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リアクション
2.絵本回収人
石畳の道が続く煉瓦通りはラテルの中心。
この通りに建つのは洒落た店の数々と、ラテルの中でも特に豊かな層の家。
通りの建物の外壁は煉瓦に統一されているが、それ以外はデザインも装飾も様々で、競うように趣向が凝らしてあった。
「煉瓦の家が並んでるのって物珍しくて、見てると不思議な気がするよ」
「不思議、ですか?」
通りを興味深げに見渡している神和 綺人(かんなぎ・あやと)に、クリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)が首を傾げる。確かに、通りすべてが煉瓦造りというのは珍しくはあるけれど、クリスには不思議とまでは思えない。
「うちの実家、武家屋敷だったからね」
茅葺き屋根の母屋に、のぞき窓のついた黒板塀を巡らせて……と説明する綺人にユーリが、煉瓦よりそちらの方が物珍しいだろうと呟いた。
「塀がないのはそれだけ開放的だってことなのかな」
しきりと街並みを気にする綺人と比べ、クリスが気になるのは建物ではなくその中にあるものの方。雑貨の店先に並べられた品物につい目がいってしまう。
「この小物入れ、よくできてますねぇ……あ、あの人形、ちょっとユーリさんに似てません?」
「え、どこ?」
「綺人にクリス、真面目に仕事をしようか。観光は後でゆっくりしろ」
つい脱線しがちな2人をユーリがたしなめる。好奇心が疼くのも無理ないが、放っておくといつまで経っても回収が終わらない。
まずは頼まれた仕事をしてしまわなくては、と3人は回収希望者の家を訪ねた。最初の希望者は、ブティックに勤めるお針子さんだ。
「ありがとう。借りた絵本はこれよ。厭な事件があって大変ね」
用件を告げると、女性はすぐに裏から薄布に包んだ絵本を持ってきた。
「皆が事件解決に動いているから大丈夫です。すぐにまた、前のように利用してもらえるようになりますから」
そう言って安心させると、この機会にと綺人は絵本図書館への意見や要望も尋ねた。図書館にいてはなかなか聞けないことも、こうして個別に話をする時には聞きやすい。
「そうねぇ……あたし、仕事が終わってからだと間に合わないから、休み時間に絵本を見に行ってるの。でもそうするとゆっくり選んでる時間がなくって。これかな、って思うのを借りてるんだけど、なかなか自分の思うような絵本を見つけられないのよね」
手早くお薦めの絵本が分かるといいのに、と女性は言い、頑張ってね、と包みから取り出した絵本を綺人に手渡した。
「わぁー、あの帽子可愛いねー」
鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)も同様に、大通りの店に並ぶ品々の物珍しさに、目をきらきらと輝かせて見入っていた。絵本図書館にやってきたらなにやら困っている様子だったので手伝いを申し出たのだけれど……そんなことも忘れてしまいそうなくらい、街には見てみたいものがいっぱいだ。
「本の回収と事件の収拾がついたら、また来ましょうね」
遊びたいのは分かるけれど、今は受け持った手伝いがある。残念そうな氷雨の頭を霜月 帝人(しもつき・みかど)はあやすように撫で、回収へと促した。
「うん。じゃあ約束ね」
氷雨は素直に肯くと、サリチェからもらった地図を広げた。
「ここが帽子屋さんだから……こっちだよね!」
大通りは番地を示すプレートもあって、目的の家を探すのは難しくない。
……のだけれど。
「氷雨さん、違います。そちらは逆方向ですよ」
見事なまでに逆に歩き出した氷雨を、帝人が急いで引き留める。
「あ、そうだった。こっちだね」
氷雨は言われたとおりに正しい方角に進み始めたけれど、今度は全然違う角を曲がって行こうとする。
そのたび帝人は、まだ曲がる処ではありません、今の角を曲がるんですよ、等々注意を重ねていたが、遂には
「僕が案内しますから」
と、氷雨の手を引いて歩き出した。この方がずっと早い。
目的の家につくと、氷雨は明るく声をかけ。
「こんにちはー。えっとミルム図書館から絵本の回収に来ました」
胸のワッペンを示して絵本の回収をするのと共に、事件もきっともうすぐ解決するだろうと伝えた。
「珍しいことを始めると、敵になる人も多いんでしょうねぇ。何か恨みをかうようなことがあったんじゃないか、って噂も聞くけど……」
だからこんな事件に、と神経質そうに眉をしかめる人に、
「恨みなんてこと、ないです。きっとただの行き違いなんだと思います。皆、一生懸命頑張ってるから、また本借りに来て下さいね。皆も本もきっと喜ぶから」
氷雨は笑顔をくずさず、ぺこりと頭を下げてその家を出た。
「出来たばかりの場所だから、余計に不安なんだよね。がんばってるみんなのこと知ってもらえたら、もっと安心してもらえそうなのに……あ、この絵本のイラスト、可愛いー」
「道の真ん中で立ち止まっていては人の邪魔になりますよ」
「あと1頁だけ……」
返却されたばかりの絵本を開き、ついつい見入ってしまっている氷雨に、帝人は微笑する。
「では、さきほど通った公園に行きましょうか。そこでなら読んでいても人の妨げにはならないでしょう」
「うん! 早く行こうー」
「氷雨さん、公園はあちらです」
帝人は、全然違う方向に歩き出した氷雨の手をまた取った。
「これとこれ、それからこちらも下さい」
甘い香りに誘われて、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は大通りのスイーツショップに入り、色とりどりの飴を買い込んだ。丁寧に作られた飴は食べてしまうのが惜しくなるほどに綺麗だ。
買い物を終えて、さあ絵本の回収に、と自転車に戻りかけてロザリンドはまた足を止める。スイーツショップの隣の店に飾られたウェディングドレスに目を奪われて。
ふわっと広がるプリンセスライン。贅沢に刺繍の入った長いヴェール。繊細なレース、フリル、リボン、コサージュ……ふんわりしたラインのドレスなら自分の痩せた身体をカバーしてくれるかと、ドレスと自分の姿を重ね合わせてみる。
「……っと、いけない。お仕事お仕事」
絵本の回収の途中だったと、ロザリンドはドレスに惹かれる気持ちを抑えて自転車に戻った。
名簿と地図を頼りに利用者の家に向かう。
「すみませーん、貸し出しの本の回収に来ましたー」
本の回収を行いながら、ロザリンドは子供には買ったばかりの飴をあげ、大人にはミルムの評判を尋ねてみた。
「絵本の図書館があるのは便利だけど、事件に巻き込まれるのは困るのよね……」
子供に何かあったらと考えると行けない、とその女性は答えた。図書館に対して悪く思うわけではないが、利用するには不安がある、という様子だ。
そんな利用客の話に耳を傾けるついでに、ロザリンドはこの辺りにある美味しい店の情報も尋ね、地図に描き足していった。
一方浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)は発想の逆転を図っていた。図書館に来るのが不安なら、来なくても借りられるシステムを作れば良いのではないだろうか。
方法を考えている翡翠の横で、サファイア・クレージュ(さふぁいあ・くれーじゅ)は両手を腰に当てて怒っている。
「ねぇ翡翠、今からでも嫌がらせなんて陰湿なことをする犯人を捜して、叩きのめしに行かない?」
「まぁまぁ、犯人確保に動いてくれる人はいるみたいだから、そちらは何とかなるでしょう。翡翠が何か考えているようだから、私たちはそちらのフォローに廻りましょうね」
北条 円(ほうじょう・まどか)に宥められ、サファイアは仕方なく犯人の叩きのめしを諦めた。
「……解ったわよ、それじゃこの件が終わったら、ずっと本を読んでても文句なんて言わせないんだからね!」
「本を読むのとどう繋がるのか分からないけど、そうね、すべてが落ち着いたらゆっくり本を読むのもいいわね」
「絶対だからね。で、翡翠。何をするつもり?」
それならさっさと片づけてしまおうと、サファイアは翡翠の手元を覗き込んだ。
「ウェブネットワークを介して本を借りるシステムが作れないか、やってみようと思うんです。これなら図書館に来なくても本が借りられますし、子供たち以外でも入院している方等の図書館に来たくても来られない人も利用できる筈です」
パソコンで図書館のホームページを作り、そこに貸し出し可能な絵本を表記。利用者には専用フォームかメールで借りたいものと住所氏名を送ってもらう。そこに本の宅配を行えば借りる人が直接図書館に来なくても借りられる。
そんな計画を手に、翡翠はサリチェに許可を取ろうとした。
だが……。
「えっと……うえぶねっと?」
「ああ。その為にパソコンで図書館のホームページを作らせてもらいたいんです」
「パソコンって……ああ、学生さんが離れた人と話す時に使ってるあれのこと?」
「……それは携帯電話です」
「そうなの。じゃあ……」
全く分からないサリチェと、人に説明するのが苦手な翡翠では話が進まない。見かねた円が説明を手伝う。
「チラシを作成する時に使っていた人もいるから、見ればきっと分かりますよ。これくらいの大きさで……」
「ああ、分かったわ。あれをここに置けばいいの? あれってどこかで売ってるようなものなのかしら」
「置くだけでは意味がありません。ホームページを作成して利用者が閲覧出来るようにするんです」
「???」
機械に疎いのもほどがある。説明に迷う翡翠を今度はサファイアがつついた。
「ねぇ翡翠ー。私、ちょっと気になってることがあるんだけど」
「何ですか?」
「ここの図書館の灯りってランプ……だよね」
ミルムのオープン準備の際も、作業時には火気に気を付けできれば光術で灯りを確保するように、という話が出ていた。ラテルには電気が通っていない為、ミルムにも電灯は無かったから。
「あ……」
翡翠の通う蒼空学園ではネット環境は整い、週に1度は地上とのデータのやりとりまで行われている。けれどラテルで営まれているのはまだ電気のない生活だ。
「それで、その何とかっていうのをどうするの?」
なおも質問してくるサリチェに、円は硬直している翡翠に変わって微笑んだ。
「お手間を取らせてごめんなさい。何でもありませんから気にせず忘れて下さいね」
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