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絵本図書館ミルム(第2回/全3回)

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絵本図書館ミルム(第2回/全3回)

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7.未来へと続く夢


 アンゴルによる脅迫事件は収束したが、今後、また別の事件が起きないとも限らない。それを防ぐ為にはミルムの改善も必要だと、学生たちは絵本図書館の今後を話し合った。
「絵本がメインの図書館では、巡回する人間は出来れば居ない方が良いと思います。しかし、落ちた信頼が回復しきっていない今は目に見える防犯として、警備員が居ることも必要かと思います」
 物々しい警備はしたくはないけれど、それが安心感をもたらす場合もある。今は後者の時期ではないかと言う御凪 真人(みなぎ・まこと)にサリチェは、そうなんだけど、と困り顔。
「学生さんが手伝いに来てくれている時はいいんだけど、そうでない日はきちんとした警備は難しいわ。街のボランティアの人が貸し出しや整理は手伝ってくれてるんだけど、なかなか警備まで手が回っていないのが現状なの。かといって、専属の人を雇うことも出来ないし……ほとんどを絵本にしてしまうのではなく、もう少し運営資金を残しておくべきだったのね」
「そうなのでしょうが、今それを悔やんでいても仕方がありません。可能な範囲の中で出来る限りの手を尽くしましょう」
 真人は図書館の間取りを描いた見取り図を前に、方法を思案する。
「ならば、絵本を見に来ている子供の保護者の手も借りてみたらどうじゃ? 自身の子供を守る為とあらば、巡回にも協力してくれるじゃろう」
 ティーカップ片手にファタが言った。使えるものは何でも有効に。保護者たちの手が借りられれば、もう少し端々に目を届かせることができる。
「後は、業務の流れの中で自然に警備できる形を作ることですね。今はほとんどの業務を玄関近くにあるカウンターでしていますが、一部の業務を……そうですね、この部屋の前辺りに移動させてみたらどうでしょう」
 真人は図書館の奥の1点を指した。
「ふむ。これまでも本持ち出しの不届き者が発見されている辺りじゃな」
「ええ。この位置で業務を行えば目が行き届くようになりますから、盗難防止にも役立つでしょう。それから、この書架。入り口からの視線を塞いでいます。取り除くか別の位置に移動させられませんか。それとこことこの部屋。いっそ扉を外してしまってはどうでしょう。ミルム図書館は小部屋で仕切られている為にどうしても見通しが悪くなりがちです」
「それくらいなら出来そうだわ。試しに配置換えしてみましょう」
 サリチェは乗り気のようで、真人が説明しながら書き込んでいった見取り図を受け取った。
「正直、楽しく本を読む場所で防犯のことなんて考えたくは無いのですけどね」
「楽しく本が読めるようにする為の防犯なのじゃろうて。あと考えねばならんのは希少本の扱いと、本の扱い方をどう啓蒙するか、かのう。希少本も出来れば人の目に触れさせたいものじゃ。本の扱いは、本を大切にするようにとの趣旨の絵本でも作って、朗読会を開いてみてはどうかと思うぞ」
 真人の言葉を受け、ファタはミルムの今後に頭を巡らせる。
 警備の話が一区切りついたとみて、あゆみが話し出した。
「私、開館のお手伝いをした時にちょっと気になってたことがあるの。教育の行き届いた上流の子供たちはいいけれど、ラテルには文字の読み書きのできない子も少なくないのよね」
 パラミタに来るまであゆみがいた日本は識字率が高かった。だから、文字の読めないくらい小さな子でなければ、絵本は絵と文字の両方を楽しむことが出来たし、それが普通だと思っていた。
 けれどラテルの街は暮らしぶりの豊かな人々こそ文字を使いこなしていたけれど、そうでない子供たちは一生ほとんど文字に触れずに過ごす。簡単な数字や街でよく見かける簡単な単語の意味が分かれば、生活には事足りるのだ。
 けれど、それでは絵本の楽しみは半分以下になってしまう。絵と文字の両方があわさってはじめて、絵本の本当の面白さが分かるのだから。
「それで提案があるんだけど、図書館の片隅……読み聞かせに使ってる子供部屋とかで、簡単な読み書きを教えられる機会を設けられないかしら」
 寺子屋のミニバージョンみたいに、とあゆみは説明した。実際、江戸時代の識字率は寺子屋が多くあった為、思いの外高かったらしい。
「絵本は文字を学び始める教材としてもぴったりだし、読み書きを学ぶことはこれからの生活にも役立つ筈よ。親御さんが、子供に読み書きを覚えてもらいたいと思った時や、絵本に興味をもった子供自身が自分から学びたいと思った時に、勉強の入門的な感じで楽しく学習できたら良いと思うのよね」
 絵本の絵を眺めていれば、そこに書いてある話を読みたいと思うだろう。
 子供が自分から学びたいと思った時に、望む教育を与えてあげることができたなら、どんなに価値あることだろう。
 地球にいた頃から小さい子にピアノを教えてきたあゆみにとって、子供たちが学ぶことを手伝うのは自然なことであり、喜びでもあった。
「あゆみんがやること、ボクもお手伝いするよー」
 メメント モリー(めめんと・もりー)はそう言って、青い鳥の翼を揺すった。
「あのね、ボクもこの図書館の事好きになったんだ。すごくお昼寝するのに気持ちよい場所があるし……子供たちが笑っていられるところって、とても貴重でとても心地良いんだ」
 もっと好きになってもらえる場所、もっと子供たちが笑っていられる場所になるような手伝いができるのは、面倒ではなく嬉しいことだ。
 サリチェは快くあゆみの提案を受け入れた。
「子供たちがみんな絵本を自由に読むことができるようになったら、きっと素敵ね。もちろん部屋は使ってもらって構わないわ」
「ありがとう。こうして地域の子供たちの育成を助ける活動を地道に続けていったら、図書館のことを認めてくれる人も増えるんじゃないかとも思うの」
 図書館という場所は、地域と結びついてこそ。
 所蔵する絵本を置いて、読みたい人に見て貰って……というだけでサリチェがはじめた絵本図書館ミルムは、少しずつ、本物の図書館に近づいているようだった。

 あゆみの提案についての話がまとまると、今度は縁が口を開いた。
「あの、さっきファタさんが言ってた希少本のことなんだけど……」
 これを見てみて、と縁は水彩色鉛筆と黒インクで描かれた何枚もの絵をテーブルに並べた。その隣に希少本を開いてみせる。同じ絵、同じ文章……まだ製本されてはいないが希少本を写したものらしい。
「サリチェさんに頼み込んで写本をさせてもらったの。古くて貴重なものでも絵本って読み手さん、つまり子供たちに何かを伝えたいって思いが形になったものだから、さ。破損を恐れてしまいこんでるのは勿体ないし、かといってあまり閲覧してると古い絵本は壊れてしまいそうだから、って考えたら写本が一番かなって」
 そう説明しながら、縁はしきりと目を擦った。日中は図書館の業務、夜は写本作業、と寝る間を惜しんで動いていたものだから、ここの処慢性的な寝不足だ。
「ねーちゃん、あきしょーの癖にはまりしょーだからな。気合い入りすぎてぶっ倒れるんじゃねーかと思ったぜ」
 そう言う睦月も目が赤く、眠そうにテーブルに両肘をつき、手の上に顔を載せている。寝てきたらと縁に言われているのだが、縁から目を離すのが心配でこうして頑張って起きているのだ。
「本当に。縁さんは無理をなさるから心配でなりませんでした。でもそのおかげで写本ができたのですわ」
 同じく寝不足がほの見えるクエスティーナが微笑んで、眠そうな2人にポットのコーヒーを注いで出した。
「写本ですか。俺も考えてはいましたが、これはどうやって写したんですか?」
 真人が写本のページを手に取って尋ねた。写しは原本と同じではないけれど、雰囲気はかなり似せてある。
「まずねぇ、本が焼けちゃうといけないと思って、フラッシュなしでデジカメで撮影してねぇ。それを描き写す紙の大きさにプリントアウトしてきて……」
 縁のあとをクエスティーナが続ける。
「私が持参しましたパラフィン紙を印刷したものに重ね、輪郭をなぞって取り外し、それを写本用の紙に重ねて上からなぞりましたの。その薄い窪みをガイドとしまして……」
「後はひたすら原本と睨めっこしながら、水彩色鉛筆で写したんだよー。あんまり必死で見てたもんだから、夢にまで絵がでてきたくらい」
 参考にと使った道具を見せながら縁はまた目をこすった。
 デジタルカメラで撮ったものをそのままプリントアウトして終わり、とすることも出来たけれど、それでは絵本の味が失われてしまう。だから、手間も時間もかかる大変な作業になるのを承知の上で縁は自分の手と目を使って写したのだった。
「素人だから巧くはないけど、これなら写本として使えないかなぁ」
 不安半分で縁は原本と写本したものを皆に見て貰った。
 サリチェは原本を記憶しているのだろう。写本したものの方だけを順に見、最後のページまでを確認して顔をあげた。
「同じではないけれど、この絵本が伝えたい雰囲気はよく出てると思うわ。これだったら十分写本として見てもらえそうね」
「良かったですわね、縁さん」
「うん。眠いの我慢した甲斐があったねぇ」
 作成するのは大変だけど、こうして写せば脆くなっている原本を損なうことなく、絵本の話を読んでもらえる。
 本はとても貴重だけれど、それでもきっと読まれるのを待っている。
 読まれたい本と読みたい人を繋ぎ、誤解してる人と誤解されている人の間を繋ぎ、子供と明日を繋ぐ。絵本図書館ミルムが行く先にそんな未来が拓けるようにと、今日もサリチェと学生ボランティアの面々は進み続けるのだった――。



担当マスターより

▼担当マスター

桜月うさぎ

▼マスターコメント

 
 絵本図書館ミルム第2回をお届け致します。
 第2回はミルムに影を落とす事件のお話。放火未遂や犯行声明という殺伐とした道具立てでしたけれど、今回も皆様からいただいたアクションはとても温かかったです。
 外はきりきりするくらい寒い時季ですけれど、第2回を書き上げた今の気持ちはほっこりです。

 次回の絵本図書館ミルムはイベント事の第3回。これでひとまず、絵本図書館ミルムのお話は終わりです。……という予定だったのですけれど。
 今回のお話の中で、ミルムは皆さんにたくさんの素敵な提案を頂きました。これを成さずしてイベントを開いて終了〜、ではあまりに勿体ないのではないかと思い、運営側に相談してみた処、最終回を出す前に番外編として出しても良い、という許可が頂けました。
 なので、当初の予定とは違ってしまいますが、次回に番外編、そして次に最終回のシナリオを出させて頂くことにしました。
 第2回で運営に対する提案を下さった方を中心に次回シナリオに招待させていただきましたが、この招待は番外編用ですのでお気をつけ下さいませ(最終回への招待は、番外編の時にさせていただきます)。

 では。ご縁がありましたらミルム番外編にてまたお会い致しましょう☆