|
|
リアクション
●桃色吐息
明倫館にいても暇だったんで、という理由で見学会にきた七刀 切(しちとう・きり)は、来てしばらくは落ち着かなかった。
(「甘い雰囲気の連中がいるねぇ」)
見るまい、と思っても、キャンパスのあちこちにカップルがいて視界に飛び込んでくる。強は見学者もいるからなおさらであろう。あっちでいちゃいちゃこっちでいちゃいちゃ、デート気分ではないか。神聖な学舎(まなびや)でけしからん! ……というのは建前で、本音では、
(「羨ましい……」)
と考えてしまう切なのであった。
ところが、彼のそんな胸のチクチクを取り去ってくれるような光景が出現した。
「リアジュウシネー!」
ピンクのラバーである。目に余るいちゃいちゃカップルを追い回し、切の視界から消し去ってくれた。
「助太刀するぞ同志よ!」
切の魂に火が付いた。彼はこの瞬間から、ピンクゴムと共にリア充を狩るハンターへと変身したのである。桃ゴムも彼を敵と見なさず、むしろ喜んで仲間とみなしてくれたようだ。
「リアジュウシネー!」
と、謎の嗅覚(?)でカップルをキャッチすると、ゴムはリア充狩りに急行する。いるわいるわ不埒なヤカラ、学内でベタベタしたりキスしたりしているだけならまだしも、研究室や空き部屋で事に及ばんとする男女まであるではないか。切はこの堕落した世界に絶望しながらも、
「天にかわって悪を討つ! 覚悟しろ!」
怪ゴムとぴったり、シンクロした動きでぴしゃり面打ち、
「任せろ、この部屋だな!」
鍵のかかった扉だってピッキングで突破、そして、
「大学では勉強しろーーー!」
リア充捕縛は奈落の鉄鎖だ。ぐるぐるに縛り上げ、『この者、エロ犯人』というチクリカードを貼り付けて疾風のように去る。
といった塩梅で切は桃ゴム数隊とチームを組み、無差別カップル襲撃隊(本人としては世直し隊)として活躍するのであった。リア充よ、怖れよ、いちゃいちゃしてると世直し隊が来ちゃうぞ。
かくて数時間正義の活動を繰り広げた切は、屋上の縁ギリギリに立って高笑する。
「ふははは! リアジュウシネー!」
「シネー!」
「シネー!」
ぴんくらばーずが一斉に唱和した。
嗚呼、なんと晴れやかな気持ち。雪は降ってきたが心はホットな切なのだ。
ブラックコートをはためかす彼の背に、白ゴムがくっついてきたが、それとて現在の切にとっては、自分を慕ってくれる同志としか思えない。
「ロンリーなやつはワイのところへ来い! みんなで世直しだー!」
充実した一日となった。来て良かった。
そんな切とは真逆の行動をしているのがセルマ・アリスだ。
「大丈夫ですか」
縛られて転がされている一般大学生カップルを救って、
「誰がこんな酷いことを……」
と『この者、風紀違反』などと書かれたカードを取って捨てる。少し前にエミン・イェシルメンと会話してから、桃ゴムの怪現象がセルマの前で頻発していた。
(「どうも、あの『リアジュウシネー!!』っていう言い方、聞き覚えがあるんだよなあ」)
沈黙して数秒間考える。間もなく、電撃的な閃きがセルマを打った。
「如月 正悟(きさらぎ・しょうご)さん絶対あの人だ!!」
声の抑揚、口調、叫ぶ際のもの狂おしい感情の高ぶり、そのすべてが如月正悟の話し方そのものなのである。なぜもっと早く気づかなかったのだろう。いや、とうに気がついていたが、理性がそれを押さえていただけかもしれない。しかし、もう今は否定する気持ちはなかった。
(「悲しいくらいに断定できる!! 何であの人が上司なんだろう!!」)
桃ゴムも白ゴムも、羅刹のように叩き斬りながらセルマは、正悟の所属する研究室――宇宙工学部開発棟へ向かった。
研究棟への途上、セルマは武神牙竜たちと合流していた。田中こと牙竜も、彼に同行する久世沙幸、藍玉美海も服装がボロボロなことにセルマはすぐ気づいた。ところどころ、桃色ゴムの千切れたものがこびりついている。
「セルマも宇宙工学部へ行くのか?」
「田中さんたちも?」
この短い会話で、彼らはともに同じ目的を持っていることを悟った。
「犯人は如月正悟だな」
「どう考えても……」
目指すは魔窟、如月研究室だ。