百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

パラミタイルカがやってきた!

リアクション公開中!

パラミタイルカがやってきた!

リアクション


第一章 パラミタイルカふれあいツアー 2

「この時を待っていましたわ♪」

 ラズィーヤを筆頭にして、ツアー参加者がそれぞれボートに乗り込んでいく。白狐も指導員の指示のもとボートへと乗り込んだ。
 ボートがイルカの群れに近づくにつれ、あちこちで歓声があがる。
 白狐も顔の緊張を緩め、そして同乗していた指導員へとおずおずと尋ねる。

「あの、イルカと仲良くなるには、どうすればよろしいのでございますか?」
「そうだね、あまり怖がらせるようなことはしないで、あとは魚を上げればすぐに仲良くなれるよ。はい、それじゃあ魚を上げてみよっか」

 指導員から魚を渡され、白狐は言われるがままにそれを海面へと近づけた。
 すぐにイルカがやってくる。
 イルカはつぶらな瞳で白狐の顔を覗き込み、敵意がないとわかると優しく口を近づけてお行儀よく魚を飲み込んだ。

「今なら触れますよ、手を伸ばしてみてください」

 後ろで指導員が囁くいたので、白狐は慌てて手を伸ばす。
 しかし、イルカに逃げる気はなかったようで、白狐はいるかの額にあたる部分をぺたりと触っていた。そっと撫でてみる。
 すべすべとした心地よい感触に、白狐は自身の頬が緩むのを感じていた。

「イルカとのふれあいって、やっぱりいいですね」

 白狐の様子を見て、同じ船に乗っていた隣では桂が呟いた。「そうですね」と翡翠も同意する。
 その横で。

「ん〜、なんだかかもめの餌づけの気分だわ」

 フォルトゥーナは、ほら食え〜、と言わんばかりにエサを撒き、イルカの反応を見ては笑っている。

「フォルトゥーナ殿、楽しそうですね」
「ええ! だって、こんな機会めったに無いもの」
「ははっ。2人とも、どうですか? いい思い出になりそうですかね?」
「もっちろん! あぁ、来てよかった! ありがとね、翡翠」
「はい、俺もです。良い気分転換になりました」
「あ、指導員さーん。もっとエサちょうだい!」
「はい、わかりました。……さぁ、あなたもどうですか?」

 フォルトゥーナに追加のエサを渡すかたわら、指導員は背後でイルカを眺めていたルディ・バークレオ(るでぃ・ばーくれお)に魚を掲げてみせた。
 しかし、ルディは丁寧に頭を下げ、

「いえ、見てるだけでも十分ですわ」

 再びイルカに視線を落とすのだった。
 海という雄大な自然の中で、自由気ままに泳いでいくパラミタイルカ。
 その姿を見ていると、胸の内になんだか熱いものがこみ上げてくるような、そんな感じがする。
 それに触れてみたくて、ルディはおずおずと船べりに寄っていった。
 白狐のように撫でようと手を伸ばすが、気まぐれなイルカはあちらへ行ったりこちらへ行ったりとなかなか触れることが出来ない。

「あぁ、撫でるんだったら、エサを使うのがいいですよ。はいどうぞ」

 指導員は優しい笑顔でルディに魚を手渡した。
 ルディは試しにそのエサを海面に近づけてみる。
 すると、すぐにイルカが寄ってきて、きゅいきゅいと愛らしい声を出すのだった。

「あなたはかわいいですわね」

 イルカは、もっともっと、とねだるように体を動かす。
 そんなイルカの頭をときおり撫でながら、ルディは小さく微笑むのだった。

       *

「見てください某さん! この子たち、すごく可愛いですよ!」

 隣のボートでは、結崎 綾耶(ゆうざき・あや)が嬉しそうに腕を振りながら、匿名 某(とくな・なにがし)の服を引っ張っていた。
 屈託なく喜ぶその姿を見ているだけで、某はツアーに参加してよかったと強く思う。

「某さん、私もエサやりできるかな」
「あぁ、それくらい出来るだろ。指導員さ〜ん、エサくださーい」

 某は受け取った魚を綾耶に手渡す。綾耶はぴちゃぴちゃとエサを海面につけたりしながら「イルカさーん。おいでー」と呼びかけてみた。
 誘われるようにして寄ってきたイルカの姿に、綾耶はエサを上げるのも忘れてじっと見つめてしまう。

「へー。近くでみると結構大きいんですね……きゃっ」

 もっとよく見ようと、身を乗り出したのがいけなかった。
 不意に手を滑らせてしまって、綾耶の身体は海へと落ちて……。

「綾耶っ」

 ……いくまえに、某がとっさに抱きとめていた。

「まったく。着替えは持ってきてないんだから、海には落ちるなよ」
「はい、すいません某さん。あと、ありがとうございます」

 某は、ちょこんと下げた綾耶の頭に手を置いて、優しく撫でてあげたのだった。

       *

「さーって、私もちょっと触れ合っちゃおうかな」

 周囲の人たちのイルカとの触れ合いを眺めながら、秋月 葵(あきづき・あおい)『秋月 葵』は声を出していた。
 エサを手にとって、船べりへと近づいていく。
 その隣では、秋月 カレン(あきづき・かれん)がぎゅっとくっついていた。不安そうに眉根をひそめて、きょろきょろと視線を動かしている。

「大丈夫だよ、カレンちゃん。いい、見ててね。
 は〜い、イルカさ〜ん。お魚さんあげるよ〜♪」

 葵が海面へと魚を差し出すと、パラミタイルカが嬉しそうに顔を出しれきた。
 エサを食べている間に、葵はイルカの頭を撫でてやる。
 それを見て、カレンの瞳が輝いた。

「あおいママ〜。カレンもイルカさんにお魚さんあげたいの〜」

 カレンが、葵の服のすそを引っ張る。
 葵はカレンに魚を渡すと、海に落ちないように支えながら船べりへと近づいていった。

さあ、カレンちゃん。イルカさんとお友達になれそうかな?」
「おともだちになる!」

 意気込んで、カレンは手を伸ばす。
 差し出されたそのエサを、イルカはこともなげにぺろりと食べた。

「あおいママ〜。イルカさん、お魚さん食べてくれたよ〜」

 最初は恐る恐るだったカレンだが、安全と分かるとどんどんエサを手にとってイルカへと手を伸ばす。
 それを見ていると、葵の顔から自然と笑みがこぼれていく。

「あおいママ〜。もっとイルカさんと遊びたい。行ってもいい?」

 エサを食べ終えたイルカが帰っていく様を見て、カレンが小首をかしげた。

「う〜ん、指導員もいるし、大丈夫かな? うん、行っといで♪」
「わ〜い!」

 カレンは聞くが早いか、妖精の羽を広げてイルカのそばまで飛んでいくのだった。

 そんなほほえましい光景を、高務 野々(たかつかさ・のの)はボートの中央に座って観賞していた。
 特にエサやりには参加せず、船上の掃除をしながらみんなの様子を眺めている。
 不思議に思った指導員が、エサを片手に野々へと近づいていく。

「お客様もエサやりをどうぞ。今日はイルカたちの機嫌もいいみたいで、簡単に触らせてくれますよ」
「あの、いえ、私は少しいろいろありまして。遠くから眺めているだけで十分です」
「そうですか? こんなチャンスめったにありませんよ?」

 そう言って指導員が指し示す先には、パラミタイルカがつぶらな瞳を野々に向け、ねだるようにくるりと回ってみせていた。

「うぅ、だめです。そんな目で私を見ないでください」

 野々が手を広げて遮るものの、きらきらとした瞳はじっと見つめたまま動かない。

「うぅ、わかりました。わかりましたよ。でも、お願いですから、水しぶきをこちらに飛ばさないでくださいね……? このメイド服、私的にはとても気に入っているので……」
 魚の尻尾をちょこんとつまみ、恐る恐るといった感じで、野々はイルカへと近づいていく。
 イルカが動いた瞬間に、驚いて手を離す野々。
 さっきまで野々がいた空間に、水がはねてきた。回避成功である。
 野々が落としたエサを上手にたいらげたイルカは、再びねだるように視線をおくってきた。

「これならもう一度やっても大丈夫そうですね」

 緊張を解き、野々がエサを取ろうとイルカに背後を向けた。瞬間。

 バシャン

 とつじょ身を翻したイルカが、尻尾で海水を跳ね上げた。
 不意を突かれてよけることもできず、野々は前進に海の水が浴びてしまうのだった。

「あぁ、やっぱり……」

 気まぐれに身を翻したイルカは、別のボートへと近づいていく。
 近くの海面には、エサの魚が浮かんでいた。
 だが、イルカがエサを口にしようと飛び出したとき、その魚はするりと飛んで逃げていく。

「あはは、おもしれー」

 いたずらの仕掛人はエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)
 彼はエサに紐をくくりつけ、まるで釣りでもするかのように甲板からそれを垂らしていた。そして、イルカが食いつこうとした瞬間に紐を引き、彼らを跳ねさせて遊んでいる。
 その光景をミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)はエヴァルトの身体にしがみつつ、おっかなびっくりと眺めていた。
「な、怖くないだろ」

 こくこく。うなずくミュリエル。

「それじゃあ、ミュリエルもエサやりしてみるか」

 こくこく。うなずくミュリエル。
 ミュリエルは左手でエヴァルトを掴んだまま、右手で魚を持ち、イルカたちへと伸ばす。
 今度こそ手に入れたエサを飲み込んだイルカは、どこか満足そうだった。

「イルカさん、かわいいです」

 顔をほころばせ、さらにえさを与えるミュリエル。

「おっと、こんなシャッターチャンス、めったにないな」

 思い出したように、エヴァルトはイルカとミュリエルのツーショットを、ファインダーの中に納めたのであった。

       *

「イルカさん、おいでー。エサよ〜」

 エサを与えながらのふれあいは、いたるところで行われている。
 水無月 零(みなずき・れい)もまた、その中の一人だった。

「ふふふ、かわいいな」

 嬉しそうにイルカの頭を撫でる零の姿に、神崎 優(かんざき・ゆう)は思わず顔をほころばせた。

「楽しそうだな」

 優が語りかけると、零が満面の笑みで振り返る。

「うん。パラミタイルカに会いたかったし、それに……優とこうやって、二人で出掛けるのも久しぶりだから」

 そう答えた零の顔は、すこし顔を赤く染まっていた。
 そんな姿を見ていると、優は改めて誘ってよかったと実感する。

「そうだな。よし、俺もエサやりをしてみようか」
「あ、私が教えてあげるね。魚をあげながら撫でるのって、ちょっとコツがいるんだよ」

 零がにっこりと優に微笑みかけると、二人は寄り添ってイルカたちとのふれあいをはじめるのだった。

       *

 一方、エヴァルトたちの隣では、神和 綺人(かんなぎ・あやと)たちもイルカと触れ合っていた。

「へ〜、色が違う以外は、地球のイルカとあんまり変わらないんだね。まぁ、地球のイルカは見たことしかないから、さわり心地の違いはわからないけど」

 エサを与える綺人は、エサを片手にたくさんのイルカの頭を撫で回す。

「かわいいです! さすがイルカです! 同じ海の生き物でも、タコやアンコウとは大違いです!」

 隣では綺人以上の勢いで、クリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)がイルカの口先をつかんだり体に触れたりしてスキンシップをはかっていた。

「なるほど。これが、かわいらしい、というものですか」

 きゅいきゅいと集まってくるイルカたちを見て、神和 瀬織(かんなぎ・せお)が無表情のまま呟く。

「瀬織はどう? 瀬織もエサやりをしてみない?」

 コクリ。と間髪いれずに瀬織はうなずいた。どうやら顔にこそ出してはいなかったが、瀬織もイルカに対して興味津々だったらしい。
 瀬織は綺人の様子を観察して、見よう見まねでエサを与えてみる。
 すぐにイルカたちは瀬織の手から魚を受け取り、きゅいきゅいと愛らしくお礼の声を出すのだった。

「ユーリもどう? 楽しいよ?」
「いや、俺はいい」

 一歩引いたところから3人を眺めていたユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)にも綺人は声をかけたが、ユーリ軽く微笑んで首を左右に振る。

「俺はイルカよりも、綺人たちを見ていたほうが楽しい」
「えー、ユーリさん、もったいないですよ! せっかくのパラミタイルカですよ? もっと思いっきりふれあいましょうよ!」

 クリスが割って入り、腕を振りながら力説する。

「そうです! せっかくですから、一緒に泳いでみちゃいましょうか。確か泳いでも大丈夫なんですよね!?」

 興奮の冷めないクリスに向けて、ユーリは苦笑して首を振った。

「やめとけ、やめとけ。一緒に泳いでいて、イルカとぶつかったらどうするんだ」
「何を言っているんですか、ユーリさん。大丈夫ですよ! 気をつけます! それに、イルカとぶつかったくらいで、どうにかなるような私じゃないですよ?」

 頬を膨らませるクリスに向けて、ユーリは半眼になってため息を漏らすのだった。

「クリス。俺が心配しているのは、お前がイルカとぶつかって、イルカの方が怪我するんじゃないかと懸念しているだけだ。クリス自身に関しては、少しも心配していない」

       *

「キャーーーッ! 可愛いよ可愛いよ、イルカさん!」

 別のボートの上では、ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)が船べりに身を乗り出していた。
 だが、ティアがカナヅチだと知っている風森 巽(かぜもり・たつみ)にとって、今にも落っこちてしまいそうなその光景は、心臓に悪すぎる。

「ちょ、ちょっと、ティア、落ち着いて! あんまり身を乗り出すと、海に落ちちゃうよ」
「え? うあ! そうだった、あぶないあぶない。イルカさんの罠にはまるところだっ……あ! いいな! 向こうの人、お魚あげてナデナデしている!」

 自制したのもつかの間。ティアはすぐに指導員に駆け寄って、魚が入ったバケツを受け取っていた。

「イルカさん、どうぞ〜。うわ〜、可愛いなぁ、ほんとに」

 魚を与えつつ、イルカと触れ合うティア。ここが海の上だということをすっかり忘れているのか、海を恐れずに身を乗り出している。

「ティア、危ないって!」
「大丈夫だよ、タツミ。ちゃんと船につかまって……きゃっ!」

 そこからはまるでスローモーションのようだった。
 船べりから手を滑らせたティアは、まるで飛び込むようにして海へと落下していく。

 ボチャン

「ティアーーーッッ!?」

 巽が海に飛び込むべく船べりに足をかけた。その腰を指導員が慌てて掴む。

「離せ!? すぐに助けに行かないと! アイツは泳げないんだっ!」
「お客様、着衣水泳は危険です。ここは私どもに任せてください」
「わ、わぁ。すごい!」
「え?」

 急に聞こえてきた声に目を向けてみると、そこではイルカの背に乗せられたティアがいた。
 彼女はゆっくり立ち上がると、そろそろと戦場へと戻ってくるのだった。

「い、イルカさん。ありがとう」

 きゅいきゅい。イルカが声を上げ、エサをねだる。

「め、珍しい。パラミタイルカがここまで気を許しているなんて。これなら、一緒に泳いでも大丈夫そうですね」

 指導員が感心したように呟いた。