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番長皿屋敷

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    ★    ★    ★
 
「なんだか、ゴチメイが来てからバイトが増えたわよねえ」
「まあ、もともとただ飯食って働く奴らが多いんだから、たいして変わんねえだろ」
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)の言葉に、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が答えた。
「でも、可愛い女が増えるってのは悪くねえ。おい、てめえたちもキリキリ働けよ」
「へい、姐御」
 フェイミィ・オルトリンデに言われて、従者のヤンキー娘たちが声を揃えて返事をした。てきぱきと、食材の箱などを厨房へと運び込んでいく。
 もともと彼女たちがここでバイトしているのには理由がある。自分たちの属するシャーウッドの森空賊団の資金稼ぎを地味に行っているのである。
「人手があるのはいいけど、それでバイト代減ったらやだなあ」
 ちょっと心配そうにリネン・エルフトがつぶやいた。
 
    ★    ★    ★
 
「二名様、御案内ですわ」
 レジにいた和泉 真奈(いずみ・まな)が、大きな声でミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)を呼んだ。活気のある店内では、おしとやかよりも覇気のある方が似合う。
「いらっしゃいませ! 御主人様♪」
 ローラースケートを履いたミルディア・ディスティンが、スーッと道明寺 玲(どうみょうじ・れい)イルマ・スターリング(いるま・すたーりんぐ)の前にやってくる。ボランティアとして、また、キマクの治安を守る臨時のメイドとしてここで働いているのだ。
「なんや、アメリカンどすなあ」
 ミルディア・ディスティンの姿に、イルマ・スターリングが物珍しそうに言った。
「あまり、メイドとは呼べない所作ですが、まあ、それもここの流儀なのでしょう」
 所違えば品変わると、道明寺玲はあまり気にしないことに決めた。
「ほなら、行きまひょか」
「こちらだよ、御主人様あ」
 ミルディア・ディスティンが、ローラーの音を響かせて二人を案内していく。
「まだまだですわね、ミルディも。後で、接客から言葉遣いから、みっちりと再教育ですわ」
 さすがに今すぐは説教できなくて、和泉真奈はミルディア・ディスティンを目で見送った。
 
    ★    ★    ★
 
「じゃんじゃん持ってきてください。支払いなら、うちのパートナーの……ええと、うちのパートナーが払いますから。とりあえず、メニューの端から端までを至急ここのテーブルへ」
「かしこまりました。三番テーブル注文入りましたー」
 未だにパートナーである山本 ミナギ(やまもと・みなぎ)の名前を覚えられない獅子神 玲(ししがみ・あきら)が、大量の注文を発する。それをメモした山本ミナギの従者であるメイドが厨房へと走った。
「やれやれ。蛮族の襲撃の噂を聞いていましたが、今のところは、何ごともないようですね」
 ウェイター然とした態度で食堂隅に立った紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が、ココ・カンパーニュたちの動きを目で追いながらつぶやいた。
「うっ……」
 その視線の先に、ちょっと青くなっている久世 沙幸(くぜ・さゆき)の姿が映った。
「ない……」
 お腹いっぱい食べたので、さあお金を払って帰ろうと思った矢先にこれだ。いつの間にか財布がなくなっている。落としたのか、すられたのかは分からないが、ない物はない。
「どうしよう……」
 久世沙幸が困っていると、近くから豪快な笑い声が聞こえてきた。
「そうですか。働いて返せばいいのですねー。ヴラボーゥ!」
 歓喜のあまりルイ・フリード(るい・ふりーど)が叫ぶ。
「ああ。そうらしいよ。まったく。なんであたしが玲の分まで……」
 山本ミナギがぼやく。
「ちょっと、マリーったら、何カワサキにメモ渡してるのよ。玲の注文なんか無視よ無視。こら、プリチー隊、笑ってないで皿洗え!」
 マメに仕事したりサボったりしている従者たちを見て、山本ミナギが怒鳴り散らした。
「食事した所が、ここでよかったね。でも、一番いけないのは、財布なくしたルイだよ!」
 ルイ・フリードの横で、シュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)がたしなめるように言った。こちらも、ここに来て初めて財布をなくしていたことに気づいた口だ。
「分かっております。ここは、私が一肌でも二肌でも脱ぎましょう」
 あたふたする山本ミナギたちを見て、ルイ・フリードが、がぜんやる気を出した。
「えっ、働けば大丈夫なんですか!」
 久世沙幸と声を揃えて叫んだのはノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)だ。影野 陽太(かげの・ようた)御神楽 環菜(みかぐら・かんな)のそばにつきっきりでいると言ったまま帰ってこないため、たった一人でこんな所まであてどなくやってきてしまったのだが、運悪くここで資金が尽きてしまったのだった。本来ならそんなことにならないはずだったのだが、彼女もまた、財布をなくしていたのだ。
「はい。じゃ、お手伝い希望の人はこっち来て」
「ほら、さっさと来ねえか、てめえら」
 リネン・エルフトとフェイミィ・オルトリンデが、シュリュズベリィ著・セラエノ断章たちを乱暴に手招いた。なにしろ、むこうは無銭飲食、こちらは正規バイトである。自然と態度も大きい。手下のヤンキー娘たちが、ぞろぞろとやってくる久世沙幸たちを整列させた。
「はいはい、メイド服を自前で持っていない人は割烹着ですよー」
「黙って、これを着てください」
 自分たちも割烹着を着せられた紫月睡蓮とプラチナム・アイゼンシルトが、たくさんの割烹着をかかえてニコニコしながら言った。さあ、みんな、自分たちと同じ犠牲者になるがいい。
「なんでぇ、私たちまでぇ、お手伝いの列にならんでいるんですかぁ、可憐」
 なぜか、食事した後にお手伝いの列に加わっているアリス・テスタイン(ありす・てすたいん)が、葉月 可憐(はづき・かれん)に問い質した。
「だって、その方が面白そうじゃない。これだけメイドさんがいるんですよ、後はドジっ子メイドさんがいれば完璧です」
 陰で握り拳を作りながら、葉月可憐が力説した。
「このメンバーだと……」
 キョロキョロと葉月可憐が周囲を見回す。
「シェリルさんがいいです。ドジっ子メイド役決まりですね。人気が出ますよ」
「この中ではぁ、一番しっかりしているような気もしますがぁ」
 どちらかというと、ドジっ子メイド役は葉月可憐ではないのかと、アリス・テスタインが訝しんだ。
「そこの人、これできましたので、三番テーブルまで運んでいってください」
 エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が、アリス・テスタインを手招きした。
「はあい……きゃあ!」(V)
 あわてて料理を受け取りに走ろうとしたアリス・テスタインが、足をもつれさせて派手に転倒した。
 思わずのばした手が、運悪くエッツェル・アザトースの持っていた皿にふれてひっくり返す。吹っ飛んでいった料理が不幸な山本ミナギに命中した。
「……、もうやってられるか!! こんなとこ出ってやる!!」
 頭から麻婆豆腐を垂らしながら、山本ミナギが泣きながら飛び出していく。
「ちょっと。働かないで逃げだすのは、厨房を預かるこの私が許しませんよ!」
 すっかりなじんで厨房を仕切っている気になっていたエッツェル・アザトースが、あわてて山本ミナギたちを呼び止めようとした。
「まあまあ。いつもの発作ですから。お代分は、ワタシがきっちりと働いてお支払いします。何、このワタシが働くのですから、メイドナンバーワンはもらったも同然です」
 獅子神 ささら(ししがみ・ささら)が、山本ミナギを追いかけていった従者たちを見送りながら言った。いつもかけているメガネを外し、お化粧もばっちり、メイド服も決まっている。だが、彼は男だ。それに、何やらここをメイドさんがお酌してくれるキマク風の店と勘違いしている節もある。
「ふっ、おしいですわね。あなた、メガネ属性ですね。なのに、なぜ、メガネを外すのです。語るに落ちます。見なさい、メガネはかけてこそ花なのです」
 髪をツインテールにまとめたローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が突如力説すると、調理中のチャイ・セイロン(ちゃい・せいろん)を指さした。
「はい? 何か言いましたかあ?」
 気配を察したチャイ・セイロンが振り返る。細かい仕事だからと、珍しく銀縁の丸いトンボメガネをかけている。
「ああ、これぞ、理想型のメガネっ娘、ナンバーワンはメガネ魂を失ったあなたなんかじゃないわ」
 うっとりとチャイ・セイロンを見つめながら、ローザマリア・クライツァールが言った。
「うむむ、意味は分からないが説得力は感じます」
 なし崩し的に、獅子神ささらが納得する。
「メガネと言えば、こう近づいて、そっと彼女のメガネを外してさらに……」
「はーい、そこのお二人さあん、キリキリ働きましょうねえ」
 妄想に入る獅子神ささらと同調するローザマリア・クライツァールに、激しくファイヤーして炎を噴きあげているフライパンを近づけながらチャイ・セイロンが言った。