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【2020授業風景】すべては、山葉のために

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【2020授業風景】すべては、山葉のために

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「環菜は今日も忙しそうだな。彼女の為の食事を作るか」
 樹月 刀真(きづき・とうま)は、並べた材料からブルーベリーを選ぶと封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)に渡した。
「俺はサンドイッチを作るから、これを洗っておいてくれ」
「わかりました。ブルーベリーのパウンドケーキ……美味しそうですね」
「環菜はいつも携帯を見ているし、目の健康に良いブルーベリーがいいかと思ったんだ」
 刀真は、続いて漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)に薄力粉とベーキングパウダーを渡し、分量を伝えた。
「ふるいにかけるのね。そのくらいなら……」
 料理がな苦手な月夜は、隣の白花に笑いかけた。
「一緒に料理を覚えようね」
 今まで封印の巫女としての役目があった白花は、料理の経験が全く無かった。これを機に覚えようという白花と2人で、少しでも上手くなれたらなと思う。
「はい、がんばりましょう」
 いつも一人で食事を作っている刀真を手伝えるようになりたい。白花はそう思っていた。彼と二人で、一緒にキッチンに立つ所を想像したら照れるけど、良いなと思う。
 月夜達が作業を始めると、刀真はマヨネーズ作りに取り掛かった。具材の味を殺さないように少し薄味にする。フライパンで一気にスクランブルエッグを作り、熱々のうちにマヨネーズを混ぜ、タマゴサラダにする。それをトーストした厚めのパンで挟めば1品目の完成だ。
 2品目はハムとレタスのサンドで、ハムは塊を厚めに切って、レタスは手でちぎるように。その2つを交互に重ね、パンのハムが当たる面にバターを、レタスが当たる面に先程作ったマヨネーズを塗って挟んだ。
 一方月夜は、合わせた粉を丁寧にふるいにかけていた。ボウルの中で粉が舞い、月夜の鼻先をくすぐる。
「くしゅん……あっ」
 また粉が舞って、それを慌てて手で払う。幸い、粉はそう広がることなくおさまった。
「ふふ、髪に粉がついてますよ」
 白花に言われて、少し離れたところで髪を払う。戻ってくると、月夜は白花が洗っているブルーベリーを一つ、つまみ食いした。
「あ、月夜さん……勝手に食べちゃ駄目ですよ」
「……うん、甘くて美味しい。1個くらい大丈夫よ、ほら、白花もあーん」
 もう1つ取って、今度は白花の口に持っていく。
「いえ、私はあの……」
 戸惑う白花だったが、月夜が引きそうも無いのを見て取って、ぱくんと食べた。
「あーん……美味しいです」
 はにかむように笑う白花。
「何をやってるんだか」
 軽くじゃれあう2人を見つつ、刀真は2品目のサンドイッチを一口サイズに切り、バラバラにならないように串を刺した。
「ほら、ケーキ作るぞ。やり方わかるか?」
「「…………」」
 顔を見合わせる月夜達に、刀真は1つ工程を教えた。2人は、慣れない手つきで協力しながら作業を進めた。砂糖と溶かしたバターを混ぜて卵を加え、そこに月夜がふるいにかけた粉を加えて良く混ぜ、つやが出たところでブルーベリーを加えて更に混ぜた。出来上がった生地を型に流し込み、中央に窪みを作ってオーブンで焼く。
 しばらく経って焼きあがり、月夜がオーブンからケーキを取り出そうとした。タオルを使ったのだが、誤って型に触ってしまい、手を引っ込める。
「あつっ」
「月夜さん、大丈夫ですか?」
 白花は、急いで月夜の手を取って水につける。それから直ぐにヒールをした。
「あっ……白花、ありがとう」
「もう痛くないですか?」
 そしてケーキを冷まし、カットする訳だが、この3人、未だ一度も涼司について触れていなかった。刀真に聞けば「山葉? 知らん」と答えたことだろう。

 涼司は、神崎 優(かんざき・ゆう)水無月 零(みなずき・れい)に誘われてテーブルについていた。
(今日は、どうも色んな奴が声を掛けてくるな。何故か皆、気遣わしげだし……。俺って、そんなにひどい顔してるのかな?)
 それとも、一昨日飲んだくれてタクシーの運ちゃんに世話になったことが、噂になっているのだろうか。でもあの日は、花音に邪険にされて凄くショックだったのだ。最近の花音は本当に、冷たい。しかし――
 零はブルーベリーのタルトを涼司の前に置くと、明るく、優しげに言った。
「コレでも食べて元気になってください」
 タルトの隣に、優がカモミールティーの入ったティーカップを置いた。青りんごに似た香りが、涼司の気持ちを落ち着かせる。
「最近いつもの元気が無いがどうしたんだ?」
 全員がテーブルに落ち着いた所で、優が言った。
「何か悩み事があるような顔をしているぞ」
「ああ……やっぱり、そう見えるんだな……」
 涼司は溜め息を吐いて、タルトにフォークを入れる。
「俺達で良ければ、相談に乗るぞ」
 真摯な表情で言われ、涼司はぽつぽつと話し出した。花音の態度が最近冷たく、鮪に心奪われてから、それが輪をかけて酷くなったこと。嫌われているんじゃないか、と思ってしまうということ。ついさっきも、つんけんしてあまり話をしてくれなかったこと。
「花音は鮪が来るようになって、変になっちまった。それとも、鮪に本当に騙されて……好きになっちまったのかなあ。でも、他の男を好きになったからって俺を嫌いになる道理は無いし……俺、何か悪いことしたかなあ……」
「原因については、いくら考えても推測の域を出ないんじゃないか? そういう態度を取られて……山葉はこれからどうしたいんだ?」
「俺は……花音と仲直りしたい。前みたいに、2人で冒険とか行きたいんだ」
「仲直りできるような努力はしたのか?」
「え?」
「話を聞いていると、一方的に内に籠もって後ろ向きになっているような気もするぞ。もう少し前向きになってみたらどうだ? 山葉らしく」
「俺らしく……?」
 涼司が頼りない表情で見返すと、優は頷いた。
「この世にあるのは必然だけだ。今の状況にも、なるべくしてなったんだろう。そう思えば、先を恐れることもないだろう」
「たとえ怒っていたとしても、女性は好きな人から話しかけられると嬉しいものですよ。あまり気負わずに正直になれば、道は開けてくるものです」
「そ、そうか……。正直に……」
 零の言葉に、涼司は少し希望を持ったようだった。自分自身で納得して行動した方が山葉の為だ――。そう思って2人は話を聞いていたのだが、少しは一助になれただろうか。
「また何かあったら、相談に乗るぞ」
 優はメモ用紙に自分の携帯番号とメールアドレスを書き、涼司に渡した。零と一緒に、空になった食器を片付けていく。
「バレンタインの時は、いろいろとごめんね」
 そこに、ロートラウトが声を掛けてきた。白い皿を何枚か重ねて持っている。涼司は、デートに誘われ、『愛』の形、というより兜飾り型のチョコの処分先にされかけたことを思い出した。
「義理チョコですらなかったし……あのドッキリチョコは、結局自分で食べたんだよねー」
 頬をかきつつ申し訳無さそうに言うロートラウト。
「ああ、そんなこともあったな……」
 あの時は、エヴァルトが花音を連れてきて――そのエヴァルトを目で探すと、彼は普通に実習に参加していた。同じ調理台では、絢乃が出来たカップケーキをケヴィンに試食させている。
(意外と見た目はキレイに出来た、と言うか……見た目だけなら、お店にだせるかもしんない)
 失敗を自覚しつつ、味に関しては見た目を信じようと決意して、絢乃はケヴィンに注目した。
「う、うまいっ……!」
 それを食べて、昏倒するケヴィン。うまい、と聞いて、絢乃は「本当っ?」と無邪気に喜んだ。彼が倒れる際に小声で、
「……褒めて食えば……次はまだマシになると……信じ、た……」
 と言ったのは聞こえていない。
「ウォレスー、ウォレスも食べてっ!」
「え……お、俺に? え、えっ?」
 ウォレスはもの凄く狼狽した。逃げ道を探してキョロキョロするが、しかし、ライバルのケヴィンが食べたのに自分が食べないわけにもいかない。ウォレスは決死の覚悟で、カップケーキを口にした。満面の笑みを浮かべて、泣きながら言う。
「お、美味しい、よ? こ、こんな旨いの、俺、初めて、食べた……」
 やはり昏倒するウォレスに、絢乃はもしやと冷や汗をかきながらも、2人の言葉を表面上受け取って涼司に近付いた。昏倒したのは美味しすぎたから。昏倒したのは美味しすぎたから――
「振られ虫〜いじけ虫〜。女の子たちがこんなにキミの事力づけようとしてるんだから、やせ我慢でもシャキッとしなさいよっ」
 涼司にケーキを押し付けつつ、絢乃は言う。
「え……? 俺を……?」
 何故こっちに来る! と殺人ケーキに及び腰になっていた涼司はきょとんとした。まだ、この実習の意図を分かっていない。
「1時間目にいろいろ説明があったよ? 参加説明用紙……」
 教えてあげようとポケットを探すが、用紙は見当たらず。
「アレ? どこか行っちゃった。…………まあいいや! 美味しいもの食べれば元気になる、ハズ!! 何でもいいからとりあえず食べろってば!!」
「むー、むーーーーーー!」
 抵抗空しく、口に無理やり押し込まれる。ご多分に漏れず、涼司は目を回して昏倒した。
「あーーーーー……だ、だって、ケヴィンとウォレスは美味しいって言ってくれたもん!」
 それを見て、絢乃は遅まきながら味の真実を受け入れ、脱兎のごとく逃げ出した。

「う、うわあー、すごい丁寧だね!」
 御陰 繭螺(みかげ・まゆら)は、本郷 翔(ほんごう・かける)の作っているものを見て羨ましそうな声を出した。鍋の中で、じゃがいもやにんじんが一切煮崩れをしていない状態で入っていた。肉も柔らかそうである。下ごしらえも丁寧に行い、出汁もしっかり取ってあった。
「花音様に食べていただきたいと思いまして。家庭料理の定番である肉じゃがを作って、何かを見つけてほしいんです」
「何か?」
「……はい。まあそれは、パートナー同士、違うと思いますから『何か』ですね。私が花音様に料理を出して尽くすことで、山葉さんにも尽くしていたことを……その頃の気持ちを思い出してもらえたら、と」
 灰汁をとりながら、翔は言った。
「私の所も、パートナーが暴走して結構困りものではありますけど、パートナーを無視するのは、ちょっと行きすぎに見えるんですよね。そう言った思いが伝われば良いんですけれど。……ところで、大丈夫ですか? 鍋がふきこぼれそうですが……」
「えっ、わっ! わっ!」
 途端に混乱して、繭螺はおたまでそれを戻そうとする。
「火を……弱めればいいんだ……」
 アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)が若干、本当に若干、呆れたような表情になってつまみをいじった。彼女の肩にはティーカップパンダの桜華(ロウファ)が座り、のんびりと料理の完成を待っている。ロウファは、料理を貰う代わりに涼司を励ますように言われていた。
「さっきから……どうにも危なっかしいな……私がやろう……」
「あ、アーちゃん、ありがとう!」
 繭螺は、少しほっとして言った。作れないわけではないものの、普段はアシャンテが料理を作っているため、どうにもしっちゃかめっちゃかだった。精神状態も、とある事情で落ち着かなく……
「それにしてもみなさん、料理がお上手ですね。僕はそんなに得意ではないので……何か、アドバイスとかありますか?」
 ビーフシチューを作っていた風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)が鍋をかき混ぜながら言った。無難だ。もの凄く無難な出来だ。彼のパートナー、諸葛亮著 『兵法二十四編』(しょかつりょうちょ・ひょうほうにじゅうよんへん)(以下リョーコ)は今回も授業に参加する気はこれっぽっちも無く、しかし外に出ることもなく優斗の目の届く所で涼司と花音の様子を楽しそうにチェックしている。ラブ軍師リョーコの今回のターゲットは涼司達に絞られているらしい。
 まことに結構なことである。
「そんなに混ぜなくても大丈夫ですよ。あと、もう少し弱火にしても良いかもしれません」
「あ、そうなんですか?」
 翔の言葉に、急いで火の勢いを調節する。
「あと、ローリエを入れると風味にコクが出て……まろやかになるんだ……」
「ローリエ……あの、葉っぱみたいなやつですか?」
 きょとんとする優斗に、アシャンテは頷く。翔は、肉じゃがの鍋に調味料を加えて1度目の味見を始めていた。
「根回しを使って花音様の好みも調べておきましたし、気に入っていただけると思いますが……繭螺様は今日は?」
「あー……うーんとね、うーんと……うぅ、なんか、他人事に思えなくって……山葉さん……かわいそうだよねー……」
「しかし……山葉はどうして落ち込んでいるんだ……? 最近見かけないと思えば……突然この騒ぎだ……」
 アシャンテは、配布された紙を見た繭螺に「ボク達も山葉さんを励まそうよ!!」と言われて仕方なしに参加していた。繭螺がはりきっているのでそれもいいか、と思っているが。
「だから、それは山葉さんが花音さんにふられて、相手にされなくなっちゃったから……」
「それが……どうにも解らないのだが……なぜ花音が山葉をふったのか……なぜそれで落ち込む必要があるのか……」
 彼女は、恋愛や男女間での付き合い云々について、一切関心も興味も知識もなかった。その為、2人の感情の機微が全く理解不能なのだ。
「どう思う……? 繭螺……」
「え? だ、だからね! ボクも山葉さんも……え、えと……」
 そんなアシャンテは、当然繭螺の気持ちにも気付いていない。繭螺だけではなく、他の身内達から向けられる様々な感情にもさっぱりだった。そもそも、男と女という違いを、まったく重要視していない。
「も、もういいよ! とにかく、アーちゃんは山葉さんを励ませばいいの! あと、おでんを作ればいいの!」
「……? そうか……」
 繭螺がそんなに一生懸命になる理由もよくわからなかったが、まあ、困っていたり、落ち込んでいる人を見るとほうっておけない子だし、その辺りが動機なのだろう、と結論付けた。
 ちなみに、アシャンテは料理に関して、下手なプロ以上の腕前をしている。記憶喪失である本人は、なぜ自分がそんなことができるのかわかっていないわけだが。
「だが……どうしておでんなんだ……?」
「落ち込んでる時はおでんって決まってるんだよ! おでん食べながら愚痴をこぼすとすっきりするんだから! あ、あとアーちゃん、甘酒も作りたいんだけど……」
「甘酒……?」
 ――繭螺は、何か特定のシーンをイメージしているらしい。