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リアクション
6.タシガンにて
「トレル、大丈夫か?」
アジトから遠く離れた安全な場所で休んでいると、八雲が遅れてやって来た。
「ああ、やっくん」
落ち込んだ様子のトレルを見て、八雲はすぐに彼女を抱き寄せる。
「良かった、無事で……」
「……心配、かけちゃいましたね」
ぎゅうと強く抱きしめる温もりに身を任せていると、がさっと足音を立てて弥十郎が現れる。
「えっと、その……忘れ物を届けに」
と、弥十郎が言い、八雲がばっとトレルから離れる。『精神感応』で弥十郎に「それって、セクハラじゃ?」と、突っ込みを入れられたのだ。
八雲は苦笑しながら弟の差し出す袋を受け取ると、誤魔化すようにトレルへ言った。
「そうだ、件の猫娘はどこに?」
日が落ちてきた周囲を見回すと、八雲はトレルに対して違和感を覚えた。恥ずかしながらも、彼女をじーっと見つめて気がつく。
「トレル……小型結界装置は?」
「ああ、いつの間にか失くしてました」
「平気なのか?」
トレルは頷いた。
「ええ、どうやら猫娘との契約が完了していたようです」
「……そ、そんな、まさかっ」
アジトの様子を見に行っていた猫娘もといマヤーが、戦闘を終えた仲間たちを引き連れて戻ってきた。
「おかえりなさい、みなさん」
と、出迎えるトレル。教導団が悪漢たちを捕縛しているせいで、戻ってきた人数はいくらか少なくなっていた。
マヤーはトレルと親しげにしている八雲を睨み付けると、これみよがしにトレルへ抱きついて見せた。
「わわ、ちょっと……」
自分よりも大きなマヤーに抱きつかれ、トレルが迷惑そうにする。
「重いから離れてください」
「……にゃん」
素直に言うことを聞いたマヤーへ、レティシアとフェイミィが同時に声をかける。
「良ければ、あちきの道場で師範をやってもらえませんかねぇ?」
「良かったら、オレらのヤってる空賊団に入らないか?」
呆然とするマヤーを差し置いて、二人がちらちらと睨み合う。
「最高級鰹節を使ったねこまんまも有りますし、猫じゃらしにマタタビと、準備は万全ですよぅ」
物で釣ろうとするレティシアを、フェイミィがむっとした様子で睨む。
マヤーはトレルの方を振り返ると、二人へ言った。
「にゃーはとえうをまもらにゃくちゃにゃらにゃいにゃ。ごめんにゃしゃいにゃ」
記憶が戻るのと同時に、マヤーの猫化も解けつつあった。その証拠に、会話能力と二本足での移動が可能になっている。
フェイミィとレティシアは落胆したが、マヤーが元に戻ろうとしているのを嬉しく思った。格闘家としてのマヤーを見られる日が来るのも、そう遠くはないはずだ。
八雲と弥十郎に連れられてタシガンへ行く間、トレルもマヤーも、口を閉ざしていた。
時間の経過と共にそれまでの記憶を取り戻していくマヤー。
一方のトレルは溜め息をついてばかりいたが、何か言うことはしなかった。
――思い出すと、契約のきっかけは単純だった。
目が合った時、マヤーはトレルへ契約の誘いを持ちかけていたのだ。そうとは知らず、トレルはチョコレート――つまり、契約を受け入れた証となる物品――を与えた。そしてトレルは、付いてくる猫娘を自分からは決して遠ざけようとしなかった。
それはマヤーにとってはパートナーとして認められたという行為に値し、トレルの方も何だかんだで彼女を受け入れていたわけだ。
タシガンの郊外にある貸別荘で、本郷翔(ほんごう・かける)は準備を整えて待っていた。
「事情は聞いております。大変でしたね、トレルお嬢様」
と、翔が言うと、トレルは溜め息まじりに言った。
「ええ、本当に」
微妙な距離を保っているトレルとマヤーを見て、翔は執事らしく頭を下げた。
「それでは、今夜はこちらでゆっくりお休み下さい。お食事の用意も整っておりますので」
案内された食堂には、屋敷で出されるそれと遜色ない食事が並んでいた。
席についても、トレルはあまり食欲が沸かなかった。
「お飲み物はどうされますか?」
翔の問いに、短く「とりあえず、紅茶を」と、返すトレル。
マヤーの方はこういった形式に慣れていないのか、席に着くなりさっさと食事を始めてしまう。
遠慮なくがつがつと物を口に運ぶマヤーを見ながら、トレルは翔がカップに紅茶を注ぎ終えるのを待った。
心安らぐ香りと共に温かな湯気が立ちこめる。翔がそばを離れるのを確認して、トレルは静かに口を開いた。
「記憶喪失だったんですね」
マヤーは手を止めて、答えを返す。
「あの悪者たちにからかわれて、ちょっと本気を出したら逆にやられちゃったのにゃ」
「……名の知れた格闘家だと聞きましたが」
「それは知らないにゃ。でも、にゃーは生まれてからずっと、いろんな所を旅してたにゃ」
「そうですか」
カップを手に取り、紅茶を一口だけ飲み込む。
「邪魔者は全て倒して進んでたんにゃけど、あいつらには勝てなかったにゃ。それで逃げてる最中に、トレルの姿を見つけたにゃ」
「え?」
「でも、その後力尽きて倒れちゃったにゃ。目が覚めたら、記憶がなくなってたにゃ。たぶん、どこかの誰かが修理してくれたんだけど、ちょっとエラーしちゃったんだにゃ」
と、マヤーは再び食事を再開させる。
トレルはマヤーの話に思いを馳せながら、また紅茶を一口飲んだ。
「本当の名前は?」
「にゃ? マヤー・マヤーにゃ」
「……マヤーが二つ」
小さな声で呟いて、トレルは次に大きめの声を出した。
「私は目賀トレルです」
マヤーはにっこり笑って頷いた。
「知ってるにゃん」
今までは理想を追いかけすぎたのかもしれない。
「これから、よろしくお願いしますね」
そう言って微笑むと、結果オーライという気がした。何はともあれ、こうしてパートナーと出逢えたことは、とても幸福なことだろう。
「あ、後で……やっくんからもらったラングドシャ、一緒に食べましょうね」
「にゃん!」
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