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リアクション
●ドラマティックは突然に
ナナ・ノルデン(なな・のるでん)一行も戦いの渦中にいた。白ゴムによる大量襲撃、それも、視界が白で埋まる程の大襲撃だ。空大を歩いていたら突然、彼らに追いかけられたのである。動きながら応戦したものの不運なことに、ますます敵の多いポイントに入り込んでいた。
「まったくなんでこう行く先々で事件に巻き込まれるかなぁ……」
ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)はぼやいた。
ナナたちには知るよしもないが、実は現在、宇宙工学部開発研究棟に近い位置に彼らはいたのだ。移動しながらどんどん発生源に近づいていたのである。敵が多くなるはずだ。
「こいつら分裂するんだね……時間が経過するほど数が増えてるっ!」
ズィーベンはとにかく数を減らすべく奮闘した。氷術で凍らせてバリケードを作ったり、まとめてファイアストームで一気に蹴散らしたりと、まさに獅子奮迅の活躍である。
ナナはいたってマイペースだが、やはり敵を寄せ付けなかった。
「それにしてもあの謎のゴムたちは、何故私たちを狙うのでしょうか……はっ、これはもしやゴルゴムの仕業では!?」
「キャンパスじゅうにこいつらが発生しているとすれば、なんとなくナナのその台詞、あと一人くらい言っている気がする……」
「まさか〜」
そのまさかであった。(数ページ遡っていただきたい)
ナナたちは奮闘するが、やはりこの人数では不利は否めない。徐々に圧されてきた。
「ちっ、弱音は吐きたくねえが数が多すぎるぜ! 一時後退して立て直すべきじゃねえか!?」
ルース・リー(るーす・りー)が声を上げた。即座にズィーベンが応える。
「よしわかった。とりあえず、そこの燃焼系ドラゴン、捕まるとどうなるか人柱になってきてよ〜。ちなみにその間にボクらは逃げるから」
「よしきた! ……じゃねー!」
ルースは頭から湯気を出して怒鳴ったが、彼とて、その台詞はただのノリツッコミではなかったのである。
「なんてな……しゃあねえ、ここは俺に任せてお前達は先に行け!」
「ルースさん、そんなこと冗談でも言ってはいけません」
「バカドラゴンのジョークはいつも笑えないんだよなぁー」
ナナ、ズィーベン、ともに否定しようとしたがルースは本気だった。
「俺も男だ、二言はねぇぜ。大丈夫、お前らが撤退したらすぐに後を追うからよ」
ナナは彼の目を見て、そこに嘘がないことを知った。
「……ルースさん」
「バカドラゴン! 死んじゃったらどうするんだよ!」
ズィーベンはなおも止めようとするが、ルースは、極上の男前顔でニヤリと笑った。
「死なねぇから大丈夫だ」
待ってますから、と言い残してナナは光る箒にまたがる。こうなってはテコでも動かないルースであることをナナは知っていた。ならばその意思を尊重することが、仲間としての敬意の表し方だ。
「死んだら殺してやるからな! バカーっ!」
動転のあまり意味を成さないことを叫んで、ズィーベンも退いた。その際、
「汚物は焼毒だぁ〜!」
ファイアーストームで退路を造るのを忘れなかった。
二人が突破したのを確認するとルースは敵に向かって奔った。
「無茶しやがって……」
などと自分で言いながら、犠牲精神に胸熱くする。
だが哀しいかな、無意味だった。景気づけに上着を脱ぎ捨て、
「かかってきやがれー!」
と叫んだ彼を、すべての白ゴムは無視して避けていったのである。
なぜなら彼の黒いコートこそが、白ゴムを呼ぶ元凶であったのだから。脱ぐとその下は真っ赤な鱗なので、敵は微塵も興味を示さない。彼のかわりに、コートが白ゴムたちに食われてしまった。
「また俺がオチ担当かーっ!」
男一匹ドラゴニュートのルース、その涙の雄叫びだけがこだました。
七枷 陣(ななかせ・じん)も傍目にはリア充に映るるだろうか。リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)と小尾田 真奈(おびた・まな)、この二花を平等に愛でつつ、理学部大学構内を散策しているのである。
しかし女性を二人連れているだけで『リアジュウ』扱いするのは問題かもしれない。以下の内容を読んで、本当に陣がそれに該当するか検討してみよう。
本日の陣は、ほっぺにアイスつけたリーズの口を拭いてやってお互い照れたり、真奈から控え目に手を握られたりして何となく良いふいんき、もとい、雰囲気で学内見学を楽しんでいた。
――判決。
「リアジュウシネー!!!」
狂おしい叫びと共に無数の桃色ゴムが、廊下を歩く陣の頭上から襲いかかってきた。
「なにこいつらこわい! っていうか『リア充』って誰のことや!」
お前のことだよとは誰も指摘してくれない。それでも賢明な陣は学内で戦うことを選ばず、二階の窓から飛び降り、屋外でゴムを迎え撃った。
「思ったより高さあるな、さすが空大……ってこたないか」
芝生に着地して薄緑のものを跳ね飛ばしながら陣は立ち上がった。
「んにぃぃ! 陣くん!」
同様に着地したリーズが彼の袖を引っ張る。
「どうした……げえっ!?」
振り返った陣は一瞬、心臓が飛び出すほど驚いた。
「何、何なのこのゴムお化けぇ!」
リーズも悲鳴混じりの声を上げていた。
悪いところを選んでしまったようだ。彼らの飛び降りたまさにその地点を囲むように、白いゴムが大量に出現していたのである。基本、黒服の陣は格好の餌だ。多数のゴムが飛びかかってくる。加えて校舎から、とめどもなく桃ゴムも追ってきた。
愛用の銃『ハウンドドック』を抜き、真奈は近い敵から順に撃った。
「アレは……人が襲われてますね、お助けしないとっ!」
桃色のゴムは確かに陣たちのリア充パワーが呼びだしたものであろうが、飛び降りた先の白い軍団は別のようだ。黒服の少女が一人、彼らを蹴散らしながら真奈のほうに迫ってきた。
そのとき、真奈の体が激しく反応していた。上半身が折れるのではないかと思えるほどに一瞬、弓なりに大きく身を反らせたのである。
「センサーのこの感覚……どこかで……っクランジタイプ!?」
メイド服のスカートが黒い傘の如く広がる。下着が見えるも構わず真奈は跳んだ。目指す相手は桃でも白でもない、黒の少女だ。
「真奈待てっ! 悪いがオレに任せてくれ!」
鋭く陣が叫んだ。白ゴムの攻撃をかわすと、彼は黒衣の少女に叫んだのである。
「君、悪いけど正体に気づいてもた。ごめんな。色々話す事はあるけど、まずは協力してこの場を切り抜けんか!?」
まるで物音を立てず、クランジは陣の真横で足を止めた。
「いいだろう。さすが七枷陣、もう私の正体に気づいたか」
「なぜ俺の名を……」
「空京大学には膨大なデータバンクがある。図書館の端末からでもアクセスは可能だ」
それ以上陣が発言する間はなかった。二人めがけゴムの猛攻が始まったからだ。
「って……こ、この人……」
リーズはクランジの顔を見上げ目を見張った。反応が遅れ、桃ゴムに一撃を受けてしまったほどだ。
「痛っ……この人、Ξ(クシー)にそっくり! 顔だけなら生き写しだよっ!」
「いかにも」
それがどうした、とでも言いたげな冷たく低い声でオミクロンは回答した。
「私はオミクロン、クシーは私の双子の妹だ」
クシーはパンクといっていいほどのファッションに身を包み、髪も緋色だったが、確かに顔立ちだけなら、いま目の前にいる機晶姫は瓜二つである。
狂気と破壊の化身、それこそが、リーズが『クランジΞ』について抱いている印象のほとんどすべてだ。リーズは寒気を感じた。緑の神殿での戦いに起因する、クシーへの印象はどうしてもぬぐい去れない。しかしリーズとて、なんとか恐怖心を胸にしまい込めるだけの矜持はあった。
一方、真奈はその事実を知っても動揺しなかった。
「私も元兵器の端くれ、クランジタイプ程では無いかもしれませんがやってみせます」
一瞬だけオミクロンに視線をやると、数が多い白ゴム目がけて走った。
「Ο様、私が合わせますので攻撃のタイミングはお任せします」
その言葉だけでオミクロンは真奈に追いつき、義手を外して鋭利な刃を露出させた。即席のコンビネーションが誕生した。真奈の援護を受け、オミクロンはみるみる敵を屠っていく。
「オレたちもいくか。ファイアストームが一番えぇかなゴムやし……セットォ!」
陣は桃色ゴムを焼く。
「ぶっ飛んじゃえ〜っ!」
遅れじとリーズも、桃ゴムを薙ぎ払った。
彼らを包囲していた大量のゴムが全滅したのは、それから間もなくのことであった。
「なあ、オミクロン。空大にいるって事は、寺院の命令云々なんだろうしそれ以外知らんのやろうけど」
陣は話し始めたのだが、オミクロンはそれを遮った。
「『七枷陣、柔和な態度と、故意または無意識による親しみやすさで相手の心に踏み込む達人』か……これまでの機晶姫がもたらしたデータとも一致する。油断ならないな」
「ねえ、そういう怖い態度はやめようよ。自分だって楽しくないでしょ? 世の中、もっと楽しい事は一杯あるんだよ。美味しいご飯たっくさん食べたり、色んな人と知り合って友達になって遊んだり……」
リーズも説得にかかろうとするが、オミクロンは耳を貸さず真奈に近づいた。
「この中ではお前が一番冷静だな、小尾田真奈」
「……否定はしません。ですが私とて、戦闘マシーンではありません。ファイス様……あなたがたが『Φ』と呼んでいた方も、人間らしくあることを望みました。ファイス様は理解してくれたんです。星々の美しさを、人との繋がりと暖かさを、そして尊さを」
「私がそれらを軽視しているとでも思うのか? 小尾田真奈」
意外な反応に真奈は言葉を失った。
それこそが、オミクロンの狙いだった。
「七枷陣はそのパートナーを含め確かに危険人物だ。だが弱点はもう知っている」
「なんやて!?」
陣が気色ばむのと、オミクロンが刃でないほうの腕で真奈の首を掴むのとは同時だった。
オミクロンは、まるでそれがソフトボールであるかのように、軽々と真奈を持ちあげ彼に投げつけた。
「弱点は、『女に甘い』だ」
真奈を受け止め損ねて陣は倒れ、リーズはあまりのことに動けない。
それ以上の手出しはせずオミクロンは逃走した。
「オミクロン! お前の目的はスパイ行為か!」
陣は必死で叫び声を上げた。
「それと、データの実地検証……」
人間に聞こえぬ波長の声でオミクロンは呟いていた。
「ク、クランジだよ! クランジΟがいる! 逃げようとしてる!」
一拍遅れてリーズはオミクロンを追った。
リーズの手は届かなかったが、その声を聞きつけた者がいた。
「何だ! この白いのは!!!」
ブラックコートのために大量の白ゴムの攻撃を受け、鬼崎 朔(きざき・さく)はいささか苛立っていた。
そもそも今日、朔が空大を訪れたのは、ファイス(クランジΦ)の死以来ずっと落ち込んでいるパートナースカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)の気を晴らそうという目的があってのことだった。テクノクラートの育成に力を入れているこの場所ならば、スカサハの興味を引くものも多く、彼女も元気が出るかもしれない……そんな期待があった。
たしかに見学もできた。ところがそれはほんの少しでしかない。あっという間に朔とスカサハは、白いゴムの海に放り込まれたような格好となっていたのである。
苛立ちは戦いにぶつけると決め、朔は無光剣を腕の如く使いこなした。不可視の刃を風車のように回転させ、一気に大量の標的を裂き、吹き飛ばしたゴムで別のゴムを制す。この程度のことならお手の物だ。刻まれたゴムの破片が雪のように散った。下忍に囲まれた武芸者さながら、朔は勢いに乗り、海を縦に割る勢いで攻め立てた。かくて短時間で敵はほぼ全滅していた。
スカサハはやはり元気がないものの、智杖でゴムを殴るなどして朔を支援している。
そのとき、
「ク、クランジだよ! クランジΟがいる! 逃げようとしてる!」
リーズのこの声が二人の耳に届いた。
「塵殺寺院のクランジ!?」
朔の視線の先に、黒ずくめの姿が出現していた。
「ご名答」
オミクロンは足を止め、薄笑みを浮かべた。
「今日は危険人物の安売りだな、今度は鬼崎朔か」
名前を知られていることに朔は動じなかった。塵殺寺院なら、その程度のデータは不正入手していることだろう。今、彼女の心にあった問いは一つだ。
(「斬るべきか、否か」)
クランジを倒すことにためらいはない。むしろ朔は、塵殺寺院に列なるものは一つでも多く滅ぼしたいとすら考えていた。しかし傷心のスカサハの前で……そのようなことをしていいのだろうか。
「クランジ……様……。ファイス様のご同輩の……?」
朔以上に心を乱していたのはスカサハである。肩を震わせながら黒い姿の少女を見ていた。
「『現在、鬼崎朔に対する明確な攻略法は見つかっていない』か……厄介だな」
オミクロンは朔から視線を動かさず、間合いをはかるようにじりじりと近づいて来た。その片腕はすでに抜き身、鋭利な剣と化していた。
朔の手に無光剣があることを、まだオミクロンは察知していまい。クランジはいずれも一個師団に匹敵する戦闘力を有すという。さりとて、朔とて暗器(刃の見えぬ無光剣は確かに暗器だ)の使いこなしには自信があった。踏み込み、不意を突けば仕留められる公算は高い。
知らず、朔の額に冷や汗が浮いていた。口の中が乾く。決断は一瞬、決着もまた、一瞬でつくはずだ。
「……チッ」
このとき朔は塵殺寺院への憎しみより、自身のパートナーを優先した。一ミリもクランジから視線を動かさず、一言一言、切りながら叫ぶ。
「スカサハ! この娘を! 助けたいのか、助けたくないのか! 選べ!! 私はそれに付き合ってやる!」
「わからないであります!」
スカサハの即答には、朔も、オミクロンも驚いたようだ。
スカサハは叫んでいた。心の中で、もう声の届かない相手に呼びかけていた。
(「……ファイス様。あなた様と同じこの子を護ることが……あの時の後悔とこの痛みを和らげてくれるのであるなら!」)
「でも、スカサハは……クランジ様を護りたいであります!」
「お前が……スカサハ・オイフェウスか」
このときはじめて、オミクロンもまた戸惑い目にを浮かべた。それは彼女が、空京大学に潜入してはじめて見せる表情だった。そしてオミクロンが口にしたのは信じがたい言葉だった。
「スカサハ、お前なら我々も一員として認めよう。私と一緒に来い。悪いようにはしない」
「何を馬鹿な……!」
朔は目を吊り上げる。朔にとってパートナーたるスカサハを、よりによって塵殺寺院に勧誘するとは! これほどの侮辱は聞いたことがない。
スカサハも衝撃を感じた。しかし彼女は、すぐに首を横に振った。
「いた! そこを動くな! 今度こそ話を聞いてもらう!」
そのとき陣とリーズ、真奈が追いついたのだった。このとき生じた一瞬の虚をつき、オミクロンは逃走した。樹に駆け上りこれを伝って、大きな帽子を押さえながら枝から枝へ飛び移っていく。
「逃がすと思うか!」
朔はいち早くこれを追ったが、スカサハが勧誘されたことへの怒りのあまりか、掴んだ樹の枝に切り目が入れられていることを見落としてしまった。落下と再跳躍で生じた数秒のブランクを、埋めることは叶わなかったのである。
スカサハはしゃがみ込むと、連れていた機晶犬クランに問いかけていた。
「……スカサハは……あの人に対してどうすればいいのでありましょう」