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幸せ? のメール

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幸せ? のメール
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第2章 午前中・校長室

 『これは幸せのメールです。
  なぜなら、このメールを受け取って1両日中に校内で熱き思いのたけを告白しないと、あなたには不幸が訪れるからです。
  このメールを理由にして、さあ心の限りにあなたの心のうちを語ってください。
  例えそれで誰に何を言われても、それはこのメールのせいなのです』

 そんなメールが届いたら、あなたはどうしますか?


 お騒がせメール事件は、ルミーナたちの尽力にかかわらず……というか、ある意味ルミーナたちの尽力のおかげで、結構生徒間ではコメディチックな事件として話題になっていた。
 突然命令メールが携帯もしくはパソコンに届いて、言う通りにしないと罰がある。王様ゲームみたいなものだ。罰といっても2〜3日怖い思いをするだけで、重傷を負うわけでなく命にかかわることもない。(叫んでも嘘だった場合は全裸でスマキになる、ということも知られてはいたものの、早朝救助するルミーナたちによって衆目にさらされることがないので、その事については生徒の間ではたいして恐怖の対象にはならないらしい)
 もちろんだれだって怖い思いをするのは嫌だが、ゲームには、少し嫌だなと思うぐらいの罰が必要なわけで。
 そんな中、事件に対する会長印の入った掲示は、むしろ格好の燃料投下として生徒たちのうわさ話を活気づかせていた。

 蒼空学園、校長室。
 事件の話題で盛り上がる学園内とは対照的に、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)は機嫌が悪かった。
 もともと気難し屋として有名な環菜だったが、朝のルミーナとの一件で、今日はさらに不機嫌だ。彼女がメールを貰ったことは書かれていなかったし、ルミーナが口にするはずもなかったが、期限として「明日までに」とあれば、大抵の者はその理由が察せられるものだ。だから、普通なら君子危うきに近寄らずとして極力接触を避けたがるものだったが、それをものともしない強者も何人かはいて。
 環菜はイライラしながら校長室の一角、来客用ソファに陣取る樹月 刀真(きづき・とうま)鬼崎 朔(きざき・さく)小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の3人を睨みつけていた。
 ルミーナのそばには漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)がいて、特技・資料検索で秘書としての仕事をサポートしている。
「皆さん、お茶はどうですか?」
 ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)がトレイに乗せた紅茶とスコーンをふるまう。
「ありがとうございます。いただきます」
 受け取り、自分の奥にいる美羽に渡して、テーブルに広げる手伝いをする朔。
「ありがとう。これは手作りかい?」
 紅茶と一緒にテーブルに置かれた菓子を目ざとく見とめた刀真が言う。
「あ、はい。お口にあえばいいのですが」
「とてもおいしそうだ。いただくよ」
 刀真の感謝を受けて、照れながらも嬉しそうにベアトリーチェは笑顔になる。
「うわー、おいしそう。ベアトリーチェってほんと、こういうの上手ねー」
 手にとって見ながら感心したように言う美羽。
 紅茶、お菓子、談笑する4人。ほのぼのとした空間がそこに生まれている。――環菜は無視して。
 バン、と机に書類を打ちつけて、環菜は場の注意を自分に向けさせた。
「……あなたたち、今日はずいぶんとお暇なようね」
 笑顔だが、笑いが目まで届いていない。
「だけどここはあいにくと、時間つぶしの寄り合い所でも、キッズルームでもないのよ。仕事をする場なの。
 今のあなたたちにふさわしい場としてダイニングルームを作ってあるからそこへ行って、煩わせないでちょうだい」
 鳥肌ものの嫌味が炸裂し、一瞬にして場が凍りつく。
 トントンと指を机に打ち付けて苛立ちをあらわにする環菜に、賢明にも近づいたのは刀真だった。
「環菜、きみが不機嫌になるのはよく分かる。犯人は卑怯なやつだ。名乗りもせず、不遜なメールを送りつけてきて勝手なことを要求し、従わなければ辱めると一方的に宣言している。きみとしては、権威に挑戦されたというよりも、自ら乗り出して行き、直接対処できないことが腹立たしいんだろう。だが、今は犯人からの接触を待つしかない」
「そうです。そして、こんな姑息な手であなたを貶めようとする不敬な輩などにあなたの手を煩わせることもありません」
 紅茶を下ろし、淡々と朔が言葉をつなぐ。
「あなたを狙ってくるであろう犯人は、必ず私が捕らえてみせます。あなたの影として常にあなたのおそばにあり、あなたの剣として万難を排します」
 真摯な眼差しで告げる2人には、環菜としてもそれ以上棘のある言葉を続けることはできなかった。
「まったく、あなたたちは…」
 それでもなんとか退室を促す言葉を探っていた環菜の前に、刀真が手の中に隠し持っていた鎖を垂らす。
「何?」
「敵が近づけば分かるように、禁猟区がかけられている。身に着けるのは不本意かもしれないが、俺としてはつけていてほしい」
 促され、受け取ったそれは細い銀製の鎖で、シンプルだが美しい品だった。
「あくまで不要というなら、それはきみの手で捨ててくれ。それはきみの為に生まれ、存在している。きみが必要としないのであれば、だれも必要とする者はいない」
 やさしい眼差しだが有無を言わせない目で見下ろしてくる刀真に、環菜は大きく息をつき、ポイと鎖を刀真の手に放り返した。
「つけなさい」
 くるりと椅子を回して髪を持ち上げ、うなじを見せる。その白い喉にかすめるように触れて、刀真が鎖を止めた。
「それで、俺たちがここにいる件だけど。もし本当にきみが嫌だと言うなら、廊下に出るよ。それでも俺たちは構わない」
 校長室の前の廊下で和気あいあいとお茶をする刀真、朔、美羽、ベアトリーチェの姿が、まるで見たように浮かんでくる。
「……ああもうっ。好きなだけそこでいればいいわ。ただし、静かにね」
「もちろんです。あなたの公務の邪魔はしません」
 環菜から譲歩を引き出せたことにゆるんだ口元を膝に立てた手でさりげなく隠しつつ、朔が応じる。
 どうなることかとハラハラする思いで見守っていたルミーナの肩が、ぽんと後ろから叩かれた。
「ルミーナさん」
「ああ、月夜さん」
「私たちは環菜を護りたくて来ました。その私たちを環菜が傍に置いてくれるなら、何を言われても、それでいいんです。環菜の気持ちは理解できますし」
 キュッ、と胸に抱きこんでいたクリアファイルを持つ手に力をこめる。
「もしも犯人が環菜を狙ってきたら…。私も刀真も、そのときは容赦しません」
「……月夜さん…」
 とまどう。
 ルミーナが何を言おうとしたのか、感謝か、はたまた全く違うものなのか。
 来客を告げるノック音が、その言葉を封じた。
「クイーン・ヴァンガード、秋月 葵です。活動報告を持ってまいりました。入室してもよろしいでしょうか」
 カチャ。ドアを開けて、ルミーナが応じる。
「あら、秋月さ、ん…?」
 と、その言葉も、秋月 葵(あきづき・あおい)とその背後にいる人物を見て、語尾が揺れた。
「どうしたの? ルミーナ」
 戸口から動こうとしないルミーナに異変を感じた環菜の言葉が飛ぶ。
 まさか犯人が?
 全員の目がルミーナに集中する中で、ルミーナはためらいがちの笑顔を浮かべつつ脇へ寄り、入室を促した。
 入って来たのは葵だけではなかった。
 いつだってミラクルハッピーな彼女らしくない、固い表情で入ってきた葵の前に立っていたのは――――日比谷 皐月(ひびや・さつき)雨宮 七日(あめみや・なのか)
「なっ!?」
 このツァンダを治めるツァンダ家当主の娘であるミルザム・ツァンダを誘拐した件で指名手配されている人物の登場に、全員が立ち上がった。
「なぜここに?」
「まさかおまえが!?」
 それぞれ武器を手にいろめき立つ彼らに制止の手を挙げる環菜。組んだ足を机の下から出して、少し退屈そうに見える姿勢は全く崩していなかったが、目は皐月からはずすことはなかった。
「報告を」
「……はいっ。
 活動報告の提出にこちらへ伺う道中、郊外で指名手配犯の日比谷 皐月、雨宮 七日両名を発見、確保しました。無抵抗でしたので不審に思っていましたところ、御神楽 環菜会長にお会いしたいと」
「俺は犯人じゃねーよ」
 ズボンのポケットに親指を引っかけ、少しふてくされたようにも見える姿勢で、皐月は言った。
「ちょっと、何よその態度! 会長に失礼よ!」
 美羽が憤慨し、指をつきつける。皐月は退屈そうにチラ見して、ふいと環菜に視線を戻した。
「そういううわさがあるの? ルミーナ」
「今度の事件ではフリーメールが使用され、さらに数箇所のサーバーを介しているらしく、発信元が掴めません。容疑者として数名の人物の名が上げられており、その中に皐月さんの名前があるのは確かです」
「そう」
「迷惑なんだよ。本当に起こした件でならともかく、勝手に人の名前で騒がれるのは」
 それでここまで来たのか。
 内心はどうあれ、捕縛され、そのまま有無を言わせず連行されるかもしれない危険を冒してここに堂々と立っている姿には、環菜としても評価せざるを得ない。
「それで? あなたじゃないと私に認めてもらいたいだけじゃないんでしょ?」
 それなら犯人が捕まるのを待てばいいだけだ。環菜が乗り出したことで、学園内でもかなりの人数が動いている。犯人は必ず捕まる。早いか遅いか、それだけのことでしかない。
 環菜の言葉に、初めて皐月は背を正した。
「あんたを狙った犯人を俺が捕まえる。それでチャラにしてほしい」
 その大胆な言葉に、場にいるだれもが息をのんだ。
 環菜の返答を聞き漏らすまいと、しんと静まり返った中、時計の秒針の音がやけに響く。
 環菜は机上で手を組んだ。
「あなたの手配を取り消す権利は私にはないわ。何も約束はできない」
 皐月の提案をつき返す、そう思われたが。
「ただし、口添えすることはできる」
「それでいい」
 環菜の言葉に、隠し切れないほど、あきらかに皐月はホッとしていた。彼は犯罪者だったが、彼なりの覚悟と勇気を必要とした会見だったのだ。
「期限は24時間。あなたたちが動けるのは校内のみに制限されるわ」
「分かった」
「それから、秋月さんがお目付け役としてあなたたちにつきます」
「ええーっ?」
 驚いたのは葵だった。
 確かに今度の事件を知って、義憤にかられた彼女はこの会見が終わったら犯人捜索に乗り出そうと思ってはいたが。
「でこ……い、いや、環菜会長。それって…」
「犯罪者に校内を自由行動させるわけにはいかないのよ。分かるわね?」
「う…」
 環菜の言葉はもっともだった。皐月もこうなることは想定内か、驚きも反対も口にしないで葵を肩越しに見ている。
(負けない! 正義の突撃魔法少女リリカルあおいにはこのくらい、なんてことないんだからっ)
「仕方ないわね。2人とも、あたしについてらっしゃい」
 意気揚々、葵は2人を伴って部屋を出て行ったのだった。