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番長皿屋敷

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番長皿屋敷

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    ★    ★    ★
 
「なんだか……、むこうは……にぎやかですね……」
 まったりと食後の番茶をすすりながら、ネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)がつぶやいた。
「エッツェルは……頑張っているので……しょうか……。我の……まったりのために……頑張ってください……」
 ノーン・クリスタリアの歌をまったりと聴きつつ、ネームレス・ミストがパートナーにエールを送った。
「よし食った。さて、働くとするかあ」
 すぐ横のテーブルでは、夢野 久(ゆめの・ひさし)がすっくと立ちあがったところだ。テーブルには、彼が食べた料理の皿がうずたかく積みあげられている。
 いいかげん、新年から金欠である。原因は、パートナーや魔獣たちの食費が大半なのだが、さすがに飼っている魔獣たちの食事までここでさせるわけにはいかない。とりあえずは、自分の食費だけでも浮かせて、生活費の足しにしようというわけである。
「よう、女将さん、また頼むぜ」
「むっ、女将に対してその口の利き方は失礼であろう」
 紫月唯斗に女将さんのガードを任されたエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が、調理する手を休めて夢野久の言い様を咎めた。
「いいんだよ、常連さんだし。はいはいはい。とりあえず、あっちで皿洗っとくれ」
 このあたりで口の利き方なんか気にしちゃいられないとばかりに、お菊さんがエクス・シュペルティアを制する。
「おうよ、任せな。ピッカピッカにしてやるぜ」
 お菊さんに言われて、夢野久は胸を張った。
「ところで、何洗えばいいんだ」
 ちょっとえらそうに、夢野久が聞く。
「では、そこにあるカレーの入った寸胴を洗ってくだサーイ」
 待ってましたとばかりに、アーサー・レイスが言った。
「いいのか? まだ少し残っているぜ」
 渡された寸胴の中を見て、夢野久が聞き返す。
「構いまセーン。新しい出汁が手に入ったのデース。これで、リンさんにも食べてもらえるスペシャルなカレーができマース」
 何やら、自信満々でアーサー・レイスが答えた。
 
    ★    ★    ★
 
「よーし、入っていいぜ」
 店の前でゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)をボディチェックしたラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が言った。
「念入りなことだぜ」
 吐き捨てるようにゲブー・オブインが言った。そうだそうだと、取り巻きのヤンキーたちがうなずく。とはいえ、メイドがたくさん入ったと聞いてわざわざやってきた店だ。中に入るまでの我慢である。
「行くぜ、ホー・アー(ほー・あー)。ホー・アー?」
 蛍光ピンクのモヒカンをなでつけながら、ゲブー・オブインがパートナーを呼んだ。
「うむ。やはり、成体に近づいたドラゴニュートは美しいのだよ」
 ホー・アーは、店のそばに止めた飛空艇の番をしているジャワ・ディンブラ(じゃわ・でぃんぶら)を、羨望のまなざしで見つめていた。
「チッ、先入ってるぜ」
 ゲブー・オブインが言ったが、ホー・アーの耳には入っていないようであった。しかたなく、ヤンキーを連れて先に店の中へと入る。
「お近づきの印に、これを進呈いたそう」
 そう言って、ホー・アーがジャワ・ディンブラに種籾の入った袋を手土産として渡した。
「いや、悪いな。ところで、あんたは誰だ?」
 ジャワ・ディンブラがあたりまえの疑問を口にした。その言葉に、通りすがりの世紀末救世主が立ち止まって意外な顔をした。
「御存じないのか。こちらは、農業竜神として崇められているホー・アー様ですぞ」
 それだけ言って、救世主が去っていく。
「ほう、それはそれは」
 ちょっとだけジャワ・ディンブラが感心する。
「はい、大丈夫ですよ。お食事楽しんできてくださいね」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)を確認したソフィア・エルスティール(そふぃあ・えるすてぃーる)が、笑顔で彼女を送り出した。
「それにしても、パパは、どうしてこんなことをしているのですか?」
 ソフィア・エルスティールがラルク・クローディスに訊ねた。
「なあに、ちょっとした汚名挽回でな。ゴチメイたちにはいろいろと義理があって……」
「それは、汚名返上です」
 ぴしっと、ソフィア・エルスティールがラルク・クローディスの言葉を訂正した。
「いったい、パパはゴチメイさんたちに何をしたのでしょう」
 ソフィア・エルスティールが小首をかしげて不思議がると、耐えきれずにジャワ・ディンブラが笑い出した。
 つられて、隣にいた緋桜 ケイ(ひおう・けい)も苦笑する。
「そういえば、浮遊島では大変だったみたいだね。こっちはこっちで、一緒に因縁ある敵と戦ってたんだが」
 緋桜ケイが、倉庫街で一緒に戦ったラルク・クローディスを後ろ手に示しながら言った。
「そちらでは、敵がどちらに逃げて行ったが見なかったかい?」
「さあ、さすがにあの雲海の雲の中では、何も見なかったが」
「そうか……」
 ジャワ・ディンブラの答えに、緋桜ケイはちょっと考え込んだ。アラバスターの転移ゲートのような物を使ったのであれば、浮遊島にいたらしいオプシディアンが忽然と姿を消したというのもあながち嘘ではないのだろう。
「ところで、ジャワってさ。小さくなったり、人間になったりできないのか? 地球のファンタジーだと、たまにそういう竜とかもいるんだけど」
「ははは、できたら楽しいだろうな。我とて、若いころはナイスバディの魅惑のドラゴニュートだったのだぞ」
「本当か!?」
「冗談だ」
 ちょっと驚く緋桜ケイに、ジャワ・ディンブラはけろりと言った。まったく、どこまで本当なのか分からない。
「はははははは、お話しのところ、お邪魔します。パラミタ飲食ほーあんきょーかい、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)、御挨拶に参りました」
 番長皿屋敷の隣にある屋台の上から、クロセル・ラインツァートが高らかに口上を述べた。
「パパ、怪しい奴です」
「大丈夫だ、あれはいつものことだ」
 少しも動じずに、ラルク・クローディスがソフィア・エルスティールに答える。
「撃ち落としますか」
 テンガロンハットを被り、いかにもガンマンといった姿の緒方 章(おがた・あきら)が、同じ姿をしている林田 樹(はやしだ・いつき)に訊ねた。とはいえ、林田樹の方は、ヘソ出しのマイクロブラウスにミニのスカートというフレンチメイド服に、テンガロンハットと二丁拳銃という、なんともミスマッチなじゃじゃ馬二丁拳銃状態であったが。
「わーい、やっちゃってくださーい」
 二人の衣装をコーディネートしたジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)が、嬉しそうに囃したてた。
「いや、私は怪しい者では……ぷっ」
 林田樹の格好を見たクロセル・ラインツァートが、そのあまりのミスマッチに思わず小さく吹き出す。
「殺す!」
 問答無用で、林田樹が発砲した。
「とうっ!」
 クロセル・ラインツァートの近くで控えていた武官が、勢いよく彼を放りあげて林田樹の攻撃を避けさせる。
 クルリと空中で一回転したクロセル・ラインツァートが、マント風にイルミンスール魔法学校の制服を翻して屋台の上から地面に降り立った。
「危ないじゃないですか。仮面への攻撃は反則です」(V)
「なら、仮面以外ならどこでもいいのだな」
 林田樹が、すっと狙いを定めた。
「樹ちゃん、さすがにそこを狙うのは……」
 あわてて、緒方章が止めに入る。
「えーっ、面白いのに」
 残念がるジーナ・フロイラインを尻目に、緋桜ケイとラルク・クローディスも加わって、なんとか林田樹を押さえつけた。
「ふう。今のうちですね。リトルスノーさん、例の物をここに……」
「はいでスノー」
 魔鎧 リトルスノー(まがい・りとるすのー)が、サイコキネシスを使って、菓子折をクロセル・ラインツァートの方へとふわふわ移動させた。
「後で、これをココさんへ。なあに、ただの菓子折でございます」
 ジャワ・ディンブラに、山吹色の銘菓『袖の下』をそっと渡しながら、クロセル・ラインツァートが黒い微笑みを浮かべた。
「まあ、もらえる物はもらっておくか」
 ジャワ・ディンブラが、今は自分たちの物となった飛空艇の中に菓子折を投げ入れた。