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リアクション
第二章:軋轢と待ち合わせ
今回のイベントの舞台ともなっている蒼空学園のカフェではネクロマンサーの神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)、守護天使でメイガスのレイス・アデレイド(れいす・あでれいど)、精霊でプリーストの柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)が慌ただしそうに軽食をこしらえていた。
「はい、どうぞ」
そう言って皿に盛られたツナ、ハム、卵のサンドイッチを渡す翡翠の端正な顔立ちの額には季節外れの汗が滲んでいる。先ほどまでは今の倍以上いた生徒達のオーダーに素早く且つ丁寧に応答していたためであろう。
「まあ、気を落とさずに、次が有りますよ」
「ああ、どうも……」
そう言って肩を落として席へと戻る生徒の頭には見事に破裂した紙風船がちょこんと乗っかっていた。
「美鈴、クルミ入りのブラウニーはまだ足りていますか?」
「ええ、マスター。目下第三弾の製作途中ですわ」
「そうですか。自分のサンドイッチはもう無くなりましたよ。具材はあるので後はパンに挟んで成形するだけなんですが……レイスに手伝って貰いましょうかね?」
そう言うと翡翠は、カフェ内で料理を運んでいる不機嫌そうな顔のレイスをちらりと見る。
レイスが不機嫌なのは、今回のイベントに翡翠が参加していないにも関わらず数名の女生徒が翡翠に告白しかけたというあらましがあるのからなのだが、当然、当の本人は知る由もないし、レイスの無言の視線もしくは殺気を放たれたため、未だその告白を口に出せた者はいない。
翡翠と同様に美鈴にも数名声をかけてきた生徒がいたが、美鈴の「約束があります」という鉄壁のガードを突破できた生徒もいなかった。
「お言葉ですがマスター……レイス様を甘く見られない方がよろしいですわ。レイスと料理は、今や水と油以上に乖離した関係である事をお忘れに?」
「……成程」
翡翠の横の美鈴が、胡桃とチョコを刻んで、生地にココアを入れ、混ぜたこれに胡桃とチョコも入れ混ぜ、オーブンで焼き、切り分ける、という作業をこなしつつ、彼を仰ぎ見る。
「ところで、マスターは恋愛する気は無いんですか? マスターの事、気になっている人、いると思いますけど……」
「え?」
「あぁ!? 何だって!」
美鈴の問いかけに過敏に反応したのは、カフェで料理を運んでいたレイスである。
「レイス、落ちますよ!?」
翡翠が叫ぶ間もなく、手に持った料理を巧みにバランスを保ちながら矢のような勢いで翡翠の眼前に戻ってくるレイス。
先ほどからの不機嫌さに輪をかけた状態のレイスと美鈴にじっと見つめられる翡翠。
「あの……二人とも、料理を……」
「ウェイターはもう一人いるだろう? って、それどころじゃないぜ!?」
「同感です。マスターは今回のイベントに何故参加されなかったのです?」
「え、自分ですか? もてませんし、恋愛は……その、ご想像にお任せします。さ、さぁそれよりも料理を……」
真っ赤になった翡翠が話題を逸らすように慌ててサンドイッチの製作に取り掛かる。
「だ、第一……み、美鈴はどうなのです?」
翡翠からの思わぬ逆襲に今度は美鈴が顔を赤くし、同じく料理の作業へと逃げる。
「私は、自分から積極なのは、苦手です。恥ずかしいです。それに約束もありますし……」
レイスはいそいそと作業に戻った翡翠と美鈴を交互に見比べる。
「……何だ、この厨房で真っ赤な顔した料理人がいる光景は……。なんか、腹が立つ……」
「レ、レイスも、さっさと料理を配って下さい。まだ次があるんですよ」
照れ隠しのような翡翠の言葉に、頭をポリポリと掻くレイス。
「だ〜、こういう仕事向いてねえ」
そうぶつぶつ文句言いながら踵を返そうとして、止まり、翡翠を見る。
「おい、翡翠」
「な、何です?」
「テンパるのは分かるけどな……そのメガサンドイッチ……誰が食べるんだ?」
「は?」
ふと翡翠が気がつくと、およそ20段以上重なったサンドイッチが目の前に鎮座していた。
「あああッ!? 自分としたことが!!」
「……まぁ、残ったら俺が食べてやるけどな」
「え?」
「残ったらだ。俺もさっきから腹減ってんだぜ? あー……怒ると腹が減るってのは本当だな!」
ドカドカとカフェを歩いて行くレイスの後ろ姿を見て翡翠は何故か笑みを浮かべていた。
「マスター。良かったですわね」
隣で意味ありげに微笑む美鈴に慌てる翡翠。
「ち、違います!? だ、誰が残るって……」
「誰? 私はサンドイッチの事を言っただけですわ?」
フフフと悪戯っぽく笑い、再度調理を開始した美鈴の横で、翡翠は一人真っ赤になったまま取り残されるのであった。
「あたしの主人公ヘの想いの強さはそりゃ、並はずれたものだと自負できるわ! なんたって主人公になるために山に籠っては滝行をし、内海に出ては荒波にもまれ、大荒野をフルマラソンで完走したあたしの武勇伝を聞けば……って! いつまでスイーツ食べてるのよ!」
そう言ってバンッとカフェの机を叩いておもむろに立ち上がったのはソルジャーの山本 ミナギ(やまもと・みなぎ)である。彼女の青い瞳は良い感じにつり上がっている。
「あなた、あたしに許可なく、イベントに参加して、あたしのお金でスイーツ食べて!そのくせ、あたしの話はスルーですか! あんた本当にあたしのパートナーで部下な訳!? 答えなさいよ、アキラ!」
「……居たの?」
口にフォークを銜えたまま、ひょいと顔を上げたバトラーの獅子神 玲(ししがみ・あきら)の言葉に、さらに激昂するミナギ。
「あああああぁぁッ!? さっきからずっと目の前にいるでしょうがぁぁッ!?」
「そう。あ、すいませーん、これ、おかわり貰えます?」
ミナギのお金で食べているせいか、いつもより食が進む玲。彼女にとってはまだ前菜気分なのであろう。
「ああ、ブラウニーか? それは今作っている最中なんだ。ちょっと待ってろ」
傍を通ったレイスが玲の空いた皿を回収して立ち去る。
「……ふぅ、食べ放題のイベントと聞いてやってきたら、まさかカップル作りのイベントとはね」
「……」
「まあ、せっかく来たからメニュー全部食べないと……」
傍にあったコーヒーを一口すすった後、メニューを広げる玲が、ちらりとミナギを見る。
「……」
「……ミカンさんでしたっけ? 全然食べませんね? ダイエット中?」
「……もういい」
いくら注意を引こうと思っても暖簾に腕押し状態な玲に、ガックリと肩を落としたミナギが着席する。
「……それでアンタ、本気で彼氏作るつもりなの? 何度か声かけられてるけど、全然じゃない?」
「……私は無視されたくらいで諦めるような軟弱者には興味ないだけ」
「じゃあ好みのタイプって何よ?」
「技能だったり、根性だったり、しつこさだったり……何でもいいので私より勝る者だね、あと多少強引でも行動力ある者かな?」
「それ、あたしの事じゃないよね?」
「え? 誰って……?」
机にコテンと頭を置くミナギ。
「いいもん……もういいもん……あんた抜きでもあたしは主人公になるもん……」
ピューと慣れぬ口笛を鳴らそうとするミナギを見て不思議そうな顔をする玲だが、彼女の視線は次の瞬間、ウェイターが運んでいた鮮やかな緑色のクリームソーダに注がれる。勿論上には純白のアイス付きの一品である。
「キミ、じゃなかったウェイターさん!」
「ん?」
クリームソーダを運んでいたウェイターでバトラーの姉ヶ崎 和哉(あねがさき・かずや)が立ち止まる。
「どうかしました?」
「そのクリームソーダ、私にも一つ下さい!」
玲のオーダーに眉を潜めた和哉が呟く。
「……困ったな」
「ん?」
「これは、今回のイベントの参加者専用なんだ。あんたの隣の生徒は参加者ではないのだろう?」
未だ机の上でイジケたままのミナギはストローの紙袋で何か奇妙な折り紙の真っ最中である。
「駄目なの?」
和哉は少し考えた後、玲の席からほど近いテーブルに一人座っているミンストレルの狭乙女 宝良(さおとめ・たから)を指差す。
「……提案としてはだ。例えばあそこにいるピンク色のぼさぼさ髪の男と飲むとかなら、オーダーは受け付けるが。アレも、まぁ、参加者だからな」
パートナーの和哉にアレ扱いされた宝良は、テーブルでぼうっと考え事をしていた。
「(ん〜、恋人……ってもな〜。こっちきてまだ間もないし、友達でもできれば〜って感じなんだしぃ? それよりもカフェ無料券! あれ欲しいよナ〜、だって頼み放題食い放題だろ!? 和哉とも今回ので友達になった子とも使えるように相手と渡しあったりしてもお得だよにゃ☆)」
「相変わらず暇を恋人にするのは上手いヤツだな」
ウェイター姿の和哉が宝良のテーブルへとやって来る。
「ん? 何だ和哉かぁ。聞かなかったけどさぁ、何でウェイターやってんの? また気まぐれかぁ?」
「宝良のあとついてくだけってのもつまんねーし、なんかヒマつぶしになればと思っただけだっての……それよりもだ」
「あ?」
「ではこちらの席にお持ちしますので、少々お待ち下さい」
「ありがとうございます」
和哉の後ろから玲がひょいと顔を出し、宝良の隣に座る。
「あれぇ? ひょっとして俺目当てな感じぃ?」
「……目当てはクリームソーダです」
静かに微笑む玲に、一瞬宝良の胸がドキリとした。
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