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【2020授業風景】すべては、山葉のために

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【2020授業風景】すべては、山葉のために

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「さて、何を作ってほしい?」
「揚げ出し豆腐!」
 調理器具を用意しながら東條 カガチ(とうじょう・かがち)が聞くと、椎名 真(しいな・まこと)は元気良く答えた。その勢いに少し目を丸くしつつ、カガチは軽く了承する。
「まあ、このクソ暑い夏でもさっぱり食えるメニューだしねえ」
 冷蔵庫と調味料棚から豆腐などの材料を揃えて調理台に置くと、真は嬉しそうに目を輝かせた。
「カガチ……揚げ出し豆腐、ほんとに作ってくれるのか……!!」
 テンションの上がった真は、汁物として鰯のつみれ汁を作ろうと準備を始めた。氷の敷き詰められたアルミのバットから鰯を取り出しておろし、頭と尻尾、内臓を除いて開いたそれをたたいていく。骨も入念に砕いて加え、塩、生姜と葱のみじん切りを入れた。
「まるめて汁にいれる作業……これ、あの二人に手伝ってもらえないかな? 単純な分、結構色々想いふけるいい時間だと思うんだ。少しは二人のズレがなくなるといいけど……」
 真の言葉に、カガチは今日の主役の現在地を確認した。
「んー……じゃあタイミングを見て呼んでみるかねえ」
 花音は1人で何かを作っているのではなく、それぞれの調理のヘルプという形で実習に携わっているようだった。涼司は壮太とミミ、女子2人とテーブルを囲んで食事をしていた。先程、涼司が壮太に噛み付いていたようだが何を言っていたのだろうか。そのうち、壮太が席を立って歩き始めた。
「壮太」
 真が呼び止めると、壮太はおう、と気軽な調子でこちらにやってくる。
「さっき、山葉さんと何を話してたんだ? なんか一瞬、怒ってたみたいだけど……」
「ああ、怒らせたんだよ。で、言いたい事はちゃんと言えって……」
 後からミミも追いついてきて、原田 左之助(はらだ・さのすけ)柳尾 なぎこ(やなお・なぎこ)と共に真達は話を聞いた。
「ふむ……メガネは少し前進したと見ていいのかねえ」
 調理の手を止めることなく耳を傾けていたカガチは、食材を運んでいた花音に声を掛けた。次いでテーブルを離れた涼司も呼び止める。
「2人共、少しこっちを手伝ってくれるかい」
「あ、はい! ちょっと待っててくださいね」
 花音は食材を然るべき所に届け、平然とした顔で戻ってきた。
「えっと……それで、何をしましょうか?」
「つくねをまるめてほしいんだ。結構な量があるから、山葉さんと一緒にやってほしいんだけど……」
「涼司さんとですか? わかりました」
「い、いいのか? 花音!」
 驚いて喜ぶ涼司に、花音はしれっとした態度で言う。
「お手伝いするのに良いも悪いもないじゃないですか」
 花音はボウルに入ったタネを半分に分けると、涼司に見せた。
「こっち側を涼司さんがやってくださいね。あたしはこっちをやりますから」
「あ、ああ……」
 少し気後れしたような表情で、涼司は頷く。調理を続ける真達の隣で、2人はしばらく無言でタネを丸めていた。カガチは、まな板の上に季節の野菜である茄子とピーマンを乗せると、なぎこに言った。
「なぎさんはこれを切ってね。終わったら、大根と生姜をおろしてくれるかな」
「カガチのあしすたんと? なぎさんやるよ!」
 なぎこはことさらにはりきって、季節の野菜である茄子とピーマンを切り始める。こちらが普通にしていれば、涼司達もリラックスして話が出来るだろう。
「花音……」
 やがて涼司は、花音になんとか話しかけ始めた。4人は花音に意図を悟られないように、偶々を装って声の聞こえない位置にまで移動する。
 カガチは水を切って適当に切った豆腐に米粉を塗し、揚げていく。片栗粉の代わりに米粉を使うとカリカリになるのだ。それをからっと仕上げて、大根おろしとおろし生姜を乗せる。なぎこに頼んだ野菜を素揚げして添え、天つゆをかければ完成だ。
 涼司の大きな声が聞こえる。
「だから俺は……前みたいに花音と一緒に居たいんだよ! 大体、どうして突然、手の平を返したように……」
「……涼司さん、つくねの形がいびつですよ? まあ、煮れば味は同じですけど」
「え、いや……今はそんな話をしてるんじゃなくて……」
「今日は調理実習ですよね? 涼司さんは実習に来たんですよね? それなら、真面目に実習してください」
「え、あ、だから……」
「……傍から見てもかみ合ってねぇのが丸分かりだぞお前さん達……」
 段々と勢いを失っていく涼司を見て、左之助が2人に近付いた。真は、何か思うところでもあったのかと様子を見守る。周囲に配慮する事も忘れない。
「縁あって相方になったんじゃねぇのか……? 其処の眼鏡の坊主も、言いたいことはちゃんと最後まで言え。好きの反対は嫌いじゃねえ。無関心だぞ? そうなっちまう前に、何とかしろ」
「無関心……」
 嫌いなのではなく、どうでも良いから。一緒に居たくないのではなく、別に居る必要がないから。だから態度が変わったのだろうか。花音は今、完全な他人になってしまう前の状態なのだろうか。
 2人に対して諭すように、左之助は言う。
「好きな事思えて好きな事出来るのは、影で負担してる奴が居るからなんだぜ? ……嬢ちゃん、自身の意思と身勝手を勘違いするんじゃねぇ。坊主も、今の状況を不幸と思って諦めるんじゃねぇ」
「…………」
 花音は、作業の終わった手を無言のまま洗っていた。ふてくされと真面目が半々といった表情だ。涼司もまた、落ち込んだように俯いてしまう。
「じゃなきゃ……いつか自分に返ってくるぜ」
「そーだよー」
 そこで、カガチが合の手を入れた。調理の手は止めずに、鍋に市販のトマトソースを入れ、出汁を混ぜて伸ばしたものに片栗粉でとろみをつける。焼き茄子を加えれば、天つゆとはまた別のうまさの揚げ出し豆腐が出来るのだ。
「だいたいさあ、片一方がくたばればもう一方も無事じゃいられねえ。そういうリスク背負ってそれでもこいつとならって思って、覚悟して契約するんだろう。少なくとも俺はそうだし、きっとあんたらだってそうだ。ちゃんと向き合って、けじめくらいつけな。“親友”としてでもさ」
「……あたしはけじめつけてますよ。身勝手なんかじゃありません。だから、前から言ってるじゃないですか。鮪さんの方が涼司さんより絆値が高いんだって。それ以上、言うことはありませんよ。けじめをつけるのは涼司さんの方です。それはもう涼司さんの問題だし、あたしは知りません」
「絆っていっても、いろいろあるんだよ?」
 それまでずっと黙っていたなぎこも話しかける。
(カガチやなぎこさんも、やっぱり何か感じたのか……)
 すまし汁につみれを投入してゆで加減を見ながら、真は思った。鍋に意識を向けながらも、話に耳を傾ける。
「絆とか気にしてたらカガチのおよめさんは真おにいちゃんになっちゃうけど、違うんだよ」
「真さんの方が、絆値が高いんですか?」
 大して興味も無さそうに、花音は聞く。
「うん。でも真おにいちゃんは『ふるにょーぼー』ってやつなんだって。カガチのおよめさんはなぎさんだけで、それはカガチがなぎさんを選んでなぎさんはカガチを選んだからだよ」
「絆っていっても、友人、恋人、魂の片割れから相棒、果ては宿敵仇敵までいろいろだからねえ」
 盛り付けをしながら、カガチは言う。
「涼司おにいちゃんだって、この人って思って花音おねえちゃん選んだんだよ。花音おねえちゃんもそうだよね?」
「あたしはそうですけど、涼司さんは……」
 ちらりと涼司を見て言い淀む花音を、なぎこはちょっと怒ったように見上げる。
「どうして自分の選んだだんなさまを信じてあげないの? そんなんじゃいいお嫁さんになれないんですよ!」
「まあまあ、なぎこさん落ち着いて」
 そこで、おわんにつみれ汁をよそっていた真が言った。
「料理も出来たし、花音さんと山葉さんも一緒に食べよう。美味しいよ……!」
 彼の笑顔に、カガチ達は思わずきょとんとした。そしてほぼ同時に力を抜く。
「じゃあ、皆で食いますか」
「湿った気分は、一旦忘れて味わうか。折角作ったんだからな。おまえらも手伝ったんだから、座ってけ」
 左之助に促され、花音と涼司もそれぞれに食事を運んでいく。それに続こうとする真に、左之助は言った。
「真は、良いのか? 何も言わなくてよ」
 真は振り返って、困ったように笑った。
「はは……俺だって思うところがないわけじゃないけど……言いたい言葉は、きっと伝わってる。だから、俺からは特に言うことないよ。それに……」
「それに?」
「……最後の踏み込みは誰かじゃなく、自分でやらなきゃだめだと思うから」
 それから4人は、花音達とも他愛無い話をしてわいわいと食事を楽しんだ。食器を片付ける際に、真は花音と涼司にそっ、と言った。
「少しだけでいいから、兄さんやカガチ達の話を心に留めておいてくれないかな……。難しい問題だと思うけど、きっと大切な事だから」