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リアクション
「山葉の奴も大変みてぇだな。まあその辺りは適任の奴らに任せた! て事で、大谷地 康之(おおやち・やすゆき)は静かに料理するぜ!」
康之は語尾にエクスクラメーションマークを付けて言うと、中華鍋を取り出してコンロにガシャン! と乗っけてガスコンロのつまみをひねる。……静かにする気無いだろう。
「っしゃぁ! 早速料理開始だぜ!」
気合を入れて乾坤一擲の剣を構える康之に、生徒達は驚いたり戦いたり目を疑ったりする。今、料理って言ったよね? バトルって言ってないよね?
「某、ちみっ子! 『猫華』がただのカオス空間じゃねえってところを見せてやろうぜ!」
元気に叫ぶや否や、キャベツとにんじん、たまねぎを頭上に放り投げる。そして軽身功で家庭科室の壁を蹴り、一気に空中に躍り出た。落下する前の野菜をチェインスマイトでぶった切る。切れた野菜のうちの半分くらいが中華鍋の中に納まった。着地した康之は、その中に豚バラ肉をどっさり入れる。
隣のコンロにも中華鍋を置いて、ごはんと卵、1瓶まるごとの鮭フレークを投入する。再び乾坤一擲の剣を両手で持つと、康之は2つの鍋に爆炎波をぶちかました。
「おりゃあ!」
もともと点いていた火が一瞬ぼあっと威力を増し、がたがたと不安定に揺れる中華鍋を一気に炒める。
しかし爆炎波の炎など、ガスコンロにしたら迷惑なだけである。意味無いし、というか壊れるし!
康之のパフォーマンスは、『猫華』がただのカオス空間であることを決定づける一助になること請け合いだった。ちなみにカオスなのは公式掲示板の方で、コミュはごく平和である。
「……あのアホは何一人料理漫画やってるんだか……まあ他人に迷惑かけるまでは放っておくか」
「そ、そうですね……」
塩を適当に振り掛けまくる康之を見ながら匿名 某(とくな・なにがし)が言うと、結崎 綾耶(ゆうざき・あや)はい、いいのかな……? と思いながらも同意した。他の生徒達もぱらぱらと解散していく。少しばかり場所を取るし、調理台が1つおじゃんになりそうだが、とりあえず人体に害は無さそうだ、と判断したのだ。「ちゃんと掃除しとけよー」と誰かが言う。
「でも……確かに、山葉さんの事は私じゃ力になれなさそうです……」
「あの紙にも眼が……山葉のためとあったけど、考えてみたら俺達ってあいつと接点ないんだよな。そんな奴がどうこう言うより、他の親しい奴らの方が言葉に重みがあるってもんだ」
某はそうして、綾耶の頭にぽん、と手を乗せた。そこで、何かに気付いたように慌てて手を離す。
「……て事で、今回は調理に回るとするか」
「はい! 料理を作る事でみなさんのお手伝いが出来るなら、一生懸命頑張りたいです!」
その変化を認識することなく、綾耶はにっこりと微笑んだ。チョコレートや生クリーム、ビスケットなど、必要な材料を用意する。
「マイペースで良いんだぞ。あんまりはりきると……」
「……?」
「……ああなるからな」
康之を指差して言う某に、綾耶は困ったように笑った。
「それだけは、大丈夫だと思います」
「なんか手伝える事があったらなんでも言ってくれよな?」
そう言って、某はじゃがいもの皮を剥き始める。綾耶もデザートのチョコタルトを作ろうと、ビスケットを袋に入れたまま砕く作業に取り掛かった。麺棒の先でざくざくと砕く。大きな塊が残らないように、きちんと粉にしようと力を入れると時折背中に痛みが走った。某に悟られないように注意しながら、ある程度砕いたところで麺棒を横にしてパスタ生地を伸ばす要領で体重を掛けた。その間に、某は適当に切ったじゃがいもとウィンナーをバターで炒めて塩こしょうで味付けし、皿に盛っていた。最後にチーズを振りかけ、完成した炒め物を1口食べる。
「まあこんなもんかな……綾耶、ちょっと味見してくれないか?」
綾耶は、手を止めてじゃがいもを口に入れた。調理の特技を使っているし、そこそこだとは思うのだが――
「美味しいです。某さん」
顔を綻ばせる綾耶に、某も安心して、少し嬉しくなった。
「そうか……、じゃあこっちは終わったし、それ、大変そうだから俺がやるよ。粉々にすれば良いんだろ?」
「あ、はい! その後、溶かしたバターを入れて、混ぜてください。それで、型に入れて平らになるように……」
綾耶は慌てて説明して、丸い型を出す。
「よし、わかった」
笑って請け負った某が作業をする隣で、綾耶は生クリームと牛乳を熱して、その中にチョコを入れてよく溶かした。
「出来たぞ、綾耶」
「ありがとうございます」
はにかみながらそれを受け取り、型にチョコを流し込んでいく。オーブンの1つに入れてタイマーを設定すると、綾耶は振り返った。
「後は、荒熱がとれたら冷蔵庫で冷まして出来上がりです」
「じゃあ、少し休憩だな」
「はい!」
「ふぅ……最近のメガネ様の扱いには流石に同情の念を隠せませんね……」
戻ってきた涼司は、なんだかげっそりとしていた。加えて何かテロにでもあったかのように落ち込んでいて、浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)は溜め息を吐いた。サファイア・クレージュ(さふぁいあ・くれーじゅ)も口元を引きつらせて涼司を目で追う。
「入口からリストラされて、しばらくは面白おかしく眺めていたんだけれど……さ、流石にココ最近のメガネの扱いは不憫でならないわね……」
その2人に対し、何かを考えるようにしていた永夜 雛菊(えいや・ひなぎく)が口を挟む。
「……うーん、でも、今の扱いになったのってメガネさんにも原因が有ると思うんだけどな……」
「そりゃ、花音様に黙ってメイド喫茶に通い詰めたり、肝心な所でヘタレさんだったり、あのメガネがムカついたりしますけれど……」
最後の関係無いよね。めっちゃ私情入ってるよね。
「それでも、メガネ様にもいいところはきっとある! ……はず、多分、いやきっと……あ、あると固く信じてるっ!」
力強く、自らに言い聞かせるように天井を見詰めて言う翡翠。……あれ、今、誰かと目が合ったような……まあそれはともかく、何気にひどい。振り向いた涼司がますます見えない靄を背負い込んだような……
そこで、翡翠ははっと気付いて咳払いをした。
「……こほん。まぁそんな訳で、今日は真面目に調理実習をして、メガネ様に美味しいものを食べてもらいましょうか」
「そうよ、メガネにもいいところはあるわ! どこだかは知んないけど。それに、同じ蒼学生があんな辛気臭い顔してたんじゃこっちも調子狂っちゃうしね」
サファイアは、言いながらもフライパンで何かを焼いていた。丸く形が整えられた、厚みのある何かである。
「偶には、真面目に労ってあげますか!」
そして、その何かをひっくり返す。
「まあ、あんなに落ち込んでるんじゃかわいそうだよね。いい機会だし、皆で慰めてあげられるといいな。私も腕によりをかけてお料理を……って、サ、サファイアさん? それ、一体何を作ってるの!?」
「……え? そんなに慌ててどうしたの? 見りゃ解るでしょ、豆腐ハンバーグよ、豆腐ハンバーグ。ヘルシーで健康にもいいでしょ?」
「健康……」
おかしなことなど何も無い、という様子のサファイアとフライパンの中身を交互に見直し、雛菊は絶句した。翡翠も珈琲を淹れようとしていた手を止めて、もともとあまりよくない目つきを半眼にしている。
豆腐ハンバーグと説明された“それ”は、紫色だった。
「何よ2人共。そこ、翡翠。その『あーやっちゃった』的な顔は何? どこも変なところなんてないでしょ?」
言いながらも、サファイアは火の通った“それ”をお皿に盛り付けていく。
(……と、豆腐ハンバーグってもっと白いモノだと思ってたよ……。見事に真紫……一体何を入れたらこんな色合いになるんだろう? 紫芋でも入れたのかな……?)
じぃーっと見詰める2人に、サファイアは心外そうに言う。
「貴方達、何なら味見してみる? おいしすぎてほっぺが落ちるかもしれないわよ?」
好奇心に負けて、雛菊は箸を持った。
「ちょっと、一切れだけ味見させてね……?」
ハンバーグを一口大にして――
そこで、翡翠が妙にわたわたしているのが目に入った。サファイアの後ろで、片手をぶんぶんと振ったり、さかんに目配せをしてみたり。雛菊は戸惑って手を止めた。
(え? 何、翡翠君? そんな身振り手振りじゃ解らないよ……? えーと、やめなさい、後悔しますよ? って言ってるのかな?)
大正解な解釈をしつつ、改めてハンバーグを眺める。
「それ、僕も食べたいなあ……」
完成した試食品を食べ歩いていたミミ・マリー(みみ・まりー)が興味津々に覗きこんでいた。色合いを見て、後から来た瀬島 壮太(せじま・そうた)が一歩後退る。
(うっ……これは……!)
「み、ミミ……邪魔しちゃだめだぜ。忙しそうだし、他のグループに……」
「食べても良いわよ?」
しかし、あっさりとサファイアの許可が下り、ミミもひとかけら摘んで口に入れる。壮太の目の端で、翡翠はもう大慌てである。
(や、やっぱり危険なのか……!?)
男2人の様子に首を傾げながら、雛菊も豆腐ハンバーグをぱくりと食べた。
(そんなに不味いのかな……?)
あーーーーーーっ! という翡翠の声なき声がしたような。
「どうよ。おいしいでしょ?」
得意気に胸を張るサファイアにミミは言う。
「普通においしいね!」
「……うん、普通の味だね」
雛菊はそう言いながらも、静かに箸を置く。
「ただ、色合いで食欲が……」
「さっきはびっくりしたな。バレたかと思ったよ」
家庭科室の天井裏で、屋代 かげゆ(やしろ・かげゆ)は小声で言った。翡翠と目が合って、慌てて別の位置に移動したのだ。とはいえ、遥の手元と冷蔵庫だけは視界に入るように気を付けている。かげゆは事前に、環菜には勿論無断で天井に多数の穴を開けていた。大きさとしては、メントスが通り抜けられる程度の穴だろうか。
メントスと、遥が仕込んだコーラ。これが合わさると何が起こるのか……。
遥の合図に即座に答えられるように、かげゆは集中を切らさない。何せ、この任務には職人レベルの技量が求められるのだ。
「あ、アジ……」
下からはアジの開きの良い匂いが漂ってきていたが、我慢がまん。持ち込んだ鮭トバを齧りつつ、ひたすらに待機を続ける。
「忍びとは耐え忍ぶもの。忍びとは耐え忍ぶもの……」
魚焼きグリルの火力を調節しながら、霧雨 透乃(きりさめ・とうの)は緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)に言った。
「葦原に転校したばかりなのに、こんなに早く蒼空学園に来ることになるとは思わなかったよ。涼司ちゃん、私が前に言ったこと、ちゃんと考えなかったのかな……」
「パートナーとの関係がどれだけ大切なのか、もう1度お話してみればきっと分かってもらえますよ。私と透乃ちゃんは、絶対に切れないものですから」
陽子はじゃがいもや人参、玉ねぎが煮立った鍋に、みりんと砂糖を加えていく。
「そうだね! 私達の関係を改めて見てもらって、涼司ちゃんが花音ちゃんとうまくいってくれるといいな」
透乃は、熱したフライパンにゴマ油をひくと、千切りにしたごぼうと刻んだ鷹の爪を入れて軽く炒めた。にんじんの千切りも加え、更に炒める。数分経ってから砂糖を加えて馴染ませてから醤油を入れた。あとは水分が飛ぶまで炒め、ごまを加えれば金平の完成である。その間に、陽子は鍋に醤油を入れ、煮立った所で豚肉を丁寧に入れていく。
「段々、陽子ちゃんの肉じゃがの香りになってきたね!」
「透乃ちゃんの金平はもう完成ですね。味見……しても良いですか?」
「うん、もちろんだよ! じゃあ私の大好きなにんじんを、大好きな陽子ちゃんに……はい、あーんして!」
「あ、あふっ、熱っ……」
あつあつのきんぴらを舌に乗せて慌てる陽子。
「……どう?」
「お、美味しいです……透乃ちゃん……」
その隣では、ことことと煮込み中の豚汁(になる予定)の鍋が「おーい、そろそろお味噌入れてねー」と告げていた。
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