、ありがとうっ」
 ルインはいそいそと、双眼鏡を渡して代金を受け取る。
 「もう少し近くで見学できるものかと思っていたのでござるが、思っていたより距離があるでござる」
 「見学の方に流れ弾が当たったりするといけないから、ちょっと離してあるんだー。安全のためだから、我慢して双眼鏡で見てねっ」」
 「了解したでござる」
 注意するルインに、薫はうなずく。
 「すみません、こっちにお茶とお弁当ください」
 同じく蒼空学園の菅野 葉月(すがの・はづき)が、少し離れた場所から手を挙げた。
 「はいはーい! 今行きます!」
 「……あら、普通の折り詰めとかじゃないんですね」
 手渡された弁当を見て、葉月と、パートナーのミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)が目を丸くする。
 「『戦闘糧食風弁当』だよっ」
 レトルト食が加熱用の袋にセットされており、袋の外に出ているひもを引くと、中のレトルトが温められる仕組みになっているものだ。
 「へー、おもしろーい。中身はご飯とチキンシチューかぁ」
 ミーナは早速、ひもを引っ張って弁当を温め始める。
 「それ、こっちにももらえるかな」
 イルミンスール魔法学校の高月 芳樹(たかつき・よしき)とパートナーのアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)がルインに声をかける。
 「良かったら、これ食べません?」
 パートナーの朝霧 垂(あさぎり・しづり)を応援しに来た英霊里見 伏姫(さとみ・ふせひめ)が、二人に栗羊羹の入った密閉容器を差し出した。
 「青空の下で食べる栗羊羹も、なかなか乙なものですよ」
 「いいの? ありがとう。……あ、始まるみたいよ」
 栗羊羹を一切れもらって、アメリアが言った。教導団の生徒たちが、スタートラインに整列を始める。

 「だっきさま、てきみかたになっちゃいましたけど、手加減はしませんよぅ!?」
 査問委員長妲己の正面に立って、後鳥羽 樹理(ごとば・じゅり)は高らかに宣言した。
 「だって、せいぎのみかたは、せいせいどうどうと戦うものなのですぅ。なかまをらうぎったり、こじんプレイに走ってはいけないのですぅ!」
 「ええ、正々堂々と、真剣勝負をしましょう。あなたがどのくらい強くなったか、私に見せてください。もちろん、私も手加減しません」
 妲己は微笑んで手を差し出した。その手をがっちりと握って、樹理は大きくうなずいた。
 「くぅ……妲己様と握手できるのなら、我がアマーリエを押しのけて出場するべきであった……!」
 観客席からその様子を偵察用の高倍率双眼鏡で見ていたミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)のパートナー、英霊ロドリーゴ・ボルジア(ろどりーご・ぼるじあ)は、レースのハンカチを噛み締めて悔しがっていたが、もちろん樹理と妲己は知るよしもない。
 「ちゃんと、防具の色でどちらの軍だけ区別出来るようになっていたんですね……。誰が味方で誰が敵か、判別できるように顔を覚えなくてはいけないのかと思っていました」
 輸送科のレジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)は、黄軍の黄色い特殊防具と、自分の赤い特殊防具を見比べて、ヴォルフガング・シュミットのパートナーであるヴァルキリーのエルダに言った。
 「でも、防具が赤だと、血糊が見えにくくありませんか?」
 「便宜的に『血糊』と言っているけど、実は黒なの。ペイント弾に仕込まれているインクも黒」
 エルダはゴーグルをおろしながら答えた。
 「まともに顔に当たるとなかなか落ちないから、ちゃんとマスクとゴーグルをした方がいいわ」
 「あ……それじゃあ、顔を覚えても判別できませんよね……」
 レジーヌも慌てて、マスクとゴーグルをつける。
 しかし、防具の色分けにほっとするレジーヌとは逆に、黄軍の神代 正義(かみしろ・まさよし)は不満たらたらだった。
 「ちくしょー、俺のトレードマークがっ……」
 シャンバランのトレードマークの一つ、赤いマフラーが、『紅軍と紛らわしい』として着用禁止を申し渡されてしまったのだ。お面の方は、マスクとゴーグルのかわりとしてつけても良いことになったのだが……。
 「まあ落ち着け」
 パートナーのねこ型ゆる族猫花 源次郎(ねこばな・げんじろう)が、渋い声で正義を諫める。
 「味方からの誤射を防ぐためもあるんだ、仕方がないだろう。悔しさは競技にぶつけろ。それとも、マフラーがなきゃ、お前の強さは発揮できないってか?」
 「くっ……」
 正義は拳を握り締めた。その時、競技開始を告げる銅鑼が鳴った。
 「着装!パラミタ刑事シャンバラン!! さぁ紅軍を血祭りにあげてくれるわ、フハハハ!」
 正義はお面をつけ、全速力で演習場の出口へ向かった。他のオフェンスの生徒たちは、おおむね牽制しあいながら、ペースをあわせて走って行く。その間に、ディフェンスの生徒たちは各々の陣地に入り、陣地中央に棒を立てたり、迎撃の準備をしたりする。
 「おい、シュミット」
 紅軍のディフェンス佐野 亮司(さの・りょうじ)は、同じく紅軍のディフェンスになったヴォルフガング・シュミットを呼び止めた。
 「《工場》探索の時に、『白騎士』がいる班への補給が遅れたんだってな。輸送科としてあっちゃいけないことだ。迷惑かけて済まなかった」
 「……別に、君が何かしたわけではないのだろう? それなら、気にしなくて良い」
 ヴォルフガングは軽く肩を竦めた。
 「補給が遅れたこと自体は腹立たしいが、そのことで君個人を咎めようとは思わない」
 「そうか。……いや、同じチームになったんだから、禍根なく協力して戦えればいいと思ってさ」
 亮司はにっと笑って、ヴォルフガングの肩を叩く。
 「シュミットの弓の腕、俺は買ってるんだぜ。期待してるからな!」
 「期待はずれにならないよう、努力する」
 ヴォルフガングは答えると、エルダと共に弓を携えて走って行く。
 「……これでよし、と。じゃ、打ち合わせ通りに頼むぜ?」
 それを見送って、亮司はパートナーの向山 綾乃(むこうやま・あやの)の方へ振り向いた。
 「はい。頑張ります」
 綾乃は大きくうなずく。
 
 「……おかしいですね、伽羅殿もタン殿も見当たらないようでございますが……」
 皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)のパートナー、英霊皇甫 嵩(こうほ・すう)は、観客席から演習場を見回した。まだ攻撃が開始されていないため、安置所送りになった生徒も居ない。嵩が首を捻っていると、
 「えへっ、ですぅ」
 「へへ、でござる」
 伽羅とタンが微妙な笑みを浮かべてやって来た。
 「貴公たち、競技に参加するのではなかったのですか!」
 嵩は思わず立ち上がって叫んだ。周囲からわざとらしい咳払いや冷たい視線が飛ぶ。嵩は慌てて着席した。
 「……えーっと、あのー、夜間の見回りに力を入れすぎたって言うか、使いすぎた神経が緩んだって言うかー……とにかく、寝過ごしてしまって、たった今ここに来たのですぅ」
 「何ですって!?」
 てれてれと言い訳をする伽羅に向かって、嵩は再び叫んだ。つまり伽羅は、熊猫 福(くまねこ・はっぴー)の作戦にまんまと引っかかってしまったのだ。
 「お馬鹿さんが……」
 嵩は顔を覆って嘆息する。
 「も、申し訳ないですぅ」
 「すまぬでござる」
 伽羅とタンはさすがに小さくなり、こそこそと嵩の隣に座った。